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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
第7章 絡み合う二つの世界
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第98話 集結。


「っく……!?」

影の猛攻を受け、すんでのところで何とかガードを挟むも体重の軽さ故、後方に大きく吹き飛ばされてしまうトコル。

「トコルさん……っ!」

戦力として加わった楓(本来作戦にはないのだが)が神聖力を扱って敵を抑える片手間にトコルに回復魔法を掛ける。

「ありがとう、楓ちゃん」

トコルはすぐさま地面から跳ね起き、地を蹴って前線に復帰する。

まだ神聖力を扱えるようになって間もないのであろう、ティアーシャやヘデラ程攻撃に神聖力を特化出来ている訳ではないのだが、それでも彼女が増えただけで戦線の維持は大方楽になっている。

「無理はしないでよね?楓ちゃんは私の体じゃ流石に背負っては行けないよ?」

「大丈夫ですっ、なんたって現役テニス部ですからっ!」

神聖力の塊を浮かべ、その軌道を操って敵に叩きつけて攻撃をする楓。そんな彼女の横顔を見て、トコルはふ、と笑みを浮かべる。

「っ!トコルさん!!」

「へ?……っ!?」

そんな彼女が声を張り上げた、そしてその声が耳に届いた刹那。ロビー内に強烈な爆風が流れ込み、この場にいる全員が大きく吹き飛ばされる。

「皆さん、大丈夫ですか!?」

咄嗟に楓が回復魔法をこのロビーにいる全員に向けて発動。

「いっつつ……、な、なんだあ……?」

「爆発?」

幸い大きな怪我を負った者は居ないようで、全員が顔を上げたのを見て楓はほっと安堵の息を吐く。

「……トコルさんも大丈夫ですか?」

「……私は、大丈夫だけど。……少し不味そうだね」

「……え?」

雲行きの悪そうな剣幕を見せるトコルが指を指した場所に、ゆっくりと首を向ける。

「っ!!」

そして次の瞬間、絶句した。

病院のロビーの入口に立っていたのは、先程までと同様にぼやぼやと揺れ動いていてハッキリと形の定まらない、影。

けれど、その影が構成するシルエットは。明らかに見覚えのある、思い当たる節しかない形をしていた。

「お、兄ちゃん……?いや、あれは……」

その影の、表情なんて見えるはずないのに。

その影の口は、歪んだ三日月のように裂けたように見えてしまった。

「……っ!皆!次の防衛地点に逃げて!!」

「え?で、でも敵は……」

先の爆発で、それまで入口にひしめき合っていた影達の姿は消滅した。つまり、今見えている敵はその影一体。皆が一体くらいなら、と考えてしまうのも無理はない。

「良いから早く!!!あれは皆がかなう敵じゃ……っ!!!」

刹那、誰も、認識していない中で、トコルの体が消えた。

「……がっ……!?」

本人すら、自分が攻撃を受けた事に気がつけていない。

その小さな身は壁に叩き付けられ、コンクリートで作られたそれに大きなヒビを作る。

「……っ!?トコルさん!?」

「あっ……が……」

楓が目をトコルの方へ向ける。その瞬間に視界の端で何かが動いた、そう気がついた時。楓の楓は大きく揺らぎ、背中から地面に押し倒される。

「……くぅ……!?」

手に力を入れ起き上がろうとした所で、首に酷い圧迫感を受ける。は、と目を見開いてみれば目と鼻の先程の距離で自分の首を鷲掴みにしている()()()がいるではないか。

「か……、あ……」

早く神聖力で攻撃せねば、そう思っているのに体が従わない。

首がミシミシと悲鳴を上げる。上手く呼吸が出来なくなって、頭にも血が上って、視界が大きく狭ばる。

「ぐ……ぁ……」

直感で分かる、これはエルティナの影だ、と。しかしその中身は、どこか違う、別の憎悪に満ちた誰かのようだった。

「楓ちゃんを離せっ!」

トコルが飛びかかり、影を蹴飛ばして楓を引っ張る。

「っはあ、っはあっ……」

「大丈夫?動けそう?」

「けほっ、大丈夫です」

締め付けられていた首を抑え、楓は息を整える。

「エルティナの形の影は……、簡単に倒せそうに無いね」

「早すぎて全く見えませんでした……」

「皆を奥に逃がそう。皆!早く奥へ!」

流石に今のを見て、怖気付いたのか。楓とトコルを残して皆が次の戦線である奥へと退避を始める。

「楓ちゃんも早く奥に」

「……トコルさんが残るなら、私も残りますよ」

「……そっか。なら、やるよ!」

「はい……!」

トコルが槌を振るって前に出る。手の甲の装置を使って距離を保ちつつ、詰める時には一息に詰める。

そんな彼女を神聖力を固めた物を操り、カバーする楓。彼女は回復役としての役割を全うし、なるべく距離を取りトコルの回復も同時に行う。

流石、元白金級として戦っていただけの事もあり、単体の敵であればガンガンと押して戦っている。その影がエルティナと同様の力を持っているのかどうかは定かでは無いが、少なくとも今、トコルは手数で圧倒出来ている。

時折、エルティナの攻撃によりダメージを受けることもあるが、すぐさま楓の回復魔法によってその傷は癒される。

「トドメだっ!!」

ガードの無くなった影に、トコルは渾身の力を込めて頭を叩く。

鈍い手応えと共に、その影はゆっくりと四散していき、やがてその姿は消え無くなった。

「なんというか……意外とあっさりだったなあ」

「トコルさん!後ろ!!」

トコルが額の汗を拭い、頭を搔いていると楓の叫び声が耳に入る。

「っな……ぐっ……」

首だけ後ろに向けると、そこには先程の影と寸分違わぬ、エルティナの影があった。そしてそのエルティナの影の手は、自分の腹部を生えるようにして貫いていた。

「トコルさんを……っ!!」

楓が間に割り込もうとするも、軽く腕を振るわれるだけで弾き返され、近寄ることすら出来ない。であれば神聖力で、とそれの塊を作りエルティナの影目掛けて操作する。

しかし、影本体を狙うのはいかにも安直。狙ったとして、避けられるのがオチである。それくらいのこと、楓にも理解はできる。

だからこそ、狙う場所は一つ。トコルの腹部を貫くエルティナの影の手を神聖力で吹き飛ばし、同時に自分も地を蹴ってトコルを抱えて大きく距離を取る。

「トコルさん!しっかり!」

「……っ」

楓の回復魔法で腹部に開けられた傷自体の修復は瞬く間に完了した。けれど、如何せんダメージが多かったのかトコルは額に脂汗を浮かべ苦悶の表情を浮かべたまま立ち上がらない。

「逃げないと……っ!」

トコルが戦闘不能になった以上、ここでの時間稼ぎには限界が見える。楓はトコルの小さな体を抱え、次の防衛戦へと駆ける。

「っ!?……がっ……」

しかし、エルティナの影はそう簡単には逃がしてくれないようで、両足に激痛が走ったかと思えば地を蹴る足から力が抜け、抱えるトコル共々地面に叩き付けられる。

「……っく、うぅ……」

激痛の招待は、エルティナの影によって切られた足の腱だった。両足の腱を切り裂かれ、思ったように足が動かなくなる。

そして、アドレナリンで多少緩和はされているものの切られた場所から全身に電流を流したかのような痛みが広がる。唇を噛み締め、何とか堪えようにも口から痛みに喘ぐ声が漏れ、目の縁は涙で霞んでいく。

楓の回復魔法は回復量回復速度共々優秀だが、自分の傷は治せないという欠点がある。こうなってしまっては、今自身の足を治して走る方法は無い。

「……諦めてたまるかぁぁぁ!!!!!」

それまでの楓であれば、ギュッと目を瞑りその場に蹲っていただろう。

しかし、兄やその兄と一心同体であった姉。旅先で出会った仲間達と過ごす日々は、魔法や神聖力だけでなく彼女の精神力そのものを底上げていた。

彼女は神聖力を鞭のように練り上げ、距離を詰めてくるエルティナの影に向けて振るう。大きくうねらせて振るわれたその鞭は、打撃の瞬間音速をも超えゆる。

神聖力の鞭は空間を抉る音を立てながら、影の肩から腹部に掛けてをはじき飛ばした。

「……や、やった……?」

切り落とされた片腕は、塵になって宙に消えていく。されど、肝心の本体へのダメージはさほど大きくないようで、若干片腕が無いのを気にした素振りを見せながら再び楓らの元へ歩を進める。

「……くっ!」

楓が鞭を振るうも、初手の不意打ちしか効かずそれ以降の攻撃は全て躱されてしまっている。

「……か、えでちゃん」

「……っ、トコルさん。……動けますか?動けるなら、逃げて下さい」

「……楓ちゃんは……、その足は……」

ゆっくりと体を起こすトコルは、楓の腱の切られた足を見て目を見開いた。

トコルの小さな体躯では楓をおぶって逃げる事など出来ない。トコルが逃げられたとて、それは楓をこの場に置いていくことになる。

「私は、逃げられそうに無いですから」

「っ……。そんな、君を置いていく訳には……」

「あなたには、弟さんがいるでしょう?絶対に生き残るべきです」

「そんなの!君にだって家族がいるでしょ!?馬鹿なこと言わないでよ!!」

「……。でも、誰とも血は繋がってない。……私は形だけの家族。……でもトコルさんは!」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!家族に血縁もクソもあるもんか!!そう一人が思ったら全員家族なんだよ!!家族がいるからどうとか言う問題じゃない!!今はこの場を、絶対に生きて帰るんだ!!」

「でもどうやって!?」


影が、刃物のように鋭くなった腕を振り上げる。しかし、そんな状況なのにも関わらずトコルは笑みを浮かべ何処か遠くを見つめていた。


「……、ようやく来たんだよ。楓ちゃんの、私達の『家族』が」


刹那、轟音と共に病院ロビーの入口が決壊した。激しい土煙に巻き込まれ、トコルと楓は思わず目と口を手で覆う。


「遅くなってごめん!トコル!楓!」


土煙越しに聞こえるその声は、数日間聞いていなかった随分とご無沙汰な声。


「ったく、遅いよ。皆」


トコルが若干呆れたようにニヤけた笑いを浮かべる。


「この声は……、ひえっ!?」

「大丈夫かい?随分と逞しくなったじゃないか」


小柄とはいえ、女子高生の平均身長程はある楓の体が意図も容易くヒョイと持ち上げられる。


「な、ナーサさん!?」

「久しぶりだね、楓。ほんでもっておチビちゃん」

「だーれがチビだよ、デカブツ」

「お、言うようになったねえ」


土煙の中、ガハハッと豪快な笑い声を上げるのは二メートル級の巨体を影に落とす戦士、ナーサ。


「よく頑張ったわね。それにこんなに回復魔法を使えるようになって……。全てが終わったら私の所で働いてもらおうかな?」


持ち上げられた楓の足に柔らかな光が当たり、腱を切り裂いた傷は瞬く間に修復されていく。


「トゥルナさん……!?」

「お待たせ。助けに来たわよ」


回復士であり、弓使いであるトゥルナ。

しかし、以前会った時と容姿はかなり変わっている。

「その……、髪は?」

「……ああ、これね。そういえば言ってなかったっけ」

ヘデラの黒く滑らかで艶のある髪の毛は、目を疑う程に色が抜け、光り輝く白銀の髪になっていた。

彼女は自身の髪を一撫でした後、口を開いた。


「私が死にかけた時に、ティアーシャに血を飲まされたのよ。それ以降、ずっと魔法で隠してきたのだけどね」

「え……」

「え、えええぇぇぇ!?」

「驚きすぎよ、トコル」

ヘデラが苦笑を浮かべながらトコルの頭に手を当てる。

「だ、だってそんな素振り無かったじゃない!日の元でも全然普通に歩いて……たし。吸血だって……!」

「あなた達の気づかない所できちんと日陰を歩いてたのよ。それに、血液なんて薬屋をやってれば幾らでも手に入るし」

「あが、あが……」

トコルはまさに開いた口が塞がらない様子だった。なんなら口を開きすぎて顎でも外れるんじゃないかという勢い。

「はい、治ったわ。もう痛みも無いはずよ」

「ほい、それじゃ下ろすよ。気をつけな」

「ありがとうございます」

トゥルナによって治療を施された彼女の足は、すっかりと完治しており痛みすら感じることは無かった。むしろ足に溜まっていた疲労が抜け、先までよりも足が軽くなっているように感じる。


「お姉ちゃん!!」

「へっ!?ルコ!?」


続いて現れたのは、トコルの弟であるルコ。彼は戦いに巻き込まれぬよう、トゥルナの元で過ごしていたのだが、今回は共にここにやって来たようだ。

「流石に置いていく訳には行かないからね。連れてきたわ」

「大丈夫だった?傷だらけだけど……」

「だ、大丈夫に決まってるだろーい!最強美少女戦士トコルさんだぞぉ!余裕チャラチャラでさあ!」

「……幼女じゃないのかい?」

「むっかー!!!」

ナーサの呟きに、トコルが真っ赤になってその身をポカポカと叩く。そんな姉の姿を何とも微妙な顔で眺めるルコを見て、トゥルナは肩を竦めた。


「楓……!無事で良かった……!」

「ソウカさん!」


続いて巨大な蛇の姿からしゅるりと人の姿に戻り、今にも泣きそうな顔で駆け寄ってくるソウカ。その身に大きな傷は無いものの、腹などは汚れ目の下にも大きな隈がある。きっと、ここに彼女らを連れてくるのに殆ど休みもせず来たのだろう。


「おっと。どうやら、やっこさんまだ生きているみたいだよ。感動の再開は全部終わってからにしよう」


楓はナーサに身を下ろされ、幾度か頭をポンポンと撫でられた後、ナーサは背中に背負った大剣の柄を握り締め、ズイと構えた。

土煙が晴れるとそこには未だユラユラと揺らぐエルティナの影が。しかも先程までとは違い数を増やし、その頭数は一体から五体にまで増えている。

「いやはや、久しぶりだねえ。この面子で戦うのも。足引っ張らないでよ?デッカイの」

「そっちこそ、目の前にチョロチョロ出てきたら鼠と思って踏み潰すからね。ちっさいの」

ナーサとトコルは互いに目線を交わし、口端を持ち上げた。

「ほらほら、そこのデコボココンビ。喧嘩してないで、目の前に集中しなさい。報酬の分け前減らすわよ」

「へっ、ノリがいいじゃないかい。トゥルナ」

「そりゃあ、ねぇ。この懐かしい面子で戦うんだったら、嫌でも昔の事を思い出すわよ」

トゥルナも軽く鼻を鳴らし、手に使い込んだ弓を持ち背中に背負う矢筒から矢を取り出し、弓の弦に番える。


「さあ、行こうか。開戦だ開戦!」


大剣が掲げられ、それぞれが己の武器を構える。

ナーサが一歩を踏み出し、辺りは戦闘の音に包まれた。


――


『っつ……。ここ、は』

よく見慣れた、真っ白な空間。

見渡す限り、輝く純白が続く故、目がチカチカとし思わず目を細める。

「よ、お帰り」

『……。もしかすると、ここはあなたの魂の中ですか?』

「もしかしなくてもそうだな。魂操作の魔法で何とかエルティナの魂だけを引っ張り出してこっちに連れてこられた」

ふふん、と少し気分の良さそうな声が聞こえる。

「そんで?大丈夫か?長い間体を乗っ取られてた訳だし、具合とか……」

『……ありがとうございます。私なら大丈夫です。それよりも、ヘデラさんの治療を』

「ああ、応急処置は済ませた。けども、俺の治癒魔法じゃどうにもならなそうだ。これは楓に見てもらわないと」

ティアーシャの腕に体を預けるヘデラ。大まかな出血は止まっているが、それでもすぐに戦える程万全というわけでもない。治癒魔法が不得手である彼女であれば、ここまで出来ていれば及第点なのだが。

「……エルティナは、帰ってきた?」

「ああ、ありがとう。だけどもう無茶すんなよ?ヒヤヒヤしたんだからな?」

ヘデラは薄らと目を開け、ほんの少しだけ肩を竦め言った。

「あなたを小さい頃から知っているからこそ……。カッコつけたかったのよ。強いお姉ちゃんを気取りたかったのよ」

「ばーか、逆にダサくなるっつの」

そう返すとヘデラは苦笑を浮かべた。

ティアーシャは天道を開き、ヘデラをその中に通す。

「……ケリを付けてきなさい。ティール」

「ああ」

そう一言だけ返して天道を閉じる。

天道は、葵のいる最終防衛地点に繋げてヘデラを送った。楓の正確な位置は分からないし、敵もどこまで進行してきているか分からない。後のヘデラの事は葵に任せるとしよう。


「……あ、が……」

「さーて、新橋。ケリ付けようぜ。お互い一回死んだ身だ。こんなにダラダラと関係を続ける必要は無いだろ」


ティアーシャの神聖力、そしてヘデラの魔力の糸を介した神聖力によって新橋には大きなダメージを与えることが出来た。

それに、エルティナの魂を半ば無理矢理に引っこ抜いた影響か、そのエルティナの姿を維持することも難しいようで、まるでノイズの入っているテレビ画面のようにユラユラとその姿は揺れていた。

『体の主である私があの身に宿っていない以上、その存在を維持し続けるのも厳しいでしょう。方を付けるなら今です』

「……ああ」

ティアーシャは左手に逆手で短剣を握り締め、納めていた鞘から引き抜く。

先端の欠けた短剣が、空を舞いエルティナの姿をした新橋の首元から項に掛けて斬撃を繰り出す。


「……っ」





「……?」






しかし、違和感。

確かに、短剣の刃は新橋の首を貫いた。それは目視で確認したし、その瞬間の手応えはあった。


「……その程度で、殺せるはずないじゃないですか」

「……っち」


背後を振り返ると、そこには両断された己の首を両手に抱え、ケタケタと肩を震わせて笑っている新橋の姿があった。

不気味な事に、切り落とされたその首の表情まで歪んだ笑みを持ち、口は三日月状に割れている。


「甘いなあ、甘いんだよ」

「っち、バケモンが」

『カタを付けてしまいましょう。私の事は気にしないでください。あの体はもう抜け殻。私ではありません』

「ああ」


エルティナの言葉に小さく頷くと、ティアーシャは神聖力を短剣に込めてその体をズタズタに切り刻んだ。

「は、ははっ、はははっ」

「……どうやらそう簡単には終わらせてくれないらしい」

『そのようですね……。これはまた厄介な』

既に、その体は細切れになり、元の形すら分からないほどにバラバラになっている。しかし、新橋の狂気的な笑い声は絶えずその空間に響き続ける。

やがて、そのバラバラになったそれぞれの肉片は、ふよふよと宙に浮かび始め意志を持つかのように上空にへと飛び上がっていた。

「言っただろう?僕の存在はもう消えたんだって。その短剣で切ろうが、煮ろうが焼こうが、死ぬことは無いんだ」

『……っ。ティアーシャ、非常に不味いです』

「どうした?」

エルティナが、不穏げな様子で声を発する。

『私の体()()()()()を媒体として、彼は、この空間中に漂っている負のエネルギー、要するに()を集める気です』

「集まると……、何が起こるんだ?」

『……ハッキリとは言えません。ですが……』

「ですが?」



『その時、双方の世界が崩壊してしまう。それだけは確かです』



「っ」


思わず、息を飲んだ。

「一体、何が目的で?何をしたくて、あいつはそんな事をするんだ?」


『何が目的、というよりかは。……アレは、もうあなたの知っている新橋さんでは無いのでしょう。元々、彼であった、今は怨念の集合体。その怨念が新橋さんの恨みの意志である【ティアーシャとその仲間の抹殺】という目的を遂行しているに過ぎないのでしょう。その過程で、この世界の崩壊という行動が起こされている。そう考えれば良いでしょう』

「全くわからん」

『つまり、あれはあなたを殺したいという新橋さんの恨みの念を核に世界中から集まった怨念の塊なんです。目的を晴らすまで、それは止まらないのでしょう』

「……ふん」

ティアーシャは、考えた。であれば、自分が奴に殺されればこの騒動は幕を閉じるのだろうか?

『その可能性はゼロに等しいでしょう。例え新橋さんの恨みの念が消化されたとしても、他の恨みの念がその身を動かし続ける事には違いありません。それに、あなたに死なれては私も死ぬことになりますから。ダメですよ』

「はっ、そう簡単に死んでちゃここまで生きてこれてねえよ」

『そうですね』

そう話している間にも、新橋は空間からエネルギーを集め、徐々に徐々に肉体を形成していく。

肉体、といっても肉は無く骨だけ。なのに黒装束のような服を身に纏っており、オマケにその立派な髑髏には同じく黒色で所々に金で装飾の施された三角の布のようなものまで巻き付けられている。

それにサイズが規格外。ティアーシャが首を真上に上げてようやく頭が見えるほどだ。彼女を垂直に十人並べたとて、その大きさには届かないだろう。


「うわあ……。趣味わるっ。小学生の裁縫キットのイラストかいな」



『ティア、シャアァ!!コロ、シテヤル……!!』



『肉体の構築が終わったようですね。気を引き締めてください』


「やってやろうじゃねえかクソ新橋!!最後の戦いだ!!」


全身に神聖力を満たし、徐々に徐々に降下してくる新橋との距離を詰める。


『……ネ!!シ、ネ!!』


黒装束が揺れ、その中から骨の腕が現れる。その骨の手が紫色に輝いたかと思うと、次の瞬間にはそこから放たれた光弾が目と鼻との距離ほどにまで迫っていた。


「っ」


咄嗟に、短剣で弾きガードするがその威力は桁違い。その一撃だけで大きく体勢を崩され、さらに逸れた光弾が頬の一部を削り取り、背後に着弾する。


『ハ、ハハ!!コロ、ス!!』


「それしか言えねぇのかよ!気持ち悪い!」


頬から溢れる血を拭い、再び駆ける。

遠距離戦になれば今の光弾だけでもかなり分が悪い。リスキーだが、近づいて戦わなければ一方的に攻撃を受けてしまうだろう。


「『天道』っ!」


だが、さすがに正面から走っていくのでは飛んで火に入るようなもの。放たれた光弾に被弾するかしないかの絶妙なタイミングを見計らいその身を『天道』で開いた空間に飛び込ませる。

すかさず新橋の背後に『天道』の出口を開き、その項を狙う。


「っぐぅ……!?」


その身に短剣が届こうとした刹那、首の骨から新たな手が生成され、まるで蝿を叩かんようにしてティアーシャの体は撃墜され、地面に叩きつけられる。


「がっはっ……!?」

『ティアーシャ!!』


その衝撃はそれまでに負った数々の傷に大きく響き、全身を刃で貫かれているかのような撃墜が走る。


『ソノママ、シネ!!』

「……く、そっ」

迫る巨大な骨の足。咄嗟に身を転がし、圧死だけは避ける。

髪の毛一本程の距離で攻撃を避けるが、地面に落ちた際に弾みで落としてしまった短剣は、その巨大な足によって踏み潰され、跡形もなく粉砕される。


「『水砲』、『氷槍』!!」

痛む体に鞭を打ってその場で飛び上がり、水魔法と氷魔法を同時に放つ。ティアーシャの左手から放たれる高圧水流が新橋の全身を濡らし、更にそこに足先の空気の水蒸気を凍らして氷の槍を作り、射出する。

持続的に周囲を凍結させる『氷槍』と、『水砲』を合わせ、その巨大を凍らせ動きを封じてみようと試みるが、凍結したのはほんの一瞬。

その巨大が動くだけで氷は瞬く間に砕け、その体から骨で出来た無数の手がティアーシャを捕まえんと四方八方から迫る。

数本は体を捩って回避。しかし、回避した所で再び襲いかかってくる数多の骨の手。


「っち……!」


足先を掴まれた、そう認識した瞬間には全身を手に覆われ、肩から上だけ出るような形で完全に拘束されてしまう。


「……う……、ご……、抜けねぇ……!」


とんでもない力で握られ、その拘束からの脱出は不可能。そして拘束されたまま、新橋の巨大な髑髏の目の前まで運ばれる。


『ティ、アー、シャ』

「んだよ……。ぐっああぅ」


鷲掴みにされている全身からミシミシと悲鳴が上がる。口を固く結んでいても、その逃れようのない痛みから声が漏れてしまう。


『オマエ、ノ、セイキヲ、ヨコセ』


「っ……く……!?」


髑髏の顎がガクンと下がり、口が大きく開いた。そう思った刹那、全身を覆っている神聖力がゴッソリと無くなってしまう。


「……こいつ……!!」

『魔力を吸収しています……!こちらで対処法を考えます。しばらく耐えて下さい!!』

「耐えろっつっても……ぐ……」


全身を掴まれていて身動きが取れないまま、全身の魔力が全身のありとあらゆる所から霧のように抜けていく。

そしてその魔力は、新橋の髑髏の口に吸い込まれるようにして消えていくのだ。

「こいつ……っ、俺の魔力を食ってんのか!?……ぐっ」

『ティアーシャ…!!』

魔力とは、魔法を使ったりする媒体として使われ、同時に生命を司るエネルギーでもある。故に大量の魔力の消費は命に関わるのだが、この場合短時間に普通の魔法では使い切れない程の魔力を吸収されている。なされるがままにしていれば、命が果ててしまうのも時間の問題だろう。

「……あ、が……」

まるで、精神を針で突かれているようなな苦痛。それは拷問にも等しいものであった。

髪の毛の色も、魔力によって変色させている為にその魔力が枯渇し、元の赤色にへと戻ってしまっている。

「……っ、くそっ」

何か無いか、と辛うじて手が動く範囲で持ち物を探る。ダガーナイフ、ではどうしようも無いだろう。

そうしている内に、指に何か固いものが引っかかる。

「……っ、これは」

調度手に合うように作られた取っ手を握り締め、ぐい、と引き金を引く。


『っ……!?』

「がっ……」


新橋が驚いたような表情と共に、ティアーシャを拘束する無数の手を緩める。彼女の体は空中にへと投げ出され、地面に激突して顔を歪める。

『そ、それは……?』

「……トコル、さんきゅな」

それは、トコルから受け取った試作品の回転式六発装填の拳銃。弾薬には神聖力の込められた大樹の木材が使われていて、その弾丸が一部分ではあるが拘束していた無数の骨を破壊し緩めさせたのだ。

『安心してる場合ではありません……!早く体勢を……!』

「……っぐ、動か、ない」

ホッと息を着いているつかの間、新橋の巨体が再び動き出した。すぐにでも距離を取るなり、次の攻撃を避ける用意をしなくてはならないと言うのに、上手く体が動かない。

『待ってください。私があなたのダメージを肩代わりして……。……っ、で、できない?まさか……、私達が離れている間に魂の一致性が……?』

「そもそも……、それはやるなって言ってただろ」

『ですが……!!』


『ティ、アーシャ……!!!!』


新橋の十数メートルはあろうかという巨大な足が迫る。あれに踏み潰されてしまえば跡形もプレスされて煎餅のようになってしまうだろう。


「……くっ。………………ぁ」


目を細めて迫り来る巨大な骨の足を睨みつけていると、視界の端に何かが瞬いた。

そちらに視線をやると、その輝きの主は既にバラバラに砕かれたティアーシャの短剣。そのバラバラになった短剣の破片の隙間からチラチラと光が瞬いているのであった。

「……ぁ、れは」


刹那、全身にとてつもない重量がのしかかり全ての感覚が消滅した。






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