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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
第7章 絡み合う二つの世界
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第97話 影、それは虚無に落とされしモノ

97話

「っ……!!お兄ちゃん……っ、ヘデラさんっ……」

病院の一室から指示を出すために外の様子を観察していた楓が、はっと息を飲む。

飲み込まれた。闇に、二人が。

「……。無事で、いて」

けれど、そこで気を動転させて我を失う訳には行かない。今、彼女の役割は無線を通じて全体を統率すること。

楓が指示を放棄すれば、戦闘慣れしていないここの戦闘員達はバラバラになり、防衛線の陥落が容易となってしまう。

そうこうしているうちに、駐車場にへと仕掛けた罠も切れ、病院本棟に向けて影の軍勢達が迫り来る。

『……楓よ。気をしっかり持つのだ。今、ここにいる人間は、お前に託されているのだぞ』

顔の横に、伸びてきた大樹の根が現れ囁く。

「……分かっています。……でも、もうあまり時間が無い」

『焦りは禁物だ。確実に、丁寧に。それが全てを円滑に進める術だ』

「……はい」

楓は、手の中に宿る黄金色の輝きに目をやった。

まだ、時間が足りない。

彼女は手の中の通信機を手に取り、一呼吸置いてから口を動かした。

「……作戦、第一段階成功です。続いて第二段階へと移ります」

そう、静かに告げると楓は通信機を上着のポケットにねじ込み、部屋の扉を開け放った。

「……私も、行かないと」

髪の毛を二つに分けて束ねるヘアゴムを外し、一つに纏める。

もう、少女は守られる存在ではない。

「……私も、戦う」

少女は誰かを守ることが出来る存在になるべく、一歩を踏み出した。



――



「うん、やっぱりエルティナを分断させただけじゃ止まらないよね」

エルティナとヘデラ、そしてティアーシャが消えた駐車場でトコルが妙に納得したような表情で頷いていた。

その視線の先には、未だゲートからワラワラと現れる数々のモンスター達。しかもタチの悪い事に、ゲート自体もこちらに距離を詰めてきており、更に生み出すモンスターの量もペースも明らかに増している。

「弾はまだある?」

「……いや。ほとんど撃ち切ってしまったらしい。あって数発だ」

トコルの隣で、男は空になった小銃のマガジンを振って放り投げる。

「その様子だと他の面々もきつそうだね」

尻目で他の面子を確認してみても、ほとんど同じ状況のようで、これ以上の駐車場を前線とする戦いには限界が見えていた。

「よし、引こう。無意味にここで耐えて怪我人を出すのは良くないと思うし。……良いよね?楓ちゃん」

『ええ、お兄ちゃん達が戦いにいったのであれば、後は時間の問題でしょうし。……私達は耐えることが最優先ですから』

トコルがポケットから取り出した通信機に呟くと、そのガラス玉から楓の声が返される。

「分かった。……よし!みんな、中に引くよ!」

彼女のはち切れんばかりの声量は、駐車場を守る全員に伝わり、全員がその場に装備を置いて病院の入口であるガラスの二枚扉に向かって駆け出した。

「よしよしよし、来い来い来い」

しかし、その小さな体躯は未だに駐車場に残っていた。

次々に迫る怪物達に対してその道をその身で塞がんとするように立ち塞がり、口端に笑みを浮かべてじっとその機会を待っていた。

そして、怪物達がトコルの目前に迫ろうとしていた時。かっと目を見開いたかと思えば、懐から取り出したスイッチを天に掲げ、指で押し込んだ。

刹那、その爆風と粉塵が巻き起こり、駐車場が跡形も無く爆散する。

「へっへー!!これだけ大きな場所を爆破するのは楽しいね!!!」

モロに爆風の範囲に立っていたトコル本人はと言うと、彼女は自身のお手製グラップルガンを病院のガラスドアのすぐ脇に撃ち込んでおり、その巻き上げる勢いで爆風の被害からは逃れていた。

ちらり、と背後を振り返ると爆風に巻き込まれた影で生み出された怪物達は跡形も無く消滅。相当数の怪物達の量を減らすことに成功した。

されど、それら怪物を生み出すゲートは未だに健在でジリジリと距離を詰めながら懲りずにモンスターを作り出している。

「へっ、第二ラウンドだよ」

トコルは後ろ向きでドアの隙間に入り込み、男達の力を借りて扉を閉じ、それぞれを配置に付かせた。

「おいおい、あの子。一人で近接戦をしようってのか?……流石に無茶だろ……」

病院内のロビーに築いたバリケードの隙間から武器を構える男の内の一人が小声でボソリと呟いた。

「駐車場の時に居なかったのか?……少なくとも、俺達が束になっても勝てないよ。あの子には」

「……そうは見えないけどなあ」

男は若干不服そうに、チャンバー内に込められた弾を確認する。

「みんなは入口を入ってくる敵に集中して!入ってきた敵は私が処理するから!」

「へっ、ありがたいこった」

先程トコルの隣で戦っていた男が苦笑を交えずつ小銃のフロントサイトとリアサイトを合わせる。


ガラス越しに見える、迫り来る怪物達。

屋上からの掃射である程度数は削れているものの、それでも幾つかは攻撃を抜けてガラスのドアにぶち当たってくるものがいる。

やがて数体がガラスにぶつかり、それに大きく亀裂が入る。一度亀裂が入ってしまえば、そこは起点となる。

絶え間なく襲いかかる衝撃に、ついにガラス越しドアは耐えられなくなり、高らかな音を立てて粉砕する。

「撃てえっ!!!」

そのトコルの声で、ロビー内は銃声に包まれる。と、同時にガラスドアが破れ建物内に怪物が流れ込んでくる。

トコルは腰に掛けている木の槌を手に取り、手首をグルングルンと回し銃弾の雨を抜けてきた狼型の影の喉笛に目掛けてそれを振るう。

鉄を打つ小人族由縁の剛腕によって振るわれた槌の破壊力は凄まじく、神聖力など微塵も込められていないのにも関わらず、影の狼を粉砕する。

「す、すげえ」

銃声に紛れて感嘆の声が聞こえた気がするが、そちらに意識は向けずひたすらに槌を振るい続ける。

少し余裕ができ始めた所で、手の甲のパチンコ装置を跳ねあげ腰のポーチから雑に鷲掴みで取り出された玉を撃ち放つ。

この玉も、大樹の神聖力に満ちた木を圧縮して作ったものである。鉄玉のようなずっしりとした重みがあり、当然神聖力が込められているから影の怪物達に当たれば一撃である。

そして距離を詰められればすぐさま槌で撃退する。遠近共に交戦距離によるダメージリソースが尽きない、それがトコルの戦闘スタイルの強みの一つである。

「っち、豚人達だよ」

ガラスドアを潜り、その巨体を晒したのは影で作られた豚人。すかさず木弾を放ち、一体を消滅させるも、その背後からすぐに新たな豚人達が流れ込むようにしてその姿を露わにする。

「注意を引きつけるからその内に狙うんだ!」

堤防が決壊したダムの水のように入り込んで来た豚人達を、槌を振るい弾き飛ばす。その合間に、背後からの援護射撃でその巨体は少しずつだが数を減らしていく。

しかし、如何せん量が多い。いくら援護があるとは言え、その多くは戦闘と掛け離れた世界に暮らす一般人。故に打ち損じや、糾弾不良などで弾が止まることが度々起こっている。

加えて、手数が豊富とは言えトコルも対複数の戦闘はそこまで得意という訳では無い。一撃一撃のダメージは大きけれど、数が多ければそれによって押されてしまう。

「っぐ」

内一体の豚人が、仲間に振るわれた槌を下から打ち上げる。体重の軽いトコルはそれだけで大きく体勢を崩し、全身を無防備にさらけ出してしまう。

「しまっ……!?」

そう思った時は既に遅い。防護の行われていない彼女の胴体に、巨大な拳が振るわれ、まるで撃ち出された砲弾の如くその小さな体躯が吹き飛ばされる。

「が、あっ……!」

何とか最小限のダメージで済ませようと、壁に激突する寸前で受身を取るも、その衝撃で息が漏れ全身に激痛が走る。

「だ、大丈夫か!?」

壁に激突し、地面に崩れるトコルを見て男の一人が銃を起き、駆け寄ってくる。

「……わ、私は大丈夫だからさ……。それよりも……」

視線をガラスドアの入口の方へ向けると、既に入口は完全に決壊。ワラワラと滝のごとく流れ込んでくる敵達を、処理しきれておらず次々と内部に侵入を繰り返されている。

「……ちっ」

トコルは心の中で悪態を着いた。神聖力を持たぬ面子でどこまで守りきれるか。正直消耗覚悟の防戦だとは思っていたけれど、ここまで進行が早いとは予想していなかった。

防衛地点を更に奥に下げてもいいが、それは最終防衛地点に一つ布石をかけられたことになる。ティアーシャ達の戦いがいつ決着が着くか分からない以上、軽率な判断は許されない。

トコルはきり、と唇を噛んだ。この場の指揮権は全て自分にある。つまり、自分が下がれと言えば彼らは有無を言わず後退するだろう。

しかし、ここの判断。ここで耐えられる時間によって、後々の戦況は大きく変化するだろう。されど、このまま防戦を行えばこちらにも被害が出かねない。戦う事を決意してくれているとはいえ、戦いに巻き込んでしまった以上その身に傷跡を付けさせることはさせられない。


「……く」


痛む全身に鞭を打ち、槌に体重を掛けて立ち上がる。幸い、痛みはあるがダメージはさほど大きくはない。これならしばらくの戦闘は厳しくとも、ある程度動くことは出来るだろう。


「……皆!……後退を……!」



苦渋の判断で、そう叫ぼうとした時だった。



「……っ、な、何だ?この光は」



隣で、身を守ってくれている男が零した。

次に、視界に蛍のような柔らかな光が舞っているのがチラチラと写り始める。


「……あったかい」


指先に、ポトリと落ちたその光は、柔らかく心落ち着く温かみがあった。

と、同時に先程まで体を蝕んでいた痛みが徐々に和らいでいく。


「これは……」


周りを見回せば、他も同様光の粒が空間に舞い、その光に皆が困惑した表情を見せている。

そしてその光の粒が、影で作られた怪物達に触れた刹那、パンパンにふくらませた風船を画鋲でつついたかのように弾けて消えてしまった。


「……神聖力……?」


トコルが立ち上がり背後を振り返ると、そこには見慣れた一人の少女が凛とした表情でこちらを見て立っていた。


「トコルさん、皆さん、遅くなりました」


「……さすが兄妹、だね」


トコルは、思わず感嘆の息を漏らした。数時間前までに顔を合わせていたその少女の、その顔は。

覚悟をその身に決めた、兄の顔にそっくりだったから。



――




「っ、ここは……」

一瞬自分が目を瞑っているかと錯覚する程の、闇。なにか無いかと周りを見回せば、そこには唖然と立ち尽くすヘデラの姿があり、安堵の息が漏れる。

前に、エルティナが閉じ込められた際に飛び込んだ空間と同じだ。けれど、今回は足に地面の感覚がある。戦いやすいように、慈悲でも掛けたつもりなのだろうか。

「う……、凄いやな感じ。嫌に温度の高い蒸し風呂みたい」

「あー、分かるよ。分かる。サウナに入ってるみたいだな」

確かに、肌を襲うこのジメジメとした感じはサウナや蒸し風呂に入っている時の感覚に近いかもしれない。

「バーニャ!!」

「……なにそれ」

「……んでもない」

白樺の葉を束ねた物でも無いかと辺りを探すも、そんなものあるはずも無く。

若干目を逸らしながら、体の表面に神聖力の膜を貼る。

神聖力を作る元となる魔力は、まだ十二分に残っている。もちろん、見境なく使う訳には行かないがこの時の為に節約しておいたのだ。ようやく全力を持って対局出来ると言うものだ。

「……いやいや、感服感服。よくもここまで来れたよ。褒めてあげる」

どこからか、少し低く嫌に鼻に付く声が空間に響き渡る。

「……誰?」

聞き慣れぬ声に、ヘデラは短槍を構える。

てっきり、再びエルティナの声が聞こえると思っていたものだから、ティアーシャも思わずはっと息を飲んだ。

「……へえ、やっぱり」

ティアーシャの口端が吊り上がり、目が大きく見開く。

上方から、まるでマリオネットの如く両腕をだらんとぶら下げたエルティナが舞台の垂れ幕のようにゆっくり、ゆっくりと下がってくる。

「エルティナ……!」

「……ぅ」

ヘデラが声を上げると、エルティナの眉が震え、小さく呻き声が零れた。

「感謝しているよ。まさかこんな上質な肉体をプレゼントしてくれるなんてね。肉体はどうしても必要だったんだ」

また、男の声。

ヘデラにとっては、初めて聞く声なのだが。ティアーシャは無意識の内ににやけてしまう、嫌にも聞き覚えのある声だった。

「生きてやがったのか。テメェ」

「死ぬつもりはないよ。()()

エルティナの隣に、ぼうわりとした煙が立ち上る。そこに立っていたのは、誰でもない。最もティアーシャの、楓の憎むべき相手。



「新橋……!!!」




「久しぶり。もう一回殺してあげようか」




新橋。ティアーシャが、この肉体を手に入れる原因を作った人物。

楓の実兄で、ティアーシャと楓とは違い、確かな血の繋がりがある。

過去に、荒幡ススム(ティアーシャ)、ススムの実母、実父を手に掛け、ティアーシャが『天道』の力を手に入れて幼児化していた時の姿こと雪もその手に掛かろうとしていた。

最終的に、ティアーシャが『天道』で()()の空間に追放し、事は解決したかに思われていたのだが。

「今度こそ、息の根止めてやる……!」

煙の如く、はっきりとしない彼の姿に神聖力を込めた短剣を持って斬り掛かる。

が、その刃は空を斬りティアーシャの体も彼を貫通してその先へと抜けてしまう。

「……っ!?」

「悪いけど、もう肉体は無くなっててね。……だからこそ、こうして……」

「……ぁっ!?」

新橋の手が、エルティナの額に触れる。その瞬間、エルティナの目が見開き、苦悶に満ちた声がその口から溢れ出る。

「くそっ!!何してやがる……!」

「言ったでしょ?肉体が必要だって。こうすれば、力に満ちたこの体の中に入る事が出来る」

「……あっ、がっ……ああっ……!!」

「エルティナッ!!」

ヘデラがその体に飛び付き、新橋から引き剥がそうとするも、その身はビクとも動かない。

「……たす、け」

「……っ」

涙が溢れるその瞳が、ヘデラの方を向いた。けれど、彼女は今何もしてやる事が出来ない。その自身の無力さに、ヘデラは唇を噛み締めて目を逸らした。

「……ぁ」

「っ、ヘデラ!離れろっ!」

「っ!!」

本能か、それともこれまで戦ってきた経験故の勘か。ティアーシャの叫び声と同時に咄嗟に距離を取ったヘデラの、元立っていた場所にエルティナによる鋭い斬撃が放たれた。

「……っ、あぶなかった……」

「さ、続きを始めようか。ここなら邪魔は入らない。正真正銘の真剣勝負さ」

新橋の姿は既に消え、代わりに意志を吹き込まれた人形のようにエルティナが顔を上げ、彼女の声で彼は宣戦を布告する。

「ゲス野郎が……!」

ティアーシャが、逆手に持った短剣を横薙ぎに振るうも、どこからともなく取り出した彼女の双剣によってその刃は彼女の首元で動きを止められる。

「雷光!!」

しかし、もう神聖力をケチる必要は無くなったのだ。全てはこの時のため。温存していた神聖力を存分に使うのだ。

刃と刃がぶつかり合い、火花を散らす短剣に体重を乗せ、更にそこに神聖力を雷魔法を合わせた蹴りを打ち放つ。

「甘い」

されど、その蹴りは彼女のもう一方の腕によって上方に弾き飛ばされ、ティアーシャの体は大きく宙に浮き上がる。

「風刃っ!!」

しかし、そこで簡単には終わらない。空中に浮き上がったまま至近距離で風魔法で作った無数の刃を放つ。

「……くっ」

流石にこの距離は避けられない様で、双剣を構えて全身を防御する形になる。


「『風よ、私に加護を』」


その背後には、既にヘデラが回り込んでいる。風の魔力で自身の移動速度を強化した、淡い翠色の光に身を包んだ彼女の携える神聖力に満ちた槍が、エルティナのがら空きになった背後より振るわれる。


「っ!」

決まった。確かに手応えはあった。

浅はかにもそう思ってしまったのだが。



「……っが、な……っ!?」



「っ!?ティ、ティール!?」


ヘデラの手に手応えがあったのは間違えない。けれど、それはエルティナに対してでは無い。

()()()その場に立っていたティアーシャの脇腹を、その切っ先は深々と貫いていた。

「……がふっ」

「ティール!?」

何が起こったのか、全く理解出来ていない表情のままティアーシャが口から血の塊を噴き出す。

慌てながらも深い傷にならぬよう、静かに短槍を引き抜き、ヘデラはティアーシャに駆け寄る。

「そんな仲良くさせる時間は与えないよ」

「がっ!?ぐっ……!」

しかし、二人の間に割り込み現れたエルティナの乱雑な足払いによってヘデラは体勢を崩し、彼女の持っている双剣の柄で鳩尾を殴打され、少し吹き飛ばされて全身を地面に打ち付ける。

「……何が起きたか分から無い様子だね」

「……ここは、お前のフィールドってか……?ぐっ……」

シャツ越しに血の溢れる脇を、手で押さえ付けてはいるが、その勢いは止まらない。

不得手ではあるが、その傷に治癒魔法を掛け出血だけでも止めようと試みる。

「その通り。この何も無い空間では、全てが僕の意思次第なんだよ。流石に君達の存在まではどうしょうもなかったけれど」

エルティナは不敵な笑みを浮かべながら、手に持つ双剣を弄ぶ。

「……あんまり……、舐めてると痛い目みるぜ?」

「そっくりそのままその言葉を返そうかな」

「んなろ……!」

調子着いて近づいてきた所を見計らい、一撃を食らわせんと短剣を叩き込む。

が、刃が肉に食い込む既のところで彼女の姿は霧のように消え、短剣は空を切る。

「……がっあ……」

すぐにその行く先を見つけねば、と振り返ろうとした矢先。飛んできた刃を腹部に受け、崩れ落ちる。

「『聖雷』っ……!!」

「あー、邪魔しないでくれる?後で遊んであげるからさ」

ヘデラが地面を槍で貫くと、神聖力の塊が上空に弾けそのまま雷の如く轟をもってエルティナの頭上に落ちる。

しかし、まるで赤子の手を捻るようにしていとも容易くその攻撃を躱し、じわりじわりとヘデラとの距離を詰めて来るエルティナ。ヘデラは再び風魔法で身体強化を行い、詰められ過ぎぬように距離を取る。

その速度は、普通の者は決して目では追えないだろう。あまりの素早さに、残像さえ見え目を回してしまうはずだ。

「『業火』」

エルティナの注意がヘデラに向いた隙に、ティアーシャから背後から攻撃。炎の渦が彼女の手より放たれ、エルティナの姿を飲み込む。

「ティール!」

その声を聞き、手を伸ばすとヘデラがその手を掴み、抱えるようにしてティアーシャをその場から距離を取らせる。

「大丈夫?」

「っつ、大丈夫。これくらい大した傷じゃない」

と、口では言っているものの。

斬撃を受けた腹部は赤い筋が走っている上に、ヘデラにより受けた脇腹の傷は重く額には脂汗が滲んでいる。

本人は隠すように手で抑えているも、その隙間から血流が溢れ出ている。

「よく言うわよ。無理はダメよ」

「分かってる」

ヘデラの手を借り立ち上がり、退屈そうにこちらを眺めて待っているエルティナの方へ向き直る。

「ああ、話は終わり?退屈で寝そうになったよ」

「……ふん」

ヘデラが小さく鼻を鳴らした。

「ティール、少し休みなさい。……私が戦うから」

「な……、無茶だ。二人でもキツイってのに……、一人でなんか」

無謀。そう言おうとしたところで、彼女の気迫に口を閉ざされる。

「いつまで余裕でいられるかしら?」

エルティナは杖の柄で地面を数回叩いた後、再び疾走を始める。エルティナを中心に、円を描く様にして走り、時々挟む攻撃のタイミングを掴ませない。

しかし、攻撃のタイミングをズラそうがエルティナには目視で攻撃を防がれてしまっている。

それではまるで意味が無い。

「……ヘデラ……?」

確かに、間に挟む攻撃でエルティナを叩く事が出来れば。大きなダメージを与えられるだろう。しかし、それにしてはあまりに単調。

無謀を嫌う彼女がするとは思えない行動。

「……何か、策が?」

そう、考えた時だった。

「終いにしよう。飽きた」

「……ぐっ……!?」

そう言って空に双剣を振るうエルティナ。

何に向かって攻撃したのかと一瞬目を疑うと、次の瞬間、右肩から左大腿部に掛けて大きな血飛沫を撒き散らしてよろめくヘデラが現れた。

「……ふうん、首を狙ったんだけどな。外したみたいだ」

エルティナは双剣に絡みついた鮮血を振り落とし、槍を地に着いて息を付くヘデラを見やった。ヘデラは口端に微笑を浮かべ、震える体に鞭を打ち再び走り始める。

「っ、無茶だ!ヘデラ!!その傷で走ったら……!!」

「そろそろ限界だろう」

そうエルティナが吐きこぼしたかと覚えば、まるで乾いた空気に響く銃声のように。高らかな音が空間に轟いた。


「……あっ……がっ……」


刹那、ヘデラが足を抑えて地面に崩れ落ちた。


「ふん、その体でそれだけの力を使えば限界がくるのが普通だよ」


エルティナが一瞥して鼻で笑う。


「ヘデラ……」

「……」


表情が苦悶に満ちた彼女の足。よく見るとその腿の双方から血が溢れ、骨すらその隙間から見えるようであった。

魔力を足に流し、移動速度を一時的に限界まで引き上げる。彼女が行ったその行為は、その身に、その筋肉に多大なるダメージを与える。

短時間であれは、まだいい。されど、先のような連続での長時間の使用は、足を破壊する。皮は裂け、筋肉は弾け。

その足は、まともに動くものでは無くなってしまう。


エルティナが、体の向きをヘデラにへと向けた。

「……まあ、数は少ないに越したことはないし。先にこちらから始末させて貰おうかな」

彼女は双剣を持つ両手に力を込め、一歩、一歩と彼女との距離を詰めた。

「……!!」

ティアーシャは咄嗟に彼女の元へ駆けつけようと足に力を入れたが、踏みとどまった。

何故なら、彼女の目を見たから。

痛みに悶絶しているが、鋭い目はこちらに向けられている。

……諦めていない。

ほんの一瞬、彼女の口端が緩んだ。まるで、それまで痛がっていた様子は、全て嘘かと言わんかのように。


(何を……?)


必死に、手に握った短剣に力を込める。

彼女に策がある。確かに何かしらの策があるようには見えるが、そう見えているだけで真実かどうか定かではない。

策があって、それが何か起死回生のチャンスになればいい。けれど、もしそうじゃなかったら?

さらに策があったとて、それが成功するとは限らない。失敗して、ヘデラが殺されるのをみすみす見ているだけで良いのか?


「……」


固唾を、飲み込んだ。

まるで時の流れがゆっくりになっているかのような、不思議な感覚。

やがて、エルティナの双剣が彼女のか細く色白な首に振り下ろされる。


「掛かった」


刹那、エルティナの姿が消えた。

いや、消えたのではない。認識できない速度で、後ろに大きく下がったのだ。


「っ……!?」


足も破壊されたし、体の全面にも大きな傷を与えた。流石にもう動けないだろう、そうタカをくくっていたエルティナは唖然とし、彼女の双剣は空を切る。


「糸よ!!!」


距離を取ったヘデラが、指を閉じ見えない何かを全身を使って引く。

すると、先程までヘデラのいた位置を中心として地面に何重にも円を描くようにして設置された光の糸が出現し、目にも止まらぬ早さでエルティナの体を縛り上げていく。


「っく、ぅう!?」


「ティール!!」


やがて地面に落ちた糸の全てがエルティナに絡みついた。その瞬間にヘデラが声を荒らげた。


「っ、ああ!」


ヘデラの声に我に返ったティアーシャは、短剣を鞘に納め、掌に神聖力を込めて地を蹴った。




「帰ってこい!!エルティナ!!」


ティアーシャがエルティナの額に手を触れるのと、ヘデラが糸に神聖力を流し込むのは、ほぼ同時だった。






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