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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
第7章 絡み合う二つの世界
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第96話 開戦


『ふぅん、どうやら最後まで足掻くようだね』


「……ぅ」


激しい頭痛と共に意識が浮かび上がってくる。

ここは、一体。

ああ、そういえば。


「……取り込まれましたか」


闇に侵食され、そこからティアーシャ達を襲撃し。

一片の記憶を思い出すと、それを起点に滝のようにその他の情景が脳裏に溢れ出してくる。

ティアーシャが、自分の腕と足を切断して血飛沫を撒き散らしながら落ちていく様。

 

命懸けで彼女を守ろうとする、その仲間達。


『そう、君はその手で仲間を手にかけようとしているんだよ』


甘く、ねっとりとした声が頭の中に響き渡る。


「……結局、何が目的なのですか。あなたは」


『……』


「答えませんか」


それ以上、聞く体力も無かった。今は、泥のように眠ってしまいたい睡魔との対決。

けれど、ここで眠ってしまえば、私が次起きてこられる事は無いのだろう。


『最後の最後に自我を取り戻すなんてね。やはり神の恩恵を受けているだけある』


「……そこまで私の事を知っているなんて。ストーカーか何かですか?」


苦し紛れの嘲笑を口から漏らす。


『……おや、君の仲間が頑張っているよ。ほら』


「っ、皆さん」


視界に、最前線で奮闘するヘデラさん、トコルさん、ティアーシャの姿が。

まだ余裕そうではあるけれど。

無限に近い私の力を引き出して使えるこの敵の前では。あまりにも儚い戦力すぎる。


『少しだけ借りようか、その力』


「……ぐっ、がっぁぁっ!?」


全身から、光が漏れる。

その光は、ある程度中に舞った後輝きを失い闇に同化する。


「……っ、はあっ……はあっ……」


まるで血液を機械で吸い取られている、そんな気分。頭はクラクラするし、全身から力が抜けていく。


『やはり君は最高のエネルギー源だよ。本当に助かる』


「タダで渡すとは……言っていませんが」


『へぇ、まだそこまで自我が残ってるなんて。感心感心』


「あっぐぁっ……」


『君の力で、仲間が滅んでいく姿を見てみなよ。自分が無力なせいで、仲間が死んでいくのはさぞ滑稽だよ?クックッ……アッハハッ』



嗚呼、皆さん。

すみません。


こんなことを言うのは我儘なのでしょう。


生命監督機関アダマス様から使わされた神の使いである私が、こうも易々と敵に利用され、その力であなた達を苦しめてしまうなんて。


本当に我儘です。

でも、もう、私は。

私では居られなくなってしまいそうです。


嗚呼、ですから。


今すぐ




「……助けて」




――




「二人とも、張り切りすぎないでよね!今は温存だよ温存」

「わあってるよ!」

短剣に神聖力を纏わせ、一閃。

水平に伸びる光の刃によって幾つもの狼が葬られる。

「……心配は無用よ。トコル。それはあなたが一番よく分かってるでしょう?」

「……まあそうだけどさあ」

トコルがバツの悪そうな顔で真横を通る狼の顔を槌で殴り付ける。


『お兄ちゃん達!敵の種類が変わりました!』

「おっけー、報告助かる」

ポケットの中の通信機から楓の声が伝わってくる。

彼女の言うように道路の奥に目を凝らすと、そこには新たにゾワゾワと影が降りてきて、また別の形を創造し始める。

「ありゃあ……、豚人(オーク)か?」

「みたいだね。この間倒したやつよりは全然小さいからまだ良いけども」

それにしても、無尽蔵に敵が出てくる状況で豚人(オーク)を出されるのはちと骨が折れる。

一体一体倒すのに時間がかかるし、体力もかかる。

「はぁ、少し引くか」

「うん、そうだね。あれは銃と罠で体力を消費せずに倒そう」

俺達三人はまるで氷の上を滑るかのように静かに後退する。途中、罠が仕掛けてある場所を踏まぬようにそれぞれに書いてある印に目を配って前線組の脇につく。

「あんた達、只者じゃないのは分かってるけど、凄いな。その身のこなし。一体何をしたらそんな……」

トコル製の小銃を土嚢越しに構える一人の男がこちらを見てぼそりと零した。

「何十回も死にかけたらみにつくんじゃないのかな?」

「冗談キツいってトコル。百回くらいは必要なんじゃねーの?」

「はは……」

男は失笑を漏らした。俺だって死にかけたのは両手で数えられるくらい……のはずである。

「さ、来るぞ」

屋上からの一斉射撃を抜けて駐車場にへと躍り出る豚人(オーク)の影達。

ここで、一つ目の罠が発動。先頭の豚人(オーク)が地面を踏んだ瞬間に高性能爆薬が起爆。粉塵と共に付近数体の影が塵となって消滅する。

『駐車場の皆さん、射撃を開始してください!』

楓の通信機からの指示に、それぞれが従って与えられた銃のトリガーを引く。

先の重機関銃もそうだが、それらの銃の弾丸は鉛製ではなく木製。木製の弾薬なんてそもそも作れるのかという話なのだが、そこは大樹さんパワーで何とかなっている。

それに大樹の神聖力を込めた木を元に作っているので、影に対する効果はてきめん。当たりどころが悪くても影への威力は相当なものとなっている。

舞い上がる粉塵の奥へと撃ち続けられる銃弾の雨は迫り来る豚人(オーク)の影を次々と倒していき、もはや影の生産すら間に合わないほどになっていた。

『屋上班、今のうちに再装填を。撃ち切っていない方もなるべく弾帯を取り替えてください』

ここで楓からの再装填(リロード)指示。弾幕射撃を行う重機関銃はマガジン交換ではなく、その上部より供給される弾帯によって再装填を行う。

重機本体のカバーを上げ、それまでに使っていた弾帯を取り外し、更にそこから新しい弾帯を装填する。弾を打ち切っていた場合、チャンバーに初弾を送るためにチャージングハンドルを引く必要がある。

慣れている軍人でさえ時間のかかるこの行程を、ただでさえ戦闘に慣れていない一般市民が行うのには相当な時間を有する。

この数日間である程度の訓練は行ったものの、それぞれの習熟度にもバラつきがあり、そう易々とできるものでは無い。であるからして、戦闘中にそれぞれが弾帯を取り替えるのはあまりにもリスキー。敵が少ない今こそ再装填の絶好の機会なのだ。

『屋上の方々はしばらく様子を見てください。銃身に不可がかからぬように調節をします』

弾を一定時間内に大量に撃ち続けられる重機関銃は、弾薬を発射する機構に多大なる不可と熱量がかかる。無理に撃ち続けてしまえば、銃身に膨大な熱量が溜まり、曲がったり銃そのものに動作不良を起こしかねない。

ある程度撃ったら冷えるまで休ませるか、銃身そのものを取り替える他ない。

「っ、弓兵のご登場だ」

そろそろ接近できないことに痺れを切らしてきたか、遠距離でも戦闘が可能な弓兵を投入してきた。

闇からその姿を現すと、横に隊列を組み一列になって進軍を始める。

『弓兵です。弓を構えるのを見たらすぐに頭を下げて下さい!こちらでも合図を出します!』

そう楓が言った傍から、弓兵は一斉に弓を番えこちらに向けて矢を放ち始める。

『隠れて!』

弧を描いて飛来する矢が、空を埋め尽くさん勢いでこちらへと向かってくる

「トコル!!」

「あいよ!任された!」

トコルが懐から一つ、ボタンの着いたスイッチを取り出して起動する。

すると、駐車場の脇の数箇所に配置された装置から白色の煙が噴出され、駐車場の上方を雲のようにして広がる。

やがて、闇で形成された矢が着弾。するかと思われたが、その雲のように広がる煙が矢の到達を防ぎ、俺達の頭上で攻撃を散らしてくれる。

「ほっほ!即興で作ったけど上手くいったよ!煙幕型のシールド」

「これでしばらく弓兵の攻撃は気にしなくてよさそうだな」

トコルが胸を張ってニカニカと歯を剥き出す。

「極小サイズに砕いた小石を噴出させて、重力魔法で浮かせる。質量を持つ物体相手には意味をなさないけど、魔力を固めたようなものなら途中で相殺してくれるよ。名付けて防弾スモークさ!これくらいの質量であれば私の少ない魔力でも重力魔法で浮かせられるからね」

トコルを手を天に掲げて重力魔法で煙を操る。

「その間私は何も出来ないから、皆に任せるけどね」

「ああ、大丈夫だ」

俺も土嚢に立てかけられた小銃を手に取って、土嚢に銃のハンドガードを乗せ、前方のフロントサイトと手前のリアサイトを合わせて引き金を引く。

輝くマズルフラッシュと共に弾丸が発射され、最奥の弓兵の脳天を貫く。

「わお、なかなかに精度良いじゃねえか」

体の部位によるダメージの変化があるのかは定かではないが、その弓兵は蒸発するかのように静かに消えていく。

「遠くを見れるようにレンズを二個乗せて角度さえ調節すれば二百メートルくらいまでしっかりと

届くよ」

「とは言え俺達は片手だから一人じゃそうそう使えないけどな」

土嚢に乗せている為今は安定しているが、これを片手で撃とうものなら天に弾丸が飛んでいくだろう。

進行してくる豚人(オーク)や狼は他の面々にまかせ、俺は弓兵の狙撃に意識を集中させる。

トコルの防弾スモークは、質量を持つこちらの弾丸は影響無く通す。それをトコルが盾のように展開すれば俺達は一方的な射撃が可能という訳だ。

「ただし……キリがねぇな」

作戦を立てた時から予想は着いていたし、思考の範疇にもあったが、如何せん数が多すぎる。

「っ、と」

遂に小銃の引き金だけが引かれる音がし、その手応えも軽い。弾倉内の弾薬が切れたようである。

「この分だと他の面々の弾薬も結構厳しそうだな。一回三十と一発なんてすぐに切れちまうぞ」

「一応屋上の分の弾薬は多く見積ってるよ。それでも無駄撃ちが増えれば増えるほど消費は増えていくだろうけどね」

トコルが眉間を窄めた。いくら低コストで作れるもはいえ、その数にも限りがある。

その限りが尽きるよりも先に、エルティナを後衛から引っ張り出して俺達で叩かなければならない。

「っ、そうだ。ティアーシャに渡しておく物があったんだ。ヘデラ、私のポーチ開けてくれない?」

「いいけど……」

トコルの腰のポーチをヘデラがたどたどしく開ける。

そのポーチの中には彼女の武器である色とりどりのガラス玉がギッシリと詰め込まれていて、その中に見慣れない物が一つ、雑に突っ込まれていた。

「ティアーシャ、それを君に。数多く作れなくてそれ一丁だけなんだけど、きっと役に経つかなって」

ヘデラがポーチから『ソレ』を取り出して俺に手渡してくれる。

「これは……」

ずっしりとした重みに金属の冷ややかさが手に染みる。片手に収まらない程度の大きさの、形からして六連式の拳銃か。

「見ての通りだよ。ティアーシャなら分かるでしょ?弾薬も特殊で火薬量も多めに作ってる。……まあ、そのせいで今シリンダーに入ってるその弾しか無いんだけどね」

トコルがこちらを向いて苦笑を浮かべる。

「……ありがとう。いざという時に使わせてもらうよ」

とはいえ、ホルスターも何も無いので俺は『天道』で倉庫として使っている空間にしまっておいた。

『皆さん警戒を!また別の種類の影が出てきています!』

「っ、あれは……。鳥か?」

目を凝らすと、影達はゲートの元で中型の鳥の形を形成し、群れを成して空を飛び、一斉にこちらに向かってくる。

「っち、トコル!頭を下げろ!」

「今下手に動いたら重力魔法が……あっ!?」

天に掲げて重力魔法を操作するトコルの手から血飛沫が散る。

鳥の形を成した影がトコルの手を鋭い爪で攻撃してきたのだ。

刹那、重力魔法が解除。彼女が操っていた粉塵がコントロールを失い四散していく。

「トコルっ……!」

バランスを崩したトコルを片腕で支え、土嚢の裏に運ぶ。

「いっつ……。ご、ごめん。すぐに重力魔法を……っ」

彼女の攻撃を受けた右手は、手袋越しではあるものの、それすら大きく裂けていて、血に塗れた肉が垣間見えていた。

「無理すんな!両手ともおじゃんにしてぇのか!?」

反対の腕を再び空に掲げようとしたところを、押さえ付けるようにして止める。

「……くっそ、トコルの対策までしてきやがった」

「ティール、これを」

ヘデラが懐を漁り、俺に液体の入った小瓶を放り投げる。

「これは?」

「トゥルナの作った万能薬。かけておけばある程度の傷であればすぐ治る」

「なるほど、さんきゅ」

コルクで締められた蓋を歯で噛んで引き抜き、中身の液体をトコルの右手の傷に流しかける。

「っく」

トコルが苦悶の表情を浮かべる。

瓶の中身が空になり、俺は服を手と口で引き裂いて血に塗れた手に包帯代わりに巻き付ける。

「……ありがとう、もう大丈夫だよ」

「無理はすんなよ」

とりあえずの処置を終え、俺は再び土嚢から顔を覗かせる。

空はおぞましい数の影の鳥が覆い尽くしていて、光をも遮らん量だった。それに、トコルの重力魔法が切れたことにより敵の弓兵の攻撃を防ぐ術がない。

「……っ、弓兵かよ……っ」

この絶好の隙を相手が逃さないわけが無い。後衛に控えていた弓兵達が一斉に矢を番え始め、弧を描くようにして矢を放つ。

「ヘデラ!力を貸してくれ!」

「わかったわ」

俺は魔力で作った障壁を展開し、駐車場全体を覆うようにして矢が着弾するのを防ぐ。更にその障壁にヘデラが神聖力を流し強度を跳ね上げさせる。

「っく、大丈夫だ。これなら破られない」

矢が着弾する衝撃が魔力を伝って手から全身に響くが、それは大したものじゃない。

しかし、これだけ大きい障壁ともなると魔力の消費も激しくなる。

「ティアーシャ、魔力が……」

「大丈夫。すぐに切り上げる」

弓兵が矢を番える隙をつき、障壁を縦に切り替え魔力で一気に押し障壁ごと吹き飛ばす。

神聖力を帯びたそれは、駐車場の中に入り込んでいた豚人(オーク)や狼、空を飛ぶ鳥型、さらに最後方にいた弓兵達を巻き込んで消滅させる。

「……っ。魔力の減りが……」

「大丈夫?ティール。無理は……」

「大丈夫。ただ、吸血鬼の時と比べて魔力の最大値が減ってきてるみたいだ。……普段なら今くらい、数秒で回復するのに……」

やはり魔法は人間に不向きだと言う事だろう。体の中を駆け巡る魔力をごっそり持っていかれてしまったようで、若干足がふらつく。

「それでもこれだけ削れば少しくらい時間は……」

そう、顔を見上げた刹那。

「っ……!」

「ティール?」

思わず息が詰まった。遥か先に見える、闇のゲート。そこから、空に舞わせた紙の用にふうわりと地面に着地する影。

ああ、何故だろう。こんなに殺気を浴びて、背筋が凍るような思いをしているというのに。

「来たぞ。お目当てが」

ゾクゾクと胸の底から湧き上がってくるこの気持ちは。この口から零れる不敵な笑みは。一体何なのだろう。

「エルティナ」

遠くて、ハッキリとした表情までは探れないが、直感で彼女が俺と同じ感情であるということの察しはついた。

「来たの?」

「ああ……。ようやく痺れを切らしてくれたみたいだぜ」

「以外と早かったみたいね」

「飽きたんだろ。俺達と遊ぶのに」

苦笑を浮かべ、俺は土嚢に手をついて立ち上がる。

「楓、行ってくるわ」

『……分かった。頑張って』

「任せとけ」

額に薄ら浮かんだ汗を拭い、ヘデラと共に土嚢を超えて駐車場に躍り出る。

「遅かったな。エルティナ」

「いえいえ、中々にあなた達の守りが硬かったもので。手を焼いてしまいましたよ」

口調は優しいが、その顔には狂気的な笑みしか浮かんでいない。その冷ややかな視線に睨まれる度、背筋を撫でられているような気分になる。

「手を焼いてくれたのならありがてえ。こっちも苦労したかいがあったってことだ」

「ええ。まあ、手を焼くのも今だけですがね」

「ふぅん……?」

じり、とヘデラが地面を踏みしめる短槍を構える。

「返してもらうぜ。エルティナを」

俺は短剣を引き抜き、左手で逆手に持ちヘデラと共に強く一歩を踏み出した。




――




「行くぞ!ヘデラ!」

二人が地を蹴ってエルティナとの距離を一気に詰める。

「二人がかりですか。……フェアじゃないですね」

そう苦笑を混じえながら言うとエルティナは『天道のようなもの』に手を突っ込み、二本の短剣を両手に一本ずつ握り締めた。

「『聖雷』!」

ヘデラが神聖力を込めた短槍を横薙ぎに振るう。

エルティナはそれをさも当然かのように、短剣で受け止め隙の出来たヘデラの胴体にもう一方の短剣を突きつける。

そこにティアーシャが横から割り込むように入り込み、ヘデラに向けられた短剣を下方から弾く。

「ちっ」

そのままではティアーシャに隙だらけの胴体を切り裂かれる。エルティナはすぐさま背後に一歩引き、二人の攻撃を躱す。

しかし、そう簡単に攻撃から免れることは出来ない。一歩引いた、という事は若干の距離が生まれたということ。その距離は、ヘデラの短槍が最も輝く交戦距離(レンジ)

ヘデラは槍先を地面ごと切るようにして切り上げる。エルティナの防御は間に合うが、その距離は短剣では戦えない。

距離を詰めようと試れば。

「『業火』」

近距離戦に魔法を組み合わせたティアーシャの交戦距離となる。

横から撃ち込まれた業火を短剣で防ぐと、その炎の裏に隠れたティアーシャが目にも止まらぬ速さで短剣を振るう。

「遅い……、遅いですよ。ティアーシャ……!!」

その攻撃を捌きつつ、ヘデラの方にも牽制を行い、更にティアーシャにも防御と合わせて攻撃を行う。

双剣と違って一回の動作で防御か攻撃かしか出来ないティアーシャはこの状況では不利だ。

彼女の絹のように白くきめ細やかな肌に幾つもの赤い筋が浮かび上がる。

しかし、そうそう一方の敵に対して集中して攻撃を行う事は出来るはずも無く、背後から突かれた短槍を片方の剣で抑え、ティアーシャの短剣とも刃を合わせる。

「ここだ……っ!」

双方の攻撃を捌かなくては行けなくなったこの状況を逃さず、ティアーシャが神聖力を纏わせた蹴りを放つ。

「鬱陶しい」

それまでずっと口端に笑みの浮かんでいたエルティナの口が動いた。そう認識した刹那、エルティナを中心に爆発が起き、何が起きたのかを理解する間もなく吹き飛ばされる。

「……がっ!?」

「……っく!?」

吹き飛ばされた先にある病院の壁に背中を打ち付け、肺の空気が漏れる。

「一人一人であれば、そうそう手こずる事もありませんね」

はと首を持ち上げれば、すぐ目の前にエルティナが自分を見下ろすようにして距離を詰めていた。

視線だけでヘデラを探すと、彼女はエルティナを挟んで反対側に吹き飛ばされており、杖を支えに立ち上がろうとしている最中だった。

「……くっ!?」

咄嗟に短剣を彼女の首元に突きつける。しかし、その剣は彼女の手によって阻まれ、首の皮に届くか届かないかの所で動きを止めてしまう。

「……往生際が悪いですよ……っ!」

「ぐっぅ!?」

エルティナが逆の手で振り下ろした剣を、肘まで残った腕で何とか受け止める。

しかし、力で押され徐々に徐々に彼女短剣はティアーシャの胸元にくい込んでいく。

「……ぐっああああっ!!!」

短剣を持つ左手に力を込める。

欠けた切っ先は、エルティナの首の皮を超え血飛沫を纏いながらゆっくりと進んでいく。

「かっ、あっ…!!」

しかし、こちらが押す力はエルティナの力に負けているようで、遂に胸の肉にくい込み、溢れ出た鮮血が服を染め上げる。



「……」



ティアーシャは、彼女の首に食いかかる短剣を手放した。


「トドメです」

ぐっ、とエルティナが短剣に込める力を強めた時だった。


「……っ!?」


乾いた音の後、エルティナは横から重機で殴られたかのように吹き飛びゴロゴロと転がって土煙を立てながら地面に転がっていた。


「……。助かった、トコル」


痛む全身に鞭を打ち、壁にもたれて立ち上がる。


『手を出すな、って言われてても流石に我慢出来なかったみたいだよ。皆』


ポケットの通信機から、トコルの声が響く。

土嚢の方に目をやると、大きく手を振るトコルとその周り、自ら戦う事を志願した避難民達が手を掲げていた。

『手を出すなって言われても、流石に撃つわな。そりゃ』

『俺達日本人と言えど、戦う時にはキチッとやってやるんだ。これまでに何本映画見たと思ってるんだよ?』


通信機から聞こえる男達の声を聞き、口の端から小さく笑みが零れる。

どうやら、思っていた以上に彼らは頼りになる存在らしい。


「ティール、大丈夫?」

「……ああ、ちっと服がオシャレになったくらいかな」

駆けつけてきたヘデラの腕を借り、立ち上がりながら地面に横たわった短剣を拾い上げる。

「……とんだ邪魔が入りましたね。……鬱陶しい」

土煙が上がると、そこには肩に大きな傷跡を残したエルティナが立っていた。その顔に、先程までの余裕のある表情は無く、ただひたすらに、その目からは憎悪の負の感情が溢れ出ていた。



「……ささっと終わらせよう。ヘデラ」

「……ええ」


おもむろに、エルティナが自分の後ろに闇のゲートを開き、よろよろと後ずさりしながらその影に消えた。

二人は互いに顔を合わせ、そのゲートの中に身を投じた。


「すぐ戻る」


そう、通信機に言葉を残して。



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