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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
第7章 絡み合う二つの世界
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第95話 全面戦争、勃発


「さて、これからどうしようか」

病院内での生活が始まって早数日が経とうとしていた。粗方の傷が塞がった俺は看護婦の補助の元リハビリに励んでいる。

そんな脇でトコルと楓が机を挟んで頭を抱えている。

「はい、ティアーシャさん。焦らないで、ゆっくりゆっくり」

「……ゆっくり……ゆっくり」

失った片足には義足をあてがっている。とは言え、こんな状況ではとても満足な物とも言えず、木を削って作った某中国三千年のカンフーの達人が、原始人のグラップラーに足を食いちぎられた時のような義足を着けている訳で。

案の定、バランスが取れる訳もなく何度も何度も手摺りを頼りに起き上がっては倒れ起き上がっては倒れを繰り返している。

「……そうですね。ソウカさんの考えが上手くハマればいいんですけども……。あ、飛車頂きます」

「……けど読みが外れてたらそれはそれでどうしようって話だよね。王手」

「……その手、待ったで」

「さっきも使ったよね?待った」

「………………」

「おー、おー、可愛い可愛い。膨れちゃってさあ」

ちらりと横目を向けると、将棋盤を挟んでフグの様に膨れている楓の姿が。

「ぎっ」

見惚れてたらズッコケた。看護婦が苦笑を浮かべて頭をガックリと項垂れる。

「にしてもトコルさん凄いですよね……?まだ二回目ですよ?私手抜いて無いですからね?」

「ふっふー、ルールさえ分かれば後はこの賢い頭が導いてくれるんだよね?あ、楓ちゃんそれ待った」

「待った無しです」

「くぅおおおお……」

トコル、悶絶。

やはり調子に乗ると落ちる所まで落ちていくタイプの様である。

「そういえばソウカは?見てないんだけど知らない?」

「あー、……ちょっと、ね?」

楓が顔を曇らせた。

「応援を呼びに行った、とだけ言っておくよ。それ以上の事は私からは言わない」

「ふむ……?」

どうやら何か隠しておきたいことの様ではあるが、まあソウカの事だしきっと大丈夫だろう。こういう時に無理矢理聞いたって答えてくれる訳ないしな。

「はーい、ティアーシャさん。お喋りしてないでリハビリですよー。ほら、隣の田中さんも頑張ってますから」

「へっへ、まだまだ若い姉ちゃんには負けとらんで!」

「……はは」

隣で同様にリハビリに励む田中さん(初めて知った)がこちらに黄ばんた幾つか欠けた歯をさらけ出して向けた。

な、なんでベッドから転げ落ちて腰打ったおっちゃんと貼り合わせれねぇといけねぇんだ……?




――




「おねーちゃん、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。ほれ、火の蝶々~。すごーい、飛んでるー!」

「わあ……」

病院のロビーでソファーに腰掛けながら、綾乃とじゃれあって遊んでいる。

なぜ彼女がこの病院にいるのかというと、闇に完全に飲み込まれる前のエルティナが皆を先に逃がしたらしい。つまり、エルティナの元にたどり着いた時、周りに誰もいなかったのは既に避難が完了していたという訳だ。

「お久しぶりです、お体の調子は如何ですか?」

「義足が痛え」

「我慢してください」

うだうだと時間を過ごしていると、綺麗な白衣に身を包んだ葵が片手にクリップボードを持ってやって来た。

「食料品は足りそうか?足りなさそうなら俺達で取ってくるけど」

「いえ充分です。助かっていますよ」

さすがにこの人数分の食料を蓄えだけでやりくりするのも無理があるだろうという事で、先日山ほどとってきた食材類を病院に提供させて頂いた。俺達も当分ここを動けそうにないしな。

「あとヘデラさんからこれ。渡しておいてって」

「……あぁ」

一瞬なんの事かと思ったが、すぐになんの事か理解した。

葵が手渡してきたのは鞘に収められた俺の短剣。柄を引き抜いてみると、切っ先からヒビの入った愛用の短剣が顔を覗かせた。

「というか何で今に?」

「目覚めた時に手元にあったらすぐにでも飛び出していってしまうだろうっていうヘデラさんの考えですよ。でも、落ち着いてる今なら大丈夫だろうって」

「なるほど……?」

確かに、起きたばっかりの俺だったらそのまま病院を抜け出して戦いに行っていたかもしれないしな。さすがヘデラ、俺達の事をよく理解してくれている。

「さんきゅな」

「いえいえ」

とは言え切っ先は欠けているし、刃の表面も血まみれで赤黒く染まってしまっている。欠けている所の修復は難しいが、最低限の手入れくらいなら出来るだろう。

「綾乃、剣の手入れするんだけど手伝ってくれるか?片手だとやりにくくって」

「うん、やるー!」

「ありがと」

「では、僕はこれで」

「おう」

葵が軽く会釈をしたのを見て小さく手を振り返すと、彼は長い髪を揺らして踵を返して去っていった。

「さて、と」

俺は再び鞘から引き抜いた剣を眺めた。

これが俺の手に戻された、ということはヘデラは俺の事を戦力として数えている。という事になる。

だとしたら、すぐにでもこの体で戦えるように訓練しなければ。




――




『明後日、皆さんの一斉襲撃を行います。それまで、無駄でしょうが準備をするようにしてください』






「っ……!……はは、まさかわざわざ予告して来るなんてな」

「……私達も舐められたものね……」

数日後、突如脳内に聞きなれた声音が叩き込まれ、模擬戦闘の訓練を行っていた俺とヘデラはピタリとその手を止める。

その声の主は、エルティナ。どうやらご丁寧にも宣戦布告を掛けてきたようである。俺は額に浮かんだ汗を近くのベンチにかけてあったタオルで拭い一息ついた。

「にしても明後日か。割と時間はくれるんだな」

「舐められてるのよ。どうせいつ攻めても変わらないって踏まれてね」

ヘデラも短槍を壁に立てかけ、用意しておいた水筒を片手にベンチに座り中身を喉に流し込む。

「で、どう?実際にやってみて。まだ片手片足じゃきつそう?」

「そりゃ、な。けどある程度なら慣れてきた。この木一本の義足にも慣れてきたし、今ならボクシングでチャンピオンでも取れそう」

「相手が人間なら、の話ね」

「うん」

ちぎれた雲が幾つか浮かぶ空を二人で見上げていると、トコトコとやって来たトコルと楓がこちらに手を振って声を掛けてきた。

「よっ、二人とも精が出るねえ」

「防壁の用意は大分出来たよ。今日と明日で手分けして中もバリケードを作る予定」

「悪い、ありがとう」

「いいよいいよ」

トコル、そして楓には病院を守る為の整備を頼んでいる。どうやら、病院の中に避難して来ていた力の有り余る多くの人が快く協力してくれているようで、作業は思いの外順調のようである。

「私の仕掛けも上手く作動しそうだよ。通用する相手なら、だけどね」

「トコルの機械は優秀だから大丈夫よ、きっと」

「だといいけどねぇ」

トコルはゴーグルを外し、頭の上に戻し、目元に浮かんだ汗を腕で拭った。

「葵には事情の説明を頼んでる。戦力になりそうな人を募ってはいるけど、あまり期待はしないでくれ、だそうだ」

「鼻から私達の戦いだもんね。下手に巻き込んで死なせたくはないよ」

「んで……、ソウカは間に合いそうか?多分集団戦だったらあいつが一番適任だと思うんだけども」

は、とソウカの事を思い出す。そういえば『応援』

を呼びに行ったというソウカは未だに戻って来ない。道中何かに巻き込まれているのではないか?と不安な気持ちに苛まれる。

「あの子なら大丈夫。ほら、これ」

トコルがおもむろにポーチから一匹のアルビノの蛇を取り出した。

チロチロと先端が二つに分かれた舌を震わせたかと思えば、トコルの腕に絡みつき上へ上へと這い上がりトコルの頭の上にとぐろを巻いて止まった。

「ソウカちゃんから預かった蛇だよ。この蛇が生きてるって事は無事だって事って言われたよ。それに何か緊急事があればこれで伝えるってさ。……っとと、ずっとポーチに入れてたから久しぶりに外に出て暴れてるよ」

頭の上で何度もくるくるととぐろを巻き直す蛇を何とか捕まえて再びポーチに押し込むトコル。

ソウカの安否が知れて、ほ、と胸を撫で下ろした。

「さ、楓ちゃん。私達は最後の仕上げに掛かろうか。二人は湯浴みでもして汗を流しておきなよ」

「ん、そうする」

「じゃ、また後で」





――






もうもうと湯気が上がる。体の周りにまとわりついていた嫌な汗が暖かい湯によって流されていく。

「ふぅ……」

思わず口からため息が漏れる。体の芯から温められ、全身から力が抜けていく。

「ほら、頭かけるわよ。目瞑って」

「ありがと、……ん」

ヘデラが俺の頭から水魔法と炎魔法を合わせて作り出した温水をかけ、そしてワシワシとシャンプーで泡立てた手で髪を洗ってくれる。

「……お母さんに似て、綺麗な髪ね」

ひと房、髪を手に取って手で梳くヘデラ。

「……今はそう見せてるんだよ。吸血鬼としての魂が分離しちまってから髪がルンティアの遺伝子側の赤色になっててさ」

髪に流していた微量の魔力を切る。すると髪が先端から流れるようにして白銀色から赤色に染まっていく。

「っ、そっか。ルンティアは赤髪だったわね。……でもそしたら、なんで銀色に染めてるの?」

俺は再び髪を白銀色に戻してから、振り向かずに口だけ動かして言った。

「初めは自分が吸血鬼だって知って、不便だと思った。周りからも不当な扱いを受けたし、正直人間でありたいって何回も思ったんだ。でも……、自分の、この体の母親がティアーシャだって知って、己が吸血鬼だっていうのにその身を呈してこの俺を守ったんだ。……そしていざ人間になってみると、何だか俺だけ逃げてしまったような感じがしてさ。……なんというか、勝手な戒めだよ」

思わず口から失笑が零れた。

「……そう、なのね。……特に私からはどうこう言うつもりはないけど、ティアーシャの意思が、子供が、希望が。この子に宿ってるんだって感じがするわ」

「……そか」

「ええ」

「……ひぅっ!?」

一瞬互いに口を噤んだ、かと思えば背筋を柔らかく撫でられ口から変に甲高い声が漏れる。

「へ、ヘデラ!?」

「あ……、ごめんなさい。……傷だらけだなあって思って」

「……ああ」

確かに前線で怪我もかえりみない俺の戦い方は、常人よりも多くの傷をこの身に負うだろう。

いくら吸血鬼の時に負った傷でも、その痕はこの身に残り続ける。何度も死にかけながら死にものぐるいで前に進んでいた時の傷が、そこに名誉の勲章のような形で残り続けていた。

「……ずっと、戦ってたんでしょう。……この戦いが終わったら、ゆっくりしたら?今までずっと戦ってきた分、体の事含め休むべきよ」

再びシャンプーで髪を洗ってくれるヘデラ。俺も腕を上げて自分の髪の毛を洗う。

「……そう、かな」

ヘデラの言葉に、俺は曖昧な返事しか返せなかった。確かにずっとずっと戦って来た。

前に進む為に、短剣を握って戦って来た。

けれど。立ち止まってみた時、思ってしまうのだ。

俺は、戦うことでしか前に進めないんじゃないのか?

戦って、自分の価値を見出して、また戦って。

そんな生き方しかこの先ずっと出来ないんじゃないのか?

ふと、そんな事が頭に過ぎるのだ。

「……休んでみてさ」

「……」

「……何か、見つかるのかな。俺」

「……っ」

背後から小さくヘデラが息を飲む音がする。目の前にある鏡を見れば、彼女の表情を確認するくらいわけない事なのだけれど。

俺にはそれが怖くて出来なかった。

「……トコルの弟にも言ったんだよ。戦うことでしか自己を見いだせない。そんな奴にはなるなって。……お笑い草だよな、そうやって忠告してる本人が、戦って自分に傷跡を残す事でしか己を表せないんだぜ……?」

声が震えた。

ヘデラのかけてくれていた熱湯が目に入ったのか、視界が滲む。

みっともなくしゃくりあげ、鼻の辺りがツンとする。

「……休みたいさ。戦いたくなんて無いんだよ。でも……、そうしたら本当に俺から何も無くなってしまうんじゃないかって。……不安、に、なる」

ヘデラの手が止まった。

かと思えば、背後からゆっくりと抱き締められ、その温かさが全身にへと広がる。

「……やっぱりまだまだ子供ね。あなたは」

「……なわけ。充分大人だわ」

「……大丈夫。……あなたならきっと、見つけられる。……私が、見つけられたんだもの。気にしなくていいわ。今は」

ヘデラが大きく息を吸った。

「苦しいのなら、周りを頼りなさい。あなたには、仲間がいるの。一人で抱え込む必要なんて無いわ」

「……」

「無理して、自分が自分である必要は無いのよ。……あなたが自分を見つけられなくても、私達からすれば、ずっとあなたは変わる事ない、あなたなんだから」

髪を湯で流される。

暖かな湯が髪を流れ肌を伝ってタイルの床へと滴り落ちる。

瞑っていた目を開けて顔を上げると、そこには鏡に映る嫌に華奢な少女がいる。


そうは言われても、中身とガワが違うのだ。

俺は、この少女は。

一体誰なのだろう。どちらのなのだろう。

仲間が見ているのは、俺なのだろうか。


きっと、それはいつまで経っても俺は知り得ないのだろう。


「次ヘデラだろ。背中流すよ」

「うん、ありがとう」


彼女もそれ以上話を続けなかった。



――




「さ、作戦会議を始めます」

楓の一声に、皆が机を囲んでパイプ椅子に腰を下ろす。参加者は俺、ヘデラ、楓、トコル、葵。そして集まった避難している面々。

楓とトコルがホワイトボードの前に立ち、それに描かれた簡易的な病院の図にペンで様々な情報を書き足していく。

「明日、この病院を襲撃する。そういう情報が入りました。ですから、私達はこのような防衛策を取ろうと考えています」

楓は病院の正面、巨大な駐車場のある場所に赤のペンで大きな丸を描いた。

「敵を、ここからの侵入に絞ります。それ以外の場所は大樹さんの神聖力で保護していただく予定です」

その他の場所が黄色い丸で囲まれる。大樹の神聖力を纏った木の根は、この場所程度であれば伸ばせるらしい。この事に関しては楓とヘデラが直接聞きに行ったから間違いは無い。

「ちょっと待った。俺達はその大樹ってのが誰か分からないけど、守れるのならこの病院全体を守るべきじゃないのか?」

俺達では無い、本人の希望により参加している避難者の内の一人が自ずから手を挙げて質問をした。

確かに大樹さんの神聖力で全体を覆うことは可能だ。しかし、あくまで覆うことが出来るだけであって、それによって守る事が出来るとは限らない。

「本当であれば私達もそうしたいのです、が。全体を守ってしまうと敵戦力が分散して四方から囲まれる形となります。ですから敢えて入れる場所を作ってそこから敵を侵入させようという考えです。……それに、全体を覆ってしまえばこの病院丸ごと飲み込まれる可能性が」

楓が俺の事をちらりと見た。

さすがに今の俺には、神聖力を纏わせた『天道』でエルティナに立ち向かえるほどのポテンシャルは無い。

「そしてこの駐車場、そしてその駐車場を見渡せる屋上に戦力を集中させます。ここにはトコルさんの数々の兵器や武器を置いてあり……」

屋上に赤色の点々が描かれる。

「屋上には重機関銃を。駐車場には大量の障害物と罠と小銃を配備しています。もちろん、前線で戦うのは私達です。ですが、戦う意志のある人はここで協力をお願いします」

トコルの技量と俺の知識、そしてその手の事に詳しい避難者の手を借り有り合わせで何とか武装を賄った。

「待ってくれ。俺達は銃なんて握ったことないぞ?使えるのか?」

「か弱い女の子の私でも使えたから安心してください」

「……」

質問した男の顔が若干引き攣る。俺からすれば楓はまだまだか弱い女の子だが、俺達と一緒にいる時点でそうは見えないのかも知れない。

まあ、でも容姿は(世界一可愛い)女の子だし、そんな子に使えると言われて使えない大の大人は居ないだろう。

「話を戻します。もし仮に武装や罠が尽きたり、負傷をしたらすぐさま病院の一階に退避を。そこで第二陣を組み迎え撃ちます。ですが、病院の一階ですので派手なことは出来ません。バリケードを築いて、大樹さんの神聖力も交えて抑えて戦うようになります。一直線に、少しずつ下がりながら時間を稼ぎます」

「……それって消耗戦じゃない?……いつかは追い詰められちゃうんじゃ……」

「……いえ。きっと敵は、私達に粘られたら痺れを切らして大将を送り込んでくるはずです。そこで、二人の出番です」

「おうよ」

俺が立ち上がったのを見て、ヘデラも遅れて立ち上がる。

「この二人が唯一その親玉と戦うことができます。……最後は、この二人頼みです」

「……」

全員が口を噤んだ。そりゃそうだ。いくら自分が頑張って耐えたところで俺達がヘマをしでかせば、その苦労も全部水の泡となってしまう。

「……そんな、ボロボロで大丈夫なのか?それにまだそんなに年端の行かぬ女の子じゃないか。二人とも。それだったら私達で……」

「いや、そういう訳にもいかんのよ」

俺は手の中に神聖力の塊を作り掲げて見せた。

蛍光灯で薄暗く照らされていた部屋に眩い輝きが放たれ、俺とヘデラ以外が一瞬目を瞑る。

「これが神聖力。この力が無いとただ殺されて終わり。だから……、不安かも知らないし信用ならないかもしれないけど。ここは俺達に任して欲しい」

手に握った神聖力を体に戻し、俺は音を立てぬように静かに席に座った。

「でも……結局俺達は二人に賭けるしかないもんな……」

質問をした一人が、結局納得する形で話は終わった。ゾロゾロと皆が部屋を出ていく中、最後まで椅子に座っていたヘデラがきり、と唇を噛み締めた。

それが一体なんの意味を持つのか。俺には分からなかった。





「上手く行くでしょうか」

会議に使った部屋の片付けを行っている時、楓がポツリと零した。

あくまで予想の上での作戦。もしも敵が予想以上や予想以外のことをしてくれば、それだけで計画そのものがおじゃんにだってなる。

「……んまあ、やってみないと分からないからなあ。……ただ、エルティナの考えてる事なら何となく分かる。ずっと一緒だったからな」

「ん、いいよ。お兄ちゃんは座ってて」

パイプ椅子を畳むのに試行錯誤していると楓がそれをひったくりその場で畳んで部屋の隅に運んでしまう。

「トコルの罠は?行けそうか?」

「うん、基本全部自動的に作動するように作ってあるから誰かが操作しないといけないってことは無いかな。上手く誘い込めれば相当の時間は稼げるんじゃないかな」

まあ、相手が定石通りの攻め方をしてくればねー、と付け加えてトコルが壁に寄りかかって続けた。

「……私達の心配をするより、自分達の心配をした方が良いんじゃないの?結局この作戦の要はそこの二人なんだから」

「ああ……そうだな」

ある程度、どうやって戦うのかはヘデラと打ち合わせてある。しかし、実際はほとんど本番一発勝負。想像以上にプレッシャーがのしかかっている事は確かだ。けれど。

「任せとけって。俺は妹に会うがために世界を超えたんだぜ。神にも出会ってる。……きっと上手く行くさ。いや、行かせてみせるさ」

「……そうね」

ヘデラが小さな笑みを浮かべて頷いた。

「お兄ちゃん達なら大丈夫だよ。絶対」

妹の声援も貰って負ける訳が無いだろう。

きっと、勝つ。

勝って、生き残って。エルティナを、助けてやる。



かつて、ティールの命を救ったように。



――





----当日。

なんとも言えぬ緊張感が、病院内に張り詰めていた。ピリリとしていて、今にもはち切れそうな。

既に非戦闘員は病院三階、最終防衛ラインへと避難を固めさせていて、今は多くの戦闘員を屋上と駐車場に配備している。

『皆さん、準備は良いですか。もう一度繰り返しますが、自分の命を一番に。危険だと思ったら真っ先に退避してください』

楓の声がそれぞれに配られた通信機から放たれる。ビー玉のような小さな形をした通信機で、交信距離はさほど長くはないが、この病院の敷地内程度であれば充分に通話可能だ。

「……ふぅ」

「……緊張してるの?」

「しないわけないっつの」

短剣の鞘の着いたベルトを腰に巻き付け、少しキツイ程度で止める。その鞘に短剣を刺し、軽く息を整える。

「そういうヘデラだって、震えてんじゃないのか?怖いのか?」

「……武者震いよ。久しぶりだもの、こんなに戦えるのは」

こちらに向けられない、真っ直ぐしか見ないその目は心無しか見たことの無いくらいの熱意に満ちていた。

嗚呼、どうやらヘデラも俺と同じみたいだ。

同じだったんだ。

「っ、来る」

肌のうぶ毛を伝って空間が細やかに震えているのが分かる。

「総員、準備を。来るぞ」

そうとだけ通信機に向けて呟く。

屋上に吹き荒れる風が妙に重々しい。まるで息が詰まりそうになる。

「……っ」

数秒後、駐車場から少し離れた道路の上の空間に黒点が現れたかと思うと徐々に拡大し、光をも通さないドス黒い闇が現れる。

「まだだ……」

屋上組が、重機関銃のトリガーに指をかける。

闇から形のハッキリとしないゆらゆらと揺れる塊が次々に現れる。やがてそれらはまとまり始め、何かの動物のような形を形成していく。

「あれは……犬?」

「いや、狼だな」

やがて数十、いや百はいるかもしれない。大量の狼の形をした影が一斉に飛びかかってくる。

「撃てっ!!!!」

俺の一声で屋上からの一斉射撃が始まる。

「一応きちんと正面から行ってあげますってか。舐めやがって」

それに、わざわざ機動力の高い生き物の形に練り変えてから攻めてくる所もいやらしい。

ある程度の数は道路の時点で抑えられているが、さすがに数匹は駐車場に抜けられてしまう。

「いいよー、来な来なワンちゃん達」

その駐車場の一番前で、仁王立ちして立ちはだかるトコル。

「準備運動と行こうか」

「……気が早いのよ」

そんな事を言いつつも、口の端に笑みの浮かぶヘデラ。俺達は一度顔を見合わせて頷くと、ふわりと病院の屋上から飛び降り着地。

駐車場で待機している戦闘員達の隙間を縫って最前線のトコルの脇に並ぶ。

「あれ?君達体力を温存するとか何とか言ってなかったっけ?」

「準備運動だよ」

「あーなるほどね?」

トコルが苦笑を浮かべながら腰にぶら下げた槌を手に取った。

「ま、せいぜい脚引っ張んないようにね。ある程度数減らしたら引くからね」

「うい、了解」

俺も腰から短剣を引き抜き、左手で逆手持ちをする。

「懐かしい……」

ヘデラも短槍の穂先の鞘を取り、右腕の脇に挟んで構える。

「来たぞ、奴さん」

弾幕を縫って抜けてくる狼の形をした影達がその四本足で地を蹴って距離を詰めてくる。

俺は短剣を持つ手の中に神聖力を貯め、少し力を入れて握り締める。力を込められた神聖力は指と指の僅かな隙間から溢れ、勢いよく飛び出す。

それはまるで散弾のように飛び散り、走ってくる狼の影が一瞬にして四散する。







「戦闘、開始だ」






『無』の存在と俺達の全面戦争の火蓋が切られた。



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