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現状最弱の吸血鬼に転生したのでとりあえず最強目指して頑張ります!  作者: あきゅうさん
第7章 絡み合う二つの世界
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第93話 エル

93話

「っくそっ!!」

「懐かしいわ!やでも思い出しちゃうわ!」

陳列棚を挟んでの激しい攻防戦。接近戦に置いてはティアーシャの方が遥かに分があるが、建物中に生えに生える木々や草のせいで思うように距離を詰められないのと、彼女の能力によってはばかられる。

「蛇がウザイんだよ……!!」

彼女の蛇女としての能力、蛇を生み出しそれを操るというもの。作り出した蛇に己の意識を憑依させることもできるし、蛇一匹一匹が自立して意識を持つことも出来る。今回は後者。

この場合、蛇を生成する分の魔力の消費がかなり少なくなる上、それぞれが自立しているので殺された所でソウカ自身がダメージを負うことはない。

おまけにそれぞれの牙には神経毒が仕込まれているという丁寧ぶりである。もし噛まれでもしたら体が動かなくなり、蛇化して大蛇と化したソウカに絞め殺される、という結末まである。

「また同じことする?出会った時みたいにさあ!」

「趣味悪いぞてんめえ……!」

ソウカに絞め殺されかけたのは過去二回。一回はティアーシャの体にテンシアの魂が宿っていたのでカウントされるかどうかは怪しいが。そのどちらも骨は折れ、臓器は潰れ、体に大きなダメージを受けた。

あの時は吸血鬼としての治癒能力で何とかなったから良いものの、人間である今はそうはいかない。蛇化したソウカにとぐろを巻かれた時点で詰みである。

「あはっはははっ!!」

「楽しそうにしやがってよっ!!!」

棚を蹴飛ばし、一気に距離を詰める。周りに集まってきた蛇達を『風刃』で切り裂きながら、短剣を彼女にへと向ける。

トコルに大樹が神聖力を注入し、闇の支配を解除したように、神聖力を何とか体内に無理矢理にでも入れこまなければならない。少々気は引けるが、致命傷にならぬ部位に短剣を差し込みそこから神聖力を入れるしか……。

「もしかして手加減してる?ちゃんと殺す気で来ないと」

「わぶっ!?」

ソウカが一瞬だが足を蛇化させて鞭のように体を振るって攻撃してきた。咄嗟に短剣を盾にするも、その衝撃故に弾き飛ばされ、取り落としてしまう。

「っつ……」

短剣で庇ったとはいえ、手に乗る衝撃は凄まじい。短剣を握っていた方の手が痺れ、手首に多大なダメージが入る。

「お前そんな芸当出来たっけ?」

「隠し玉ってやつよ」

既に足を元に戻しているソウカが、今度は両手を蛇の顔面に変化させた。

「っ……」

「こうすれば掴むだけで神経毒を流し込める」

慌てて太もものベルトに手を伸ばしダガーを手に取るが、その瞬間に彼女の蛇化させた手の牙が喉の薄皮を噛みかけていた。

「っ!!!」

咄嗟に体を倒し、地面に体を叩きつけて避ける。

しかし、すぐさま第二第三の攻撃が行われるのを体を回転させて横に転がって回避する。

「おっしいなあ」

すぐさま体勢を整え、ダガーを構えると数歩離れた所でソウカが悠長にティアーシャから何本かむしり取った髪を弄んでいた。

「毒は入れるけど、すぐには殺さないから安心して??全身動かなくなるけど意識だけはばっちり残るから。たっぷりと遊ぼうね??」

彼女は元に戻した自分の手をゆっくりとわざと艶めかしく舐めた。それを見てティアーシャは顔を引き攣らせ、背筋に悪寒が走った。

「あーー、遠慮しておこうかな?」

「大丈夫、きっとしてみせるから」

「それお前がしてえだけじゃねえか!!」

近くに転がっていた買い物カートを蹴飛ばして牽制。それに続いて走り込み、片手を開いて前に突き出す。

「『水砲』!!」

「前にもやったわよね、それ!」

突き出された手を中心に発射された高圧水流。それを見た瞬間に彼女は全身を蛇化させ、その水流に巻き付くようにして一気に距離を詰めてきた。

「だからそっちの動きも読めるのさ」

魔力を込めた足で大地を踏み締める。

「『大地の恩恵(ザナ・エクスディウム)』!!」

足に込められた魔力が地面を伝って、周りを囲う緑に伝わっていく。

植物を操る能力を持つ『大地の恩恵』は、現在のこの環境において最も効果的な魔法といえるだろう。周囲のは植物から無数の蔦が伸び、『水砲』の周りを巻くようにして飛びかかってきていたソウカの体をぎっちりと拘束する。

「なっなあっ!?」

「環境利用闘法ってな。こっちにだって隠し玉は持ってんだ」

「ぐっううっ!?」

魔力のかけ方を少し変化させると、蔦が彼女を締めつける力が強くなる。

「よし、動くなよ。治療すっから」

地面に弾き飛ばされた短剣を拾い上げ、ベルトにダガーを戻す。そして左手に神聖力を込め、右手で短剣を持って左手首に刃を押し当てる。

「惜しくはない出費だな」

「っ、あなたそれは……!」

「懐かしいだろ?前と同じだ」

「っ!!」

以前ソウカが我を失った時、己の手をエルティナ、当時は解析者に治療薬に変化させて切断して体内に無理矢理取り込ませた。

しかし、今回ばかりは吸血鬼では無いため、切り落とした手が生えてくる訳では無い。

「そう……簡単に行くと?」

「親友を元通りにするんにゃ、惜しくない」

「っ!!」

そう、短剣を持つ手に力を込めた刹那。

ソウカが蛇化を解除、伸ばした腕で短剣を弾き飛ばした。

「ソウカ……っ」

その勢いのまま、意を決してティアーシャはソウカを抱きとめる。そして、彼女の唇に半ば無理矢理に己の唇を押し当てる。

「っ!?」

右手で彼女の頭を固定して、彼女の口内に自分の舌をねじ込む。そしてソウカの舌と自身の舌が絡まった瞬間、ティアーシャは神聖力を流し込んだ。




――





「……」

「……何か、言いなさいよ」

「……戻って……良かったな」

顔を真っ赤にしたティアーシャが目を逸らしてそっぽを向く。

「はああ……」

ソウカはがっくりと頭を落として、けれど飛び切りの笑顔でティアーシャの事を抱き締めた。

「……ごめん、心配かけて」

「……心配かけすぎなんだよ。お前は」

若干ボサついた翠色の髪を手で梳いて撫でる。

「帰ろうか、皆の所に」

「……本当はもっとこうしていたいのだけど……。そうね」

短剣を拾い上げ、軽く刃を服で拭いて鞘に戻す。

「っ、ティア。剣の先端、もしかしてさっきので?」

「ん?ああ、いやそれより前だよ。もう何年も使いっぱなしだからな。俺より前に俺の親……ティアーシャが使ってた訳だし。限界かもな」

刃の付け根の部分も若干ぐらついてきている。今は無理だが、落ち着いたら整備しなければ。

「大切な剣を壊したのかと思ったわ……」

「別に大切な訳でも無いさ。壊れたら別のを使うし」

ただ、手に馴染んでいるという理由で何年も酷使してきたのだ。親の形見だから、だとかいうしんみりした理由で手放していないわけでは無い。

「……にしても、俺が手を切ろうとした時……お前……」

「操られている自覚はあるの。……ただ、自分の考えとか思考が完全に別物になっていて……。でも、あなたが腕を切ろうとした時、勝手に体が動いたのよ……。不思議ね」

「ま、俺は大切な手を失わなくて済んだし、ソウカは帰ってきたし。万々歳だろ」

「……ええ」






――







「えっ……!ソウカさん!?」

「おはよう、カエデ」

「……」

「……警戒するのも無理ないか」

大樹の元に戻ると、既に目を覚まして火を起こして火の番をしていた楓が目を見開いて飛び上がった。

「ごめんなさい、私……あの時……とんでもない事を言ってしまったわ」

操られていたとは言えど、自分が楓に彼女を傷つける言葉を放ってしまった記憶は鮮明に残っている。彼女がそれに悲観し、絶望する光景もありありと瞼の裏に焼き付いている。

「……私は大丈夫です。ソウカさんが自分の意思で言った言葉ではないって、知ってますから」

楓はソウカの目を見てはにかんだ。しかし、目は自分の弱さを見せつけまいとする強い意志がありありと現れていた。

「……本当に、強いわね。あなた達は」

ソウカは微笑を浮かべ、小さく肩を竦めた。

「私が弱々しく見えるじゃない」

「よく言うよ」

ティアーシャが軽くソウカの背中を叩き、小さく笑い声を上げて楓の傍に座った。

「これだけあればしばらくは足りるかな」

そして手元に『天道』を開き、中から滝のように拝借してきた食品を地面に広げる。

「うわあ……、凄い。……けど、これ要するに盗品だよね……?」

「……」

楓に白い目で見られ、静かに目を逸らす。

「えふん、どちらにせよ店員は居ないし仕方無いだろ。……とりあえず、まだ三人は起きてこなさそうだし俺達は先に食べるとしようか」

「 ……なんかごまされた……?」

「ンン?ドウシタノカナ?カエデチャン?」

「……ウウン、ナンデモナイヨオニイチャン」

「ほんとに仲の良い姉妹だこと……」

ソウカが小さく息を漏らした。




――





「ヘデラ、大丈夫だったのかな……?」

「……ん?」

ゆっくりと意識が浮き上がってくる。

「あ、ごめん。もっと寝てて大丈夫だよ?」

「いえ……、これ以上寝るのは体に毒ね……」

大樹の中、壁を支えにヘデラが立ち上がり椅子代わりの大樹の木の根に腰掛ける。

「トコルこそ、もう大丈夫なの?」

「うん、大樹さんとティアーシャのおかげでね」

「そう」

本人は素っ気なく返しているつもりでも、その声色や表情から内心とても喜んでいるのが見て取れる。

「皆に迷惑かけちゃったな……。謝らないと」

「っ、意識はあったの?」

「うん、しっかりと。でも、自分の頭の中ではそんなことしたくないって思ってるんだけど、体が勝手に動かされてたっていうか」

トコルは小さくはにかむも、未だに悪寒がする。大切な友人達を手にかけようとしていた事。

大事には至らなかったから良かったものの、もし自分が誰かに大きな傷を負わせていたら、と思うと心底ゾッとする。

「……誰も死んでないし、誰もあなたの事を責めてないわ。もっと気楽になさい」

座っていてもまだ目線より下に来るほどの身長のトコルの灰色の髪の毛にそっと手を乗せ小さく撫でる。

「んもう、子供じゃないんだよ?」

若干こそばゆそうに、トコルが目を細めた。けれど、嫌がる素振りは見せてはいない。

「さ、皆外に居るみたいだし、行きましょう?……ほら、葵も起きなさい」

「ん、んぅ……?ヘデラさん、?」

ヘデラに肩を優しい叩かれ、目を覚ました葵。

すっかり熟睡していたようで、寝ぼけた声を出しつつ目を擦る。

「皆起きてるわよ。私も行きましょう」

「もうそんな時間ですか……。いっつつつつ、腰が」

変な体勢で寝ていたせいか、立ち上がると背中がミシミシと悲鳴を上げる。

「そういえば昨日葵はヘデラの事、お姫様抱っこしてたよね?……いつからそんな関係になったの?」

「……へ?」

二人の脳裏に昨晩の記憶が蘇る。

あの時は必死だったから、とは言えよくよく思い出してみれば互いに小はずかしい事だ。ヘデラは不覚にもドキッとしてしまったのを思い出してしまったし、葵もヘデラの大樹と体の柔らかさを思い出し、顔を赤らめる。

「「そんな関係じゃない!」」

「あれあれ?でもその割に息ピッタリだよねえ?」

「「っ――」」

葵とヘデラは互いに顔を見合わせて、再び真っ赤に熟れた林檎のような色に頬を染めて沈んで行った。

それを見たトコルは満足そうにニカニカとした笑みを浮かべて大樹の中から出ていった。

「……」

大樹の中には気まずそうな雰囲気の二人が残っていた。

ちなみに、ニヤニヤとしていたのはトコルだけでは無く大樹もだということを追記しておこう。



――




「後はエルティナだけ、か」

一行は簡単に食事を済ませ、それぞれが己の支度に徹している。

最後は、唯一この場にいないエルティナを連れてくれば全員が揃う事となる。そうすれば、この混ざり合った世界を元に戻す方法が何か見つかるかもしれない。

「お姉ちゃんが居れば、何か分かるかもしれない」

隣で楓が呟いたのを尻目で見て、小さく頷き返した。

「行こう。消耗の激しいトコル、ヘデラ、葵はこの場所を守ってくれ。大樹さんは、今の俺達には欠かせない安全な場所だ」

「分かった」

ヘデラが首一つ頷いて答える。

「任せてよ」

トコルがバッグの中から取り出した拳銃に息を吹きかけて埃を払いながら言った。

「分かりました」

薄汚れた白衣を身にまといつつ、ティアーシャから与えられたダガーナイフを懐にしまいつつ葵が返した。

「楓、ソウカ。そして俺はエルティナを迎えに行って来る。回収するだけだからそこまでの驚異は無いとは思うけど」

ティアーシャはソウカと楓にそれぞれに掌に収まるほどの小さな玉を手渡した。

「これは?」

「緊急用の発炎筒だ。トコルから貰った。……もし誰かが危険な目にあったり、助けがいる時は使ってくれ。……使うような展開にならないことを望むけど」

「分かった」

ソウカと楓が発炎筒を服のポケットに包むと、やがて俺に向き直った。

「じゃあ、良いな?」

「うん」

「ええ」

二人の返答に小さく頷き返すと、ティアーシャは『天道』を開き二人を子招きしてその中に消えていった。

「……」

やがて二人が続き、『天道』が消えるとヘデラが眉をピクリと反応させた。

『……分かるか?ヘデラよ』

「……何となく、ですけど。どうにも嫌な予感がします」

『奇遇だが……、我もそれは同じだ』

枝につく葉がざわめいた。

「……でも、私達はここで待つしかない」

「発炎筒が炊かれたからすぐにでも向かえるように準備しておこうか」



静かに、薪が崩れる。火の粉が散り、宙に舞い上がる。

やがて火の粉は溶け、声すら残さずに俗世から消えていく。




――




「……変だな」

「どうしたの?」

エルティナが身を休めている避難所の学校。天道をその校門に繋いで、ティアーシャが顔を出した。

「人の気配を感じない。……静か過ぎる」

「探らせてみるわ。体育館ね?」

ソウカが肌の鱗の一つを蛇に変化させ、地面を這わせて進ませていく。三人はその後を小走りで追いかけるようにして体育館へと向かった。

「っ、内から鍵がかかってる」

体育館の一番外側のガラスの扉。その取っ手を掴み、引いてみるもガチャガチャと音を立てるだけで開かない。

「任せて」

そうソウカが言うと、ポトリとガラス越しに一匹のヘビが落ちてきて、扉の鍵を捻った。どうやら既にどこかしらから内に忍ばせていたらしい。

「さんきゅ」

今度は、しっかりと扉が開いた。扉を開け、体育館の中へと繋がる両開きの扉の前で三人はピタリと止まる。

「……こんなに静かな事ってあるかよ……」

「……今確認しているけど、誰が居てもおかしくない。と言うより、今の今まで人がいたような感じよ」

「新手のドッキリなのか……?それだったらありがたいんだが」

勢いよく両手でドアを開くと、その先に広がるのは生活感溢れるダンボールで仕切られた仮の家々。しかし、気配の通り人っ子一人見えない。

「綾乃も……いなさそうだな」

エルティナを助けようとしてくれた一人の少女。彼女の姿も同様に見えない。

「ねえ、お兄ちゃん。……凄く嫌な気配がするんだけど」

「ええ……私も同感よ。ティア。……ここは、かなり危険みたい」

足の傍を這っている彼女の蛇もとぐろを巻き、じっと身を潜めている。

重々しい空気が淀む空間。そんな中、一つ視界の端で何かが揺れた。

「っ」

「あっ、お兄ちゃん…っ」

それは、紫陽花色に揺れたように目に映った。

居住スペースを避けて、急いでその場に駆け寄る。

「……エルティナ……」

「お姉ちゃん!」

「エルティナ!大丈夫!?」

そこに居たのはダンボールが敷かれた床に力無く横たわるエルティナの姿だった。

「エルティナ!何があった!?これは一体……」

肩を掴んで顔をこちらに向かせようとする。

しかし、彼女は何故か抵抗しティアーシャを突き飛ばした。

「っ……!?」

「わたし、から、離れてください」

その声は、確かにエルティナ。しかし、すっかり声が枯れ、掠れ、震えている。明らかに様子がおかしい。

「エルティナ……?」

「いま、は。抑えるので、っ、精一杯で……っ。ティアーシャ、やっと見つけましたよ?逃げて下さい。ヨウヤク、会えましたね。皆サン」

「……お姉、ちゃん?」

エルティナが必死に震えながら右手で顔半分を押さえつける。

「っ!お前、その顔!」

「それって……」

ソウカが目を見開いて息を止めた。

ティアーシャが無理矢理にその手を引き剥がすと、その裏にあったのはトコルやソウカの時とよく似ている光を一切通さぬ暗闇の染み。手で押さえつけていた半分に闇が侵食し、目のあった場所には赤い眼光がどす黒い光を放って輝いていた。

「極上の肉体をありがとうございます。……逃げ、て。あなた達にはもう用はありません……ティ、アーシャ……逃げ」

「っぅぐ!?」

遂に残り半分の顔も狂気の笑みを浮かべた。

刹那、人間の力とは思えない程の力で手首を鷲掴みにされる。

「がっああぁぁっ!?」

「ティアっ!!」

腕の骨がミシミシと悲鳴を上げ始める。反対の手で離そうとするも、その程度の力では離れる様子は無い。

「エルティナ!!正気に戻りなさい!!」

咄嗟にソウカが蛇化により大蛇に変化し、エルティナの喉笛に牙を向ける。

「蛇風情が、邪魔しないでください」

「ぐぅっ!?」

「がはっ!?」

掴んでいたティアーシャをまるでバットでも振るうかのようにフルスイング。ティアーシャの全身で強打されたソウカは衝撃により蛇化が解除され、吹き飛ばされて体育館の壁に激突する。

「ソウカさん!!」

「あなたも敵ですよ。忘れて無いですからね」

「っ!楓!」

「『風刃』」

エルティナの片手から放たれた膨大な魔力の塊が刃を生し、楓に向かって飛んでいく。

「っく!?」

すんでのところで身を捩り交わすも、背中にうっすらと赤い線が走る。

「テメェ……!!エルティナ!!」

「うるさいですよ。少しくらいはお淑やかになってください」

小さくため息を漏らしたエルティナはティアーシャを鞭のように振り回し、上方へと投げつけた。

「がっはあっ!?」

時速何キロメートルかも分からぬスピードで投げ飛ばされたティアーシャは、一瞬自分が何をされたのかすら理解出来ていなかった。

理解出来た時には、既に全身を体育館の天井に打ち付け、その勢いのまま空へと放り出されていた。

「なっ」

「理解できないでしょうね。今のあなたには。何が起きているのか」

自分が空にいると思った矢先、次はエルティナが視界いっぱいに映り込んでいた。

「しかし、私はあなたの別個体です。情はあります。ですから」

彼女の背後に漆黒の闇が広がる。

「私の闇に飲み込んであげましょう」

「させるかっ!!エルティナを返してもらう!!」

全身に神聖力を張り巡らせ、更に『天道』でエルティナごと包こもうと試みる。

「はあ、未だに学んでいないんですね。あなたではこの闇に勝てないと」

「るっせえ!!やらきゃ分かんねぇだろ!!」

空中で神聖力の『天道』と闇がぶつかり合う。衝撃波が散り、エルティナに掴まれて負傷した腕の骨に激痛が走る。

「未来というものは確定しているもの。あなたがどう足掻こうと、それが少し遅れるだけで何も意味は無いのです」

「『業火』!!!」

至近距離で全身から火柱を燃え上がらせる。しかし、炎が晴れた時エルティナは何の影響も受けていないようで変わらず力で押してきていた。

「『氷槍』!!」

大気中の水分を集め、凍らせ槍を作りエルティナに放つ。

「無駄ですよ」

しかし、彼女の片手から現れた別の闇に飲み込まれその氷の槍は飲み込まれてしまう。

「何をやっても無駄だといい加減悟りなさい」

「っぐ!?」

彼女の背後の闇から蔦のようにして伸びてきた闇。それが天道を展開している右手に深々と突き刺さる。

更にもう一本、蔦が左足に突き刺さり、貫通する。

「がっああっ!!」

「痛いですよね?苦しいですよね?……早く諦めましょう?」

「だ、誰がっ」

「ほら、もう時間は無いんですよ」

「っ……な……っ」

エルティナの指さした方向。それは闇の蔦が突き刺さったティアーシャの腕と足。その蔦が突き刺さった場所から染まるようにしてジワジワと黒い染みが広がって来ている。

「あなたもこちらに来てください。二人で共に、世界を破壊しましょう?」

不気味にも、エルティナがにっこりと笑みを浮かべた。

その間にも、蔦を始点とした闇の染みは次々と体に広がっている。

「……っく!?」

引っ張っても蔦が体から抜ける様子は無い。それ以上に、抵抗すれば抵抗するほど手足により深く絡んで抜けにくくなる。

「何、苦しむことはありません。こちらに来てしまえば、後は楽な事ですよ。ティアーシャ」

「……。断らせてもらう」

「何を?」

瞬間的に『天道』を閉じる。そして空いた左手で短剣を鞘から引き抜き、蔦の絡む右腕と左腕を渾身の力を込めてたたっ斬る。

「なっ」

「へっ、この俺の最も好きな事のひとつは自分で強いと思ってる奴にNOと断ってやる事なんだよ!!」

腕と足に激痛。しかし拘束を免れた体は空中から自由落下を始め、空中に鮮血の線を残しながらその体は自由落下を始めた。

「……魔力、切れか」

いささか『天道』や他の魔法に魔力を使い過ぎたようで、体を巡る魔力にオーバーヒートがかかっている。

「ま、一杯食わせてやったか」

流れ出る血液。自由落下している中、まともな思考すらままならない。

「ざまあみやがれ」

短剣を鞘に戻し、瞼を下ろす。

やがて、地面との距離が近づいた頃。彼女の意識は闇に消えていった。





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