第10話 吸血鬼は燃える
「帰ったぞー」
ちょうどその時、ナーサが家に帰ってきた。介抱にしてはやけに時間がかかったな。
俺はベッドから降り、玄関にいるナーサを迎える。
「…おかえり」
「ティアーシャ。遅くなってすまなかったね。どうもミリリのやつがすぐに起きなくて、死んでんじゃないかと思ったよ」
「…ミリリは…死んだの?」
「私もそう思ってね。軽くひっぱたいてやったのさ。そうしたら頬を真っ赤にして飛び起きてね」
「…わぉ」
モンスターキラーのナーサの『軽く』とはどのくらいなのだろうか。そしてひっぱ叩かれたミリリが哀れになってきた。すまない。俺のスキル『魅惑』せいでこんなことに…。
「まあそれはいいんだが…。大丈夫か?なんかルントにされなかったか?」
「…何も…いや、料理を作らされた…。そしてその作り方を教えさせられた」
「…、はぁ…ったく。子供相手になにしてんだい。ルントは…」
深々とため息をつくナーサ。そのこめかみにははっきりと青筋が浮き立っていた。
「…っ」
「?どうしたんだい?ティアーシャ」
思わず吹き出してしまった。
ルントの顔を見たら思い出してしまったではないか。ルントが厨房の隅でいじけていたことを。
「…それが…」
俺はルントに頼まれて料理を作ったことをナーサに話した。もちろん、ルントがいじけていたことも。
「あっはっはっ。そうかいそうかい。それはルントもざまあみろってな。調子にのった罰だ」
「…」
こいつら…本当に夫婦だよな?いつの間にこんな敵対関係が生まれたんだ?
…俺が来てからか。
「にしても【風刃】で同時に複数の物を切ることが出来るなんてね。そこらしんじょの人たちにゃできないだろうね。ティアーシャはあの洞窟に入る前は魔術師だったんじゃないか?」
「…そ…うなのかも?」
魔術師?それは魔女とかとは違うのか?
「…えっと…魔術師ってなに?」
「?魔術師を知らないのか?そんだけ魔法が使えるのであればどっかのパーティーの一人かと思っていたんだけどね」
ほう、やっぱり冒険にはパーティーを組む選択肢があるのか。
「…魔術師と魔女は違うのか?」
「ああ、まるっきり違う。魔術師は冒険者パーティーでの最後尾にいることが多い。近距離戦を得意とする人は少ないだろうな。基本的に魔術師は剣士とか防衛士のサポートをするんだ。回復をさせたり、遠くから敵に対して弱体化魔法をかけるとかな」
「…ふぅん」
「まあ魔術師がいるパーティーは正直あまり見ないな」
「?なぜ?」
「基本的に私達人間は魔法を使うのに適してはいないだろ?初級魔法ならまだしも、中級魔法を無詠唱で発動できるやつはめったにいないからな。魔法の詠唱をしている最中に攻撃される。それなら、弓や銃で代用は効く。だから無理して魔法を使って援護する必要がないんだ」
「…なるほど」
確かにそれだったら魔法を使ってまで味方のサポートをする必要はない。
「それに、もし中級魔法を無詠唱で使えるようなやつは王国の兵隊にされちまう」
「…強すぎるやつは冒険者にはいらないってこと…か」
「そう、王国は冒険者のことなんぞ何も考えちゃいないのさ」
ナーサは苦虫を噛み締めるような表情で後ろで三つ編みで結わえた橙色の髪の毛をいじっていた。
「まあそのことはいいだろう。それよりもお前にいいものを買ってきてやったのさ。ほれ」
ナーサは服のポケットから何かを取り出して俺の手の平にのせた。
それは髪止めだった。エメラルドグリーンのそれは前世でのヘアピンによく似ていた。
「それとこれ」
ナーサは反対側のポケットからまた別のものを取り出し、俺の手にのせた。
「?」
さっきの物は一目でヘアピンだと認識できたが…、これは水色でなんだかビーズように真ん中に穴が貫通している。それが二つ。
「ティアーシャは女の子なんだからな。しかも美人なんだから多少、飾っても罰は当たらないさ」
「…えっと…これは?」
ヘアピンの使い方は妹がいたからわかる。昔はよくよく手伝ってたからな。
しかし、この大きなビーズのような物の使い道が全くわからない。
「ほら、こうやってな」
ナーサは慣れた手つきで俺のおさげをそれでまとめた。
なるほど、きれいなおさげ生成器だったのか。
「それの使い方はわかるだろ?」
「…もちろん」
俺は右目にかかっていた銀の髪をヘアピンで止め、固定した。
「うん、よく似合ってる」
「…ありがと」
…なぜ…、ナーサはここまで俺に尽くすのだろう。たかが洞窟に転生した元24歳サラリーマンの吸血鬼が男に襲われていただけで普通ここまでするだろうか。
否、俺はしない。仮に助けたとしても着るものだってそこら辺の布切れで済まし、食べ物だって余り物を食わすだろう。
…いや、今はこういう風にしているがいずれはそうなってしまうのかもしれない。『あいつ』がそうだったように…な。
まあ、今はそうやって色々としてもらえることに甘えるとしよう。愛想を尽かされた時はまた考えればいい。
「…ありがと」
「何回言うんだい」
ナーサはあきれたような、しかし何かを噛み締めるような表情で俺を見ていた。
「…っ、ティアーシャ。日も暮れたからそろそろ晩飯の準備しようと思うんだけど、何が食べたい?」
「…まだ…わからない。…あ、美味しいものが食べたい」
「よしわかった。美味しいものだな。任せとけ」
ナーサは靴を脱ぎ、どたどたと家の中に入っていった。
どうせ料理をつくるのはルントだろうが。
「あ、ご飯できるまでティアーシャはどうするんだ?」
リビングの部屋からナーサがひょこっと頭を出した。
「…この辺りを散歩してくる。どんな町なのか知りたいから」
「そっか、あんまり遅くならない程度に帰ってきなよ?」
「…了解」
服屋の帰りは某三人組に絡まれてしっかりと観察ができなかった。
ちょうど、魔法練習の休憩がてらもう一回行こうと思っていたのだ。
俺は日傘を持って家の扉を開けた。するとありがたいことに太陽はもう沈んでいて、空がほんのりと橙色を帯びているだけだった。これなら日傘はいらないな。
そう、油断したのがいけなかった。俺は日傘を置いた。そして、重い扉を両手で押して外に出た。
「ん?」
始めはわからなかったが、何か不思議な匂いがした。
「…」
そして俺は見てしまった。
指先から徐々に右腕が灰になっているのを。
「わぁぁぁぁぁぁっ!?」
そして数秒後、異常な痛みが襲ってきた。腕の細胞がまるで破裂しているかのような。
「っ!!」
急いで家の中に戻ろうとして、扉を引くも片手では開かなかった。
「ぐあっあ!!」
だがそうしている間にも腕の灰化は止まらない。
「ひ、日陰に…っ」
どうしても扉が開かなかったため、俺はその場を離れ日陰を探した。
「あったぁ!」
そして家の屋根の下にうっすらとできた日陰に飛び込んだ。
「はぁ…はぁ…灰にならなくなった…。ふぅ…助かった…」
そっと安堵の息を吐き出す。本当に危なかった…。まだ若干痛みは続いている。
『体ノ損傷ヲ確認…。修復ヲ開始シマス』
そして聞こえてくる【解析者】の声。
「さんきゅ」
『マッタク、何ヲシテイルンデスカ?吸血鬼ニ太陽光ハ厳禁ナンデスヨ?』
「わあってるよ、んなもん。…まあ…日が出てないからと思って油断したんだけどさ」
『ハァ…、今後ハ吸血鬼ノ自覚ヲ持ッテ行動シテクダサイ。簡単ニ死ナレテハ私モ困リマス』
「なんで?」
『アナタガ消エタラ私ダッテ消エルンデスカラ。ナニモシテナイ私ガ消エルナドオカシナ話デスヨ』
【解析者】の虫の居所が悪いようだ。いつもと違ってかりかりしているのがしゃべり方からも伝わってくる。
「…すまん」
『ワカレバイイノデス。ワカレバ。以後、気ヲツケテクダサイ』
「おう」
ちらり、灰になっていた腕に目をやるとそれはすでに再生を始めていた。流石は吸血鬼。
「でも、日に当たったら即死かと思ってたが…案外耐えられるものなんだな」
俺の知っているような吸血鬼は日に当たった瞬間に塵と化していた。しかし俺の場合は腕から消えていった。
『ソレハ進化ノオカゲデス。吸血鬼モ進化シマスカラ』
「進化ねぇ」
まあ確かに日に当たった瞬間に人生終了だなんて、悲しすぎるもんな。
そういう進化なのであれば俺としてもありがたい。
『腕ノ修復…30%ヲ確認。サテコレカラドウスルノデスカ?』
「どうするって、いや。ここら辺の探索だろ?」
『…ソウデスカ。デハ腕ノ修復ガ終ワリ次第、日傘ヲ持ッテイキマショウカ』
「そうだな」
「荒幡ススム…24歳で死亡っと…」
――時は遡り、『荒幡ススム』が目を覚ます前、一人の少女が机に向かって黙々と作業していた。
「身内は…、母親と父親、妹が一人か。ん?妹とは血が繋がっていないし…その妹は父親の連れ子のようだな。血縁関係にあるのは母親だけか」
少女は紫色の髪の毛をわしわしと書きながら膨大な数の書類一枚一枚に目を通していった。
「と、なると…彼の本当の父親は?」
ペラペラと書類を流し読みしていくと一つ、目に止まる物があった。
「っ!?」
そして彼女…アダマスは目を見開いた。彼の父親は死んでいた。病死や事故死ではなく、他殺。殺害されているのだ。
「一体…誰に?」
アダマスはさらに書類を読み込んでいった…。