進行 〜アンダーグラウンド〜
ちょっとここからお昼の共にできなくなるかも……。
「つ、疲れたぁ…」
自宅に戻るなり、モモはベッドに倒れ込んだ。日は数日改まり、モモは忙しい日を過ごしていた。
今日は昼頃から夜の九時ほどまでの長いシフトだった。来月から正式な従業員になるのでそのために勤務時間を伸ばされたのだ。単に調理や給仕だけをするのではなく、店の経営にも関わることになる。仕事量が増えるにつれて給料が上がるのはいいがやはり疲労との折り合いが必要だ。
「にしても夕方に来るお客さんすっごく増えたなぁ……」
今日も来た御者はみんな君に会いに来たんだよ、と冗談めかして言ったのを思い出す。
モモは自分の容姿がそれなりに優れている事を多少は自覚している。だが彼女に言わせてみれば他の人が見ている自分は自分ではなかった。
枕の方に投げ出したバッグから手鏡を取り出す。そこに映るのは銀の双眸、左右対称。
モモはそっと片目を手で覆った。たった一つの銀色の瞳。こっちのほうが自分であるような気がした。
「っと。メアリのとこ行かなきゃ」
そのまま目を閉じて一眠りしかける寸前でモモは体を起こした。今頃、メアリは一人で自分の帰りを待っているのだろう。
モモは仕事で着ていたシャツの上から赤いポンチョを羽織り、動きやすように丈の短いブーツを履いて、部屋を発った。
夜空を見上げると雲がたっぷり敷き詰められていた。おかげで満月も居心地が悪そうだ。人口の光に照らされる歩道をモモはてくてく歩いていく。
今日は珍しく人通りが少ない。『Ile Sole』が夜まで忙しかったぐらいだし、この日はみんな忙しい日だったのかしら、とぼんやり思う。
通い慣れた歓楽街も活気がない。客がいないだけでなく、客寄せの人すら路上に立っていないのだ。
モモはなんだか寒く感じてきた。ここまで人がいないことがあるのだろうか。
否、人はたしかにいる。
民家の前を通り過ぎると人の話し声は聞こえてくる。だが、モモの足音が聞こえると途端に電気を消してひっそり静まり返る。
これではモモが光を奪っているようだ。住み慣れた街から疎外されたように感じ、モモはなんとなく自分の体を抱き締めた。
(早くメアリのところに行こう)
モモは漠然とした不安感に追われるようにして道を急いだ。
街灯の横、木の素材のままのドアの前に立ち、ノックしようとする。
しかし、人差し指の第二関節がドアに触れるか否や、バン!とドアが開いてモモは額を打った。
「痛ったぁ……っ」
「あ、えっごめんモモお姉ちゃん!?」
モモは片手で平気な事を伝えたが、メアリは変にそわそわしている。
ずいぶんと慌てた様子だった。顔が引き攣っていて、モモはすぐに尋常ならざる事態を察した。
「あ、あの!モモお姉ちゃん!お、おじ、お爺いちゃんが!あたし、ど、どどうすれば!」
モモはまずはメアリの両肩に手を置いて、目線の高さをを合わせる。
「落ち着いて、メアリ。慌てちゃだめ。私にわかるように状況を伝えて」
はい、深呼吸深呼吸。
モモも一緒になって深呼吸をする。
「あ、あの、おじいちゃんが急にね、具合が悪くなって、咳が止まらなくなっちゃったの!それで、私、薬を飲ませようと思って、で薬が切れてたの!すぐに取りに行こうと思ったんだけど、今街に夜間外出禁止令が出てて……怖くて……!」
夜間外出禁止令?
そういえば御者がそんな事を言っていたような気がする。
「わかった。そしたら、私が一緒に行ってあげる。おじいちゃんの様子は?」
「さっきよりは落ち着いてるわ……でも、内蔵を全部はきだしそうなぐらい激しくて、死んじゃいそうで……!」
「大丈夫だよ。早く薬を取りに行けばなんとかなるよっ。容態が良くなったら明日病院に連れて行こう」
「う、うん!」
メアリはぎゅっとモモにしがみついた。モモはよしよし、と頭を撫でる。
「じゃあ、早いとこ行こうか。どこに取りに行くの?」
「街外れの聖堂。アサド婆がいつも診てくれるの」
「よし、さっさと終わらせよっ」
モモはメアリ手を引いて立ち上がった。
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うっすらと月明かりが漏れる夜、灰と濃紺のツートン。草木も寝静まる、音もない闇を2つの灯りが疾走する。
馬が二頭、人間の男女が騎乗している。
灯りは馬の首に吊るしたランプ。しかし、中身は燃えておらず、神聖な眩い輝きを放っている。おかげで彼らの周りだけ昼のようであった。
光に映えるは十字のエンブレム、クロス教のシンボルだ。
二人はしばし無言であったが、やがて男の方から喋りだした。
「あのさ、マギー」
「なに?」
男はかぶっていたフードを取り払い、隣を走る女性の顔を見つめた。
いかにも眠そうで、不機嫌なジト目に彼はゴクリ、とつばを飲む。
「マ、マグノリア·オードリーさん」
「なんでフルネーム?」
いやちょっと目が怖かったので等と口が裂けても言えない。気圧されて彼はなんでもないです、とごまかした。
マギー――――マグノリア·オードリー――――と呼ばれた女性は青のメッシュがが入ったストレートヘアを片手でかきあげ、さらに目線を鋭くした。
「何も用事がないなら名前を呼ぶな、ヨハン·オクトーバー。人を夜中に叩き起こしやがって」
うっへぇ……こっわ……とヨハンはがっちりした肩をすぼめた。
困った彼はとりあえず、空を向いて「今日はいい天気だ!」と適当に言った。
「へぇ?確かにいい天気ね。せっかくだからその腐った目玉をガラス球に交換したら?もっときれいに見えるわよ」
「遠慮するよ」
「今なら私が直々にとりかえてあげるわ」
「やけに不機嫌だね、マギー」
「こんな夜中にたたき起こされて機嫌が悪くならない低血圧なんていない」
「だったら運動して血圧上げればいいだろ…」
「いいアイディアね、頭に詰まってるのはさしずめ馬のクソかしら」
馬に乗りながらヨハンの足をガシガシ蹴ってくる。相変わらずマギーは怖い。ヨハンはまだ本気で蹴り続けてくるマギーに辟易としながら馬を走らせる。
どうして今回はこんな怖い人と組まされたのか。何か悪いことしたのかな、とヨハンはここ最近の出来事を思い出す。
ちゃんと毎日主に礼拝していたし、ミサにも参加しているし、早寝早起き三食はしっかり、嫌いな人参も食べたし、ボランティアもできるときはやっている。昨日なんてライン川に布陣していた天使達の砲弾製作も手伝ってあげて…
そういえばヨハンは、見よう見まねで作った砲弾が一つあるのを思い出した。爆薬をどう詰めればいいかわからなかったので力づくで押し込めてフタをして…。結局そのあと間違いに気づいて黙ってしまっていた。
…主はすべてを見ていたのか。
「主よ…だからこのメスゴリラと組ませ……落ちる落ちる!」
「聞こえてんぞクソ野郎」
足を蹴られすぎてバランスを崩しそうになった。なんとか片腕で復帰するともう一撃マギーが構えているのを見てさすがに防御姿勢を取るヨハン。
…が、蹴りは飛んでは来ない。変なポーズで固まっているヨハンを見てマギーはプっと吹き出した。
ヨハンには彼女が何を考えているのか全く分からなくてゲンナリした顔で正面を見据えた。とりあえず気分がよくなったようなのでよしとしよう。
「……で、何か言いたいことあるんだろヨハン」
えっ、と思わずヨハンはマギーの方を向いた。
「だから用もなく話しかけることはないでしょ。さっさと言え」
「あ、ああ。なんだったかな…声が聞こえたんだよ」
マギーは続きを促すように右手を挙げた。
「さっき……夢を見たんだ。女の子が走ってるんだ。見たこともない街をさまよって、まるで何かから逃げているみたいだった。俺にはまるで助けを求めているように思えてね」
「……寝覚めが悪そうね」
「きみよかマシだよ」
ヨハンはきもち、馬を早く走らせた。
その時、リリ、と鈴の鳴る音がしてヨハンは懐から銀色の小さな鈴を取り出した。”教会”専用の無線機だ。魔法と、現代科学を組み合わせて作られている便利な一品である。
〈こちら、主天使ラクス・D・ココナッツ。今回の任務のオペレーターを担当させていただきます。お二人はヨハン・オクトーバー三位力天使およびマグノリア・オードリー三位力天使でありますでしょうか〉
「はい、その通りです」
〈急な任務変更で申し訳ありません。熾天使セルギウス様からあなた達をアルザスに向かわせるようにと通達がありましたので〉
「セルギウス様が……」
ヨハンはマギーと顔を見合わせた。
「私たちは急に行けって言われただけよ。アルザスでは今何が起こってるの?」
〈どうも不審死が相次いでいるようなんです。今さっきアルザスの”聖堂”から情報が来まして、なんでも大量出血で干からびた死体が見つかったとのことです〉
「出血か……血は現場に残っていますか?」
〈ええ、写真だとたっぷりと染みています〉
「吸血鬼……ではないわね」
〈左様かと。そしてさらに情報なのですがこの不審死は一週間ほど前からあったようです。同じ死体が三体目になったので聖堂に連絡を入れたとアルザスの警察から電報がありました〉
「なんてこった。後手に回ってるじゃないか」
〈アルザスでは今日、夜間外出禁止令が出ていますがおそらく全体に行き届いていない可能性があります。可及的速やかな到着、お願いします〉
「無茶言ってくれるわね」
「仕方ないよ、戦争が終わってから世代交代も起きる時間が経ってるんだ。危機意識も薄まってるんだろう」
俺達にできることは道を急ぐ事だけだ。ヨハンは自分に言い聞かせるように言った。
間もなくシーズン1が終わります。ここでインターバルについて説明を。
基本的には二週間ほど更新が停止します。その間は何もしないのではなく、軽めの短編か、インターバル期間のみ進める小説でもアップしようかと考えております。
今後もEOHRのご愛読、よろしくお願いします!




