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午後〜ハートフルフレンズ〜

お昼休み!

 その日の勤務時間が終わり、モモは裏口から表通りまで出てきた。

 彼女は赤色の袖無しポンチョに白襟のブラウス、下は一見プリーツスカートに見えるハーフパンツに脚のラインに沿うブーツという格好だ。赤色は膨張色だがモモの場合はかえって細さが際立つ。


 こうして自由になったモモだが特に何かすることはない。ぶらぶらと街を歩いて回るか、図書館に行って本を読み漁るくらいか。


 モモは何も予定が入っていない時間、暇をよく好む。なぜならこれから何をしようか考えられるし、突然の出来事にも対応できるからだ。

 それに、この港町は気に入っているし、秘密の絶景スポットを見つけるなどという楽しみもあったりする。モモは人が知らない事を識るのが好きなのだ。

 

 懐中時計を引っ張り出そうとして、やめる。

 せっかく自由なのだから具体化された時の流れは意識したくない。

 肩掛けカバンを掛け直し、モモはただ気の赴くままに道を進んでいく。

 

 歓楽街はただ飲食店が立ち並んでいるだけではない。


 靴や、服、宝石等の専門店と、集合住宅の一階で営業している雑貨屋や家具を扱うところまである。


 モモははたまに寄る小物を売る店に立ち寄った。東洋の国から取り寄せたと聞いた”のれん”をくぐると、ヒノキの暖かみのある香ばしいにおいがする。昔、住んでいた場所を思い出す不思議な感覚。ここは店主の趣味で店の殆どが木でできている。


 ブーツが床板を鳴らす音に反応して奥から女の子の声でいらっしゃい、と飛んできた。


 知り合いのものなので、モモはカウンターに歩を進めた。


 「やっぱりモモお姉ちゃんだ。こんにちわー!」

 「こんにちは、メアリ」


 モモは小さく手を振りつつ、おさげ髪の幼い女の子にほほえみかけた。


 「足音が軽いからモモお姉ちゃんだろうなーって思ったら大当たり!お茶でも飲んでいってよ」

 「あ、いいよそんな。気を使わなくても」


 するとメアリはキッチンに向かいかけた体をくるっと半回転してふくれっ面になった。


 「もう!せっかくこのメアリがお茶を入れてあげるってのに飲まないだなんて信じられない!」


 ビシッと指を突きつけられ、モモは肩をすくめて「一杯貰おうかな」と言った。


 「かしこまりー!」


 メアリは嬉しそうにキッチンにきえていった。カチャカチャと陶器のぶつかる音がする。

 その間、モモは店棚に飾られた小さなインテリアを眺めて待つことにした。

 七人の小人と女性が踊っている姿をした置物。

 カエルの背に小さなカエルが乗っている絵の描かれた皿。

 陶器を盤にした時計に、子どもたちがはしゃぐ様子を模したスノードーム。

 大小入り混じるインテリアの中に手のひらサイズのプレゼントボックスがあるのが気になり、モモはは手に取っていじってみる。

 するといきなり蓋が開き、ばね仕掛けのピエロが飛び出してきてモモは身じろぎした。

 

 「…こいつめ」

 

 指でコミカルなピエロの顔をはじくと元あったように仕掛けなおして棚に戻す。

 

 「モモおねえちゃん!砂糖入れていい?」

 「いいよー」

 

 もうじき出来上がるのだろう。モモはいつも二人でお茶をするところに歩く。丸テーブルをはさむように椅子が二つ。

 メアリがキッチンから出てきた。丸い盆に二つのティーカップ、それとバタークッキーが少々。


 「さぁさぁ、熱いうちに飲まないと損だからね!」


 先に席についたメアリがティーカップに澄んだ赤色の液体を注ぐ。

 先にモモの分を入れ、自分のを入れるとメアリはモモに得意げに笑って見せた。


 「いただきます」

 

 モモがティーカップを持ち上げるとメアリはいきなり待ったをかけ、乾杯しよ、と言ってきた。お酒を飲むのでもないしとモモは思ったが相手は子供なので素直に付き合う。


 「じゃあ、カンパイ」

 「かんぱーい!」


 お互いのティーカップを軽く合わせ口にはこぶ。


 「どお?いい香りでしょ?」

 「ヒノキの香りがするね」モモは茶化すように言った。

 「もう!まじめに答えてよ!」


 むすっとした顔のメアリを見てモモはくすくす笑う。

 

 「おいしいよ。ちゃんとお茶の旨味が出てていい感じ。メアリはどう紅茶を作ってるの?」

 「…んーとね、お湯を沸かしてね。その間にティーポッドを洗って、茶葉を入れて、お湯ができたらポットにいれるの。それからフタをしてね、ちょっと蒸らしたらできあがり!」

 「それで十分だけどティーポットもあらかじめ温めておくともっとおいしくなるよ」

 「へぇ、そうなんだ。じゃあこんどからそうしよっかな」

 

 モモはポットのフタを開けてティーパックを見てみる。


 「作るときにパックを振ってる?」

 「うん。早いほうがいいでしょ」

 「まぁそれもそうなんだけど、実はティーパックは振らないほうがいいんだよ」

 「そうなの?」

 「うん。雑味がでちゃうからね。静かに置いといて、適度な濃さになったら取り出すって感じ」

 「モモおねえちゃんといるとどんどん知識が増えていくわね」

 「どういたしまして」


 めいめいクッキーをつまみ始める。


 「そういえばおじいさんは?」

 

 前にモモが来た時も、メアリが店番をやっていたので気になって彼女に聞いた。


 「うん、実は、何か病気にかかっちゃって寝込んでるの」

 「そうだったんだ。お邪魔しちゃったかな」


 そんなことないよ、とメアリ。

 

 「おじいさん寝ちゃっててあたし暇なのよ」

 「うーん、おじいさんの世話をするなら暇なほうがよくない?」

 「よくない。しゃべり相手がいないのはほんっとサイアクなの!」


 それから二人はしばし近況の事を話し合った。

 メアリは小学校の様々な出来事を、時には身振りも交えて面白おかしくモモに語った。

 モモは仕事で出会った珍客や、自由な時に見つけた物や、メアリにせがまれて山に住んでいたころの体験も話してあげた。


 「あ、そういえば最近すごいこと知ったのよ」

 「どんな事?」


 モモは二杯目の紅茶を注ぎながら話を聞く。


 「この街はね、アルザスっていうでしょ?」

 「そうだね」

 「実は由来があってね」

 「ほうほう」


 メアリはいったん息継ぎをして大げさな身振りで語りだした。


 「むかーし昔、ほんとに大昔ね。この世界にはたっくさん神様がいたのよ。そうして人間たちを守るためにね、戦ってたわけなのよ悪魔とか魔物とかと」

 「うんうん」

 「アレスって神様がいてね、この街のあったところですっごく強い悪魔と戦ったんだって。悪魔はとってもつよくて何十年も戦い続けてやっと封印したらしいの」

 「え、まさかこの街に?」

 「そうなのよ」

 「うわ、なんかいやだなー」

 

 モモは少し肩をすくめた。

 メアリはそんなモモを見てにんまりした顔で続きを言う。


 「でもね、神様は悪魔が復活しないようにしっかりおまじないを残したのよ」

 「……あ、もしかして」

 「そう。名前はね、何よりも強い封印っていうでしょ?アルザスとアレス。似てるでしょ。元はアレスって名前の街だったらしいんだけど何千年も経つうちになまっちゃったんだって」

 「へぇ~…それは私も初耳だなぁ。でもなまっちゃってて大丈夫なの?」

 「んー、大丈夫じゃないかしら。悪魔だってずっと封印されてるでしょ?ごはんも食べられないだろうしきっと餓死してるって!」

 「弱すぎ弱すぎっ」


 モモの吹き出しながら言った言葉にメアリもつられて笑いだす。


 「あ、もしかして『Ìle Sole(イルソーレ)』から見えるあの広場の石像ってアレス?」

 「大正解」メアリはおどけたしぐさでモモを指さした。「学校の先生に聞いたら全部教えてくれたの」

 「へぇいいなぁ」

 「悪魔との闘いを再現した石像なのよ!アレスが乗ってる馬車は空を飛んで、持ってる槍は何でも貫くの!んーかっこいい!」


 興奮したメアリは席を立ち、一人で空想の世界に旅立ち始めた。

 自らをアレスに見立て、見えない槍をぶんぶんと振り回し、店の置物を相手に飛んだり跳ねたりやりたい放題。普段のメアリらしくもない派手な暴れ具合にモモは違和感を感じながらも一緒に遊んであげていた。


 突然か店の奥のほうから激しい咳込みの音がした。

 その音を聞くとメアリはハッとしてすぐさま奥に飛び込んだ。

 

 心配になったモモはメアリを追いかけようとしたが他人の生活圏に入っていいのか迷った。

 すると二階のほうからお茶持ってきて!とメアリの声がしてモモはポットとティーカップを持って二階に上がった。


 「おじいちゃん、しっかり。ほら、薬を飲んで」


 声のするほうに進むとベッドに横たわった白髪の老人が視界に入る。彼は前にモモが見た時よりもだいぶやせていた。

 粉末の薬をモモから渡されたお茶で飲み干すと、老人は意識がもうろうとしているのかまた眼を閉じて寝てしまった。


 「………」


 メアリは自身の祖父の頬をそっと撫でてゆっくり立ち上がった。


 「…話し相手が欲しかった理由って……」

 「……うん。おじいちゃんずっと寝たきりで…」


 モモはメアリが父と母親を早くに亡くしている事を思い出す。

 物心がつく前から祖父に育てられていた彼女にとって祖父はとても大事な存在に違いない。

 その祖父が毎日、意識もはっきりしてないで寝たきりの状態であることはどれだけメアリにとって苦しく寂しいことか。


 モモはしゃがんで、やさしくメアリを抱きしめてあげた。彼女は不意のモモの行動に驚く。


 「…私になにかできることがあったら言って、メアリ。私がなんでも力になるから」

 「ありがとう…モモお姉ちゃん…」


 静かに嗚咽を始めたメアリの背中を軽くさすったり、ぽんぽんする。メアリの心中を察するうちにモモもなんだかもらい泣きしそうになって、なんとかこらえる。


 「今日は一緒にいてあげる。ううん、これから行ける日はメアリのところに行く。もう寂しい思いなんてさせないから」

 「モモお姉ぢゃん…!」


 そうしてしばらく抱きしめているうちにメアリはだんだん泣き止んだ。

 もう抱きしめてもらうのはいいのか彼女は手のひらでモモの肩のあたりを押した。


 寝ている人の前で話を続けるのもはばかられるので二人はお茶会の席に戻った。さっきと同じように席につくがしんみりとした空気が場を包んでいた。


 「……モモお姉ちゃん」

 「なぁに?」


 メアリはうつむきながらモモを呼んだ。


 「…その、買い物に行って来て欲しいの」

 「…えっとね、私、メアリを寂しくさせないって言ったばっかりなんだけど…」

 

 モモがおどおどしながら言うとメアリはふふっと笑う。


 「わかってるわよ。でも、今はモモお姉ちゃんの気持ちが私の傍にあるからお姉ちゃんが離れてもさびしくないわ」

 

 近くにいたらもっと寂しくないわ、とメアリ。


 「……メアリは強いんだね」

 「泣いちゃったのに?」

 「泣くのは弱いことかもしれない。でも泣いたあとで笑うことができたら、それはとても強いことなんだよ」

 

 きょとんとするメアリにモモは柔らかく微笑みかける


 「さて、何を買ってくればいい?メアリ」

 「あっ、それはかくかくしかじかで…」


 長々と言ったあとで紙に書いたほうがいいことにメアリは気づく。ペンをとろうとするとモモは大丈夫だよ、と言った。


 「え、結構多いよモモお姉ちゃん」

 「平気。私は全部覚えてるよ」


 妙に説得力を感じたメアリは買い物かごを肩にかけたモモの背中をただ見送る。



 


 


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