打開 ~コネクテッド~
長らくお待たせいたしました。シーズン2最終話です。
かの物は底しれぬ貪食家であり、不定形の遊牧民族である。真似るのは姿形だけでなく脳髄に至るまで。彼らは決して繁栄させてはいけない。奴らは容易く人を滅ぼすことができる。
――――『好古家アブドゥル・アルハンブラの手記』より
こと、この世界において、ジェリィは最も危険な魔物として認知されている。
彼らは薄暗く、湿気の豊富なじめじめした空間を好む。すなわち下水道に住み着きやすいのだ。
容易にインフラに影響を与えることは予想ができるだろう。
”教会”では彼らを未発育の状態で抹殺する専門の駆除部隊すら用意しているぐらいだ。
だがそれ以上に刮目すべき事柄がある。
彼らの独自の情報網と、擬態能力だ。
ジェリィは体の中心に核を持ち、それを分裂させることで繁殖する。自分のコピーを作り出せるわけだ。そして生まれた同じ核から生じた仲間とはテレパシーを通じて情報のやり取りができるのだ。
つまり、もし同じ核から生まれたジェリィと再度戦う事になった場合。
殆ど完璧に対策をされている。
■■■■■
踏み込んだ左足が唸りを上げる。振りかぶった剣が風を斬り、必殺の間合いに入った魔物を討ち滅ぼさんと突撃する。
しかし、それは不定形の球体を維持した魔物がUの字に変形したことにより、破壊はもたらされなかった。
空振った一撃が昨晩の損傷の残った石畳を砕き、破片を踊らせる。体の芯まで揺さぶる衝撃と、轟音が広場を押し流す。
「ヴェイ!ウェイ!ウェェエッ!」
独特の掛け声と共に上段への切り返し、魔物は攻撃の軌道を見切り、変形して躱し、続く慣性を利用した時計回りの斬撃、潰されたピザのように体積を広げて避け、戻ったところに鉄槌が如き振り下ろしを意表をつく跳躍、三連撃を全て回避した。
叩きつけた剣の威力により、石畳すらないむき出しの土砂が弾ける。水の中に砂を投げ込んだように一瞬で視界が奪われた。
(どこからくる!?)
ヨハンは自身の絶対的な防御力から、カウンターを選択した。
事実、魔物も人魔大戦の時代から強い個体が減少している。それに対し、ヨハンは今では珍しい人魔大戦時の力天使の水準に匹敵したスペックを持っている。ゴーレム等と言った高位の個体を除いて殆どがかすり傷一つ、彼には与えられないのだ。
しかし、それでも有効な手段はあった。
内部までの衝撃である。
動きを止め、待ち構えるヨハンに無数の触手が伸ばされた。古代の重装歩兵の人生が如き逃れられない攻撃が迫る!
「落ちろ!」
すかさず重力を操作し、狐に狩られる蛇よろしくすべて頭を垂れさせる。
道が開いた。
ヨハンは剣を構え、今度こそ叩き潰そうと走り出す。
が、その瞬間、足元から土砂と石欠片を吹き飛ばし、魔物の食手が飛び出してきた!
反応する間もなく足を掴まれ、ヨハンは引き倒される。
曳きまわしの刑に処されるようにヨハンは地面を転がっていった。
このままではまずい、行動制御をされた状態では何も効かないとはいえ圧倒的な劣勢には変わりない。
焦りが腕を伸ばさせ、地面の凹凸をつかもうとさせる。
しかし、破壊が通り過ぎた街の道路は脆い土だらけで抵抗がない。
ひっくり返され、仰向けの格好でヨハンは魔物の姿を見た。
おぞましい黒染めのぶよぶよした肉塊がそこに屹立している。永遠に洗わないと決めたモップのような蠢く触手の群れ。中央には赤黒く流動する深淵が顔を覗かせている。その穴からはぼたぼたと酸を垂れ流し、それは土に触れた瞬間、じゅわっ、と音を立てて陥没した。
おそらくあれに包まれても服が溶けるだけだろうが、それでも魔物の放つ異常感はヨハンの心の水平を乱すには充分だった。
「うぉおおおおお!!」
思わず叫び、左拳を地面に叩き込む。
ティタン神族の末裔が誇る怪力は一瞬で曳航を止め、彼を屹立させた。
素早く立ち上がろうとした瞬間、彼の身体は浮かび上がった。魔物がヨハンを持ち上げたのだ。
「野郎っ…放せ!」
身体を折り曲げ、触手を引きちぎろうとするが触れる寸前にでたらめに揺さぶられ、妨害されてしまう。
「おぉぉああああっっ!!」
そのままハンマー投げでもするようにブン、と大きく一回転、たっぷりと速度を加えられ、ヨハンは上空から建物群に打ち付けられた。
まるで土石流が村を飲み込むような音がした。
レンガを砕き、木材を撒き散らし、整えられた外装を一つ残らず弾けさせる。
広場を囲うように建っていた六軒の屋奥。それが一つ残らず、倒壊した。
子供が積み木を崩すように、全てが、
崩れる。
■■■■■
ヨハンの叫び声が聞こえ、モモは後ろを振り返った。見ればヨハンが魔物に持ち上げられ、今まさに建物に叩きつけられようとする瞬間であった。
アサド婆が押す車椅子の前にけたたましい音を立てて破壊されたタンスが落下してくる。
「ひっ」
すんでのところでアサド婆が椅子を止めたためにモモには当たらなかったがかなり肝を冷やした。
と、目の前の2階建てが弾け飛んだ。砲弾でも撃ち込まれたかのような爆音がし、屋根が残らず消し飛ぶ。魔物に投げられた天使が激突したのだ。
「ヨハンさんっ」
モモは思わず身を乗り出して彼の名を叫んだ。車椅子を降りて走っていこうとしたが案の定転びそうになって、アサド婆に何やってんだ!と叱咤されて引き戻される。
心臓がどくどくと跳ねる。汗が背をつたう。
さっきまで穏やかだった街並みが廃墟となり、見知った顔の人物が凄惨な目にあっている。およそモモは平静ではいられなかった。
直後、眼前の建物の壁に大きな亀裂が入った。それは木屑とホコリを撒き散らし、たちまち瓦礫の奔流となって二人に襲いかかった。
「まずっ…」
アサド婆は車椅子をターンさせたが、進路上にある破片が邪魔で押せない。
素早くモモを抱き上げたがそのときにはもう、倒壊する建物から逃げる時間はなかった。
アサド婆は腹を括り、モモに覆いかぶさった。せめて尖った鉄骨が刺さらないように祈り、目をつぶる。
ガラガラ、と大質量の倒壊が立てる音を聞き、アサド婆の身体が強張る。
しかし、大量の瓦礫はいつまで経っても彼女らを押しつぶす事はなかった。
とんとん、とモモに肩を叩かれ、アサド婆は振り返り、目を開けた。
そこには、己の数倍は上回る程の巨大な屋奥の2階を片手で支える金髪の天使が屹立していた。
「ヨハンさん…っ」
「おう。怪我はない?」
そう、彼に問いかけられるとモモはこくり、と頷いた。
ヨハンの視線の先、魔物が槍のように尖らせた触手を放った。
ヨハンは持ち上げたそれを地面に投げつけ、即席の盾として受ける。
何度も繰り出される触手は次々に障壁を破砕していく。
「存外に苦戦してるじゃないか、力天使どの?」
工事現場並みの騒音でもよく通る声が言った。
「笑えない事言うぐらいなら早く避難してくださいよ」
アサド婆が軽口にヨハンは、声に力を込めて返した。
「あ、あの…ヨハンさんは、平気…?」
震えた声でモモが言った。恐らく埃塗れの格好とぼろぼろの服を見て思わず心の内が出てしまったのだ折ろう。小さい声なのに、不思議と耳に残る。
「平気だよ」
短く、そう答える。
もう、走り出してもよかったが、なんとなく一つ、ヨハンは彼女と言葉をかわした
「人の事を心配するなんて、クレムさんは怖くないの?」
天使の答えに、モモは少し面食らったがしっかり、答えた。
「怖い、です。…でもヨハンさんも心配だから」
ダン!と踏み込み、勢いよく走り出す。
(何を聞きたかったんだろうな)
魔物の猛攻でどんどん軽くなっていく建物を構え、力に任せて突撃を図る。
埃や破片が耳元を通り過ぎ、視界は恐ろしい勢いで良くなっていく。
一瞬見えた間合いは二十歩ほど。
詰められるか?
ヨハンは詰められなくても届く方法を即決した。
服のベルトから小さな玉を取り出し、瓦礫に仕込む。
いよいよ子供ほどの大きさになった瓦礫をヨハンは投げた。
たちまち触手の連撃によって解体されてしまうが、それは一気に大量の煙をまき散らした。
四方八方に雲のように散らばるそれは煙幕だ。撤退用にしようするそれをヨハンは瓦礫に仕込んでいたのだ。
もちろん、退くためでなく、攻撃のために。
魔物の触手が煙の広がる空間を切り刻んだ。
高速ゆえの風圧が視界を遮るものを吹き散らす。
時間にしてわずか一秒と少し。
だが、必殺の一撃の間合いに入るには、十分だった。
■■■■■
煙の向こう、白銀の光が尾を引き、赤熱を放ち空間を歪ませる。
筆で絵の具を引き乱すように、欄干も建物も人も何もかもがらせん状にねじれる
空間が激しく振動する。膨大なエネルギーが遠く離れたモモ達にすら感知される。
「こ、これって…?」
モモはアサド婆の背からその様子を眺めていた。
「あいつの”祝福”…おっと、うちらは”奇跡”って呼ぶんだったね。生まれ持った超能力さ。ヨハン・オクトーバーは重力を操る。その異常なまでの出力は光すらも捻じ曲げるんだ」
見な。
アサド婆は勇猛な天使の姿をさし示した。
モモはその背中に、ためらいがあるのを見て取った。
■■■■■
「ハァァァァァァァアッッ!!」
高く掲げた剣、
動きに合わせて大小の欠片が流動し、
その背景が歪み、視界を狂わす。
疾走の勢いで滑り込み、横凪から垂直の構えに移行、輝きが最高潮に到達する!
裂帛の気合と共に、ヨハン最大の技が、今まさに!魔物に叩き込まれる!
「ウェェェェェェエエエエエイッッッ!!!」
寸前、ヨハンは魔物の背後に荒れ果てた景観の街を見た。
自身が投げ飛ばされ、破壊した無残な街並み。
言葉がよみがえる。
『また?また街を壊すの?こうしてまた人が死んだのにさらに街を壊すの?ふざけないでよ!』
魔物と戦う。
なんのために?
人を守るためだ。
これだけの、被害を出してまで?
俺は、正しいのか。
この剣を振るうことで倒す魔物と、
街の破壊は、
釣り合うのか?
『どうしてなのよ!!魔物は倒したんじゃないの?もう誰も死なないんじゃないの!もう終わりじゃないの!!どうしてわたしの夫が死ななくちゃいけないのよ!!』
動きが
止まった。
ひよって、しまった。
剣を振らず、空高く突き上げたまま、制止する。
一瞬で彼の視界が塗りつぶされる。
剣が手から離れ、ぶよぶよした内臓じみた物体に押しつぶされる。
光は閉ざされ、うっすらと見える世界もすべてが黒塗りだ。
(くそっ!しくじった!)
取り込まれた、と理解したその瞬間には首に何かが巻き付いていた。
どうにか脱出しようとでたらめに体を動かすが、暴れるほどに絡めとられていき、身動きが次第にとれなくなっていく。
はじめは拘束を力任せにぶち破いていたが、次第に意識が遠のいていく。
いくら頑丈な体とはいえ所詮構造は人間。空気がなければ生きられないのだ。
なりふり構わずヨハンは重力を操る力でこの魔物を吹き飛ばそうとする。
だが、またも廃墟と化した街が脳裏をよぎり、力を振るうことを許さない。
なぜさっき、モモに怖いかを聞いたか今更わかった。
自分は怖いのだ。
自分の力で、何かを守ろうとして、傷つけていることに気づかないことが。
(息が…できな…)
ついに、膝をつく。
身体と頭が重い。それは今までに持ったこともないぐらいの重さであった。
ここで、終わる?
ひよって迷って、己の甘さに殺されて倒れる?
■■■■■
「ヨハンさんっ」
耳元で大声を出され、アサド婆は顔をしかめた。
モモは魔物に丸のみにされたヨハンを見て、思わず叫んでしまったのだ。
「アサド婆さんっ降ろしてくださいっ」
「はあ!?何言ってんだよ!」
アサド婆はモモを背負ったまま長い息を吐いて、走るのをやめた。
「まさかアレと戦おうっていうんじゃないだろうね一般人が!」
「助けにいくんですっ、ヨハンさんを!」
「戦えもしないのになにができるっていうのさ!今アタシらに出来るのはしっぽ撒いて逃げてマギーと他の天使を呼ぶことだけだよ!」
するっ、とモモが背中から抜けた。
しっかり抱えていたはずなのにと思う間もなく、モモは地面に落ちた。
「っ…」
すぐに立とうとするが、怪我の痛みが身体を突き刺し、また倒れる。
それでも危機に陥っている彼の元へと這う。折れている左腕を庇いながらも、右腕でずるずると。
「戻れモモ!あの魔物は水を吸いすぎてでっかくなった雑魚じゃない!順当に成長した危険なやつなんだよ!専門職でさえ蹴散らされるぐらいなんだぞ!」
「……それでも」
モモは懸命に前に進みながら言った。
「嫌なんですよ…!黙って見てるだけなのが嫌なんです…っ」
自分は何もできない。誰かの代わりに戦う事も、今はできないし、刃物は怖くて持てないし、少しは自身のある運動能力だって、怪我だらけで無意味だ。
でも、何もしないのは嫌なんだ。
「誰かが苦しんでるのに、何もできないなんてそんなの嫌!」
どうしようもなく馬鹿なのはモモ自身分かっている。これからしようとする事だってぶっちぎりにいかれている。
だけれど。
今、ヨハンが必要としているものが何なのか、自分にはわかっているから。
彼に、あげに行きたい。
救われたこの命で恩を少しばかりでも返したい。
「ただの、それだけなんです。自己満足でもなんでもない、本当に、彼を助けたい…」
別に必要とされているわけでもないのに。
助けたいというお人よし精神で、モモは手をついた。
脚に針のむしろにされているような苦痛が訪れる。耐え難い。それでも、片膝をたて、身体を震わせて立ち上がる。
あぁみじめだ。生まれたての小鹿のように無様な格好だ。
たとえそうであっても進む。
「それに、まだ…ベルさんに合わせてもらってませんから」
ジョークを一つ、心を奮い立たせる。
モモはふらふらと、今にも倒れそうになりながら歩き出し出した。
「はぁ…見てられないよまったく」
アサド婆は彼女の腕をとった。
「アサド婆さん…?」
「怪我人を好き勝手させられるかい。あたしだって医者の端くれさね」
モモは止められると思い、腕を振り払おうとしたが、アサド婆はモモが歩きやすいようにしっかりと支えた。
「そして、患者の意思を尊重するのも医者さ」
ぽつ、とモモの胸の内に温かい何かが灯った。はじめは蝋燭のように小さく、やがて一歩踏み出す度に明るく、燃え滾る。
そう、それは勇気の炎だ。
「ありがとう…」
肩を組み、モモは前に、前にと進み続ける。
瓦礫を乗り越え、身体を苛む苦痛もすべて心の灯が打ち払う。
不意に、モモは蹴躓いて転んだ。
すぐにアサド婆が助け起こしてくれるが、尋常ではない痛みが全身を駆け巡った。
きっと、いつもなら止まってしまうであろうそれも、今はモモを止められない。
最初の時よりもずっと早く立ち上がり、おぼつかない足取りは確かなものへと移っていく。
やがて、広場にたどり着いた。
半透明な魔物の体は中にいるヨハンがよく見えた。
片膝を突き、停滞する彼はさながら暗闇にとらわれた英雄のようであった。
自分には似合わないけれど、その闇を払ってあげなきゃ――
モモは、そう思って、息を胸いっぱいに吸い込んだ。
「立ってください、ヨハンさん!!!!!」
■■■■■
声が聞こえる。
水に浸され続けて、溶けかけている紙のような意識を、誰かの声が救い上げた。
「今、その魔物を倒せるのはヨハンさんしかいないんです!!」
そんな事はわかっている。
でも、俺が戦うと、守りたいものまで傷つけてしまうんだ。
「守れてますよ!!ここに、貴方に救われた命があります!!」
頭を、ずっと昔の記憶がよぎった。
この馬鹿力がうまく制御できず、何をしてもうまくいかなかった毎日。
偶然の落盤から人を救ったあの時。
鮮明に思い出せる。
「だから…お願いです、ヨハン…!」
モモの声がはっきり聞こえた。
四肢を踏ん張り、もう一度立ち上がる。
例え誰かに後ろ指をさされたって。
俺は人間達を守るって、
あの時に覚悟をしただろ?
「――――戦って!!」
■■■■■
怒、と弾けるような風が街を吹き抜ける。
瞬間、魔物の体が弾け飛び、空高く舞い上がった。
その下、ヨハンが右拳を突き上げ、今一度立ち上がった。
「そうさ。それでいいんだ、ヨハン」
戦闘で破壊された街並みは”教会”が物の数日で元通りにする。だから、気にしなくていい。
荒い息で呼吸を繰り返すヨハンをアサド婆は目を細めて見つめた。
「お前は一人で戦っているんじゃないんだ」
復活の雄たけびが響き渡る。
「だから、頼れ。アタシらもお前を頼る。…それが仲間で、”教会”ってやつさね」
天高く打ち上げられた魔物の加速が終わる。
地上からは黒い点にしか見えないほどだ。収縮が拡大に転じ、魔物が渾身の殺意をこめて落下してくる。
一撃で倒す必要があるだろう。そのためには、彼の必殺の技を叩き込むのが最適。しかし今地上でそれを放てば再び尋常ではない被害が街を襲うであろう。
ならば―――
「マギー!!」
「やっと出番ね」
あくびをひとつ、気の抜けた立ち振る舞いの女性が屋根の上に座っている。
マグノリア・オードリー、派遣されたもう一人の力天使が得物とするのはおよそ巨大すぎる銃器…リボルバーライフルであった。
長い銃身に、人の顔程の大きさのある回転式弾倉。様々なデメリットを抱え、絶大な威力を誇るその武器の弾丸口径は二十ミリ。
魔物を殺すためだけに生まれた史上最強の拳銃の名は――――ペイルライダー。
マギーは両目を閉じ、すっ、とそれを頭上に向けた。
魔物も彼女をとらえ、その手に握られたものが何なのか判別すると体を円錐状に、しかも高速で回転するように動かした。
ジェリィには核がある。種族繁栄のための臓器であると同時に生命を維持する源でもあるのだ。
その破壊さえ免れればいくらでも再生は可能だ。
事実、この高速回転と変形はいかなる銃弾でも防げるほどの勢いを持っていた。
相手が、一般の射手であるならば。
魔物は何か冷たい感覚が身体の一点をとらえていることに気が付いた。
それは視線。
あらゆる夾雑物を貫き通し、ただ一つの真実という名の終焉をわしづかみにする、マギーの”目”!
直後、砲撃並みの爆音とともに放たれた儀礼済みの超超大口径弾頭は魔物の動きの細微な間隙を縫い、存在の根幹を為す核を木っ端みじんに粉砕した。
「……お前の”滅び”は決まってるんだよ。あたしに見られた時からね」
びちゃびちゃと、黒い雨が少しばかり降る中、開いたマギーの眼の瞳孔は”蓮”の花の形をしていた。
■■■■■
「大丈夫ですか、ヨハンさんっ」
さすがに疲れて倒れたところに、モモがやってきた。彼女はヨハンに配慮してか、どうしようかおろおろしている。どうもモモはヨハンが気を失っていると思って、ひとまず起こそうとしているようだった。
「起きてる。大丈夫。グッドモーニング」
「あぁっ、もう…びっくりした」
へた、とモモは座り込んだ。ヨハンはとっさに手を添えたが、平気そうだった。恐らく無事なのがわかって、緊張が解けたのだろう。
額に手を当て、ヨハンはまだ曇りのある空を見つめる。視界の端には壊れた建物が映り込んでいた。
「ヨハンさん、どうされました?」
「ん?いや………」
ヨハンは少し迷ったが、モモに打ち明ける事にした。
「これで、良かったのかなって」
「?」
「俺に……天使としての資格はあるのかな。誰かを守っていいのかな。俺はどうしようもなく不器用で何をしても、何かしら、壊してしまう…」
一通り言ってしまってから、ヨハンはこんな事言っても仕方ないよな、と誤魔化すように笑った。
だが、モモは真顔で頷くと、ヨハンの問に答えた。
「力は、力に過ぎないですよ。私は、ヨハンさんが力を何かを護る事に使うと決め続ける限り、天使の資格はあると思います」
「…………」
ヨハンはモモから視線を反らす。
破れ穴だらけの包帯と、たくさんの擦り傷を見て、ヨハンはモモが絶えてきた痛みをかみしめた。そして、それでも自分を助けようと言葉を投げかけてくれた彼女に深い感謝を覚えた。自分の中の揺らいだ決意を叩き直してくれた、彼女に。
これからは街を壊さないようにもっと努力するんだ。
自分の覚悟を裏切らないように。
モモがくれた言葉を裏切らないように。
ヨハンは心から感謝を込めた言葉を紡いだ。
「ありがとな、モモ」
名前で呼ぶと、モモは少し目を丸くしてそれからにこり、とほほ笑んだ。
「こちらこそ、ヨハン」
花が一気に百も咲くような笑みであった。夜すらも昼のように明るくしてくれそうな、まばゆい笑顔だ。
「すこしでも…恩が返せていたらいいんだけど…」
「返せてるよ。おつりがでるくらいさ」
朗らかな雰囲気に、つかつかと足音が介入する。
「いい感じの所失礼。モモ、貴女に聞きたいことがあるの」
マギーは立ったまま質問した。
「貴女の働いている喫茶店、『Ile Sole』でペトラとアーノルドという人物が働いていたことはあるかしら」
果たして彼女の答えはマギーが求めたものであった。
「は、はい。『Ile Sole』に名前が変わるずっと前に働いていたって聞いてます」
マギーは長い溜息をついた。
やっとだ。
やっと、終わりが見えた。
この繋がりは必ず光明につながるだろう。決して無駄にはしない。今の我々がやっと見つけた切り札はここでケリをつけるために最大限に使わせてもらう。
「『Ile Sole』の従業員全員に護衛をつけるわ。敵の狙いは『Ile Sole』関係者よ。アサド婆、手配をお願い。ヨハンは魔物の破片を持って帰って解析して。ラクスが手伝ってくれるわ」
てきぱきと命令をこなし、マギーは髪をかきあげた。
「私は策を練る。これからは私達が先手を打つ番よ」
シーズン2最終話いかがだったでしょうか。
読んでくださった方々に心より感謝を申し上げます。
そして身辺上の都合で一週間に一回の投稿が守れなかった事について謝罪致します。
さて、これからインターバル期間に入ります。
本当なら二ヶ月は早くシーズン3に入り、モモとヨハンの冒険は始まっていたはずなんですけれどなかなか物事は思い通りに進まないものですね。見切り発車は以後しない事を決めました。
これを教訓としてきっちりストックを作り、余裕を持って連載を続けていく事を遵守します。
応援してくださる皆様、読者様に楽しんでもらえるようにこれからも、自分にできる限りの面白い話を書き続けていきたいと思います。
それでは次シーズン、ついに教会側が先制します。果たして魔物側の目的とは?そしてモモの決意は折れずにいられるのか。
Eyes Of Half Red
シーズン3をお楽しみにしていてください
最後に重ね重ね申し上げますが、読んでいただき誠にありがとうございました




