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オカルトート

作者: Ridge

「やあ、君。呪いがかけられているよ」

 横を通り過ぎる時、その女子高校生はそう言った。

 町の端の並木の下にその人はいた。新緑の青葉と濃褐色の幹を背後に、黄色い軸を持つ柔らかな白い花が鈴なりに咲く下で、何の気まぐれか男子中学生に怪しげな文句を投げかけた。

「結構です、間に合ってます」

「まあまあ」

 その人は気にする様子無く、小さな分厚い殻の木の実を俺の額に当てる。何かが吸い取られるように木の実へ集まり、地面に落ちて邪気のようなものを放ってひび割れる。ぐらりとするも相手に支えられ、呼吸を整えると、酔いや澱みが消え去ったように爽快な気分となった。

 その時の顔は相手に、呪いも技も信じたのだと伝わってしまったのだろう。その人は頬を緩ませる。

「本当に…?」

「ええ、この通り。もう解いた」

 もう飽きたのかどこかを見て、心ない返事をする。

「何者ですか?」

「呪術師、野茉莉えごのき甘香あまか。甘香と呼んで構わないよ。あなたが意図してやったものだったら申し訳ないけど、危ないから解かせてもらったわ」

「かかっていた呪いはどこに行くのですか?」

「形を変えてどこかへ行く、弱いものに変えてるから大丈夫」

「そうなんですか」

「私はここにいること多いから、また用があったらここを訪ねてね。出来れば1人で。情報アドを活かすには、一緒に聞いている人がいない方がいい。そうそう、名前を教えてくれない?」

 怪しいけど…助けてもらったのに、名前も言わないなんて恩知らずかな。

「…俺は、星賢中学校2年、余子あまりこ遠斗とおと

「トート…遠斗君か。よろしく」

 甘香は手の甲に乗ったミツバチを、腕を上げて花へと誘導する。

「一番単純な呪文を教えてあげる。それは、名前。呼ぶこと、呼ばれる可能性があることで、相手を支配する呪文。使い方次第で善にも悪にもなる。呪いをかけた人はすぐ近くにいるかもしれないから、解呪のことは黙っていた方がいいよ、遠斗君」

「どうして?」

「どうして?考えてごらんよ、もし仮に半端者が呪文を唱えました、効き目があるのかないのか分かりません。呪いの効果は無かったみたいです。解呪されたと知らないままだったらどう思う?」

「…無駄だったと思う」

「そ、だから当分このことは言わない方がいい。ああ、長いこと立ち止まらせてごめん、またね」

 促されるままに学校へ向かう。あの人も学校行かなくていいのかと振り返ると、もう姿は無かった。


 教室に着き、何かするでもなく、あと5分後くらいに始まるHRホームルームを待つ。

「よう余子、ギリギリとは珍しい」

 前の席の矢羽やばね修一しゅういちが足を机から横に出して、上体を捻って後ろを向いて俺に話しかける。中学に入ってからの友人である。プライドが高いのか低いのかすぐに表に出す分かりやすい人だ。いや、分かりやすいのは表層だけなのかもしれないな。本心というのは分からないし、探るのは野暮だ。俺だって恥ずかしさは隠していて、探られたくないのだからそれでいい。

「たまには別の道を歩こうと思って」

「なぜ?」

 ふーん、くらいで返すと思いきや食いつくな。

「ただそういう気分だったから、としか。同じ場所ばかりだと飽きる」

「まあ、そうかもな。俺は気にしないけど」

 先生が入ってきたので静かになり、矢羽は前の向きに直る。HRが始まり、学校の一日が始まった。


 放課後。荷物をまとめて帰りの準備をする。部活は入ってないので、後はただ家に帰るだけなのだ。

「余子君」

 人の減った教室で呼び止められる。

「ん?」

「あ、大した用じゃないんだけどね。朝、見かけて」

 桑名くわな景那けいな。涼しげな切れ長の目と上品な微笑みで、艶美な印象を受けるクラスメイトである。とはいえ大人のものには敵わないので、将来が楽しみという感想に留めておく。さっぱりとした性格であるが、自分のことに関してはあまり喋らない。

「立ち止まって花を見てたの?あの並木はこの時期いい匂いするもんね」

 なぜ今言うのだろう。そうか、鑑賞中に話かけないのは邪魔しちゃ悪いと思ったのか。でも、人と話していたからなんだけど死角だったのか?解呪も呪術師と会ったことは黙っておこう。

「まあ、そんなところかな。いつもは通らないけど、たまには気分転換にと。桑名さんはいつもあの道通るの?」

「うん。だからまた会うかもね」

 これはどういう意味なのだ。嫌われてはいないんだよな?一緒に登校しようと言う意味か。まあ、深読みしすぎだ、グッドラック程度の意味だろう、また明日程度の決まり文句だろう。

「時間が合ったら。また明日」

 互いに軽く手を振って、俺は教室を出て、学校を後にする。

 もう一度寄ったら、あの呪術師に会えるだろうか。朝は時間が無かったから十分に話せなかったが、呪いについて聞いておきたい。

 そうして、並木道の近くに来るとあの人はいた。隣の公園のベンチで座り、人差し指の上に小鳥を乗せている。小鳥の頭は黒と褐色がかった白で、黒いくりくりとした目がある。羽は青灰色で、橙色の体と胸にネクタイのような白い模様がある。甘香は慈愛に満ちた笑みで小鳥を眺めている。小鳥はぴょんぴょんと跳ねて飛び降り、どこかへと飛んで行った。

「やあ、9時間ぶりくらいかな?」

「…こんにちは甘香さん」

「呪いの犯人は分かった?」

 犯人と称するのか。悪性の呪いだったらしいけど、呪術師が呪いの使い手をそうやって称するとは少し驚きだ。身内びいきはしないのか。

「いや、まだ皆目見当もつかず…」

「ま、そんな早く分かるなんて上手い話があるわけないか。解呪されたのを勘づかれても困るしね」

 この人は犯人を探るために俺の前に現れたんじゃないだろうか。

「俺は呪いの仕組みを知りません。教えて貰ってもいいですか?」

 甘香は、座りなよと手の平をベンチに指し示す。遠斗は従って横に座る。

「呪いのメカニズムはこう、あくまで理論であって真理はどうか分からないけど…ある力を加えて世界の均整が取れた状態を崩し、つり合いを失って零れたものが呪いとなって降りかかる」

「?」

「半球の上に色んなジュースの入ったコップがゴムの摩擦でくっついているとする。あるジュースを半球の外へ落とすと、半球はバランスを崩して他のジュースが零れる。もちろん、元からコップに深く入っていて傾いても零れないものもあるけどね。そして零れて軽くなるとバランスを取り直す。この時に零れたものが呪い」

「いつかは全て混ざってしまうか、零れないほどに少なくなってしまうのでは?」

「そうだね。そうやって世界は止まるかもしれないし、また上から注がれるかもしれない。淡水の川が流れ続けていられるのは、海から雲が発生して雨を降らせるから。そして、その塩水という混ざっていたものは淡水だけが分離して降って来る。これは太陽によって引き起こされる水循環だけど、似たようなことが呪いを扱う世界にも起きるかもしれない」

 何だか難しいことを言っているな。

「呪いを使うには2種類。自身の能力で世界の均整を崩すこと、もう1つは精霊や悪魔などを呼び出して崩すこと。ただし、後者の場合は自分が巻き込まれないように自身の周囲に魔法陣を書くことや、自分の体に魔除けの印を書いて身を守らないといけない」

「ということは、呪いをかけた人にはその証拠が…」

「儀式中でないと決定的とは言い難いけどね。ただのメイクが特定の呪い避けになっていることだってある。それに、陣や印をつけずに呪いに巻き込まれているかもしれない」

「呼び出された者はどうやって帰るんです?」

「時間経過で帰るもの、契約完了で帰るもの、退治されて帰るもの…密室に人がいると酸素が無くなっていられなくなるでしょう?それと同じようにずっといられないのでその前に帰る」

「どの精霊や悪魔が呼び出されたか分かるのですか?」

「召喚の言葉や生贄を見れば絞り込める」

 見えないのならいつの間にか憑かれているということも…。

「真理を探る呪学者じゃなくて人の相手をする呪術師の私には解呪技術が重要ね。呪いがこぼれたジュースと言ったけど、解呪はそのかかったジュースをふき取ることと、代わりに吸収させること。ジュースの中には混ざることで劇的な変化を起こすものがあるから傷が残ることもある。言うのは簡単だけど色々細かくあって、素人には扱えない」

 要するに素人には使えないから、呪術師に相談しろということだ。

「一気に色々喋ったから混乱したかな?私はそろそろ帰らないと。それじゃ、さようなら」

 甘香は立ち上がってリュックを背負い、手を振って帰っていった。

 俺も帰ろう。寝ている間に頭が整頓されるはず。


 翌日。桑名は熱が出たらしく学校を休んだ。

 休み時間、外の空気を吸って教室の自席に戻る途中、あるクラスメイトに話しかけられる。

「遠斗、家の枇杷の実が沢山なっているんだけど欲しい?」

 曲輪くるわ武美たけみ。小さい頃から家が近くて付き合いのある仲、要するに幼馴染である。とはいえ、何だか気恥ずかしくて小4頃から話していなかった、また話すようになったのは中1の終わり頃だ。女子全般と話すのが気恥ずかしくなってたので、性を意識してのことで、恋愛感情によるものではないのだろう。

「それじゃお言葉に甘えて、ちょっとだけ頂こうかな」

「じゃあ私の家に来て持ってって。お母さんに連絡しておくから」

「曲輪は今日も部活か?」

 なんだかんだで苗字呼びから小さい頃と同じ名前呼びに戻していない。なんか恥ずかしいし。

「うん、だから遠斗の方が先に帰るだろうし、お母さんも夕方には帰ってるからね。私は日がどっぷり暮れるまで部活して、一人寂しく心細なく夜の道を歩くのですよ」

 曲輪は仰々しくそう言って、眉をひそめて口に手を当てる。

「どう?惚れた?」

「…?」

 こいつの突拍子の無さは今に始まったことではないが、影響を受けやすいのととにかく試してみたい性格によるものだということは分かる。

「まさか、どういう理屈でそうなる?」

「こうすると男の人は庇護欲と正義感を掻き立てられるのだと」

「演技なのに?」

「感動させられる演技はあるんだけどねー。まあ、そもそも遠斗に惚れられても迷惑だし」

 曲輪はやや不機嫌そうに苦々しく言う。

「悪かったな大したことなくて。ほらほら、もう小テストの勉強でもしてろ」

 追い払うように手を払って自席に戻った。次の授業は冒頭に小テストがあるので、ノートを見て暗記を始めた。

 犯人について何か分かるでもなく今日も学校が終わった。帰りに曲輪家に寄って、枇杷を袋で貰って帰宅した。


 桑名が休み始めてから3日目。女子生徒たちが教室で話している。

「景那大丈夫かな?」

「診察してもらっても原因が分からないって」

 もしかしたら俺に掛かっていた呪いが移ったのではないか。甘香さんに相談してみよう。

「どうしたの遠斗?あ、桑名さんが気になる?」

 曲輪が俺の席の横に来てからかう。目線の先に桑名の席があったのが分かったのだろう。

「…それは、ずっと休んでいたら不安じゃないか」

「まだたったの3日だよ。心配性だなあ遠斗は」

「まあ、そうかもしれない。ん?曲輪、今日は部活無いのか?」

「今日は休み」

「ふーん、帰らないのか?」

「遠斗こそ帰らないの?」

「ちょっと…人に会う用があって」

 俺は携帯を出して時間を確認する。とはいっても、会えるとは限らないのだ。高校の下校時間より早いと会えないというだけ。

「もう少し後になったら帰る」

「そう…。私はもう少しだらだらしたら帰るかな」

 曲輪は少し寂しそうに、しかし感情を抑えた様子で自分に言い聞かせるように宣言する。

「早く帰って家でやりたいことは無いのか?」

「遠斗と違って私の趣味は部活だから。今やることなんて、だらだらして気力や創造性を蓄えるくらい」

 時間はあるが、今すぐ復習や宿題をする気分ではない。頬杖をつき、ぼーっとただ教室の雰囲気を五感で受け止めてていよう。勝手に何か思い浮かぶ時まで脳を休ませるのだ。

 …。……。横顔を見られている気がする。何かついていただろうか、動くのが面倒だ。というより、力を抜いてしまった。もう少ししたら力が入るから。……。…。

 俺は体を起こして伸びをした。頬を触るが何も無い。

「何かついているか?」

「えっ…ううん、何も。じゃあまた明日」

 曲輪は笑顔で手を振って、荷物を持つと廊下へと足早で出て行った。

 時間を確認する。もう少しあるので自習室に行って宿題を終わらせる。時間もちょうどいい頃合いなので、帰路に就いた。

 その途中であの並木に立ち寄ると、やはりあの人はいた。

「や、また来たね遠斗くん。おや、新しい問題かな?」

「問題が起きました。関連性は分かりませんが…」

「話を聞こうか」

 桑名の話をする。

「ふむ、君に掛かったものとは別物のようだ。君にかけられた呪いが移ったものじゃないよ」

 心の中を見通されたようだ。

「実際に見てみたい。家を案内してくれない?」

「知りません。その子の友達に聞いたら分かるかもしれないけど…」

「そうか、ではその友達に聞いてみようか、面識はある?」

「1人はあります。ただ、こんなこと信じてくれるかどうか…」

「頑張って」

 丸投げか。いや、こっちが頼む側なのだから…。

「…今から電話で呼び出しましょうか?」

「相手が私を直接見て確認したいというのならね。そうでないのなら、住所だけ教えて貰えればいいのだけれど。今日は木曜日でしょ?もし道具が必要になるようであれば、準備が必要で明日になるかもしれないから。できれば土日に入る前にしたいところ。ああ、私が訪ねなくてもその原因不明の発熱の子をどこか外で待ち合わせできるならそれでもいいわ」

「報酬は要らないのですか?」

「貰えるなら貰っておく。でも値札つけて解呪をしない決まりだから。さ、早く電話して」

 電話をかける相手は、衣文えもん千鳥ちどり。何かの班で一緒になった時に連絡先を交換した。桑名とも曲輪とも仲のいい女子生徒である。我が強い性格、オカルトにはあまり肯定的ではない。騙そうという人を本能で察知できるようだ、変に誤魔化さなければ話を聞いてくれる可能性がある。

 ……。

 …。

 電話が繋がった。

「もしもし」

「もしもし余子だ。衣文、今、時間大丈夫か?」

「あー、これから景那の家にプリントを届けに行くから、手短に」

「それについてなんだが、桑名の家を教えてくれないか?」

「…あなたがお見舞いに?」

「いや、その…もう1人。解呪のプロというか、まあお祓いみたいな、それができる人を連れて行こうと思うんだけど。診てもらうために」

「怪しい人じゃない?」

「大丈夫だ。何度か会って話をしているから分かる。何なら直接会って確かめてもいいと」

「もしかしてそこにいるの?」

「…ああ」

「じゃあ代わってもらっていい?」

 甘香に電話を渡す。渡していいのか、喧嘩にならないだろうか。

「代わりました。はじめまして、野茉莉甘香です」

 敬語…!

「はい、はい、なるほど。しかし、私は本物ですから。……。なるほど。千鳥さん、それなら尚更私が出なければならない。それは私の領分なのだから。……。ああ、あの薬局を山側に進んで右側…、姫沙羅の株立ちがあるところね、分かった。……。じゃあ代わるわ」

 甘香は遠斗に電話を返す。

「案内するけど、あなたも来て外で見張ってなさい」

「分かった、それじゃ」

 電話を切る。

「へえ、あの子少し変わった力があるね。実際に見ると違うかもしれないけど。さ、行こう」

 この人は何かを感じ取ったのか。


 ある家の前で衣文は立っていた。表札には桑名と書かれている。ここが桑名景那の家だ。

「来た来た。余子、この人が野茉莉さん?」

「そう、甘香でいいよ。じゃあ早速見てくるね。1人でやりたいんだけどいいかな?」

「…いいですよ。家には景那の姉がいるから、彼女に開けてもらってください」

「へえ、案外同じ学校だったりしてね」

 甘香はインターホンを押して招き入れられた。

「ついていって見張らなくていいのか?」

「見たら大丈夫だと分かった。近くにいたら邪魔しちゃうかも。あの人とどうやって知り合ったの?」

「登校中に並木道の下で、呪いがかかっていると止められて、その場で解呪されて」

「ふーん、変な人」

 特に話すことがなく、沈黙が流れる。

「余子、私の口から言うのは憚られるけど…」

「何だ?」

「武美はあなたに惚れている」

「え…?」

 何かしたか?思い当たることがない…。惚れられても迷惑なんて言ってたじゃないか。それは嘘で気づけと言うのか。いやあいつのやることだ、何かに影響されてのことだろう。

「気づかなかった?…眼中に無かったようね。まあそういうことだから、私とあんまり仲良くしていると2人に悪い」

 2人…?

「景那もあなたには好意的なんだよ。惚れてるほどではないと思うけどね」

 もしかしてからかっているのか。だって変だろ、俺は何もしていない。好かれるのは、部長とか委員長とか不良とかそういう人たちだろう。波風立てずに自分本位に生きてきた俺が誰かに好かれるなんてあり得るのか?一人でいるのが好きなタイプだぞ、一緒にいても面白くないだろうに。

「からかっているのか?男は勘違いしやすいというのに、そんなことを言って」

「ああ、そう受け取るの。からかうつもりは無いよ。もたついていて進まないから喋っちゃった。多分、私に喋った時点で伝わることを期待してのものね。またその話かと聞き飽きる私の身にもなってほしいものね」

 おいおい、喋って良かったのか。まあ、耐えてきたけど環境を変えようと動いた訳か。

「まだ信じられないから、一旦頭の片隅に置いておく」

「ご自由に。あ、帰ってきた」

 甘香は家から出てきた。

「解呪して熱の原因は取り除いた。受けたダメージがあるからすぐに元気になるわけじゃないけど、食べて寝れば回復するでしょう」

「ありがとうございます」

「しかしまだ原因が分かってない。誰が何の目的で、どうやってやったのか明らかにして止めなければ」

「桑名さんが回復したら聞いてみよう」

「それじゃ、そのことは任せるわ。疲れたし私はもう帰るから。さよなら」

 甘香は手を振って帰っていった。

「あの人に頼りきってしまうのも良くない」

「それもそうだ。しかし、俺たちでは太刀打ちできない」

「どうすればいいかを聞くんじゃなくて、こう考えたんだけどどう思うと聞く方が効率的よ」

「なるほど。…俺ももう帰るか。それじゃ衣文、また明日」

「また明日」

 俺は家に帰って犯人の目的や、俺や桑名が狙われた理由考えをまとめた。ただ、呪いとは、直接手を下すのではなく結果以外は目に見えないのだから、ここまでやるつもりは無かったという軽い気持ちで始めた可能性がある。何より厄介なのは当分は見えない力、規則が不明の力に怯えていなければならないことだ。早く楽になりたい。


 翌日、まだ桑名は学校に来ていなかった。まだ体力は戻ってないことだろう。

 外から見た限りでは桑名の席には異変はない。何の変哲もない、端がひび割れた椅子と傷がついた机だ。比較的新しい傷は大きめの線で、他の傷と合わせてT字になっている。

「また桑名さんの席を見てる」

 曲輪が席の横に来て不機嫌そうに言う。1人友人を連れている。

「まあ、これで4日目だからそろそろ不安ね。誰だってそうよ」

 稲庭いなば千明ちあき。正直なところ苦手な奴だ。自分のタグを意識しすぎてなのか、日本人だとか女だとか生まれ持っているものを神聖視して面倒なんだ。栄光浴もきつくて辟易する。神聖なものの矛盾を解消するために憶測し、俺は何か要らぬ恨みを買っているかもしれない。とはいえ、さっきの発言には何もおかしなところはないと思う。苦手意識を持っていたって話ができないわけじゃない。俺の勘違いで勝手に苦手に感じているのかもしれない。

「まあ、そうだな。何か変なところはないかなと。こう、悪霊の顔が映っているみたいな」

「どうしたの遠斗?オカルトに目覚めた?」

「眠れなくなるようなことはやめてよ」

「何ともないさ。シミュラクラ現象と言って、3つの点があると顔に見えるらしい」

 矢羽が自席に戻って会話に加わる。

「そういや昨日、余子が衣文とこっそり会っているところ見たぞ」

「……」

「誤解を生むような言い方はやめろ。買い物の途中で会って話をしただけだ」

「へー、どうだか」

「何!?お前、衣文とそういう関係だったの?」

 横から話に入って来る。宮重みやしげかける。浮いた話が好きで、悪い奴じゃないがうるさい。俺のようなインドア派よりもよっぽど社会で活躍する人材だろう。だけどうるさい、引っ掻き回すな。

 宮重は衣文をこの席の近くへ呼んで話を聞く。曲輪の方を向いて弁明し始める。

「ち、違うの武美。景那の家にプリントを届けに行ったらそこで会って…」

「え、じゃあ余子は桑名さんの家の前で?二兎を追う者はなんとやら」

 どうするんだこれ。よりにもよって曲輪がいる時に…。

「違う。薬局に用があったんだ。そこで近くを通ったから!」

「何の話したんだ?」

「ああ?容体だよ、近くを通ったのでついでだ」

「ついでねえ、来ること分かってたんじゃない?」

「知らん。もういいだろ」

「告っちまえよ、この雰囲気なら楽だろ?」

 こいつもういい加減にしろよ。探られたくないって分かれよ。ああ、分かって聞いているのか、浮いた話好きだものな。でも隠しているのはそれじゃないんだ。

「俺は真実の愛を求めているんだ。こういう雰囲気では得られない。恋愛はいいことでしてない人は焦るべき、という仮定による焦燥感から来るものが、この人が好きに違いないという誤魔化しで作り上げた紛い物の愛になる」

「全く、いい加減にしろ。私たちはそんなんじゃない」

「あーあ、冷めちまった」

「悪かったな、役者不足だ」

 皆は散っていく。前の椅子に座った矢羽だけが残っている。

「そうだ余子。これを渡すよ」

 矢羽から鳥居の書かれた綺麗な白い紙を受け取る。露骨に怪しい。こっくりさんでもしようというのか、でも文字と数字がないとできないぞ。

「何だこれ?」

「お守りだ。これを外の窓から見える位置に貼るんだ」

「どうしてこれを?」

「貰ったの思い出したんだ。桑名の席に何か見えるのなら幽霊にやられないようにと」

「見えないけど…。どうしてこんなの持っているんだ?」

「親と神社に言った時にもらって鞄に入れたままだった。気にすんな、まだある」

 鞄から3枚取り出して見せた。

「それじゃ…貰っておくよ」

 1枚を受け取る。甘香さんに聞いてみよう。…頼りっきりだな、そろそろ自分でどうにかしないとと焦ってくる。

 並木の所へ行くとやはりいた。

「や、こんにちは遠斗君。何か分かったかな?」

「何も分からなくて。ただ、1人だけに狙いを絞るのなら、一定時間近くで影響を受けていないと効果のないものだと思って」

「いい線行っているよ。憑りつかせたか、すぐ近くに置いたか」

「ええ、それでもし自室でないとしたら、間隔が空いていて長時間座っている教室の席に何かあるのかと思ったのですが、何もなくて…」

「なるほど。まあ、見分けつかないかもしれないけど」

 俺は札を鞄から出す。

「それは?」

「友人の矢羽に貰ったんです。甘香さんなら知っているかもと思って」

 甘香はお札を手に取って見る。ネクタイに巻いていた銀のリングを札に乗せたが、何も起きない。

「何ともないわ。何これ?」

 リングを取ってネクタイに着けなおす。

「幽霊が見えたらやられないようにってくれたお守りです」

「元から無かったか、消費期限切れ?まあ、でも好意はありがたく貰っておくものね。彼?彼女?はそれで満足したか分からないけど、不安を幾分か取れたことでしょう。その行為に意味があったのだから」

 オカルトとはそういうところがあるよな。

「部屋の外から見えるところにかけておけと言ってましたから、その通りにしておきます」

「まあ、そこまでしなくてもいいんじゃない?鳥居のマークがあるから、条件が整ってしまえば良いものも悪いものも通り道になってしまう可能性がある。稀にだけどね。聞かれたら適当に誤魔化せばいい」

「それじゃあ、念のためにそうします」

 札を鞄の中に戻す。

「明日は土曜日、土日は私はここにいないからよろしく。それと雨の日もいない」

「分かりました。また何か分かったら月曜日に連絡に来ます、晴れていたら」

「さよなら。よい週末を」

 甘香は用を終えたという感じでどこかへ行った。


 翌週の月曜日、雨が今にも降りそうな曇り空。衣文は発熱で学校を休んだ。

 次の標的になったのだ。

 もう犯人が分かってしまった。俺も頼り切りじゃなくて自分で動かなければ。

「桑名さん、治ったんだよかったね」

「うん、でも遅れた分を取り戻さないと思うと憂鬱…」

 女子生徒たちが桑名の席の周りで話している。

 俺は、一人になった頃合いを見計らってある人に声をかける。

「曲輪…2人きりで話したいことがある。放課後、部活に行く前に校舎裏に来てくれないか?」

「えっ…、うん、分かった!」

 放課後、校舎裏に行くと曲輪は待っていた。髪を解いてセミロングになっている。

「曲輪、君がやったんだな」

「え?」

「桑名と衣文に呪いをかけたのはお前だな」

「な、何のこと…?」

 正体不明の力とはいえ、人の意志で使うのであれば人を止めれば終わる。

「足がつかない呪いを使うことで恋敵を潰していく。そういうやり方だ。俺の顔を見ていたのは最初にかけた呪いが効いているか確かめるため」

「遠斗、どうしちゃったの?」

「しらばっくれるな!」

 目を逸らす曲輪の両肩を掴んで目を向けさせる。怯えた目で見上げてくる。雨がぽつぽつと降りだす。

 曲輪は俺の腕を払いのけて後ずさりして下を向く。髪で口先以外隠れている。

「…それを言うなら、遠斗が好意を抱いた相手にかかる呪いなんじゃないの?私にはかからなかったみたいね」

「待っ…」

 曲輪は後ろを向いて走り出した。追いかけるものの姿を見失う。雨が本格的に降り出し、急いで建物に入った。

「本当に違ったのか…?」

 だとしたら悪いことをした。合わせる顔がない、しかし謝りにいかなくてはならない。

 結局、勇気が足らずに帰ってしまった。一応、携帯のメッセージで謝ったものの返答はない。やはり直接謝らないとだめだ。寝付けないので気を紛らわすためにゲームをして寝不足に陥る。頭がうまく働かないのが分かる。いや、それくらいの方が恐れを感じずに素直に謝れるかもしれない。


 学校に着き、曲輪に謝りに行く。

「曲輪、昨日はごめん。早とちりして…」

 曲輪は露骨に無視して去っていく。

「あっ、修一くーん」

 曲輪は矢羽に駆け寄って腕に抱き着く。

「おいおい、お前らそういう関係だったの?」

 宮重とその大声に気づいたクラスメイト達が2人の側へと集まっていく。何やら好き好きに喋っている。

「昨日からね。えへへ」

 邪魔しちゃ悪いなと席につき、一通りの質問を終えた後に矢羽は自席に戻る。後ろを向いて俺に話しかける。

「余子、あいつから話は聞いたが、ほとぼりが冷めるまで置いておいた方がいい」

「その忠告に従おう。しかし意外だな」

「そりゃ…、あれ、電話鳴ってない?」

 鞄の中で携帯のバイブレーションが聞こえる。取り出してみると非通知からだ、廊下に出て電話に出る。普段なら出ないところだが、寝不足で判断力が落ちていたのだろう。しかし恐れる必要のない相手からだった。

「もしもし、遠斗君?」

 甘香さんの声だ。

「はい、そうです」

「私だけど、教室の写真送ってくれない?これからあなたの携帯にクラウドのアドレスを載せるからそこにね。特に景那ちゃんの席辺りを」

 いきなり撮ったら変人みたいだな。何かを巻き込むような形で撮ろう。後ろの黒板に書いてある今月の予定を取るふりをしつつか。

「分かりました」

「それと祭壇の場所が分かったから、それを周知してくれる?おびき出すから」

「しかし、おびき寄せるって言ったってどうすれば…?」

「そうねえ…。この前の雨で川の水位が上昇しているから、次の大雨で流されないように川の近くでは気をつけよう、みたいなことを言って。流されずとも流れ着いていて地面を覆って足を滑らせるかもしれないとも言っておいて」

 この人は何を企んでいるのだろう。この話から察するに川の近くで見つけたようだが…。朝のHRで言うか。ちょうど何か一言を言う当番が俺の班に回ってきている。

「やってみます」

「それじゃお願いね。くれぐれも焦らないように」

 焦らないように、か。俺は焦っていたのかもしれない。この人のように自信に満ちて焦らずに行けばよかったんだろうな。

「待ってください。今度は衣文さんが発熱で」

「へえ、あの子が…。じゃあ私の方で手を打っておくから。地図はクラウドの中に入れておくからそこに来て。それじゃ切るね」

 衣文の住所知っているのか?それとも、何か知る手段があるのか。

 というかどうやって俺の電話番号を知ったんだ?

「ん?」

 携帯が点滅してバグった後に、メッセージにページアドレスが表示された。差出人は自分でエコーになっている。

 その後、アドレスを確認した後、写真を撮ってデータを置き、HRで河川付近の注意を呼び掛けた。


 放課後、指定された場所へ行く。枝垂れ柳の側に甘香さんはいた。

「千鳥ちゃんの方も解呪しておいたわ。景那ちゃんの時と同種のものだった」

「同一犯ですか…」

「恐らくね。それで今日の目的地はあそこ」

 甘香は橋の下あたりを指さす。そこへとついて行く。

 人通りの少ない橋の下、壁に何らかの印が描かれていた。その前に小さな木の箱の上に何かが乗っていたらしき汚れがある。足元には消えかかった魔法陣がある。その外側に紐で繋がった棒が侵入禁止と言わんばかりに突き立てられている。

「学校から遠くない」

「そうだね。そして、中学入試を合格して入るのでなければ、生徒は中学校の近くに住んでいる」

「中学生によるものだと言うことですか?」

「断言はできないけど、少なくとも犯人候補から除外されない」

 甘香は紐を跨いで内側へと入っていく。

「入っても大丈夫なんですか?」

「これは不気味に思わせて近寄せないための仕掛け。私のネックレスにそういった存在による揺れが感じられない。服で隠してあるから見えないけど、ここにあるの」

 甘香は胸の真ん中を指さす。

「興味を持たせる造りでは入って荒らされてしまう。かといって、何の変哲もなくても入られる。近寄らないでおこうと思える程度でちょうどよかったという訳ね」

 遠斗も遅れて内側へと入る。何かの羽が所々に落ちて引っかかっている。

「カラスの羽…、スズメとハクセキレイのものも…。…鳥ねぇ」

「何か分かったのですか?」

「小鳥を食べる大型の鳥の精霊か悪魔の一種、総称は疫病鳥。鴉を贄にする意味は無かったけど知らないようね」

「しかしどうやって狙いを…話して頼んだのですか?」

「会話できるものは限られている。順路を示すか連れていくかして、目的の場所である程度留まってもらわなければならない」

「止まり木、ですか…」

「そう、場合によっては模様でもいい。写真を見たら分かった、あったんだよ止まり木が」

「写真の中に…?」

 あの机や黒板の中にあったのか?

「そういえば桑名さんの机にはT字の傷がありました。けどどこにだってありそうな形で、誰もかれも巻き込みそうな…」

「どこにだってあったとしても、近くで放せばそこに止まる。その後は、周囲を陣で囲めばいい」

 甘香は祭壇から離れる。

「もう調べ終わったし、証拠写真も撮った。こんな澱んだ場所じゃ息が詰まるから場所を変えよう」

 2人は歩いて橋の上に来て立ち止まる。川を抜ける風に肌が晒される。


「私には犯人が分かったよ。この一連の犯人は矢羽修一」

「え…?」

 曲輪ではなかったのか。しかし矢羽がどうして…?

「直接の証拠は無いが、間接的な証拠と証言を繋ぎ合わせると彼になる」

 甘香は手すりを背に両腕をかけて胸を張って言う。髪が風になびく。

「呼び出したのは鳥の形をした精霊か悪魔、止まり木に止まる性質を持つ。留まることでバランスを崩し、発熱を引き起こした。矢羽が君に渡した札…目に見えるところに張れというのは、あの鳥居を止まり木として呪いをかけるための下準備」

「それだけじゃ証拠とは言い難いんじゃ…。そもそも目的は何ですか?」

 曖昧なまま曲輪を疑って傷つけた。二度とは御免だ。

「君が曲輪武美を犯人と誤解し、傷ついた彼女は矢羽に慰められた。ああ、これは千鳥ちゃんに聞いたよ。それが最初から目的だったんじゃないの?武美ちゃんは君のことが好きだった。その思いを壊すために、第一に君を排除あるいは恋が覚めるような劣化のために呪いをかけたが失敗した。次は、効き目がないと思った呪いとは別のもので、君が彼女を拒絶するように仕向けて、傷心の彼女に甘い言葉を囁き心を奪うと、これは成功したようだね。それに、君が好意を抱いた相手を呪ってしまうんじゃないかと思わせれば牽制できるしね」

「曲輪が恋敵に呪いをかけたように思わせるための行動…」

「武美ちゃんから見て君が景那ちゃんに恋慕を抱いていたとして、千鳥ちゃんに好意があると勘違いしての呪い。最初は桑名だけで君がそう思うと思ったけど、そうじゃなかったから2人目を…と」

「衣文といちゃついていたなんて言い出したのは矢羽でした…曲輪に聞こえるように…」

 思考が誘導されていたということか…。納得はできるが、お守りについては偶然時期が一致しただけかもしれない。いや、この人は超常的な力を使って分かっているけど、俺が納得できるような証拠では無いから言っていないだけなのではないか。

「持ち物や家を調べれば分かるけどその前に…。ああ、噂をすれば何とやら…」

 ある人がやってきたので、甘香と遠斗は近くの建物の影に隠れる。その人は祭壇に近づく。

「戻って来るとは思っていたよ。気になるものね」

 出てきた甘香は橋の下、吊るされた紐の内側、魔法陣の内側に来た矢羽の写真を撮る。

「誰ですか?」

「私?それよりもそれ、不完全よ、危ない危ない」

 空気がざわつき、何か妙な気配が辺りに現れる。

 甘香は壁に掛かれた模様を指さす。矢羽はポケットから出したペンで線を書き足す。甘香はまた写真を撮る。気配は消えた。

「へえ、どうしてそれだと分かった?」

「消えかかってたのを書き足して…」

「へえ…。まあ、本当は危なくなんてないんだけどね。その状態で召喚でもしない限りね。でもさ、どうして繋ぐところと繋がないところがあるの?事前に知っていないと無理だよね」

「……」

 矢羽は懐から出した札を破って魔法陣の外側に投げる。強風が吹き荒れ、草を枯らしながら見えない何かが甘香へ向かう。しかし、甘香を通り過ぎたと思うと突然霧散した。

「そんな旧時代の呪いなんて私には効かない。呪学者が知識を占有して公開しないから科学と比べちゃ遅いけど進んでいるのよ。腕力でかかって来るべきだったね」

 写真をまた撮る。

「そんな馬鹿な…」

「甘香さん、後は俺が話をします」

「余子、見ていたのか…!」

 遠斗が物陰から出ると矢羽は観念して膝をついた。

「まだよ、たまたま見つけた、たまたま処置を知っていた可能性だってある。完全に詰めるには調査が足りない。冤罪は嫌でしょう」

「俺がやりました…。すまない、余子…」

「もう十分です。後は俺が話をします」

「あらそう?じゃあもう祭壇は片づけるから、そっちはよろしく」

 甘香は片づけて袋に荷物をまとめ、壁に掛かれた模様を削って消し出す。


 俺は矢羽に甘香の推理を含めた話をした。

「…その通りだ。俺が悪かった…どうかしていた」

 矢羽は座り込んでぐったりとする。

「なぜこんな手段に頼った?」

「見えない力なら、気づかれないだろうと…」

「じゃあ傷つける方法をとった理由は?」

 虚ろな矢羽の目に嫉妬の炎がちらつき始めた。

「なぜ傷つけるか?お前だって俺を傷つけている。俺が苦しんでいるのに、悠々と何の努力もせず、俺よりも上手くやりやがって!それがどれだけ傷つくか…。俺だけ傷つけられているなんて不平等だ。俺だって人を傷つけたっていい」

「誤解だ。失敗したところなんて見てたって嫌な思いをするじゃないか。だから話さないだけだ、見せないだけだ。お前の憎むそのような俺は存在しない」

「はっ、……、薄々分かっていたことなのにはっきりされると辛いものがある」

「……」

「これじゃ俺はただの悪人じゃないか。クズだな…」

「まだやり直せる。甘香さんに助けられて大事には至らなかった。苦しみを強要するようだが、クズだからと納得してしまうように堕ちて欲しくない」

「ごめん、もうあんな方法に頼らない。償いはする、すぐにはできないかもしれないが、きっと」

 甘香は消し終わってこちらへ来る。

「終わったようね。これでこの件は終わり。これ処理してくるわ、さようなら」

「甘香さん、ありがとうございました」

 甘香は携帯に入れた写真のデータを消去し、袋を持っていない右手で手を振って去っていく。


 中学校の前、矢羽から真相を聞いた曲輪は逃げるように走っていた。曲がり角で人に当たって倒れこみ、差し伸べられた手を引いて起き上がる。

「曲輪武美さん。あなたとお話がしたい」

「…誰?」

 隣町の高校の制服を来た女子生徒は手を離して答える。

「私は呪術師、野茉莉甘香。名前で呼んでいいよ」

「呪術…、私を笑いに来た訳ね」

「……」

「心の中で邪魔だ、不幸な目に遭ってしまえばいいのに、そう嫉妬した。それでこんな結果になるなんてね」

「それは違う。呪いをかけたのはあなたじゃない」

「どうだろう?私が直接でなかったにせよ、私がそう思ったからこうなったのかもしれない。態度に出ていたのかもしれない」

「君はそんな特別な力を持つ人じゃない。私は本物を見てきたから分かる。君は普通の女の子。何かをしようと心の中で思うだけじゃ何も起こせない、それを現実にするには周囲に働きかけないとできない。だから心の中で思う分には大丈夫」

「これが報いでないと?世界でたった一人の大好きな人から拒絶されて!」

「人との関りにおいて唯一無二なんてない。報いではなくただの現象」

「……」

「一番はあっても唯一なんてない。例えばだよ、特殊能力として透視能力を持つ人が世界でただ一人いたとしても、その人に求められる役割は他のもので代替できる。箱の中身を知りたいのなら、波長が違う音や光を使ったり、持ち主から聞き出したりすればいい。一番都合がいいのが透視能力者だったとしても、その人がいなくたって2番目、3番目の方法がある。…大切な人と死別したって私の世界はそれが全てじゃない、2番目、3番目…、失ってもまだある。それらが繰り上がって一番になる。空いた穴は塞がる、いつかきっと」

「あなたは…」

「余子遠斗君が君の一番だったとしても、これからは違ったっていい」

 甘香は曲輪を胸に抱いて頭を撫でる。嗚咽と肩の震えは徐々に収まっていく。

「余子が謝りに来ると思うけど、処置はあなたの好きにするといいわ」

 曲輪が腕を押し、甘香は抱擁を解く。

「さようなら、元気でね」

 曲輪は声が出なかったので、手だけで見送った。


 あの後、あの並木を何度か通ったが野茉莉甘香を見ることは無かった。梅雨に入り、雨の日は現れなく、梅雨が明けてもやはり現れなかった。鈴なりに咲いていた白い花は散り、黄緑色をした未熟な実が代わりについていた。もうあの花の甘い香りはない、奥に隠れていた緑葉の香りが感じとれるようになっていた。

書き終えてから結構な量を削ったので、作者の頭の中では繋がりがあっても読者視点では飛んでいることがあるかもしれません。あったら教えて下さい。

いいタイトルが思いつかないので、とりあえずこれで。

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