表の仮面、裏の素顔
NTRや、死亡表現があります。
苦手な方は、お気をつけください
1人の男がいる。真っ黒なローブを見に纏い、顔には、喜んでいるのか、怒っているのか、哀しんでいるのか、笑っているのか、どんな表情しているのかわからない。
そんな仮面を被っている。
背中には大きなリュックを背負い、そのリュックには、いろいろな仮面がつけられている。
「人というものは、いつだって心に仮面しているものです。何かがあって悲しんでいても、いざ人の前に出れば、それを表に出さぬよう、偽りの仮面を被り笑顔を振りまく。
怒っている時であっても、同じように人の前に立てば……私は、そんな人々のための手助けを致します。あるべき感情を、表情を、それを否定しないよう、この子達を使い、背中を押してあげるのです。誰が幸せになって、誰が不幸になるかはわかりませんが、私はその人のための、力になるのです」
★
1人の男がいる。
とても気さくな青年で、友人も多く、武勇もある。16という歳では珍しく、Bランクの冒険者となった男だ。
そんな男には、想い人がいた。
同じ村に住む、幼馴染のシーラという女性。
誰が見ても美しく、村の男達は皆、シーラの虜だった
青年は、王都でBランク試験に合格し、村に戻った時、すぐにその女性を訪ね、愛の告白をした。
「シーラ、ずっとずっと、君のことが好きだ!僕と結婚しよう!必ず君を守ってみせる!」
青年は腰に差している剣を抜き、それを両手で持ち、目の前に掲げた。騎士の誓いの真似事なのだが、その誓いは、2人にとっての思い出の1つだった。
「アラン……私もあなたのことが好きよ。結婚、しましょ」
2人は熱い抱擁と口づけをし、愛を誓い合った。2人はそれから結婚をし、幸せな暮らしをする。アランはギルドの依頼を達成しながら、生活費を稼いでいた。日が落ちる頃には必ず家に戻り、妻となったシーラと、幸せな時を過ごす。村のみんなも優しく、2人のための家を建て、祝福をした
2年後、転機が訪れる。
村がモンスターの大群に襲われたのだ。
村の男総出で、モンスターの討伐を行う。
指揮をとったのは、村の中で一番冒険者ランクの高かったアランだ。
村の皆も、その剣の腕は認めており、アランの指示に従っていた。
アランの指示は的確だった。
女子供、老人を逃すのだが、その周りにはCランク相当の者達を配置し、逃げながらもモンスターに対処できるように指示を出してた。
最前線で戦うのは、もちろんアラン
アランは即座に、3人1チームを作らせ、その3人でモンスター1体を確実に討伐させるようにした。
アランの考えた作戦はうまくいっていた。
うまくいっていたのだが、問題があった。
その問題とは、モンスターの数。
村中の男総出で対処をしても、一向にモンスターの数が減ることはなく、疲弊していった。
王都に援軍を頼むとしても、王都へは、ここから急いでも往復半日はかかる。
部隊の編成、ここに向かうとなれば、急いでも翌日になってしまうだろう。増援は望めなかった
戦況は、絶望的だった。
(シーラのためにも……ここで死ぬわけには……!)
村の男達は、どんどん倒れていく。
モンスターは、倒れた者に覆いかぶさり、体を口ちぎっていた。その好機を見逃さず、未だ生きている男達は、戦い続ける
「アラン!」
騒々しいモンスターの叫び声と、雄々しく戦う男達の雄叫びに混ざり、澄んだ鈴のような声が響き渡る。
名前を呼ばれたアランは、その声の主を知っている。毎晩家で聞いている、自分が守るべき存在。
「シーラ!なんで!」
「私、あなたを失いたくないの!」
「俺は死なないさ!安心してくれ!さぁ!みんなの元へ戻るんだ!」
「嫌!私、あなたの側にいたいの!」
涙を流しながら叫ぶシーラの横の茂みから、モンスターが姿を現わす。
「シーラ!」
アランは必死に走り、シーラとそのモンスターの間へ入る
「アラン!」
モンスターの爪が、アランの腕を引き裂いた。
「うおぉぉぉぉぉおおおお!!!」
アランはその痛みに怯むことなく、剣を握りしめ、そのモンスターの首に、剣を突き刺し、抉った。
「はぁ、はぁ、シーラ、無事かい?」
「アラン、私、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。シーラ」
「でも、でも」
アランは優しくシーラを抱いた。
シーラはアランの胸の中で、泣くことしかできなかった。2人のその時間を、モンスターが待つことはない。モンスターの数は減ることはなかった。
「シーラ、俺、戦うよ」
「そんな、で、でも」
「大丈夫、僕は君を守る。僕は君の剣だから」
シーラに告白する時にした、騎士の誓い。
騎士の誓いとは、仕えるべき王に剣を捧げ、国を守るべき王の代わりに、剣となり、民を守る。その誓いを立てる儀式だ
アランの目の前には、熊とも狼ともとれる、大きな体を持ったモンスターが立っていた。
両手は真っ赤な血で染まっている。その血は、そのモンスターのものではないことが、周りを見ればわかる
アランは、剣を構える力も残っていなかった。その大きなモンスターが、ハンマーのように大きな手をあげ、振り下ろす
「嫌ぁぁぁぁぁああぁぁあ!!!」
シーラが悲痛の叫びをあげたその時、シーラの体から、眩い光が溢れ出した。
その光は村を、森を包み込み、全てのモンスターの動きが止まる。
「今だ!攻めろ!」
知らない人物の声、その叫びを聞いた男達は一斉に動き出し、動きを止めたモンスター達に攻撃を始めた。
アランの目の前にいたモンスターは、頭から股へ、一直線に断たれていた
「無事か!」
金の髪に、純白の鎧、赤いマントを身に纏っている。真っ白な柄から伸びる銀の刀身が、金色や純白にも負けないほどに輝いていた。
勇者だ。
その他にも、神父のような服を着た男や、赤い衣服に身を包み、小刀で戦う女性もいた。
「駆けつけるのが遅くなってすまない!けど、僕たちが来たからにはもう安心だ!」
それからは早かった。
アラン達の村を襲っていた夥しい数のモンスターを瞬く間に一掃してしまった。
モンスターには、召喚者がいたようだ。その者がなぜこの村を襲ったのかはわからない。
だが、その者のせいで多くの命が失われたのは確かだった
「君は聖女だ」
モンスターの大群を退いて、戦死者の弔いや、とりあえずの住居を整えた後、勇者一行がアランとシーラの家を訪ね、そう言った。
シーラが見せたあの光は、魔を退く光。
勇者や、賢者と呼ばれる者達にも並ぶほどの力を持つと言われている
「僕たちと一緒に、魔王を倒してほしいんだ」
勇者はそう言い、シーラを誘った
「でも私は」
「シーラ、行ってきなよ。この世界を守るために、魔物に苦しめられている人々を救うために」
「でもアランっ」
「僕といるより、勇者様達と一緒にいた方が安全だよ。だって僕は」
アランは、肘から先のない右腕を見せる。
シーラを庇った時に、利き腕を切り落とされてしまっていた。冒険者として、剣を振るうための利き腕を失くしてしまうことは、命を失うことと同義だった
「シーラ……」
「アラン……」
「アランさん、シーラさんは必ず僕が守ると誓います。シーラさんを預けてはもらえませんか?」
「はい。よろしくお願いします。ですが、最終的にはシーラが決めることですので……」
アランと勇者達が、シーラを見つめる。シーラの答えは……
★
それから10年、魔王は討伐された。だが、魔物の被害が減ることはなかった。
あの時、シーラは首を縦に振った。
勇者達についていき、共に魔王を討ったのだ。
アランは腕をなくしたその日から、戦闘からは身を引いていたが、16歳にしてBランクになったこと、勇者達が来るまで村の男達を指揮して、モンスターを食い止めていたことを認められ、新人冒険者の育成係として、ギルドで働くようになっていた。
時が経った今でも、その性格は変わっておらず、日が暮れる頃には村に戻り、休日は片手ではあるが、村の手伝いをしていた。
10年間、シーラと手紙のやり取りもしていた。ある日、大事な話があるからと、近いうちに村に顔を出すとのことだった。
10年ぶりに会う、最愛の人、アランはその日を今か今かと待ちわびた。
そして、その日がくる。昼時、家のドアがノックされる。
「アラン、私よ」
紛れもない、シーラの声だった
「シーラ!おかえり!」
アランは勢いよくドアを開ける。そこには、今か今かと待っていた最愛の妻、シーラ
そして、その横に立つのは、かつてこの村と自分たちをモンスターの軍勢から救ってくれた、勇者だった
「ただいま、アラン」
10年前とは違い、その声色は楽しげでも嬉しげでもなく、悲しげだった。シーラのお腹は、大きく膨らんでいた
★
勇者の話は、こうだった。
アランの妻、シーラを孕ませてしまったこと、シーラはアランにこのことを告げず、産むことを決めた。それでは筋が通らないと、アランに話をしたかったこと、近々、シーラと勇者の子供が産まれる。その子はこの村で産み、この子を育ててほしいと言われた。
アランは、優しく笑った
「うん。わかったよ。シーラのしたいことは、僕だってしたいからね」
「本当?アラン」
「あぁ、本当さ!僕を信じて!」
アランは、子供を引き取ることを決めた。
王都から医者を呼び、自宅で出産した。
産まれた子は元気な男の子で、黒い髪をしている。
「目元がシーラにそっくりだ」
「えぇ。本当ね……」
アランは、産まれたばかりの男の子を抱き、シーラに見せた。自分に似ているところは、何1つなかった。
それから1週間ほどシーラとアランは共に過ごした。自分たちの子と共に。
1週間後、シーラはまた勇者達と旅に出るらしい。魔王を討伐しても、魔物の被害は一向に減らない。それどころか増えている。
各地でおかしな魔族が発見されているらしい。変な仮面をし、強大な力を持つその魔族は、魔王よりかは弱いが、それでもかなり手こずるのだとか
シーラがこの村を発つ晩、2人は話をしていた。それは思い出話から始まり、2人の恋、愛しあった日々を思い出しながら、2人の記憶に、色がつく
「アラン、あの子をお願いね」
「あぁ。任せてくれ」
「あなたの子ではないけれど、私たちの家族よ」
「あぁ」
アランにしては、元気のない返事だったろう。シーラはその声色に気づき、言葉をかける
「アラン?大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫さ、君と同じぐらい大切にしてみせるよ」
「うふふ、頼もしい」
あの頃と変わらない笑顔、変わらない声、変わらない優しさが、アランを包み込む
「ねぇ、シーラ」
「何?アラン」
「君は、今でも僕のこと」
「おぎゃあー!おぎゃあー!」
アランの言葉は、赤ん坊の声にかき消された。
「あらあら、ごめんなさい、寝かしつけてくるわ」
シーラは席を立ち、赤ん坊をあやしに行く。
すぐに赤ん坊を眠らせ戻ってくる
「ごめんなさい。さっきは何を言いかけていたの?」
いつもと変わらない笑顔で、そう聞いてきた
「いやぁ、なんでもないよ」
アランは自分の気持ちを押し殺し、優しく微笑む
「今度の旅も、気をつけてね」
★
シーラが村を発ってから、3ヶ月が過ぎた。
アランはギルドの仕事を休み、子育てに専念をしていた。
村の手伝いをしながら、子供をみる。
赤ん坊はすくすくと育ち、3ヶ月も過ぎた頃には、すでにつかまり立ちをするようにしていた
「さすが勇者と聖女様の子供ねぇ〜」
「ははは、僕もそう思います」
村の老人や女性達は、アランの代わりに、よく赤ん坊の世話をしてくれていた。
そんなある日、アランが森で、次の日に使う薪を拾っていると、奇妙な男性に出会った
顔には不思議なお面を被り、背中に背負っている大きなリュックにも、たくさんのお面がつけられている
「すみません」
「どうしました?」
不思議とも思ったが、アランはその人物が危険とも思わず、声をかけた
「旅をしているのですが、この辺りに、村か街はありませんか?」
「街ならあちらへ向かえばありますが、この時間では何があるかわかりません、僕の村へ案内しましょう」
「ほう。申し訳ありません。お言葉に甘えて」
アランはとりあえず、村に戻りながら薪を拾い、十分集まったのを確認し、村へと戻る。
すっかり日が暮れており、村人は皆、寝支度をしていた
「とりあえず、今日は僕の家にでも泊まってください。何もありませんが、寒さはしのげますよ」
「何から何まで、申し訳ありません」
謎の男は、アランが案内した部屋へ大きなリュックを下ろし、休んでいた
「どうぞご飯も食べていってください」
「はぁ、本当に、本当にありがとうございます」
アランは男に食事を振る舞った
「おぎゃあー!おぎゃあー!」
赤ん坊が泣き出す
「すみません、あやしてきますね」
アランは赤ん坊を抱き上げ、いつものようにあやした。が、いつもならすぐに泣き止むはずの赤ん坊が、今日は泣き続けた
「うるさくてすみません」
「いやいや、赤ん坊は、泣くのが仕事と言いますからね。可愛いお子さんですね。野暮なことを聞きますが、奥様は?」
「妻は、この家にいないんです。旅に出ていまして」
「旅に?」
「はい。自慢ではありませんが、僕の妻は聖女様でして、勇者と共に、世界を良くするために旅をしているんですよ」
「はぁ、立派なお方だ。きっと、あなたに似て優しい男の子に育つのでしょうね」
「ははは、そうなってくれると、嬉しいですね」
「言い方に含みがありますねぇ」
「実は、この子は僕の子ではないんです」
「自分の子ではない?」
「はい。この子は、妻と勇者様の子なんです」
「ふむ。なぜあなたがこの子を育てているのですか?」
「……血が繋がっていなくても、この子は妻の子ですから」
「あなたはそれで幸せなのですか?」
「……幸せです」
アランはそう答えた
「嘘ですね」
いつのまにか、アランの目と鼻の先に、その男の奇妙な仮面があった
「あなたは嘘をついている」
「う、嘘などではありません」
「いいえ、あなたは嘘をついている。自分の本当の気持ちに蓋をし、幸せそうな仮面を被っているのでしょう?」
「そ、そんなことは」
「ないと言い切れますか?本当に、あなたはその子を育てるのが幸せですか?」
アランは思い出す。シーラと過ごしたあの晩を、村の人々の言葉を
「さすが勇者様」
「さすがは勇者様の子だ」
「勇者様の子供はすごいな」
アランは目に涙を溜めた
「わ、わかりません」
「いいのです。いいのです。無理をしなくても……一宿一飯の恩です。これをあなたに」
謎の男は、アランに一枚の仮面を手渡した。
悲しそうな目をし、涙を流しているが、その口は、不気味に笑っている仮面
「この仮面が、あなたの助けとなるでしょう」
アランの意識は、そこで途切れた
★
「おぎゃあー!おぎゃあー!」
赤ん坊の泣き声で目を覚ます。
「ん、んぁ……」
アランはいつのまにか机に突っ伏して眠っていた。赤ん坊の鳴き声は、寝室から聞こえる。恐らく、赤ちゃん用のベッドの中で眠っているのだろう
「昨日のは、夢か……?」
途中から意識が途絶え、眠りについていた。だが、アランの左手に握られたそれが、昨晩の出来事が夢ではないことを教えてくれる
「これは昨日の……」
謎の男に渡された仮面。
昨日、アランにしてはらしくないことを話していたと思う。初対面の男に、あんな情けない話をしてしまうなど、それだけアランも参っているのだろう。
「さて、今日も頑張りますか」
赤ん坊のためにミルクを作り、村のために薪割りをする。いつもと変わらない日常、いつもと変わらない生活を送った。そして、その晩、あの男と、左手に握られていた仮面を思い出す。
『この仮面が、あなたの助けとなるでしょう』
昨日の男の言葉を思い出す
「こんな仮面で助けられたら、苦労しないよな」
机の上に置かれた仮面を見つめながら、男は考えた。それでも
「まじないでも、試してみるに限るな」
男は、その仮面を被った。その瞬間、思い出が蘇る。シーラと過ごした、あの日のことを思い出す。産まれてから今日までの思い出、出来事、手紙、赤ん坊、その全てを思い出し、涙を流しながら笑っていた
「楽しかった。あの頃は、こんなにも楽しくて、楽しくて、本当に、シーラのことが大好きだった……」
「おぎゃあー!おぎゃあー!」
また、赤ん坊の夜泣きだ。アランは席を立ち、寝室へと向かう
「俺とシーラ、いや、勇者様と聖女様の……」
ベッドの上で泣きじゃくる赤ん坊を見下ろしながら、アランは愚痴を漏らした
「なんでお前は俺とシーラの子じゃないんだ」
それは悲しみだった。涙が止まらない。
悲しい。悲しいはずなのだが、笑みがこぼれめしまう
「なんで、なんでお前が……」
俺の子なんだ
アランは湧き出る衝動を抑え、我にかえる
「赤ん坊にそんなこと言っても、意味ないか……」
仮面を脱ぎ、ベッドの上に投げ捨てる。
赤ん坊を抱き上げ、いつものようにあやす。
すると、赤ん坊は昨晩のことが嘘のようにすぐに静かな寝息を立てていた。
その姿は愛らしく、思わずアランの表情もゆるむ
「お前は、お前なんだから」
★
それから、1年が経つごとにシーラは自分の子に会いに来た。勇者は、アランのことを気遣ってなのか、シーラの出産の時以外、この村には立ち寄っていなかった
「本当に、すぐに大きくなるわね」
「あぁ。それに、頭もいいんだよ」
赤ん坊はすでに5歳となり、簡単な言葉も喋り始めていた。黒い髪は短く切り揃えられ、元気な男の子として、同年代の子たちと村の中を走り回っていた
「本当に、ありがとうね」
「……うん」
短い話が終わると、シーラはすぐに、勇者の待つ王都へと帰る。
「さぁ、帰るよ」
「うん!」
シーラと勇者の子は、元気に育ち、物分かりのいい、とても賢い男の子に育っていた。
その晩、2人でご飯を食べていた時のこと、他愛もない話をしていた。今日は誰と遊んだ、どんなことをした、それは、子供にはよくある、自慢話のようだ。だが、今日、アランに投げかけられた質問は、とても悲しいことだった
「どうして母さんは、1年に1回しかお家に帰ってきてくれないの?」
「母さんは大変なんだ、みんなのために頑張っているんだよ」
「そっか、父さん、もう1つ聞いてもいい?」
「うん?なんだい?」
「父さんは、なんで僕のこと、名前で呼んでくれないの?」
「うん?」
アランは、一度として、男の子の名前を呼んだことはなかった。というのも、産んだのも、名前をつけたのも、全て、アランはしていないのだから
「それは、ね。僕が君の……」
そこでアランは言葉を濁した。
まだ物心のついてない子供に、こんなことを言うのはダメだ。
「さ、もう寝る時間だよ。ベットに行こうね」
「……はーい」
男の子は納得してないような声で返事をし、大人しくベッドに入り、寝息を立てた。
アランは寝室のドアを閉じ、テーブルの上で1人、頭を抱えた。
ずっとずっと、悩んで、疑問に思っていることだ。
なぜ自分がこの子を育てているのか、なぜシーラは、自分の子と、あまり会わないのか、なぜシーラは勇者と、なぜ、なぜ、なぜ
アランは懐から仮面を取り出す。
昔、謎の男からもらった仮面だ。
この仮面をつけている間は、本当の自分になっているような気がする。あの頃を思い出し、あの頃と同じ気持ちを抱けるのだ。
そして、その思い出は、そのまま力となる。
この仮面を被っていると、気持ちが昂ぶる。
思ったように体が動き、その動きは滑らかで、本当にそれが自分の体かと疑うほどに。
この仮面をつけていれば、並のモンスターに引けを取ることはなかった。
アランは、今日もその仮面をつけ、森を探索する。最近は、その昂ぶる気持ちをモンスターにぶつけ、解消していた。
倒したモンスターは、村に持って帰り、解体し、街のギルドに売りに行ってもらう
「いや〜アラン、腕は落ちてねぇなぁ。それよか、磨かれてきてんじゃねぇか?」
「ははは、そうかもな、剣に気持ちが乗るって言うのかな、その気持ちをモンスターにぶつけるんだ」
「気持ちねぇ〜その気持ちってのは、何を乗っけてるんだ?」
「それはね……」
アランが言葉を続けようとした時、解体を手伝ってくれている村の男が
「そりゃあオメェ、愛の力だろ。愛する妻と子供を守るために、アランは今でも剣を振っているのさ!なぁ!アラン!」
「は、はは、そう、シーラと子供のためだよ」
「かー!かっこいいねー!!歳をとっても、お前は若い頃と何も変わんねぇなぁ〜」
「は、ははは、そう、かな」
「あぁそうよ!よし!解体終わりー!取り分は、いつも通り半々でいいのか?」
「うん。それで大丈夫」
「おうよ!いつもありがとな!」
「うん」
解体を終え、家に戻る
「お父さん!おかえりー!」
アランがドアを開けると、家の中から男の子が飛び出してくる。
「ただいま。大人しくしてたかい?」
「うん!今日はねー!」
いつも通りの会話、いつも通りの食事、いつも通りの1日、アランはそれに……
「ねぇ、シュウマ」
「ん?!なに父さん!」
「明日、森へお散歩に行こうか」
「え!本当に!」
「うん。いつも遊んであげられていないだろう?明日は、遊ぼう」
「うん!遊ぼう父さん!」
アランは、初めて男の子の名前を呼んだ。
だが、それは最初で最期だった
★
「父さん!何して遊ぶの?」
「そうだな〜鬼ごっこなんて、どうだい?」
「うん!いいよ!」
「じゃ、僕がこの仮面を被って、30秒数えるから、その間に逃げてね」
「うん!」
「じゃ、始めるよ、いーち、にー、さーん」
アランは仮面を被り、数を数える。
男の子はその姿を見て、すぐに森の中を走り回った。男の子にとっては、初めて、父として慕っているアランと遊べる機会、周囲の子供は、休日や、平日でも家族と一緒によく遊ぶという。アランは、村のために、自分のために働いているので、遊ぶ時間などはなかった。そのことを男の子は理解し、自分から遊びに誘うことなどなかった。たが、今回初めて、アランから遊びに誘われた。さらに、男の子の名前も呼んでくれた。そのことが、たまらなく嬉しかったのだ。
「さーんじゅ!よし!じゃ、探しに行くよー!」
遠くから聞こえる父の声、微かにくぐもり、低い声だったが、それはすぐに仮面のせいだと理解した。男の子は茂みに隠れてやり過ごそうとするが、自分を探す声が、段々と近くなる。それは、父が声をあげた場所から、どこへ向かうことなく、真っ直ぐに自分の元へと近づいていた。
ガサガサと音をたてながら、何かが自分に迫っている。男の子は、得体の知れないソレに恐怖をする。そして、思い出す。この恐怖は、自分が赤ん坊の頃から抱いていたものだと。
「見ーつけた」
四足歩行で歩く、父親だったものが目の前にいた
★
アランは仮面を被り、数を数えた。
1つ、また1つ数を数えるごとに、思い出が浮かんでは消え、浮かんでは消えた
(本当に、楽しかった)
キラキラと輝く笑顔が、眩しかった
カラカラと笑う表情が、愛おしかった
リンリンと響く声が、心地よかった
君のその全てが、好きだった
アランは決意をしていた。
もう、自分の心に嘘をつきたくはなかった。
泣きたい時には泣けばいい。
許せない時は許さなくてもいいんだと
心に被っていた、偽りの仮面を脱ぎ捨てた。
アランの体は変化していた。ないはずの右手からは、大きな鉤爪のある腕が生えており、それに限らず、四肢は膨張し、筋肉が発達している。仮面を被っている筈の額からは、魔族の証とも言える角が生え、その角は捻れ曲がっており、仮面の表情をさらに不気味にする。
足の関節は逆に曲がり、体勢が低くなる。
アランは両手を地につき、その体を支えた
「さーんじゅ!よし!じゃ、探しに行くよー!」
ソレは、4本の足を自在に使い、一直線に進んだ。モンスターなど歯牙にかけぬほど、強くなっている
「見ーつけた」
最初は、自分が大事に育てていた、男の子だった
★
その魔族の話は、すぐに王都に知れ渡った。
運良く、まだ王都を出発していなかった勇者一行がすぐに駆けつけ、その魔族を討伐した。
例に違わず、その魔族も不気味な面を被っており、苦戦を強いられた。
「シーラ……」
勇者一行が村に駆けつけた時には、すでに全てが終わっていた。村人は全滅。
家も全てが壊されており、村の真ん中で、その魔族は食事をしていた。
「シュウマ……」
シーラは涙を流し、森で見つけた我が子を思い出す。
「なんで、なんで」
村の生き残りは、彼女だけだ。かつて、結婚をした男も、犠牲者の中にはいなかった。
恐らくは、すでに魔族の腹の中だったのだろう。何体か遺体のなかった者がいたことから、そのことがわかる。
「シーラ……そういえば、魔族にトドメをさすとき、何か言っていなかったかい?」
「何か、ですか?」
「あぁ確か、君がどうとか」
「そう、ですね……確か……」
魔族は知能を持っている。言葉を交わすことはできるが、そのほとんどが、人間と敵対している。話すことは滅多にない。言葉を話したとしても、憎まれ口や恨まれ口がほとんどだ。
シーラは、自分が最後にトドメを刺したその魔族が言った言葉を思い出していた
「確か、『君は、今でも僕のことを愛しているかい?』と」
「へぇ、君はなんて?」
「『あなたのことなど、微塵も愛していませんわ』と」
「ははは、初対面の魔族が愛するだなんて、おかしな話だね」
「えぇ、本当に、おかしな話です」
「これからも、頑張ろう」
「えぇ」
「”君のことが好きだ!”これからも、”必ず君を守ってみせる”」
どこかで聞いたことのあるその告白の言葉を、シーラは思い出す。
今は亡き、あの青年の、あの真っ赤な顔を、思い出す
お読みくださり、ありがとうございました