善意の花道
翌朝、清々しい寝覚めを迎える前にノックの音でルドは起こされた。
「少し待ってくれ」
そう言って身支度を調える。何となく嫌な予感がする、と言った言葉が現実味を帯びている。
宿の亭主から概ねの説明を聞かされた上で、朝飯の前に村長に呼び出された。
冷たく立ち去るという選択もできなくは無かったが、ここを去ったところで食料はまだ手配できていない。
金を払えば何でも手に入るわけでは無い事をルドは知っていた。
「聞き分けが良くて助かるよ」
「外で構えてる連中がいなければ、そうしていたかもな」
盛大な歓迎、と皮肉の一つも言いたくなるが余計なことは口にせず従う。
かくて、ルドは村長の前に立つこととなった。
「朝早くから恐れ入ります。その身なりからすると、傭兵か何かで?」
「ただの漂流者だ。ご期待に添えず申し訳ないが」
囲まれるように集会場へ呼ばれ、そう告げた。
事実である。別に名将でもなければ、おとぎ話に住まうような腕の立つ騎士でも無いのだ。
「おお、そうでしたか……なるほど。となれば、金も欲しかろう?」
探るような村長の目つきは、失望と見下し目線の半々で彩られていた。
口調も、早々に取り繕うことをやめたようである。
「そりゃまぁ、そうだが」
「宿代と保存食代はタダにするよ」
宿の亭主――ジョンが申し訳なさそうな顔で言う。
他にも出せる者はあろうが、それを言うのはまだためらっているようだった。
「……まぁ、それはありがたい。」
「いくらか金は払おう。成功すればな」
受けるとはいっていない、と返そうと思ったルドは、言葉を飲み込んだ。
室内なのに、鋤やフォークを手にする人間が見えれば大概の者はそうするだろう。
う、という音のあとに数瞬の時間を経て、頷かざるを得なかった。
「うむ。聞き分けのよい旅の者に感謝申し上げる」
「ハハハ、どうも」
「で、何をするんですっけ?」
何となく察しはついているが、とは言わず、村長の説明を聞くルドの目は、遠くを見ていた。
空は、今の人々の心境とは正反対のようなすがすがしさをたたえている。
探索には、ルドの私物一式の傾向が認められた。
そして、同行する仲間という名の見張り役が二人付けられている。
一人は炭焼き小屋の男。もう一人は、狩人であった。
いずれも志願者である。他の者は尻込みをし、やむを得ず一名が嘆願に出て行った。
命のかかったミッション故に、ある意味で当然さを感じる話ではある。
この面々で何とかなればよい、ダメでも情報を持ち帰れば身の安全は保証されるらしい。
しかし、倒せなかった場合は村に軟禁扱いとなるようであった。
「とんだ時期に来たな」
「慰めをどうも。商品を先に手にして、夜明け前に出るべきだった」
「次があれば、そうしてもいいだろうな」
見張りとはいえ、その言葉にはありありと同情の意が浮かんでいた。
数で優位なこともあったが、それ以上に、この人数なら残った妖魔も倒せるのでは無いかと踏んでいることもある。
既に炭焼き小屋の男が1匹倒しているという事実がその考えを強くさせた。
「結局、あと二匹ほどの相手をやっつければいいと考えて良いのか」
「その通りだ。見えている範囲だが」
「この村は妖魔が特産か?」
「そんなわけあるか。だが、事実として連中はいたんだ。理由は直接聞いてくれ」
ルドは鼻で笑ってから、目撃証言のあった場所に近づいていく。
既に剣は抜いていた。魔剣は喋ること無く、静かにしている。
「ここだ」
狩人が案内した場所には、ぽっかりと天然の洞窟が口を開いていた。
特に見張りなどが立っているわけでは無いが、近づいてもわかる空気の悪さに全員が顔をしかめた。
「ああ、狩猟の神よ」
狩人はそう祈り、手早く祈念するしぐさをとった。
炭焼き小屋の男は、持ってきた手斧を腰にぶら下げ、棍棒を握り直した。
「何で洞窟なんかあるんだ」
意味の無い問いかけと判りながらもルドはそう言う。
「さてな。神の思し召しだろう。さて……煙でいぶしてみるか?」
「どこかに抜けているなら時間を無駄にする。確認で入り込む時も面倒だ」
ついでに言えば火を起こしている間におそわれる可能性もある、ということで燻す案は見送られた。
そうなれば内部に入り込む必要がある。先頭は誰にするかという話になるが、得物の都合で狩人は向いていない。
炭焼き職人とルドのいずれかが入る必要がある。
「俺がいこう」
ルドが請け負った。手に持った武器の殺傷力で考えた結果である。
対応しやすいのと、何もしなかったと言われるのが面倒だからだ。
洞窟を進む。全員、盗賊では無いため忍び足などの技能があるわけではない。
それでも慎重に歩みを進めると、それが当然かのように山羊のような頭の生き物が、曲がり角から現れた。
全身が、ほぼ毛皮に覆われている。二足歩行の化け物。
深淵からの来訪者。滅びの先触れ。
低級ではあるが、混沌の住人がそこにいた。
『うわ、魔神だ』
魔剣の声が、ルドの脳内に響く。咄嗟に聞こえてないかを周囲に確認するが、そもそも彼らの目線も魔神を必死に追いかけてしまっていた。
『なんだそれ。というかなんだこれ』
『これはね。念波だよ。考えを伝え合う技能だ。』
ルドの考えが、そのまま相手に伝わる。魔剣の気持ちも、何となく伝わった。
『で、どうするんだ』
『相手を調査して、可能なら打倒しよう。今の自分じゃ一撃で終わらせるのは無理だ』
『こっちも余裕は無い。だが戦えるだけ戦って』
魔神の定義について語る意味は無い。それぞれが権能に基づき独特であるが故だ。
幸か不幸か、ルドから見ればその瞳には邪悪な知性が宿っており、いかなる方法かは知らないが、相手は得物を抜いて攻撃準備を完了している。
ルドは作戦を練ることにし、やはり奇襲が良かろう、と結論づけた。
誰もが策士では無い。ましてや騎士も不在である。
「だがこのまま生かしておけない」
その見解を元に、暗がりからに出てきたトロールに、攻撃を集中する形となった。
「grrrr」
ルドは正義はどうでもよかった。だが『僕はわるいトロールじゃない』、といった言葉を期待したが聞こえず。
トロール語でもあればボキャブラリーが広がったかかもしれない。
うめきながら臨戦態勢をとる相手に、ルドはため息交りで斬りかかった。
いけるところまでやるスタンスで。