どこかの森の中で
ルドの知る範囲において、このあたりの森に名前はない。
村人がいれば適当な名前を付けて呼ぶだろうし、領主やそれに相当する存在がいれば、管理のために名前を付けるだろう。
仮にそれがあったとしても、当人が知ることがないだけの話だ。
切実なのは、とりあえずの寝床の確保だ。
野営するにしても、それなりの場所というものがある。
「本当にあるんだろうな」
『たぶん?』
「何もなかったら、お前のことは魔剣ではなく駄剣と呼んでやる」
半信半疑の森林散策であった。途中、最悪でもこのあたりで野営をしようと思える場所に何点か目星をつけておいたが、やがて古い建物にたどり着くことができた。
『ほら、あったよ!何かが!』
「でかした! と、言いたいところだが…廃屋で威張られてもな」
それは辛うじて家屋の体裁を整えているが、明らかに長い時間の風雨に晒されたものであった。
二階建ての構造であったが窓は割れているし、人の出入りしている痕跡があるようには見えなかった。
一方で家屋が寄り添うように建っている石造りの部分はしっかりと残っている。
「とりあえず、野宿は回避できたな」
『ならいいじゃないか。僕の中で引っかかる何かも近い』
ふうん、と興味なさそうな返事をしながらルドは足跡などが周囲にないか、ひとまず見て回ることにする。
『入らないの?』
「先客が潜んでると面倒だしな」
声を潜めながら、地面や壁の状況、中の様子などをうかがっていく。
『先客?』
「獣とか妖魔とか、賊とかな」
大丈夫だと思うけど、と剣は言っていたが、ルドは念のため建物を一周する。
裏手に回ると、裏口を見つけたが、扉は閉まっている。
というかコケと蔦で開いた痕跡はなかった。
「こりゃ廃屋だな。何でこんなところに?」
『さぁ。わかんないや』
「チッ、頼もしいこった」
ルドは裏口の扉に絡まったツタを、折れた剣でちぎりながら開いた。
鍵はかかっていなかったようで、軋みながらも何とか開く。
中には確かに誰かが暮らしていた痕跡があったが、その主が去って久しいことを室内の風化が証明している。
使えそうな道具は無い。金属類は鋳つぶせるかもしれないが、運ぶ手間を考えると馬鹿馬鹿しい金額だ。
「土の上で寝転がるか、腐ってるかもしれない板の上で寝転がるか……まだ土の方がマシか」
扉と同じくらい軋んだ音を立てる床に、ルドは顔をしかめる。
うっかり床板を踏み抜いて怪我をした日には目も当てられない。
久しぶりの来客など歓迎しないかのような建物にうんざりしながらも、床を踏み抜かないよう家捜しを進める。
入り込んだのは台所だろう。机の上に置いてあった敷物は色あせている。
食器類も使い物になりそうなものは無く、それ以外に物色するも価値がありそうな物もない。
『何かあったの?』
「使えそうな物は何も無いかな。食い物も酒も、何より住人も無し」
『挨拶するなら正面からノックしたら?』
「こう見えて、恥ずかしがり屋でね」
外は次第に夜の帳が下りはじめている。
死体になった住人が夜になると動き回るような場所だと困るので、手早く見て回る。
寝室らしき場所を見つけたが、横になる気の起こらない程度には荒れていた。
ため息交じりに、二階を目指す。階段を踏みしめるごとに祈るような気分だった。
二階は物置だったのだろう。かつて何かを置いていた痕跡が残っていたが
軒並み引き払われているか、ゴミとなって風化するのを待つばかりの本であった。
念のために開いてみたが所々が白紙であったり燃えた痕跡ばかりで、とても読めた物では無い。
もっとも本となれなれば、学のある人物でもなければ満足に読めた物では無い。
『気は済んだ?』
「ああ、何も無い事がわかった。ここは捨てられた小屋なんだろう」
『隣は?』
「さてな。ここからの出入り口があるが……」
『じゃあそこ調べようよ。何かある。近いんだよ。ホントに』
突然巡り会った魔剣の言うとおりにホイホイと暗所に入る奴がいるだろうか、と考えて足が止まる。
今ならまだ外の明かりがあるため一階部分から上るのがスジではある。
が、足場の事も考えると石造りの構造物の上で安心したい欲望もある。
悠長に悩んでいるほどの余裕は無いため、しばらく考えた後、魔剣の意見を採用した。
すべては森の中で比較的安らかに眠る場所を確保するためである。
かくて長らく開かなかったであろう扉は、かんぬきを外されて開かれた。
暗い。暗いが、まったく何も見えぬ訳では無かった。
明かり取りのためか外の光が入る構造となっており、いまや失われつつある外の光が
わずかながらに入り込んでいるのだ。
「ここなら一休みできそうだ。火は表でおこそう」
『その前に何か目に付く物が無いか探してよ』
「はいはい」
一階部分までは石造りの階段でつながっており、二階だと思っていた場所は踊り場だった。
土の上で寝るよりはマシだろうと割り切ったルドは、さっさと終わらせるべく未調査の上層部に足を運ぶ。
「ああ、変わった物があったな」
『よかった。さて何だろう』
そこには風化して割れた壺と、壺のにしまわれていたであろう頭蓋骨が転がっている。
封印するかのように周囲に書かれた魔方陣は、既に力を失っているような気配がした。
気配がするだけなので実際のところは判らない。
「たぶんロクなもんじゃないな。砕いてから晩飯にするか」
動き出されても困ると判断したルドは、念のためにということで魔剣を振り上げる。
「ちょ、待て!ストッープ!うわーっ!」
「『喋ったーっ!?うわーっ!』」
魔方陣はさておいて、頭蓋骨が慌てて命乞いをする。
頭蓋骨が叫んで、ルドも叫んで、ついでに魔剣も叫んだ。
熊には出会いませんでしたね