運命の出会い
埋葬は、雨が降る前には間に合ったようだ。
通りがかる者や、血のにおいを嗅ぎつけた獣は現れず、粛々と穴に放り込んで埋めた。
「つまり、このルド様が荷物をせしめる権利を得たというわけだ」
答える相手がいないのを承知でも、世界に対する宣言と言わんばかりにそう言葉にする。
今際の際の頼みを聞いた手間賃として、ルドは荷物をもらい受けることにした。
どうせ使う者もいないのだから、せいぜい旅先で有効活用するなり売りさばくなりしてしまおうという魂胆だった。
旅をするには何かと物入りだ。たとえゴミのような荷物であっても、見る者が見れば使い道がある品の一つや二つはある。
それすら無い者がするのは旅ではなく単なる自殺だ。
「携行食糧と、折れた武器は屑鉄だが持って行くとしよう。この革袋は……しめたぞ、水がある。それから小銭か。ま、あるだけいい」
幸い、死んだ男は目的のある旅だったようだ。男の荷物であろう背負い袋からは使えそうな道具が次々と見つかった。
大当たりである。これほどの荷物を手に入れられる幸運をかみしめながら、ルドは荷物をさらに探った。あとは着替えと、印の付いた簡素な地図と、それからぼろ布と鎖で封印された棒状の道具だった。
「何だこりゃ」
好奇心に任せて鎖を解く。当然ながら鎖も売れるので懐に入れる。
ぼろ布から出てきたのは一振りの剣だった。長剣だ。鞘はボロボロで、かつては何か装飾でも施してあったのだろうが、今となっては見る影もない。
だが少し抜いてみた中身ときたら、鏡のようにぴかぴかしている。
さぞや値打ち物だろう。
「こんな良い剣を使い惜しんで死んだのか?これなら切り負けないで勝てたかもしれん。名剣だろうに……あの魔剣遣いも、これを見逃して逃げるとは馬鹿な奴だ」
ルドは、違和感を覚えた。目の前の剣は、さぞ力のある剣のような気がした。
抜き身の刀身を見るだけで、言葉では説明できない何かを感じる。まるで吸い込まれるような感覚。身を任せてはいけないと本能が告げ、ルドは気を確かに持った。
『ふふ。そう言わないでよ。照れるじゃないか』
「誰だ!出てこい」
声に反応して、咄嗟に立ち上がる。見逃したと思っていたが、泳がされていたのか。
ずっと見られていた事に気づけなかった己の間抜けさに内心で悪態をつきながら、手にしていた剣を抜く。
『おっ。久しぶりに外の空気。いいね』
周囲を警戒するが、声の出所はわからない。
頭の中に直接語りかけてくるような感覚なのは、先ほど剣に魅入って調子が狂っているからだろうか。
『出てこいと言ったが、出してくれたのは君だ。ほら目の前にあるじゃないか』
剣を構えたまま、しばらくルドは考える。考えてから、声の出所に理解が至った。
「剣が、喋ってるのか」
『大当たり。どうにもならないと思っていたけど、まだ僕にも幸運が残っているみたいだね。君、名前は?』
「俺か?ルドだ。幸運か……奇遇だな、俺もそう思っていた所だ。お前の名は?」
『本当かい?気が合うね。うれしいな、君みたいな人物が僕を手に取るなんて運命だね!僕は……僕は……なんだろう?あれ、おかしいな。何か、何かが僕から欠落して……名前が……』
声色からも困惑と狼狽が隠しきれない名も知れぬ魔剣であったが、ルドはそんな出会ったばかりの魔剣に、優しく語りかけた。
「大丈夫だ、お前が何者かなんて気にすることはないさ。綺麗な喋る魔剣。今はそれでいいんじゃないかな」
『ルド……君って奴は……うん。そうだね。僕は魔剣だ。でも、何をすべきか少しなら覚えているんだ。聞いてくれるかな』
そう言いかけた剣をルドはそっと手に取り、ボロい鞘に丁寧にしまう。
「喋る魔剣なんだろ?売れば一稼ぎだ。名前がわからないのは気の毒だが、買い手の元でいくらでも悩んでくれ。いつか思い出せると良いな」
『そのためにもまず僕と契約して……え、僕を売るの!? 嘘でしょ!?』
鞘にしまい込むと静かになる。元通りボロ布で巻いて布袋に放り込んだ。
「いやあ、人助けをすると気持ちが良いな。どこかの神様がくれた褒美に違いない。ありがとう神様!信じてないけど!」
流浪人でも一枚かめそうな儲け話がないかと辺境まで旅してきたルドであったが、思わぬ収穫で喜色満面、回れ右。
目指すは魔剣を買い取ってくれそうな人物がいる都市である。
本来目指そうと思っていた暗雲立ちこめる遺跡や冒険あふれる辺境に背を向け、来た道を引き返していくのだった。