ダイトにて 3
宿屋の一階で賑やかな空気に包まれると、かつて名誉を求めて冒険していた頃が懐かしくなった。
ルドも老け込むにはまだ早い年だろうか。
だが一度思い出すと、次から次に失ったものが自分を捕まえようとしてくる。
これは良くない。こういうときは温かい食事に限る。
そう考えてルドが今日の献立を尋ねると、スープと鶏肉を焼いたものらしい。
「年を取った鶏をシメたんだが、結局はこれくらいしか料理にならん。固いから食べた気分にはなるぞ」
それでも構わない、と注文すると、黒パンにスープ、そして宣言通りの肉が出てきた。
食器の類いが出てこないが、知ったことかと指でつまんで口に放り込む。
肉は結構な細かさで切られていたが、先に肉を噛むと理由は明確。肉が筋張って固いのである。
何度も噛まないと丸呑みしている気分になりそうなレベルだ。
パンとスープを交互に食べると、本来では固いパンに柔らかさを覚える。
だがしっかりと油のうまみを感じられるので、これはこれで悪くないとルドは思った。
「皮を焼いたのは旨いんだが、流石に別料金だ」
「文句は言わないよ。エールをくれないか」
「銅貨4枚だ」
温かい食事で元気が出てきたのと、この肉には酒が合いそうな気がしてきたので、注文する。
ジョッキにたっぷりと入ったエールは値段相応というところだろう。
合わせてみると、想像したとおりだ。噛み応えのある肉が、こうなると酒の友に化ける。
パンとスープを平らげて、エールと鶏肉を味わう。一人の気楽な祝祭気分。
最後の肉を味わい、余韻にひたりながらエールを大事に呑んでいく。
だが幸福も続かない。賑わっている中、言い争いが始まった。
見るからに冒険者のパーティだが、報酬の取り分で揉めている雰囲気だ。
「せっかくの楽しい気分を、台無しにすることはないな」
ぐい、と一気に飲み干して部屋に戻る。明日は昼前までに起きて魔術師に会えばいい。
その結果を受けて次を決める。何にしても一晩のんびり過ごして疲れを取るつもりだ。
「我が身の行方、いずこかな、と……寝るかね」
「ああ、さっさと寝たほうが良さそうだからな。おやすみ」
「おやすみー」
念のため出入り口に鎖で簡易的なトラップと鍵をかけて、横になる。
何やかんや疲れていたのか、眠りに落ちるまでさしたる時間はかからない。
翌朝。朝食を食べそびれた状態だが、疲れは随分と抜けている。
残り物で良ければ、と店主がパンと具の無いスープを出してくれた。
それを平らげると部屋で身体を拭いて、魔術師の店へ向かう。
魔術師はダグマーという名で、薬や本といったものを商っている女性だ。
元々はもっと栄えていた場所にいたらしいが、今はこの街で暮らしているらしい。
ルドが彼女を知っているのは、薬の材料を運ぶ仕事をしたことがあり
ついでに、以前に街でそういった失せ物探しについての評判を聞いたからだ。
細かい理屈は判らないが、何か魔術で探し当ててくれるらしい。
きちんと客になるのは今回が初めてである。
どうやら営業しているようで、中から人の気配がする。
扉の先には、ローブを身に纏った年齢不詳の女性が出てきた。
妙齢と言うには落ち着きがあり、かといって中年と言うには若さがある。
本当の年齢など定かでは無いが、相変わらず営業しているようだったのでルドは安堵した。
「いらっしゃい。どんなご用件かしら」
「失せ物を、探して貰いたい。できるか」
「あらそう。じゃあ奥にどうぞ。話を伺うわ」
店の奥に入ると、椅子とテーブルがあり、よくわからぬ道具が色々と並んでいた。
椅子に腰掛けながら、本題を切り出す。
「で、何を探して欲しいのかしら。内容次第で料金が変わるのよ」
「そりゃそうか。実はな……」
ルドはそういって、鞄の中から頭蓋骨を取りだし、こいつの身体を探して欲しい、と言った。
「…骨を?貴方、死霊術士かしら?そうは見えないけど」
魔術師は笑顔ではあるが、若干引きつっている。
「この者は親切に探してくれると誓い、ここまで導いてくれたのだ。頼む、何とかならんか」
頭蓋骨からも丁寧に頼むと、魔術師は席から飛び上がらんばかりに立ち上がり、手に魔術の火花が散った。
あからさまに戦闘態勢である。
「ちょっと、あなた正気!?意思のある死者を連れてきたの!?」
「待ってくれ、今のところ特に害は無いんだ。いや本当に」
「う、うむ、ご婦人。ひとまず落ち着いていただきたい。」
なだめるルドたちに対して、魔術師は「今から行使する魔法を受けるなら」という事で手を打った。
「変な行動を取ったら、ただちに攻撃呪文を行使するわ」
「大丈夫だ。さあかけてくれ。俺は生きてここを出たい」
じっとしていると、幾つかの魔法がかけられた。
いずれも何か自分を探るような感覚になる魔法である。
身体から奇妙な光が出るわ剣や頭蓋骨は一瞬光るわであったが、幸い攻撃が飛んでくることは無い。
魔術師の調査は、ひとまず終わったらしい。
「……本当に信じがたいけど、確かに邪悪な存在では無いわね」
「もう動いて良いか?」
「いいわ。で、この頭蓋骨の身体を探すの?」
魔術師は椅子に検めて腰掛けながら、深いため息をついた。
「大まかな場所くらいは判るのかしら。それとも心当たり無し?」
ルドは、経緯を伏せて出会った場所について要点を告げる。
グラーベン自身も、出会ったときに残っている記憶についてを再び語った。
「ふんふん……前金の前に言うけど、そういう事なら、術では私の手に負えないわ」
魔術師が言うには、失せ物探しの術にも限界と制約があり、今回は範囲の限界を超えるという。
「もっと高位の魔術師なら、あるいは……という所だけど、そんな知り合いがいるとは思えないわね」
「打つ手無し、か」
落ち込む一同に、「でも」と魔術師が続ける。
「今のあなたたちには気休めでしょうけど、占術でよければ」
魔術師ダグマーは、慈悲深い占い師でもあった。
「すまんな、頼むよ」
「わかったわ。まけて金貨1枚にしてあげる」
ついでに、商人でもあった。
この魔術師ダグマ、もしかしたら出番もあることでしょう。
次回は、次に目指す場所について等になります。