まだ、終わりでは無い
トロール?俺は何を考えた?
敵と戦いながら、ルドは自分の頭に浮かんだ言葉を、もう一度考える。
何度か切り結ぶような形になりながらも、ひっかかってしまう。
『お前、何かしたな』
『その感じだと英知でも授かったの?加護による補正だと思うよ。そりゃあ仮とはいえ所有者には加護を与えるさ。なんたって僕は――ー』
ルドは答える余裕が無い。狩人は立ちすくむが、ルドと炭焼きの男は立ち向かった。
剣を振り回すよりも牽制するように突く。
相手の持つ小振りな槍の刺突を止めるためだ。
今なら頭数で、まだ有利である。その利点を崩したくは無かった。
何度かの牽制で隙を作ると、炭焼きが持つ斧が相手の脚を抉った。
だが斧が相手の肉に食い込んで抜けない。
「不味い。下がれ!」
「ぬうっ」
斧を失うことで、二対一とはいえ、綱渡りのような優勢。
狩人はようやく弓を構えて狙いを付けて、三体一。
炭焼きにもルドにも、幸い槍が刺さることは無かった。
だが振り回された腕が炭焼きの男を弾きとばす。
男は体勢を立て直すので精一杯だが、剣を手にしたルドは落ち着き払っている。
『今は良い。だが今後は断る次の持ち主にサービスしてやれ』
『拒絶反応も出てないみたいだから、英雄になれるさ。君だって』
『……いらん』
怒りでは無く、悲しみ。剣は、そのときルドが泣きそうな顔をしたように感じた。
出会ってから剣が見る、初めての感覚だ。別に目があるわけではなかったが、確かにそんなイメージがあったのだ。
だが次の瞬間にはルドにふるわれて、相手にたたき込まれることで剣の思考は終わる。
そしてルド距離を取るのと同時に、狩人の矢が胸に深々と突き刺さった。
驚いたような表情で固まる魔神。洞窟に、聞き苦しい声が響く。
「やったか!」
「いや、まだだ」
炭焼きの男は、立て直すと同時に、もう一つ用意していた棍棒で何度か頭部を殴打。
実際に殴打されるまでは息があったようで、しばらくは食欲の失せそうな声が洞窟に響いた。
「終わりか」
絶命を確認した炭焼きの男が、ぽつりとつぶやく。
狩人も、答えがほしそうにルドをみた。
「ああ……こいつは、死んだようだ」
あと一匹がどうかまでは言わない。
この洞窟で息を殺して待ちかまえているかもしれないのだ。
もう逃げたのか、あるいは隙を突いて襲ってくるのか。
答えは出ないが安心するような状況ではない。
「大丈夫かい」
「ああ」
炭焼きは傷を負ってはいるものの、戦うことに支障はなさそうだ。
「よく棍棒なんて持ち込んだな」
「斧と違って、刃がダメになっても武器になる」
「どこかで経験が?」
「炭焼き小屋で、賊や野犬に襲われることがある。棍棒のひとつでもあれば、できることが増える」
その通りだ、と相づちをうって先に進むと、洞窟の中でうなり声と駆けてくる足音が聞こえた。
もはや隠れ潜むつもりも無いのだろう。
獰猛な表情で襲いかかる魔神は、まさに悪鬼と呼ぶにふさわしいものであった。
狩人が一歩先にでる。矢をつがえ、姿を見ると同時に射かける。
魔神は痛みなのか怒りなのか判らない叫び声で突っ込んできた。
ルドはタイミングを合わせて頭部をめがけて突きを繰り出すが、それですんなりやられるような相手ではない。
軽く傷を負わせる程度のダメージ。まだ弱い。だが、牽制にはなっている。
二発本目の矢が刺さる。ルドは頭部を諦めて、腰だめに構えて腹に剣を突き立てる。
ぞっとするような手応え。腹部になめらかに刺さった刀身が、深いところまで届く。
引き抜くと、おびただしい量の黒い血と臓物がこぼれた。
三本目の矢をつがえる狩人の横から、炭焼きの男が前に出て、脳天に斧を見舞う。
もう敵は叫ぶこともなかった。ぶうぶうと聞こえるような音を出し、それもすぐに無くなった。
「今度こそ、終わりか?」
ルドは他のメンバーに確認しつつ、汚れを拭うための水袋と布を出そうと、背負った袋に手を伸ばす。
わずかな振動が袋越しに伝わってきた。とん、と一度。ルドは察した。頭蓋骨が動いている。
「……まだいるんだろうか」
もう一度、動く。
「これで見た数には足りると思うが」
二度動く。
「ありがとう。なあ、油断せず調べて帰ろう。こういう時が、俺は一番怖いんだよ」
まだ、この状況が終わってはいない。
そう理解したルドはボロ布と水を取り出して手を拭い、軽く口を潤してから、そう宣言した。
狩人も、炭焼きの男も頷いた。静かな洞窟は、まだ安らぎをくれそうにない。
まだ続けますよ。感想くれた人、どうもありがとうございます。励みになります。