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ぼくらはみんな、生きている。

作者:鯨井あめ

しょーへー、

とても小さな声だった。うとうとしていたからハッとした。

「しょーへー、起きてんだろ」

真っ暗だったから、タケがそばに来ていたことに気づかなくてびっくりした。

「なあ」
「起きてる」

ちょっとだけふりかえって、お母さんとお父さん、おばあちゃんを見た。みんな薄い毛布をかぶって寝転がっていた。暗闇に慣れた目で、ぼんやりとした明かりもあるから、奥で寝ている妹の友奈ゆうなまで見えた。

「行こうぜ」

うん、とうなずいた。音をたてないように立ち上がる。

真っ暗な体育館は、なかなか慣れない。ところどころに置かれたぼんやりとした明かりの正体は、学校の倉庫に置かれていたもの。電池式のランタンというらしい。そんなものが学校にあったなんて知らなかった。
全校集会とは違って、みんな仕切りで区切られた部屋のなか、ダンボールの床と毛布で眠っている。その間を、僕とタケは抜き足差し足で進んでいく。
授業をするわけでも、合奏コンクールをするわけでもないのに、たくさんの人がいる。
小学校の体育館にこんなに人が集まるのは、おまけにみんな寝ているのは、やっぱり変な感じがした。

どうにか体育館を出ると、タケの後を追って、毎日使っていた玄関に向かう。
夕方のうちにボロボロの傘入れに隠しておいたビニール袋から、靴を出した。カサカサ、と音がして、タケに「しー!」と言われる。泥棒になったみたいだ。

昨日の夜、急いで出て来たから、僕はこの靴しか持ってきていない。友奈はお父さんが抱えて出てきたから裸足だった。
友奈は、前の日曜日に、初めての運動会ってことで買ってもらったカワイイ運動靴がなくて、わんわん泣いていた。そのあとすぐに疲れて寝た。今日も騒ぐだけ騒いで、こてん、と寝てしまった。いつもならもう少し遅くまで起きてるんだけど、よく見ればお父さんもお母さんもお祖母ちゃんも疲れ果てていて、僕もたぶん、そうなんだと思う。

それでも起きていようとがんばったのは、タケとの約束があったから。

けっきょく、寝かけたけど。

靴を履きながら、気づいた。
さっきまで屋根が吹き飛ぶんじゃないかってくらい風が強くて、石が落ちてきてるみたいに雨が降ってたのに、静かだ。

「止んでる?」

玄関の大きなドアを押して、鍵が閉まっていることに悔しそうな顔をしたタケが、うなずいた。

「止んでる」
「すごい、タケの予想、当たったね」
「アニキが言ってたから」

タケは、1学期の参観日で、二分の一成人式が終わってから、おにいちゃんのことをアニキと呼んでいる。半分だけ大人の仲間入りをしたから、らしい。

タケのおにいちゃんは中学3年生で、タケの家に遊びに行くと、いつも一緒に遊んでくれた。おにいちゃんはマリオのゲームがうまい。
タケはよくおにいちゃんの自慢をする。勉強もできるみたいだ。大好きなのが伝わる。僕も大好きだけど、タケのおにいちゃんなわけだから、アニキと呼ぶのはなんだか恥ずかしかった。

「おにいちゃんは呼ばなくてよかったの?」
「疲れてたから。すぐ寝たし」
「そっか」

タケもきっと、疲れてるはずだ。
僕たち家族は昨日の夜に小学校に来たけど、タケはそれより前からここにいる。タケの家は山の近くだ。

鍵をそっと回して開けると、ガチャン、と音がした。顔を合わせて、やった、と小さくガッツポーズする。

あまり開けないようにして、体を細くして、ドアの間から抜け出した。

正面玄関を出て、目の前、階段を降りた先に運動場がある。

僕は夜の学校に来たことがなかったけど、クラスの野球チームに入っているヨシちゃんがいうには、夜もライトがついて明るいらしい。

でも、今日はさすがに真っ暗だ、と思っていた。ぼんやりと明るいことにびっくりする。水たまりになった運動場がよく見えた。

「月が出てる」

タケが小声で上を指差した。

「満月だ」

最近理科で習ったから、僕も「ほんとだ」とうなずいた。満月ってこんなに明るいんだ。

最近はずっと雨が降っていたから、月を見たのは久しぶりだった。

秋雨前線のせいよ、とお母さんは漢字を書いて教えてくれたけど、僕はどうして秋雨前線が雨を降らせるのかわからなかった。おまけにお母さんは大きな丸を書いて、「これが台風。今来てるの。ダブルパンチ」と嫌そうな顔で言っていた。一昨日のことだ。

「街、見えるかな」
「ここからはムリだろ」

僕らの学校は山の上にあって、幼稚園と保育園が坂を少し降りたところにある。
その幼稚園の裏に回ると、街を見渡せる斜面があった。僕はそこを、学校のまわりを探検したときに発見した。
カラスの巣とか、山の頂上への近道は、仲良しのリョウヤやマサキに教えたけど、あの斜面は僕とタケしか知らない。ふたりで遊んだときに見つけたからだ。

僕はあの斜面をこっそり、展望台、と呼んでいた。家族で北海道に出かけたとき、遠くまで見渡せる場所をガイドさんがそう呼んでいたのを聞いて、マネしてみたんだ。

「斜面、行ってみる?」
「おう」

外に出ると、声が少し大きくなる。お互いに「静かに」って口に指を立てて、坂を途中まで降りた。
夜なのに、月のお陰で昼間みたいにいろんなものが見えた。不思議だ。

展望台の草は濡れていた。座るとズボンがびしゃびしゃになるから、立って街を見た。

「すっげぇ」
「うん」

海だ。
真っ黒な水が、お椀のふちみたいな山に囲まれて、じっとしている。
ぽつぽつと水面から突き出して見えるのは、街一番のビルだったり、ゲームセンターがあるショッピングモールの看板だったりした。
ときどき風が吹いて、そのたびにさわさわと揺れている。
街は、海の下で、海と一緒に眠っているんだろうか。

「沈んだね」
「だな」
「僕の家、たぶんあそこ」

指差してみるけど、自信はない。

前にここで街を見たとき、自分の家を探したから、そのときと同じ場所を見てみたけど、さすがに昼間ほどくっきりとはわからないし、見えたとしてもきっと屋根しか見えない。
避難してくる前、家の裏の川は見たことないくらいぎりぎりで、今にも溢れそうだった。

「俺、あそこだ」

タケが奥の山を指差した。やっぱりよく見えないけど、そこがどんな具合になってるのか、僕はすでに、タケから聞いている。

「崩れてんの見えねーなぁ」
「山崩れだっけ」
「んー」

タケがしゃがんだ。おしりが濡れるよ、と言うと、しゃがんだまま、タケはひざに顔をうずめた。

「とーちゃんもかーちゃんもじーちゃんもばーちゃんも、泥の中だよ」

今日の朝まで、学校中を走り回って、父ちゃん母ちゃんじいちゃんばあちゃん!と叫んでいたタケを思い出して、僕はちょっと悲しくなった。

「もう探さないの?」
「だって、俺とアニキが家にいたかもしれないのに、みんな俺たち置いて逃げるわけないだろ。やっぱりみんな、あの家の中なんだ」

おにいちゃんにそう言われたんだろう。

タケが泣いていたとき、僕はどう話しかけたらいいのかわからなかった。
お母さんは「優しくしてあげるのよ。ムリに話を聞いちゃだめよ」って言ってたけど、それはなんだか違う気がした。

タケは聞いてほしそうだったし、他の友だちみんなで集まって、みんな何があったのか、自分のことを話した。

隣のクラスのももちゃんは、避難のとき、大好きなネコのミルクちゃんを家に置いてくるしかなかったって泣いて怒っていたし、たろーくんは駅前の保育園に通っていた弟のヒデくんがどこにもいなくて、お父さんが何度電話しても園長先生と繋がらなくて、やっぱり泣いていた。かなちゃんだって、買っていたセキセイインコのピータが部屋にいるままだ。まだ1歳にもなってなかったんだって。

僕も、ずっと大切にしていた犬のワンタが庭にいる。僕は連れて行こうよって言った。みんなきっとそうだったんだと思う。連れて行きたかったはずだ。でも避難所に動物は連れていけないって怒られて、嫌だったから庭で座り込んで、動かないぞって思ってた僕を父さんが担ぎ上げて、僕は車に乗せられた。
あの時のワンタの顔を僕は一生忘れない。

タケが、雨が降ってきて、避難しようって家族で準備をしていたとき、川を渡った向かいの家で飼われていた犬のゴンのことを気にしたのは、普通のことだと思う。
向かいの佐々木のじいちゃんは、入院したばかりで、ゴンの世話は佐々木のじいちゃんの隣の家の人がしていたみたいだけど、あまりの風に、タケは怖くなったんだって。ゴンが風で飛ばされたらどうしようって。
みんなが車に荷物を積んだり乗り込んだりしている中、おにいちゃんに「ゴンも連れていこうよ」って相談したら、それはさすがに難しいけど、佐々木のじいちゃんの玄関に入れてあげようってことになったらしい。
ふたりともよくじいちゃんのところに遊びに行っていたから、じいちゃんが鍵を隠している場所は知っていた。
タケも「そうしよう!」って、ふたりでこっそり家を離れて、橋を渡って、ゴンを佐々木のじいちゃんの家の中に入れてあげた。玄関でゴンに餌の場所を教えてあげようとしていたそのとき、すごい音がして、玄関を開けると、橋の向こうが全部土に埋まっていたんだ、って、タケが話してくれた。

車がそこにあったかどうかは、わからない。
避難グッズはすでに車に積んでいたから、もしかしたら、家族だけで逃げたのかも、と思って、ここまでおにいちゃんと手を繋いでやってきた。
おにいちゃんはその間ずっと唇を噛んで、声を出さないように泣いていたように見えたけど、傘をさしても意味のない雨のせいで、涙が出ているのかどうかわからなかった、とも、タケは言っていた。

「死んじゃったな」

タケが、顔を上げた。

「たぶん、死んじゃったんだよ。だってどこにもいねぇもん」

タケは、泣いてはないなかった。
どこか眠たそうな顔で、崩れているはずの山を眺めていた。

「ゴンも、たぶん死んだ」
「ワンタも死んだ」
「とーちゃんも、」
「ももちゃんのミルクも、」
「かーちゃんも、」
「たろーくんのヒデくんも、」
「じーちゃんも、」
「かなちゃんのピータも、」
「ばーちゃんも」
「死んじゃったんだね」
「きっと」
「ワンタは、僕の弟だったんだ」
「俺とアニキのふたりぼっちだなぁ」

海を見た。
僕らの街を飲み込んだ、真っ黒な海を。
突然、それがとても恐ろしいものに感じた。
太くて長い蛇みたいなバケモノが、海の底で、大きなとぐろを巻いて座っている。街が尻尾で壊されて、あそこにいる人たちが、カプリと丸呑みされてしまう。
海の中にいる生き物は、みんなそのバケモノに食べられる。そしてお腹の中で、また出会う。

僕らがここに取り残されたみたいだ。

避難してきたはずなのに、僕らの街も、知っている人も、飼っていた動物も、家も、スーパーも、何もかもを、海とバケモノが連れて行くもんだから、僕らが消えてしまうみたい。
知っているものがごっそりバケモノのお腹の中に移動して、ぜんぶがまっさらになってしまう。

ブル、と寒気がして、空を見上げると、満月がいた。金ピカでまぶしくて、こっちを見て笑っているみたいだった。

「しょーへー、どこまで見える?」

タケの言葉に、僕は、「向こうの山のてっぺんは、ぼんやりわかるよ」と返した。
僕は目がいいのが自慢で、そのたびにタケは僕に『どこまで見えるかクイズ』をした。

「俺の家のところ、何かある?」
「うーん」

正直、海面にプカプカ浮いているのは、みんな人や動物に見えた。でもよく見れば大きな木や看板で、生きてる物はやっぱり、バケモノが食べてしまったんだと思う。
そう言うと、タケは「バケモノのせいだ」とポツリと言ってから、「アニキがさ、」

「アニキが、俺にバレないように泣いてるの、見ちゃったんだよな」
「うん」
「俺がいるから、アニキ、すげぇがんばるの。ちゃんと家族のこと話してくれたから、俺、みんながもういないって、ちゃんとわかっても、暴れたりしないと思う」

今日の朝のことを言ってるんだな、ってわかった。

風が少し強くなってきた。

僕は、僕らが寝ているスペースの隣にいるおばさんが、怒っていたのを思い出した。「台風のせいで田んぼも畑もだめになった」とグチグチつぶやいていた。堤防をうんたらかんたら、役所がうんたらかんたら、だ。

それをタケに伝えると、タケは「ふうん」と海を眺めたままで、少し黙ってから、「しょーへーに教えてやるよ」と口を開いた。

「アニキが言ってたんだけど、」
「うん」
「しかたのないことなんだって」
「洪水が?」
「おう」

バケモノが、街を食って行くことが、しかたのないことなのか、とは思えなかった。

「なんで?」

タケは「アニキが言うには、」

「俺たちは、地球の上で生きてて、地球に生かしてもらってるんだって」

地球のことは、理科ですこし学んだ。

「地球がすることって、どうがんばっても俺らがどうこうできることじゃないんだって」
「でも、堤防?っていうのを作ればいいんじゃないの?」
「作ったところで、地球には勝てないんだって。俺たちがカブトムシ捕まえたり、蚊を叩いたりするのと同じで、地球も俺たちを突然捕まえたり、叩いたりする」

僕は、地球に手が生えて、蚊をパチンと叩いたところを想像した。

「蚊は、まあ、叩くけど、カブトムシは捕まえなかったらいいのに」
「でも、地球は考えたり喋ったりしない。頭がない」
「捕まえない、ってことが、できないってこと?」
「ぜんぶ、"あるようにあるだけ"」
「"あるようにあるだけ"」
「うん」

おにいちゃんがタケにそう言ったんだと思う。
タケはどこか嬉しそうだ。
おにいちゃんの話をするとき、タケは嬉しそうに笑うから。

「どういう意味?」
「あたりまえに洪水はやってくるってことだろ」
「台風も、秋雨前線も?」
「秋雨前線? なんだそれ」
「雨を降らせるんだって」
「なら、それもたぶん、"あるようにあるだけ"」
「みんなが死んだのも?」
「"あるようにあるだけ"」
「タケは強いなぁ」

僕は、ワンタがいない毎日が、あまり想像できない。
学校に行くときは、いつもワンタの頭をなでてから家を出た。帰ってきたらまずはワンタに遠くからただいまって手を振って、走って近寄って頭をなでた。ワンタは尻尾をブンブン振って、僕の顔をペロペロなめた。
ワンタはとてもかわいくて、走ると早くて、散歩が好きだった。
僕の大切な弟だ。

でも、そういうのはみんな同じで、タケもふたりぼっちになっちゃって。

「あるようにあるだけなんだ」

タケが、自分に言い聞かせるように、繰り返した。

「あるようにあるだけ。みんなが、生きてるだけ。秋雨前線で雨が降って、台風が来て、洪水が起こって、たくさんの人が、死んだだけ」
「僕らも生きてるだけ」
「あるようにあるだけ」

ポツリとほっぺに雨粒が当たって、遠くを見ると、月の明かりが真っ黒な雲の影を映していた。

「タケ、降ってきたね」
「目を抜けたんだ。帰ろうぜ」
「また強くなるのかな」
「強くなるだろ。もっと雨が降って、風も吹く。目を抜けたらそうなるって、アニキが言ってた」
「そっか」

タケが斜面を上がって、幼稚園のフェンスに足をかけた。

僕もあとに続こうとして、振り返った。

海面が風で波打っていた。
ブワブワと震えているのは、もしかしたら、バケモノが海の中で叫んでいるから、かもしれない。
頭だけ見える市役所も、飲み込まれてしまうのかも。
そうしてバケモノはありとあらゆるものを奪って、食べて、連れて行く。
降ってきた雨のせいでぽちゃぽちゃと音が聞こえる。
バケモノが尻尾だけ出して、揺らしているんだ。
ちゃぷちゃぷちゃぷちゃぷ。
そしてバケモノはまた潜る。海の中で、駅のホームを通って、商店街を抜けて、角を曲がって、僕の家までやってくる。ぐるりと家のまわりを取り囲んで、ぎゅっと体を縮めて、粉々に潰してしまう。庭にいるワンタが吠えるけど、バケモノは大きな口を開けて、ワンタをゴクンと飲み込んでしまう。僕の家がバラバラになって誰もいなくなると、するりと海面に向かって泳いで、空を見る。満月を見る。

満月はバケモノにだって笑う。

「あるように、あるだけ」

バケモノも、タケも、僕も、街も。

「しょーへー!」

フェンスの向こうで、タケが叫んだ。

「早くしねぇと、風がやばいから!」
「うん」

たしかに、もう声を張らないと、タケに届かない。

「行くよ」

僕は飛ばされないように姿勢を低くして斜面を上がって、フェンスに手をかけた。

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