その日
イタ様との生活が始まったけど、ポフ様との時とあまり変わらない。季節の女王様はみんな似ているんだろうか?
ポフ様が去って、北の方にも桜色の風が満ちていった。この国全体が春になり、雪は溶け草や花が咲き始めている。
「ナッシー、お散歩行くわよー。」
「はーい、イタ様。」
イタ様との散歩の締めくくりは、南の門だ。次の季節の女王が来る門の前に、到来を知らせるものがある。南の門にあるのは、桜の木だ。
「遅くなったけど、たくさん咲いてきたわ。もうすぐ満開ね。」
桜の木を見るイタ様は嬉しそうだった。東のお城にも桜がたくさんあった。
「東のお城では桜の花はずっと咲いているから、こうして咲くところを見るのは実は初めてなのよ。この桜の花が全部落ちて、若葉が生い茂ると夏が来るのよ。」
何気ないようにイタ様が言ったので、もう少しで気がつかないところだった。…夏が来れば、今度はイタ様が消えてしまう。また、あんな悲しい思いをすることになるのかなぁ。
それから幾日も過ぎ、桜は満開から散り始めた。代わりに緑の葉がどんどん増えてきていた。
「もうすぐ夏が来るわ。ナッシーとこうして過ごすのもあとわずかね。…ちゃんと塔に来ていれば良かったわ。あーあ、私ってバカだったわ。」
「塔に来て良かったですか? イタ様。」
「うん! いろんなことを知ることができたし、ナッシーも一緒だしね。あ、あれって夏の雲じゃない? 初めて見た!。」
イタ様が指差した遠い南の方に、夏のモクモク雲が見えていた。ここから見えるくらいだから、すごい高さまで雲があるんだろう。…あれ、あの雲が見えると雷が鳴って、…そして、…そうだ!
「ナッシー、どうしたの。」
「イタ様。僕思い出しました。僕は…。」
そう言いかけて、僕とイタ様は僕の足元を見ていた。太陽と反対側に、僕の影ができていた。
「イタ様、僕の名前はヒロトです。小学5年生で、北城小学校に通っていました。公園であそんでいたら、あの雲みたいなのが来て、大きな音がして、それで、それで。」
「思い出したのね、ナッシー。…いえ、ヒロト君。君はポフ様を見送ったけど、今度は私が君を見送る番なのね。…元の世界に戻っても、春が来たら私のことを思い出してね。」
イタ様が笑って僕に手を振っている。僕の身体はどんどん透明になっていく。
「さようなら、イタ様。冬や春になる度に、ポフ様やイタ様のことを思い出します。」
こうして、僕は季節の塔から、四季の女王様たちがいる世界から消え、元の世界に戻った。
僕が目覚めたのは、病院のベッドの上だった。思い出したとおり、公園で遊んでいて近くにあった木に雷が落ち、近くにいた僕も倒れてしまったそうだ。僕は半年以上眠り続けていて、もう春になるところだった。病室の窓から見える庭の、咲き出した桜の花がきれいだった。
「にーたん、こうはさむさむだって。」
「なんだい、ユキト?」
「こうは、さむさむだって!」
「ん? ああ、今日はとっても寒いってこと?」
「そう、そう。」
弟のユキトは名前のせいなのかわからないけど、雪がとっても好きだった。寒くなると雪が降るので、寒いのが嬉しいみたいだった。
僕はポフ様のことも、イタ様のことも覚えている。あの世界がどこにあるのかわからないけど、冬と春になると僕はすこしだけ胸が痛むんだろう。
「にーたん! ゆき! ゆき!」
ユキトの声で窓を見ると、雪が降っていた。桜の花が咲き、雪が降っている。
ポフ様とイタ様が、元の世界に戻った僕を祝福してくれているようだった。