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ナッシーと四季の女王様  作者: 門外不出
4/5

雪だるま

「ナッシー。夏の女王エテラは、私が季節の塔に行けばいつもの夏の時期に合わせてやってくるだろう。私に残された時間は短い。私は明日の朝、ここを出発する。明日のお昼頃には季節の塔に着く。」

 少し間をおいて、イタ様は話し続けた。

「明日、季節の塔の主が変わる。冬は終わり、春が始まる。…短い春だけどね。長い冬は終わり、ポフ様は国に帰られる。…ナッシー、すぐに塔に帰りなさい。」

 僕はうなずいた。ポフ様に早く会いたい。…明日にはお別れだなんて。

 イタ様と一緒に中庭に出た。妖精たちもたくさんいた。

「さあナッシー、風の帽子をかぶって。今からあなたを塔に送り届ける、強い風を吹かせるから。」

 僕は帽子をかぶり、空に向かった。

「ナッシー、東の山の方を見ていて。」

 イタ様はそう言うと、両手を上にあげた。…イタ様が光ってる。

 その時少し風を感じた。山の方を見ると強い桜色の風がこちらに向かってきている。

「ナッシー、ポフ様によろしくねー。」

「ナッシー、バイバーイ。また、遊びに来てねー。」

 イタ様と妖精たちの声が聞こえた。僕はみんなに手を振って、風に乗った。

「ありがとう、イタ様ー。みんなー、バイバーイ。」

 あっという間に春のお城が小さくなっていく。まだ、雪が積もっている冬の季節の中を、暖かい桜色の風が吹き抜けていく。雪雲を押し戻し、明るい青空がどんどん広がっていく。


 暗くなる前に、季節の塔に着くことができた。僕を乗せてきた桜色の風は、季節の塔に着くと南と西に分かれて進んで行った。どんどん空から雪雲が消えていく。

「おかえり、ナッシー。春を告げる風に乗ってきたのね。」

「ポフ様!」

 ポフ様は僕をギュッと抱きしめてくれた。

「ありがとう、ナッシー。イタ様が来てくれるのね。…わたしの役目も終わったわ。」

「…ポフ様。ポフ様が消えてしまうってホントですか?」

「本当よ。北の国に帰って、次の女王を決めたらわたしは消えるの。」

「そんな…。そんなのイヤです。ポフ様ともっと一緒にいたいです。」

「ありがとう、ナッシー。あなたがいてくれて、わたしもほんとうに楽しかったし、嬉しかった。…季節の塔は、本来なら女王独りがいる場所なの。寂しいところなのよ。」

 ポフ様はもう一度僕をギュッと抱きしめた。

「でもナッシーが来てくれたから、毎日楽しかったわ。わたし、幸せだった。」

「僕もポフ様と一緒にいて、楽しかったし嬉しかったです。でも、…お終いなんですか?」

 ポフ様は少しかがんで、僕の顔をまっすぐに見て微笑んだ。

「そうね、終わりが来たの。どんなこともずっと続くことはないの。季節は巡るけど、同じ四季は二度と来ない。今日と同じ一日が、二度と来ないようにね。」

「ポフ様…。」

「そんな悲しそうな顔をしないで。わたしは満足しているのよ。冬の女王になって、北の城からここまで旅をして、世界を秋から冬に変えたの。この塔で世界のいろいろなことを学び、ナッシーにも会えた。もうすぐ春がやってきて、冬は終わる。世界が春になっていくのを見て、わたしは消えていく。」

 ポフ様はとても誇らしげで、そして、嬉しそうだった。

「ナッシー、あなたのおかげでわたしは冬の女王の役目を果たすことができたわ。秋を終わらせ、春が到来する。明日イタ様が来たらわたしは北の城に帰るけど、ぜーったいに笑って見送ってよ! …まさかとは思うけど、見送ってくれないなんてことはないでしょうね?」

 ポフ様は悪戯っぽく笑って、僕を見ていた。…僕は泣きそうだったけど、がんばった。

「あー、ばれちゃいましたか。こっそり隠れて、ポフ様が僕を探すのを見てみようと思ってたのになー。…しかたがないですねぇ、お見送りしますよ。」

 僕がそう言うと、ポフ様は僕をギュッと抱きしめて言った。

「…ありがとう、ナッシー。」

 僕の頬に、ポフ様の涙が流れた。


「ナッシー、そろそろ起きなさーい。朝ご飯の用意、できたわよー。」

 ポフ様の声だ。まだ眠かったけど、起きなきゃ。

「はーい、ポフ様。すぐに行きまーす。」

 僕はそう答えると、すぐにベッドから飛び起き着替えた。鏡を見ると髪の毛にすごい寝ぐせがあったけど、…まあいいか。僕は部屋を出ると急いで階段を降りて食堂に向かった。いい匂いがここまで漂っている。

「ポフ様、おはようございます。」

 スープを注いでいるポフ様に挨拶した。

「おはよう、ナッシー。台所にパンがあるから持ってきてくれる?」

「はーい。」

 僕は台所にあった焼きたてのパンを、テーブルに持ってきた。

「ありがとう、ナッシー。じゃあ、食べましょう。」

「はーい、いただきまーす。」

「いただきます。」

 いつもと変わらない朝だった。いつもと同じようにしていた。


「ナッシー、お散歩行くわよー。」

「はーい。」

 ポフ様と一緒に塔の外に出た。雲ひとつ無い青空が広がっていた。暖かい東風が吹いている。

「ずいぶん雪も減ったわね。」

 踏み固められていた雪の部分も、ずいぶん柔らかくなっていた。

 東の門の雪だるまも、すっかり崩れていた。

「春が来たのね。」

 ポフ様は雪だるまを直しながら、僕に言った。

「ナッシーの記憶は戻らないの? 何か思い出したりしたことは無いの?」

「東のお城に行ったときに、少し思い出しました。夏や秋の季節のことでしたけど。」

「そう! 冬は、冬の記憶は無いの?」

「あの時は、思い出そうともしていませんでしたから…。」

「じゃあ、今やってみたら?」

「えー、今ですかー。」

 一生懸命、思い出そうとしてみたけど、ポフ様と過ごした今の冬のことしか思い出せなかった。

「よーし、できた!」

 ポフ様の声で気がつくと、ちいさな雪だるまができていた。

 …あれ? 何だか見覚えがある。…ちいさな雪だるまを作ってあげた。…弟がとってもよろこんでいたっけ。ん、弟?

「どうしたの、ナッシー?」

 ポフ様が心配そうに僕を見ていた。

「…僕には弟がいました。あの雪だるまと同じような、ちいさな雪だるまを作ってあげたんです。…とってもよろこんでいました。」

「ナッシー、思い出したの?」

「…いま話したところだけです。」

「そう、でも少しずつでも思い出していけるわよ。全部思い出せたら、元の世界に帰ることができるわ。…影なしじゃなくってね。」

「どうしてわかるんですか、ポフ様。」

「古くからの記録に載っているのよ。この世界に迷い込んだ人間は影なしとなり、記憶を取り戻したとき影が生まれ、この世界から消えていくって。ナッシーもきっと帰れるわ。」

「そうですね。」

 僕はそう答えたけど、元の世界がわからないから実感がわかなかった。戻りたいっていう気持ちも、もちろん無かったから。

「…来たようね。」

 ポフ様がそう言うと、東の門が開いた。イタ様がそこに立っていた。

「ようこそ、イタ様。」

 ポフ様が一礼した。

「初めまして、ポフ様。」

 イタ様もポフ様に一礼した。

「では、わたしのここでの務めは終わった。北の城に帰ります。後はお願いしますね、イタ様。ナッシーのこともお願いします。」

 ポフ様はそう言うと、風の帽子をかぶった。

「さよなら、ナッシー。元気でいてね。」

 ポフ様は僕の頭を撫でて、空に浮かんだ。

「さよなら、ポフ様。ありがとうございました。ポフ様のこと、決して忘れません。」

「ありがとう、ナッシー。」

 ポフ様は僕に手を振って、北に向かって飛び去って行った。僕はポフ様が見える限り、笑顔で手を振っていた。…見えなくなった時、こらえていた涙が溢れ出した。

「よくがんばったね。」

 イタ様だった。イタ様が塔の敷地内に入り、東の門はすでに閉じられていた。春になったのだった。

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