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ナッシーと四季の女王様  作者: 門外不出
3/5

春の女王

 たっぷり朝ご飯を食べポフ様の手紙を預かった僕は、風の帽子をかぶって塔を出発した。

「困ったことがあったら、戻ってくるのよー。」

 手を振りながらそう言ったポフ様に、僕も手を振り返した。

「行ってきまーす。」

 空の高いところに上がっていくと、強い桜色の風を見つけた。あれに乗って行こう。

「うわっ、速ーい。」

 季節の塔があっという間に見えなくなり、街も小さな村もビュンビュン通り過ぎていく。ただ、見渡す限り雪の白色で染まっているのは変わらなかった。

 そろそろお腹が空いてきたころ、雪が溶けて地面が見えているところが出てきた。もうしばらくすると、草や花がある色とりどりの世界になってきた。ここでは季節が冬から春に変わっているようだった。やがて遠くに高い山々と大きなお城が見えてきた。きっとあれが春の女王のお城なんだろう。

 僕をここまで連れてきてくれた春の風も徐々に弱まり、お城に着く頃には地面に降りられそうなくらいの速さになっていた。僕はお城の中庭に飛び降りた。春らしく暖かくて、草花が咲き乱れていた。周りを見渡していたら、誰かに背中をツンツンと触られた。

「あなた、どこから来たの?」

「ねぇ、名前は?」

「かわいい顔してるのねぇ。」

「君、男の子?」

 振り返るとさっきまで誰もいなかった中庭に小さな女の子が溢れていて、いっせいに僕に話しかけていた。

「いや、あの、僕はナッシーです。冬の女王のポフ様のところから来ました。」

 そう答えると、また大騒ぎになった。

「ポフ様? 冬の女王よねぇ。…ねえ、冬ってどんな感じなの?」

「じゃあ君は季節の塔から来たの? 王様のお城や街ってどんなふうなのかしら?」

「ねえ、ナッシーって何なの? どうして風の帽子で飛んでこれたの?」

 うわー、どうしたらいいのこれ? 困っていても、周りからの質問攻めは止まらなかった。

「どうして答えてくれないのよ、…あー、ひょっとして私がカワイイから照れてるの? もう、しょうがないわねぇ。」

「何言ってるのよ、ナッシーが困っているのは私が原因に決まってるじゃない。私の方がだんぜん魅力的だわ。」

「あんたたちいい加減にしなさいよ。そんなことより私の質問には答えてよ。」

 …どうしよう。女の子達はますます騒がしくなっていく。

「もう、あんたたち静かにしなさい!」

 騒がしい女の子たちの声とは違う、落ち着いた感じの声だった。お城の扉からポフ様に似た女の人が現れた言ったのだった。女の子たちは静まりかえった。

「ようこそ、東の城へ。ここは春の城とも呼ばれていますわ、お客様。私がこの城の女王、イタです。」

 女の子の一人がイタ様に耳打ちをした。

「まあ、ポフ様のところからいらっしゃったんですか。それは遠くからお越しいただき、ありがとうございます。いらっしゃったご用件もおおよそわかりますから、こちらにお越しください、ナッシー様。」

 そう言われて、僕はお城の中へ招かれて行った。


 招かれた部屋にはテーブルとイスが少しだけあり、季節の塔でポフ様といつも過ごしている部屋と、とっても似ていた。…でも暖炉だけは無かった。

「ナッシー様、こちらにお座りください。」

「イタ様、すみません。僕のことをナッシー様なんて呼ばないで下さい。僕はポフ様にはナッシーって呼ばれています。イタ様はポフ様と同じ季節の女王様なんですから、ポフ様と同じように呼んで下さい。…ナッシー様なんて呼ばれると、何だか居心地が悪いです。」

 僕がそう言うと、イタ様は微笑んだ。

「…そう。じゃあ、私もナッシーって呼ぶわね。」

「ええ、その方がいいです。」

 そう言って、僕はポフ様からの手紙を渡した。イタ様はすぐに読み終え、僕に話しかけた。

「せっかく来てくれたけど、私はここから離れないわ。」

「どうしてですか?」

「ここにいればあの子達もいるし、楽しいもの。季節の塔に入ることができるのは、女王だけなのよ。…あ、ナッシーも入れるのよね。」

「ええ、まあ。」

「でも、ナッシーがいつまでいられるのかは、わからないのよね?」

「…はい。」

「私は塔で独りぼっちになりたくないの。季節だって巡らせなくたっていいじゃない。困るのはこの国の人たちだけで、私たち影無しには本当は関係ないのよ。」

 そう言われてしまうと、僕は何も言えなくなってしまった。

「…わかりました。ポフ様にイタ様のお話しを伝えてきます。」

「せっかく来てくれたのに、ごめんね。ナッシー。」


 もう遅いから明日出発しなさいと寝室に案内された時、案内してくれた女の子に尋ねられた。

「お城の外の世界ってどんなふうなの? わたし、このお城から見えるところまでしか知らないの。だから、春以外の季節はどういうふうになるのかも知らないのよ。」

「え? このお城から出ればいいんじゃないの? ちょっと向こうに行けば、雪が積もっていて冬らしいところがあるよ。」

「わたしたちは、このお城から離れられないの。…女王になれば外の世界に行けるわ。季節のの塔に行けるから。」

「イタ様は、今のままここにいたいって言っていたよ。女王になって季節の塔に行っても、独りぼっちになって寂しいからって。君はそれでもいいの?」

「それでもいい! このお城の中でずっといるより、外の世界に行ってみたいの。…だって、お城の中のことは、もうみんな知っているもの。外の世界には、わたしが知らないことがいっぱいあると思うから。だから、早く女王に選ばれないたいのよ。そうだ、ナッシー。わたしが行くまで季節の塔にいてね!」

 女の子はそう言って手を振ると、ドアを閉めた。


「ナッシー、そろそろ起きなさーい。朝ご飯の用意、できたわよー。」

 ポフ様の声? じゃなかった。イタ様の声だった。

「はーい、イタ様。すぐに行きまーす。」

 何だかやりとりまで、ポフ様に似ていた。味付けはポフ様とは違う感じだったけど、とっても美味しかった。

「イタ様が女王のままだったら、次の春の女王はどうなるんですか?」

「…私が季節の塔に行き、春を終えてここに戻って来ないと次の女王は選ばれないわ。つまり、私が女王のままで替わらないってことよ。」

「早く女王になりたいっていう女の子に会いました。」

「…あの子たちは妖精なの。春の妖精。私も去年の春の終わりまでは、妖精だった。そのころは私も外の世界に行きたかった。このお城の中は退屈だからね。」

「じゃあ、どうして?」

「女王に選ばれると、女王だけが入ることができる部屋に行き、いろいろと学ぶの。始めの頃は面白かったし、楽しかった。…でもね、女王になることはいい事ばかりじゃないってことも理解するの。知りたくなかったことも知ってしまうしね。」

「…そうなんですか?」

「ナッシーは、ポフ様からそういった話は聞いていないの?」

「ええ、特に何も。」

「そう。」

 イタ様は何だか考え込み始めた。僕は邪魔をしないようにそっと席を外そうとしたけど、イタ様に声を掛けられた。

「ナッシー、悪いけどポフ様のところに戻るのは少し待っていて。…そうね、お昼ご飯までには決めるわ。」

 そういうとイタ様は僕の頭を撫でて、部屋から出て行った。


 イタ様がいなくなると、女の子達がまた大勢やってきて質問攻めになった。違う季節のこと、街や村のこと、季節の塔のこと、僕のこと。

 僕が知っているこの国の季節は冬だけだったから、夏や秋のことは人間だった時のことを思い出して話をした。

 まぶしい太陽に照らされて汗だくになって遊んだり、プールや海で遊んだりしたことや、少しずつ涼しくなって、運動会でがんばったり遠足に行ったりしたことを。…あれ、いろいろと思い出してきてるのかな? でも、自分の名前や他の人のことも思い出せないままだった。


「ナッシー、お昼ご飯の用意、できたわよー。」

 イタ様の声がした。ずいぶん明るい声だった。

「はーい、イタ様。すぐに行きまーす。」

 食べ始めると、イタ様が話し出した。

「ナッシー。そのまま食べながらでいいから、私の話を聞いてね。」

 僕はパンをもぐもぐ食べながら、うなずいた。

「私ね、女王になってからは女王にならなければ良かったって思っていたの。妖精のままの方が良かったって。」

「…でもね、さっきのナッシーの話を聞いて思い出したの。妖精のときはこのお城から出て、外の世界を知りたかったの。やっとそれが実現できるのに、…私は怖くなったの。」

「でも妖精の頃の私と同じように、女王になりたい子たちが待っているのだから。…私は私のすべきことを、女王としてしなければならないことをするわ。」

 イタ様はにっこりと笑って言った。

「こんな簡単なことに気がつかないなんて、私もダメねぇ。」

 そう言うとイタ様はもりもり食べ始めた。


 片付けを終えるとイタ様に促されて、もう一度席に着いた。

「ナッシー、さっき言ったように私は季節の塔に向かいます。それは私がすべきことだとわかったから。…でもね、ナッシー。それをすることが、どういうことかは知ってるの?」

 イタ様は僕をじっと見て訊いた。

「季節が変わるってことは、前の季節の女王は消えてしまうってことなの。私が季節の塔に行けば、今のポフ様は北の城に戻って次の冬の女王を指名し、そして消えてしまうのよ。」

 僕は驚いて固まってしまった。

「…そうか、ポフ様はナッシーに何も伝えてなかったんだね。…ゴメン、私が言うべきことではなかったわ。」

 イタ様はそう言って、僕に頭を下げた。

「イタ様、僕に謝られても困ります。…でも、消えてしまうってどういうことですか? ポフ様がいなくなってしまうってことなんですか? だって、冬はまた来るじゃないですか?」

 イタ様は興奮してしゃべっている僕の頭に優しく手を置き、撫でながらこう言った。

「ナッシー、四季は巡るけど同じじゃないのよ。二度と同じ冬は来ないし、二度と同じ春も来ないの。私が季節の塔に行けば、私の春が始まる。今のポフ様の冬を終わらせ、次の夏が来るまでの間の春がね。」

 そう言ったイタ様は少し悲しそうだった。

「…それもあったから、私は季節の塔には行きたくなかったの。私が行かなければ、今のポフ様も私も夏の女王も秋の女王も消えなくてすむ。」

 僕は何も言えなかった。ポフ様が消えてしまうなんて想像したくもなかったし、目の前にいるイタ様が消えてしまうなんてことも考えたくなかった。

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