風の帽子
「ナッシー、準備できた?」
「…準備って、これが準備ならできましたけど。」
僕はポフ様から渡された白い帽子をかぶっただけだった。
「あら、似合うじゃない。じゃあ練習にいきましょうか。ナッシーとの約束も果たせるし。」
そう言うとポフ様は僕の手を引いて、塔の外に出た。
「ナッシー、空を見て。」
言われた通りに空を見上げた。…何だかいつもの空とは違う。いろんな色の雲みたいなのが見える。
「何か見える?」
少し心配そうにポフ様が聞いた。
「何かいろんな色をした雲みたいなのが見えます。ゆっくりだったり、早く動いているのも見えます。…逆に止まっている雲はありませんね。」
「良かった、やっぱりナッシーには見えるんだ。…今見えているのは、風よ。」
「風ですか?」
「そう、いろんな風。色は風が来た場所なの。白はわたしの国、北の国から吹いてきた風なの。桜色が春の女王の東の国。緑色が夏の女王の南の国。茶色が秋の女王の西の国なの。」
「へー、色でどこから来た風なのかわかるんですか。」
「そう、その帽子は『風の帽子』。それをかぶって乗りたい風を選べば、風に乗って行けるのよ。じゃあ、練習してみましょうか。ナッシー、あの大きな白い風に乗るわよ。あの風に乗りたいって、思って。」
言われた通りに思った瞬間、僕の体は空に浮かんで飛んでいた。びっくりしていたら、後ろからギュッと抱きしめられた。
「大丈夫よ、落ちたりしないから安心して。」
ポフ様だった。
「わたしが飛ぶから、ナッシーは見ていてね。」
ポフ様はそう言うと乗り移る風を僕に教えながら、空を飛び回った。
「じゃあ今度はナッシーの番よ。わたしがナッシーにつかまっていくわ。」
最初はなかなか思ったところに行けなかったけど、だんだんコツがわかってきた。
「そうそう。ナッシー上手じゃない。じゃあ街に行ってみましょう。あっちよ。」
そう言うとポフ様は、僕の手を離して先に飛び始めた。ポフ様の向こうにお城が見えた。
「あれがこの国を治めている王様のお城よ。お城の周りに街が広がっているわ。」
何もかも雪で覆われているけれど、街では大勢の人達が通りを行き交い、市場もあって賑やかだった。
「ポフ様、僕達空を飛んでいますけど、見られても大丈夫なんですか?」
だんだん街に近づいてきたので、心配になってきた。
「大丈夫よ、わたしたちの姿は彼らに見えないわ。だって、わたしたちは影無しなのよ。」
「えっ、ポフ様の姿も見えないんですか?」
「そうよ。わたしのことは『冬の女王』として知ってはいるけど、わたしの姿を見たものは誰もいないわ。この国の王様だって、わたし達四季の女王と会ったことは無いのよ。」
「王様もですか?」
「そう、王様もこの世界の人だから。わたし達のような影無しとは違うの。…わたしを見て話もできたのは、ナッシーだけかも知れないわ。わたしの知らないずっと昔には、他に誰かいたのかもしれないけどね。…あ、あの風に乗れば地上に降りられるわ。さあ、行きましょう。」
ポフ様に付いて風に乗った。
「さあ着いたわ。ナッシー、風から降りて。」
ポフ様みたいには上手く降りられず、転んでしまった。
「大丈夫? ナッシー。」
僕を助け起こしてくれたポフ様の体を通り抜けて、子どもが走ってきた。
「危ない!」
そう言った僕の体も通りぬけて、子どもは走り去っていった。
「これって…。」
「ナッシーやわたしみたいな影無しは、この世界の人たちと交じり合うことは無いの。話すこともできないし、触ることもできない。わたしたちは彼らのことを知っているし、見ることも聞くこともできるけれど、彼らはわたしたちのことを見ることも聞くこともできないのよ。」
そう話しているポフ様や聞いている僕を、まるで何も無いかのようにいろいろな人達が通り過ぎて行った。
「昨夜もこうやって来ていたのよ。…約束は守ったからね。」
ポフ様はそう言って微笑んだ。
「春の女王のお城へは、桜色の風に乗っていけば行けるわ。」
「でも、ポフ様。このあたりの桜色の風はみんな西に向かっていますよ。これに乗って東にある春の女王様のところへ行けるんですか?」
ポフ様は笑って空の上の方を指差した。
「空の高いところに、それぞれのところへ戻っていく風が吹いているわ。あれに乗っていけばいいのよ。わたしも北の国に帰る時には、あれに乗っていくのよ。」
「塔に来るときも風に乗ってきたんですか?」
「もちろんそう。来るときは北風の先頭に立って来たのよ。だって北の風が季節を冬にするんだから。」
「じゃあ、春の女王様は東の風を連れてくるんですか。」
「そうよ。雪を溶かす暖かい東の風と一緒に来るの。彼女が季節の塔に入ったら、わたしの役目もお終いになる。そうしたら北の風に乗って、わたしは国に帰る。」
そう言うポフ様は、何だかすこし悲しそうだった。
「さあ、そろそろ塔に戻りましょう。明日の朝に出発すれば、お昼過ぎには東の城に着くはずよ。ナッシーが怪しまれないように、手紙を書かないといけないわね。」
僕達は街を出て、塔へ向かった。