中編:新しい命
お姉様の誕生日パーティーは、大成功だった。腕によりをかけて(マルセルが)用意した料理は好評で、お姉様はもちろん、一緒に来ていたルートヴィヒとルドルフも、美味しい! と目を輝かせていた。本当に可愛かった。
そんな風に、久々に家族でゆっくり過ごす時間をみんなが楽しんでいたところ、突然お姉様から重大発表が。
「あ、そうだ。多分言っていなかったと思うんだけど、私ね、三人目妊娠したの。」
あまりにもあっさり、何てことないように言うから、しばらくみんな固まってしまった。
「え、ええええ〜〜!?」
一拍置いて私とユーリが大声を出してしまい、お母様は「まあ!」と声をあげ、お父様と兄様はまだ目が点のままだった。
「お義母様と、女の子も欲しいわねって話になって……ふふ、頑張ってみちゃった。」
お茶目に言うお姉様はとっても可愛いけれど、ちょっと今はそれどころじゃない。三人目!? 天使がもう一人増えるの!? 楽しみすぎて心が荒ぶってしまう落ち着け私!!
「おめでとう、ユスティーネ。」
「お、おめでとうお姉様。赤ちゃん楽しみね。」
「ありがとうお母様、ユリアーネ。」
「……貴方も、なにかないの?」
お母様と私がおめでとうと言うと、お母様はお父様に振った。お父様は話を振られると思っていなかったのか、驚いた顔で食事をしていた手を止め、しばらく考えた後。
「な……仲が良いのは、良いことだ。……おめでとう。」
複雑そうな表情のお父様は可愛かった。
* * *
「はぁ〜〜やっぱり実家が一番ね。安心感が違うわ。」
ルイボスティーを飲んだお姉様は、お腹をさすりながら、ユリアーネおかわり、と一言。
「もう、お姉様ったら。いくら体に良いと言っても、闇雲に摂取すれば良いというものでもないのよ。」
と言いつつ、まあまだ二杯目だし、大好きなお姉様がお望みだし、ということで私は言葉とは裏腹に速やかにおかわりを注いだ。
「だってユリアーネの淹れてくれるお茶って本当に美味しいのよ! 二回目の出産なのにまた実家に行くのなんて言われたけれど、そりゃあ行くに決まっているじゃないの。」
重大発表があってから、はや半年ちょっと。お姉様のお腹は、とっても大きくなっていた。三人目も実家で産みたいということで、昨日から来ているのだ。
「別に、呼んでくれたら私が行くのに。ここまで来るの大変だったでしょう?」
「でもだって、来たかったんだもの!」
え〜〜そんな嬉しいこと言われたらもうなにも言えない! 私だって昔みたいにお姉様がうちにいるのは嬉しくてしかたないから! お義兄様、もっと頑張ってあと三人くらい産んでもらっても問題ないですよ!! と、一人心の中で荒ぶっていたら、ユーリがこちらにやって来た。
「ユスティーネ姉上のお腹の中に、赤ちゃんがいるんだね。何だか不思議。」
「ふふ。ユーリも触ってみる?」
「いいの?」
「もちろん。」
やったあと言いながら、お姉様のお腹を恐る恐るといった様子で触るユーリ。ああ、可愛すぎる。癒しだ。
「わあ、動いた!」
「そうね。とっても元気なのよこの子。」
「早く会いたいね。」
私は心の中で、ユーリに激しく同意した。
「ユリアーネ、お客様。」
生まれてくるのが楽しみだなあとしみじみ感じ入っていたら、兄様が私を呼んだ。
誰かしらと思って、ハッとして時計を見る。……いや、まだ二時半だ。ランドルフ様と恒例のお茶会の約束をしているのは三時半。まだ一時間ある。大丈夫。……え、じゃあ、お客様って誰…? と、思っていると。
「こんにちは。」
兄様に続いて笑顔で部屋に入って来たのはランドルフ様。……あれ? うちの時計遅れているの?
「あら、ランドルフ君じゃない。」
「お久しぶりです、義姉上。遅くなりましたが、妊娠おめでとうございます。」
「ありがとう。」
「ちょ、ちょっとランドルフ様…!」
にこやかにお姉様と会話を始められたところ悪いけれど、私は割って入らせてもらった。うちの時計が正しいなら約束までまだ一時間あるので、お茶会の用意がなにもできていないのだ。今何時かということと、何故一時間前に来られたのか問いたださなければならない。
「約束って、三時半でしたよね? えっと、今……」
「うん、ごめんね。早く来すぎちゃった。」
どうやらうちの時計が間違っているわけではないようだった。一先ずその点については安心だ。
「ユリアーネに会えないのが辛くて、仕事が手につかなくてね。皆にさっさと行って来いって追い出されるようにして出てきたから。」
素敵な笑顔でなにをおっしゃっているのやら。
一ヶ月ほど前から、ランドルフ様は少しずつ公爵様(つまりランドルフ様のお父上)のお仕事も教わるようになったために、毎日お茶会をするのは難しくなったのだ。お茶会ができそうな日は前日に連絡が来るので、お茶とお菓子を用意して待つようにしている。たまに私が公爵家にお邪魔したりもしながら、不定期ではあるがお茶会は続いていた。
「会えないってそんな、たった三日ではないですか。」
「たったって! たったってことないでしょうユリアーネ! 三日って長いよ?!」
「ええ、まあ、毎日会っていたことを考えればそう感じるかもしれませんが……」
「僕は毎日ユリアーネが足りなくてこんなに苦しんでいるのに……」
私が足りないってどんな状態だ。何だか私が悪いみたいな空気が流れていたから、とりあえず謝っておいた。
「相変わらず仲が良いわねぇ。」
お姉様の声にハッとして、我にかえった。そうだった今ランドルフ様と二人きりじゃないのに私ったら…! 恐る恐るお姉様の方を見ると、とても素敵な笑顔だった。
「はい、ユリアーネはいつも可愛くて優しくてかっこよくて、自慢の婚約者です。」
「はい?! ちょ、ランドルフ様…!」
婚約者の姉相手になに言っているんですか!! 恥ずかしくないの!? 私めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?
「愛されているわねぇ、ユリアーネ。」
誰かから言われたようなことを言われ、何だかむず痒い気持ちに。……は、恥ずかしい。
「か、感謝しています……」
「あら、そこは私も愛していますって答えるところじゃないの。ねぇユーリ。」
「? はい!」
なにに同意を求められたのか分からないけれど素直に返事をする無邪気なユーリは可愛いけれど、恥ずかしさが増す一方である。本当に恥ずかしい。
「この子が生まれたら、ぜひ会いに来てね。抱っこさせてあげるわ。将来お父さんになった時の為に。」
「え、良いんですか?! ありがとうございます!」
この人、恥ずかしいっていう感情が欠如しているのだろうか? そんなことを思いながらランドルフ様を見ていると、目が合ってしまった。何て言い訳しようかと内心慌てていると、「そんなに僕のこと見てどうしたの? 可愛いね。」と訳の分からないことを言われ、羞恥心が頂点に達したので、お姉様たちに「失礼します!」と大声で言い残して、ランドルフ様を引っ張って部屋を後にした。
ユリアーネったら可愛いわねえと言われていたとか何とか。
* * *
お姉様が来てから三週間。お姉様の苦しそうな声がかすかに聞こえる中、私たちは隣の部屋で待機していた。
お義兄様は落ち着かないようで、さっきからずっと部屋の中を行ったり来たりしている。ルートヴィヒとルドルフは、そのお義兄様の後ろを付いて歩いているので、見ているこっちはちょっとほっこりしてしまう。……ごめんなさいお義兄様。
「二時間経った?」
「そうですね、二時間経ちましたね。」
隣に座るランドルフ様は、私の右手をぎゅっと握りしめていた。少し、震えている。
「……長いね。」
「そうですね。」
「ユリアーネの時は、僕ちゃんと待っていられるかな……ユリアーネの苦しそうな声なんて聞いたら、僕、おかしくなってしまいそう……」
お姉様の出産はまだもう少し先だと思っていたので、のんびりランドルフ様とお茶会をしていたら、産気づいたとの知らせがあったのでびっくりしてしまった。ランドルフ様は出産に立ち会ったことがないそうなので、今後のためにというお母様の計らいでそのまま一緒に待つことに。……けれど、余計なことをしてしまったかしら。すっかり怯えてしまっているわ。
「もちろん出産は命懸けですし、なにがあるかは分からないですけれど……母は強し、ですよ。ランドルフ様。」
「……え?」
「信じて待っていましょう。私の時も、そうしてくださったら頑張れますわ。」
「う〜〜ユリアーネ好き……」
「え……あ、ありがとうございます…?」
今のなにがヒットしたのか分からないが、好きだと言われたのでとりあえずお礼を。……顔、赤くなっていないわよね私。と思っていたら、元気な赤ちゃんの産声が聞こえてきた。部屋にいた皆が、視線を合わせる。
「う、まれ、た…!」
お義兄様はルートヴィヒとルドルフを両手で抱き上げると、行ってきます! と言い残して部屋を出た。
はじめは家族だけの時間を、という話だったので、私たちはしばらく待機だ。
「ユスティーネ姉上の赤ちゃん、生まれたんだね。嬉しいね。」
「そうね。もう少ししたら会いに行きましょうね。」
そんなユーリとお母様の会話を聞いていたら、赤ちゃんが生まれたんだと、少しずつ実感が湧いてくる。
そうして、少し待った後、私たちも部屋を移動した。
「おめでとう、オスヴァルト君。」
「ユスティーネ、お疲れ様。良く頑張ったわね。」
最初に赤ちゃんを抱っこしたのは、お母様とお父様。二人にとって三人目の孫は、可愛い女の子だった。
「ありがとうございます。」
「ありがとう、お父様、お母様。」
寝台で上体だけ起こして座っているお姉様の横に寄り添うように立っているお義兄様。二人とも、とても幸せそうだった。
兄様とユーリも赤ちゃんを堪能した後。
「ほら、ランドルフ君。約束したでしょう、抱いてみてごらんなさい。」
「あ……ありがとうございます。」
お姉様に言われて一歩前に出たランドルフ様。お母様の監修のもと、赤ちゃんを抱っこする。私も隣から、可愛い可愛い姪っ子を眺める。
「ち、小さい……」
「守ってあげなくちゃって、思うでしょう?」
「はい、思います。」
お姉様に言われたのに、ランドルフ様は何故か私の方を見て頷いていた。
これ以上抱いていたらなにかヘマをしそうで怖いとのことで、赤ちゃんは再びお姉様の腕の中へ。皆から見守られる中スヤスヤと眠る赤ちゃんは、とっても可愛くて、もれなく私も癒されていると、ランドルフ様に引き寄せられた。
「ユリアーネ。僕、きっと立派な父親になってみせるからね。君のことも、子供たちのことも、守ってみせるからね。」
赤ちゃんの方を見ながら、真剣な顔つきでおっしゃるランドルフ様。ちょっとキュンとしてしまった、けれど。
「……まだ夫婦になってもいないのに気が早いですよ。」
「えっでも前に、僕と結婚してくれるって言ったでしょう?」
「そ、それはそうですけれど! でも今はまだ婚約者ですから!!」
まだ結婚はしていないんだから!! 私間違ったこと言っていないよね!?
「そっか……そう言われればそうなるのか……」
見るからにランドルフ様がしゅんとしてしまわれたので、ちょっとだけ罪悪感が。……いや、そりゃあ、いつかは結婚するつもりですけれど、えっと、なんて言えばいいんだ。
「……あの、ランドルフ様? 私、結婚しないって言っているわけではなくてですね、えっと……」
「そうだよね! 僕も、ユリアーネと早く結婚したくて仕方ないよ。」
「えっ、いやそんなこと言ってな……」
立ち直り早いななに言っているんだと思っていたら、突然引き寄せられて、額をコツンと合わせられる。……キス、されるかと思った自分が恥ずかしい。
「ユリアーネのこと幸せにできるよう、早く一人前になるから待っていてね。そうしたら、ユリアーネに似た子供、たくさん作ろうね。」
……ぁぁああああああもう何なのランドルフ様ここ私の家なんですけど〜〜!! 何で平気な顔してそんなこと言えるの〜〜!!
家族からの生暖かい視線を感じながら、私はこくりと頷いた。