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婚約者改良大作戦  作者:
本編
2/5

後編

 公爵家と子爵家の婚約というのはそれなりに衝撃を与えたようだったけれど、誰かから文句を言われることはなかった。身の程知らずだということで嫌がらせ等々覚悟していたから、ちょっと肩透かしを食らった気分。相手があのランドルフ様だからだろうか? だとしたら残念だ。きちんと向き合って接してみたら、素直で良い子だし可愛いのに。


「ランドルフ様、今日はパウンドケーキを焼いてきましたの。」

「この緑はホウレンソウ? コマツナ?」

「さあ、どちらでしょう?」


「ランドルフ様、今日はマフィンを焼いてきましたわ。」

「えっと、ユリアーネ、これは、ニンジンかなー?」

「さあ、どうでしょうねぇ。」


「ランドルフ様、今日はチョコレートケーキですよ。」

「えっ、お野菜入っていないの!?」

「昨日もサラダを残していた悪いお方にはお教えできませんわ。」

「だ、誰から聞いたの!」

「ふふ。さあ、誰でしょう?」


 マルセルと考えたレシピを公爵家の料理長に提供して食卓に出していただいて、私はほぼ毎日野菜を使ったお菓子を持ってランドルフ様に会いに行く。ランドルフ様の食べたものは、公爵家で働く皆様の協力によって、全てノートにまとめられているので把握していた。それを参考に、またレシピを考える。

 こんな風に、私のランドルフ様の食生活改良作戦は着々と進行した。運動もしてくれるとありがたいのだけれど、それは次の目標ということで置いておいて、まずはとにかく野菜を食べられるようにするのが目下の目標だ。


 今日も今日とてアボカドを使ったチーズケーキを焼いて、公爵家に行くためにラッピングをしている時だった。


「ユリアーネ!!」


 居るはずのないランドルフ様の声がして、私は首を傾げた。


「……ランドルフ様?」

「っ、ユリアーネ…!」


 振り返ると、泣きじゃくったランドルフ様がいらっしゃった。うちの使用人達は、どうしたものかと困った顔をしていたので、とりあえず客間を整えるようお願いして、チーズケーキも運んでもらう。


「ランドルフ様、どうされたのですか? もう少ししたらお伺いする予定でしたのに。」

「みんっ、みんながっ、っく、…っ、言う、ひっく、ユリっアーネがっ」


 泣くか喋るかどっちかにしろ。突っ込みたいのを我慢してため息をつくと、私はランドルフ様を抱きしめた。いつのまにか、私より少しだけ背が高くなっていたみたいだ。毎日会っていると、気付かないものなのね。それから肉つきは……前もこんな感じだったかしら? ちょっと良く分からない。そんなことを考えているうちに、ランドルフ様も落ち着いてこられたようなので、そろそろお話しできそうだ。


「落ち着きましたか?」

「うん……ごめんねユリアーネ。」

「いいえ。客間に行きましょう。今日はチーズケーキを用意しましたの。食べながら、話を聞きますわ。」

「ありがとう。」


 客間に着いて、ケーキを口にしたランドルフ様はとってもご機嫌だった。……なにをそんなに泣いていたのか甚だ疑問だ。


「ランドルフ様、今日は確か、お城に行っておられたのですよね? なにかあったのですか?」


 今日は週に二度ある、高貴な家のご子息ご令嬢が集まって、王子様たちとお茶会をする日だったはず。子爵家は呼ばれていないので私は参加したことがないから詳しくは知らないけれど、美味しいお菓子を食べられてランドルフ様はいつも幸せそうだった。


「それが、今日はエリーも来ていて……」


 エリーとはおそらくエリザベス様のことだ。私たちより二つ年下で、九歳になられた第一王女様。ランドルフ様のお従姉妹で、割と何でもズバズバ言うタイプのお方なので、ちょっとだけ嫌な予感がした。


「エリザベス様と、なにかあったのですか?」

「エリーに言われたんだ。そんなにお菓子ばっかり食べてぶくぶく太ってたらユリアーネに嫌われるって。」

「あら。」

「そうしたら、みんなに笑われて……みんなも、ずっとそう思っていたって……」


 私の努力も虚しく、ランドルフ様の見た目は全然変わっていないということかしら。婚約してからもうすぐ一年経つのに。結構辛い。


「ねえユリアーネ、僕のこと嫌いになる? 結婚してくれなくなる?」

「まさか。嫌いな相手に毎日お菓子を作って持っていくわけがないでしょう。それよりもランドルフ様、まさかその場で泣き出したのではないですよね?」

「な、泣いた……」

「その方が問題大ありです!! もっと自信を持ってください、ランドルフ様! 舐められたらどうするんですか!」

「でも、だって、そんなこと言ったって無理だよぅ。」


 私はランドルフ様に、フォークを置くように指示した。ビクッと肩を震わせた後、ランドルフ様が背筋をのばしてくれたので、私は口を開いた。


「良いですか、ランドルフ様。貴方は将来公爵家を継ぐのですよ。私の前ならともかく、人前でビービー泣かない! 無理だなんて言わないでくださいね。今こうして、嫌いなお野菜も少しずつ克服してきているではありませんか! その弱気なところも、外では表に出さないよう改善していけるはずです。ランドルフ様が頑張るかどうかの問題ですわ。」


 ランドルフ様は、うう〜〜としばらく唸っていたけれど、ちらりと視線をこちらに向けてきた。何の意図かはよく分からなかったけれど、とりあえず安心してもらえるように微笑み返しておいた。


「ユリアーネ、応援してくれる?」

「ええ、もちろんです。応援もお手伝いも致します。」

「……じゃあ、頑張る。」

「はい、頑張りましょう。」


 その後もランドルフ様は私の前ではよく泣いていたけれど、公爵家の方々のお話によると、外では泣かなくなったそう。私の前で泣いているランドルフ様は相変わらずなのに、外ではしっかりしておられるというのはちょっと信じられないけれど。……まあ、外で泣かなくなったのは事実みたいだし、それだけでも良しとしておくべきかしら…?


* * *


 その後も地道に努力した結果、十五歳になる頃にはランドルフ様は無事に野菜を食べられるようになった。お菓子に入れなくても大丈夫になったし、サラダももりもり食べておられる。ついでに言うと、十三歳から一緒に始めたウォーキング(と言っても、外を歩くわけにはいかないので公爵家の広いお庭を歩かせていただいている)も、最近は何故か手を繋いでするようにはなったけれど、とにかくきちんと継続できている。

 これは、なかなか、うまくいってると言えるのではないだろうか。今度自分にご褒美を与えたいところだ。

 さて、こうして今までやってきたことを振り返ってみた上で目の前にいるランドルフ様を改めて見てみると、実に感慨深い。いや本当に。


「ユリアーネ? 僕の顔になにかついてる?」

「! いえ、何でもありませんわ。ぼーっとしておりました、すみません。」

「ユリアーネも、ぼーっとすることがあるんだ。可愛いね。」


 何故それが可愛いねに繋がるのかは疑問だが、ランドルフ様は普段から可愛いを連呼されるので、突っ込まないことにしている。そんな、にこにこしているランドルフ様は、今日をもって十七歳になられた。その誕生日パーティーが、ランドルフ様と私の社交界デビューの場である。公爵家ってすごい。

 ……話が逸れた。元に戻すと、そう、私のランドルフ様食生活改良作戦は、予想以上の結果をもたらしたのだ。


「何だか緊張するね。」

「ええ、そうですね。」


 隣で私の手を繋いでいるランドルフ様は、今はもう見上げなければお顔を見てお話ができないほど背が伸びた。八頭身はある。恐らく。そして、食生活の改善とウォーキングのお陰か、あのお肉たちはなくなり、スラリとした体型になった。極め付けはお顔立ちである。流石は公爵夫人の息子様。肉が落ちてみると、中性的でなんとも綺麗なお顔だったのだ。……いや、そりゃ、元々可愛らしいお顔立ちではあったので、面影が全く無いではないけれど、それでもやっぱり驚いてしまう。それぐらい顔面偏差値高い。

 とにかく食生活を何とか改善せねばという使命感に駆られていたから、まさかこんなに外見が劇的に変わるとは思っていなかったので、本当に、心の底から予想外の結果がもたらされた。まあ、別に悪いことではないし、何というか結果オーライということで。


「でも、ユリアーネがいてくれたら大丈夫な気がする。」

「それは良かったです。」

「だから、手を離したりしないでね。」

「ランドルフ様がそうなさりたいのなら、そのように致します。」

「ありがとう。」


 お時間ですと声をかけられ、私はランドルフ様と連れ立って、広間に入ることになった。

 そこでランドルフ様を見た皆様の反応は、一旦固まって、目をこすって、もう一度見て、また固まって……あとは、ご想像にお任せします。とりあえず、沢山のご令嬢に囲まれたことだけお伝えしておきます。


* * *


 周囲に衝撃を与えたランドルフ様の社交界デビューの日から、私はずっと考えていることがある。ランドルフ様との婚約破棄だ。

 小さい頃はおデブだったために敬遠されてきたランドルフ様だけれど、今は見違える美男子に成長したとあれば、家格も財力も申し分のない彼を、誰も放っておくわけがない。ランドルフ様だけ夜会に呼ばれることも増えた。きっと、娘を売り込みたい方々からすれば、婚約者の私を呼んでは邪魔なのだろう。美味しいご飯が食べられないことは残念だけれど、ご令嬢方から睨まれるのは本当に疲れるので呼ばれなくてありがたい。ランドルフ様は「またユリアーネ呼ばれていないの?! えー、じゃあ僕行きたくなーい」と我が儘をおっしゃるけれど、何とかなだめて毎回送り出している。


 そうこうしているうちに、あの社交界デビューから一年が経とうとしているけれど、公爵家から婚約破棄の話はこない。でも、子爵の私との婚約なんて、解消した方が良いのではないかと思えてならない。公爵家にとっても、ランドルフ様にとっても得になるようなことはないのだから。だがしかし、私とランドルフ様の婚約の経緯からすれば、公爵家から断るのは気がひけるということも考えられる。

 つまり、こちらから断るのが一番円満なのではないだろうか。……ということで。


「ランドルフ様。私との婚約を、無かったことにしていただきたいのです。」


 思い立ったが吉日。習慣のようにお菓子を一緒に食べに来たランドルフ様と席に着くと、私は開口一番に婚約破棄を申し出た。


「…………え?」


 ロールケーキを食べようとしていたランドルフ様は、目を見開いて固まっておられた。カシャンと音を立てて、フォークがお皿の上に落ちた。床に落とさなかったことは褒めよう。


「ランドルフ様は、この八年でとても素敵な殿方になられましたわ。だから、私よりもランドルフ様に相応しい女性が、たくさんいると思いますの。それに、ランドルフ様でしたらどんな女性だろうと、選び放題です。ですから、ランドルフ様は本当に好きな人と結婚してくださいませ。私、貴方の足枷になりたくないのです。」


 私はにっこり笑った。多分、笑えているはず。ランドルフ様は選り取りみどりだけれど、私の場合そうではない。その点一抹の不安は覚えるが、ランドルフ様のためにも自分のことは後回しだ。


「……えっと、念のために確認しておきたいんだけれど、他に好きな人ができたとか、そういうわけではないんだね?」

「? はい、違いますわ。」

「ユリアーネは僕のことが嫌い?」

「いいえ。別に、嫌いではありません。」


 まあ、かれこれ八年の付き合いだ。親しくはなったと思うし、嫌いになる要素は特にない。どちらかと言えば好感を抱いていると言える。けれど、それとこれとが今何の関係があるのだろうか。


「じゃあ、婚約は破棄しなくていいみたい。」


 聞こえてきた言葉が、私はいまいち理解できなかった。婚約破棄しましょうって言いましたよね私?


「……えっと、それは、どういう…?」

「だって、僕が本当に好きな人と結婚するのが、ユリアーネの望みなんでしょう? 他に好きな人ができたわけでもないみたいだし、僕が好きなのは君だから、婚約破棄なんてする必要がないよ。違う?」

「え……え、ええ?!」


 ちょっと待って、なにが起こっているんだ。なにがどうなったんだ。


「ユリアーネ、僕が今こうしてハウライト公爵家の次期当主として認められているのは、君のおかげだ。それに、君は僕が太っていた頃も、こうして痩せてからも、変わらずに接してくれた。それが、どれほど嬉しかったか。君を好きにならずになんていられなかった。それなのにまさか、僕の気持ちが届いていなかったなんて。」

「え、ちょっ、え、え?」

「ユリアーネ。」


 まっすぐ見つめられて、私は硬直してしまった。


「僕は君が好きだよ。これまでも、これからも、ずっとずっと大好きだよ。愛しているんだ。……どうか僕と、結婚してください。」


 あ、とかう、とか、言葉にならない言葉を発していたら、ずいと顔を近づけられた。


「返事は?」


 ち、近い近い近い近い! 待って! 近い!


「ねぇ、ユリアーネ。」


 なにその甘い声〜〜! 初めて聞いたんですけど〜〜!? 恥ずかしい! 無理無理恥ずかしい!! 自分の顔面偏差値分かっててやっているのかこの人は! 外見がどんなだろうとあの可愛かったランドルフ様と同一人物だって分かってはいるけれど、緊張するものは緊張する!!


「分かりました結婚しますだからちょっと一旦離れ……、!」


 口を、口で塞がれた。と思ったら、何だか生暖かいものが入ってきて……おや? ちょっと待って、いやいやいやいや気が早すぎないかどんだけ盛ってんだちょっと待って私限界…!

 どすどすお腹のあたりに攻撃を加え続けたら、ようやく離れてくれた。


「っ、はぁ、もう、ランドルフ様…!」

「ユリアーネ、可愛い。それに君って、とっても甘いんだね。」


 とっても素敵な笑顔でのたまうランドルフ様。なにも言い返す気力が湧いてこないけれど、一つだけ言わせてほしい。


 その台詞の方が甘いわ。

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