エルフの王子は部活の大会に出たい
この世界には、いわゆるファンタジーの世界の住人達が存在する。
世界が滅びるとか消えるとか、そんな感じのなんやかんやがあって何年か前に異世界から移住して来た彼らは、驚くほどに地球に馴染んでいた。
そんなファンタジー世界の住人達の中にエルフという種族が存在する。
エルフというのはその名の通り、ファンタジー小説にあるような耳の尖った長命の種族だ。
しかも男女どちらも超絶美形である。実にうらやましい。
その場にいるだけで絵になる彼ら、彼女らと商店街ですれ違う時のときめきが分かるだろうか。
手に提げたエコバッグの中に入ったネギになりたい気持ちが分かるだろうか。
いや待て、少し考えたけれど、わたしはネギは苦手だった。
ならその横のリンゴで良い。あわよくばエコバッグになりたい。そんな感じだ。
自分でも何を言っているのか良く分からなくなってきたが、何となくそんなものとして考えて頂けると幸いである。
それでそんなエルフだが、実はうちの高校に一人、エルフの王子様である山本先輩が在籍しているのだ。
サラサラした薄い金色のショートヘアに切れ長の緑色の目、ピンと尖った耳にすらっとした体躯。
顔が整っているのは言うまでもないが、とにかく強烈な美形だ。
日に当たっても何故か日焼けしない白い肌は、生物学上一応女である身としては少々羨ましい。
そんな山本先輩は野球部に入部していた。
ちなみにわたしはそこのマネージャーだ。
二つ年上の幼馴染に「王子パワーが強すぎてまともなマネージャーが入って来ないので助けて下さい」と言われ入部した。
当時は幼馴染が言っている意味が分からず入部していたが、後々王子パワーが何なのかを知って大変な事になったと内心わたしは青ざめていた。
何と言ってもエルフの王子は、学校でも王子である。
そんな王子のいる野球部のマネージャーになろうものなら、さぞ壮絶で悲惨な出来事が待ち構えているだろうと思ったのだ。
だが、わたしの予想とは裏腹に、悲惨な出来事などまったくなく、むしろ王子の様子を教えてくれと頼まれた。
それで平穏な学校生活が送れるなら、こんな嬉しい事はない。わたしは喜んで承った。
ただ隠し撮りだけは肖像権の問題があるのでお断りしたが。
それにしても王子もとい山本先輩の人気は凄まじいものだ。
わたしも美形は好きだが、あくまで見るだけだ。
バレンタインデーも文化祭も、そういう恋愛シュミレーションゲームにあるようなイベントを一緒に過ごしたいとは思わない。
ああいうのは遠くから眺めて「かわいいなぁ」とほっこりするのがいいのだ。
さて、そんなエルフで王子な山本先輩だが、部活のマネージャーをやっていると、彼にも悩みがあるという事に気が付いた。
それは校庭の隅っこで地面にのの字を――エルフものの字を書くのかと衝撃だった――書いていた先輩に声を掛けたのがきっかけだった。
今日も同じように、山本先輩は校庭の隅っこで体育座りをしてしょんぼりしている。
普段のキラキラした姿とは逆にどんよりした空気を纏っている山本先輩を見るとギャップとはこういうものを言うのかと納得する。
「先輩、どうしましたか」
「公式試合の出場、また駄目だった」
山本先輩は両手で顔を覆い、低く暗い声でぽつりとそう言った。
泣いているのだろうか、若干声が震えている気がする。
そう、山本先輩の悩みはこれだった。
公式大会に出られないのだ。
実力とかそういう問題ではなく、単純に年齢の問題である。
年齢が大きすぎて公式大会の出場資格を得られないのだ。
「先輩、今年で何歳でしたっけ」
「まだたったの172歳。人間換算で17歳」
さめざめと泣く先輩がさりげなく人間換算の年齢を入れてくる辺り、今までに色々と苦労しているのだろう。
この辺りは野球連盟の間でも議題になっているのだが、ファンタジー世界の住人達がこの世界にやって来るにあたって、こうした細かな部分のルールが問題になっている。
野球で言うならば、例えばバードマンの外野手がホームラン確実なボールを空を飛んでキャッチしたりとか。
例えばケンタウロスが実に素晴らしい走りで盗塁をしてみせるとか。
そんな感じの事を、公式ルールで認めるかどうか、という事である。
ホームランの件は流石にアウトっぽいが、盗塁の件は恐らくセーフだ。
暗黙の了解は厄介事を引き起こすので、そういう一つ一つをルールとして明確に表示する為に時間が掛かっている。
種族分必要になるのだ、それはそうだろう。
それで山本先輩の悩みになるのだが、年齢の問題はバードマン等の問題よりも試合進行上での重要度が低いので後回しにされている。
「僕も甲子園に行きたい……」
山本先輩はこの世界にやって来て、テレビで甲子園を見て感動したのだそうだ。
それで高校に入学し、野球部に入部した。
ちなみにうちの野球部は大して強くはないので、おそらく予選敗退だろう。
だが夢は大きい方が良い。
昔の人もそう言っていた。
「こうなったら年齢詐称して、もう一度入学しよう!」
「アウトです先輩」
言っている事もなかなかアウトだが、王子として目立ちすぎているから無理だろう。
良い事を思いついたとばかりに顔を上げた山本先輩にそう言うと、一瞬輝いた笑顔はしゅるしゅると萎れて行った。
何だか微妙に罪悪感を感じる。
「マネージャー、僕はどうしたら良いと思う?」
「マネージャーになるのは如何ですか。多分ベンチは入れますよ」
「えっやだ、マネージャーはマネージャーがいいです」
「えっあー、それは、どうも」
美形に真顔でそう言われると結構照れくさい。
見ているだけが良いわたしにとってはなかなか刺激が強い。
しどろもどろで返すと山本先輩に「辞めないでね」と念を押された。
「なら、あれですね。うち顧問はいてもコーチとか監督はいないから、そんな感じの目指したら如何ですか」
「監督……コーチ……!」
わたしがそう提案すると、山本先輩の目がみるみる輝きを放ちだした。
どうやら先輩の心の琴線に触れたようだ。
輝きに思わず目が眩む。
何と言う神々しい煌めきだろうか。
拝みたい。
「マネージャー!」
山本先輩はキラキラした笑顔でわたしの手を握るとぶんぶん上下に振った
野球をやっている先輩の手にはマメが出来ていた。
ぱっと見た外見では分かり辛いが――何と言たって何故か日焼けしないので――先輩が頑張っているのは知っているので、元気になったのなら良かったと思う。
「ありがとう、それを目指すよ! ありがとう! ありがとう!」
目じりに涙まで浮かんでいるように見える。
喜ぶ様子に良かったなぁとほっこりしていると先輩から、
「甲子園に行ったらマネージャーに聞いて欲しい事があるんだ」
という言葉を言われたのだが一体何だろう。
握られた手を見下ろして、何とも言えないむずかゆさを胸の内に感じながら、わたしはぼんやり思った。
そして後日、監督兼コーチに就任した山本先輩による熱血指導が始まった。
「頑張れ! お前なら出来る! 夕日に向かって走るんだ!」
恐らくテレビか何かを見たのだろう。
色々と混ざっている気がする先輩の声を聞きながら、わたしは洗い立てのユニフォームを干していた。
さすがに今年は無理かもしれないが、来年は、もしもかしたらもしかするかもしれない。




