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「カイ君……」


 表情を僅かに陰らせたユカを見たくなくて、僕はゆっくりと歩き出した。

 やがて小さな足音が後ろから追い掛けてくる。それが隣に並んだのを見届けてから、僕はぽつぽつと語り始めた。


「あれから……高校卒業して大学に入ってからさ。

 それなりに色んなことがあった。

 ……一人暮らしして、バイト始めて、サークルにも入ってさ」


「うん」


「サークルって言っても体育会系の練習が結構厳しいとこで。上下関係なんかもうるさくてさ。それでもって大所帯だったもんだから練習や試合以上に雑務の方が大変なくらいで。

 でも、そんな大変なとこだったから大事な友達も増えた。好きな人もできた。

 本来なら勉強に使うべき時間とか気力をそっちへ割いちゃったってのは事実だけど……」


「うん」


「けどそのこと自体は後悔の理由にしたくなかったから。奴等と知り合ったことを、言い訳として数えたくはなかったから。

 三年の頃から勉強の方もまた力入れてさ、高校のあの頃みたいに胸張っていられる自分でいたいって思って、自分らしくありたいって思って。それで四年の夏に大学院の試験を受けて合格したんだ」


「うん」


「……けど就活は思った通りにいかなくて」


「……航空機とかの設計をしたいって……確か」


 ユカが古い話を忘れないでいてくれたのが嬉しかった。

 ただ、頷いた僕は微笑むことが出来なかった。


「でもダメだった。

 まあそれでも、こういうもんかもなって思い直して、自分を拾ってくれた会社に勤めてきたんだ」


 ユカは変わらずに優しい相槌を打ってくれる。

 僕は話が少しづつ今の自分へ近付いていくことを意識して、口元を強張らせつつもどうにか言葉を繋げていった。


「ただ……職場の直属の上司が定年間近にも拘らず結構きつい人でさ。間の世代の人が殆どいない部署だったんだ。嫌気が差して新卒がみんな一、二年で辞めてっちゃうか、他の部署へ移っていっちゃう。そんなとこで。

 その上司はその人なりに必死でやってるんだろうけど、忙しい時とかトラブルを抱えた時に感情のコントロールが利かないとこあって。そういう時のとばっちりがほんときつくて。

 俺の一コ上の人がいたんだけど、その先輩も結局鬱になっちゃって、ここ最近は四か月近く休職してる有り様でさ」


「……大変だったね」


「だけど、そんなのはまだ人並みなのかもって思おうとしてたんだ。

 金貰ってんだから我慢するのが仕事、みたいな」


「……」


「でも、その一コ上の人がいなくなってから解析の仕事をやらされるようになって」


「解析?」


「……うん。

 製品である工作機械に力とか衝撃が繰り返しかかった時に、どういう影響が出て、どういうところから壊れていくかってのを調べる仕事なんだ。パソコン使って。

 それで十年とか二十年前に客先に納めた製品の設計に問題があったのかなかったのかを判断する材料として、その解析結果を提出したりするんだ」


「……ふうん。難しそうな仕事ね」


「計算はパソコンがやってくれるから、作業自体はそれ程面倒じゃないんだ。

 それで、納めた製品に何か問題があった時に、その原因がこっちの設計にあったのか、客先の使い方にあったのかっていう話をする時にその解析結果が資料として使われるんだけど……」


 僕は一旦言葉を切った。ここ最近のオフィスでの上司達とのやり取りが脳裏を過ぎる。頭を軽く振ってそれを追い払い、言葉を続けた。


「その解析の仕事が問題でさ」


「問題?」


「計算に一日とかかかっちゃうんだけど。

 パラメータ、つまり初期条件をいじると結果が結構ぶれる」


「そうすると、じゃあ……」


「初期条件の設定次第でこっちに都合の良い結果が出たり、客先に都合の良い結果が出たりするんだ。もっと性能の良いソフトは解析の部署の方にあるんだけど、そっちに回してたんじゃ客との商談の日に間に合わない。自社製品の開発にならそれなりに時間かけられるけど、機械を日々動かしてる客はそんな悠長に待ってくれないから」


 僕がここ数ヶ月、どんな仕事に関わってきたのか。それがおぼろげながらもユカに伝わったのだと思う。彼女はつらそうに顔をしかめた。

 それを見た僕も苦笑いしか出来なかった。


「少なくとも、学校で勉強してた頃は正しい理論は誰が言っても正しかった。

 けど会社ってところは違ったよ。儲けの為に、会社が生き残る為にはグレーでも白になっちゃうんだ」


「……」


「俺だって最初の頃は、もっと色んな条件で試すなり解析の部署に回すなりして納得のいく結果が出るまでやらしてくれって上司に掛け合ったんだけど、部長まで出てきて反対されちゃって、もうこんな下っ端にはどうにも出来なくてさ。

 もっとも、それでも引き下がっちゃいけなかったのかもしれないけど。最初から魅力も感じてない仕事に、この二年半で溜まった鬱憤とか不満も色々重なって、どうにももう……」


 鼻の奥がツンとしてくる。

 軽くすすり、おどけるような少し明るい声で続けた。


「なんか、そんな感じでさ。何の為に今迄必死こいて理論を勉強してきたのか、グレーと白とは違うんだってことを納得いくまで突き詰めてきたのかと思ったら、もう俺のやってる事は誰がやったって変わらない仕事なんだろうなあって思えてきてさ」


 笑っていたのは自分の今だ。


「こんなとこで足踏みしてる間に大学の仲間達はどんどん先に行っちまうし。

 誰か見ててくれる人がいるわけでもない今の俺は、もうそれまでやってきたこととか生きてく姿勢とか考え方みたいなもんを全部否定されてる気がしてさ……」


 おまけに自分という人間の底まで突き付けられて。

 そうして結局は鼻声になっていく。


「それでも、こうしてユカに会って、受験勉強してた頃のこととか、さっき中学で自分の当時のこととか思い出してたら余計に、あの頃の自分に……謝らないとって……」


「……カイ君」


「ごめん、暗い話しちゃって」


「……ううん」


 多分僕は。

 もがいてきたのだということを聞いてほしかったのだと思う。ユカや高校の仲間達といたあの頃、まだ未来がどこか漠然としたものであったあの頃、確かに前を見据えてそこに向かっていて、その後もしばらくは確かにその志を持っていたのだということを、知っておいてほしかったのだと思う。


 けれども。

 やっぱり止めておくべきだったのかもしれない。


 それきり、隣を行くユカは言葉を失ったかのように俯いてしまった。

 かと言って僕も話を切り替えたり間を繋いだりという気が起きず、二人はこの短い夢の終着点となる駅に向かってとぼとぼと歩き続けた。


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