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一本の車道を渡ると、もう目の前には土手上へと続く幅広の石階段があった。左右の斜面に植わっている松の木ではアブラゼミが喧しく鳴いている。一方で根元の緑からは草いきれの匂いも。
僕は石階段を上がり切り、土手上のアスファルト道に立った。
緑の斜面を下った先で、ザアザアと水音を迸らせながらY川が流れていた。所々で白い飛沫を上げるそれはさっき車窓から見た時よりも大分勢いがある。そして広い。中州を挟んだ向こうの川縁には膝まで水に浸かって釣り竿を伸ばしている人が指先程に小さく見えていた。
真っ青な空には特大の入道雲が立ち上がっている。
しばらくの間、僕はその眺めをただ両の目に映していた。
いつまでたっても川は流れ続け、川音は途絶えることがない。それらに身を委ねていると、自分に纏わり付いている余分なものが洗いざらい流されていくように思えて。更にはこの自然豊かな風景に取り囲まれて、日常という枠の外に出られたような気がして。要は――
ひどく疲れていたのだと、分かった。
熱で上気した顔で川を見続けていると、ここ最近抱いていた様々な思いが胸を去来する。
不可抗力というやつだ。
あの職場で僕一人がいくら意地を張ったところで、プライドを貫こうとしたところで、そんなもので会社は動かない。社会からよっぽどに強く非難されない限りは、そうやってせせこましくも局地局地で事がどうにか運んでいく仕組みになっているのだ。
誰が悪いわけでもない。
たまの休日に愚痴を零し合ったりしていたサークルの仲間達の存在はいつからか重荷になっている。僕は彼等にしか零せない。彼等はそうでない。それどころか僕に話を合わせようと気を遣う。それがつらい。かと言って新居に置く家具の話なんかが終わるのをニコニコと待っているのはもううんざりなんだ。
ただ、自分という人間がここまで卑小だったのは想定外だった。
学生時代からの目標だった職種に就いている奴の愚痴を聞いても、心から同調してあげられなくなっている。
『おお、すげーじゃん。良かったなあ』があの頃のように気軽に言ってあげられなくなった。『おめでとう』の五文字は、錆びたクズ鉄のようにガジゴジと口の中でつっかえながら出てくる。
憐れでならない。こんな時がやってくるとも知らずひたむきに毎日を突き進んでいた、突き進もうとしていたあの頃の自分が。
今はただもう、すまなかったと言う他ない。
こんなところへしか導いてあげられなくて、ごめんと。