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駅の改札を入った先で、僕はもう一分近く立ち尽くしている。
これから上り方面の電車に乗る筈だった。一時間近くかけて都心へ出て、大学の頃の仲間と会って少し遊んだ後に飲む。まあ日曜の午後の使い方としてはごく普通の、ありきたりな約束が入っていた。ただ少しだけ特別だったのは、この定期的な飲み会が大学を卒業してからもう四年以上も続いているという点で……。けれど傍目に微笑ましく映りそうなその関係は、最近の僕にとって少し勝手が違ってきていた。
どうにも足が前に出ない。僕は抗い切れないと悟り、ジーパンのポケットから携帯を取り出しメールを打った。
ドタキャンの詫び文を送信してから額の汗を拭う。辺りの熱気は依然として薄れる気配がない。夕方と呼ぶにはまだ少し早い時間帯である。
どうしよう、帰ろうか。それともこのまま電車に乗って服か本でも買いに行こうか。思案する僕の頭に月曜から金曜に渡って連日見飽きている景色が浮かび、ただもうそれだけで口の中が乾いてきた。折角見ないで済むこととなったものを今度は自分から進んで、というのはやはり馬鹿らしい。
仕方なく踵を返しかける。
すると視界の先に下り方面のホームへと続く階段が見えた。
視線を逸らせぬまま一拍の間が過ぎた後、胸の内にふわふわとした誘惑が沸き上がってくる。
ああ、それも良いかもしれない。ぼんやりと選択し、僕はその階段に向かって歩き出した。
最近、よく思う。
下り方面に入ってくるあのガラガラに空いた車両に乗り込み、気の向くまま足の向くまま行きたい所へ行けたらどんなに良いかと。それは早朝の寝ぼけ気味の脳裏に一瞬だけ描く願望で、あとはもう常と変わらぬ鬱屈とした面持ちで上り方面の電車へ乗っていくわけだが。
……そこまで思い出したところで、思考を強引に終わらせた。折角の日曜だ。いい加減にしておこう。
僕は人のまばらなホームへと降りた。弱冷房の効いた待合室を通り過ぎ、奥の木製ベンチまで行く。
――ドサッ、と腰を下ろすと無意識に大きなため息が出た。
下り線の列車が入ってきたのはそれから幾らも待たないうちだ。僕はのたりと立ち上がって目の前の車両へ乗り込んだ。
それまでのもたれかかってくるような熱さから一転、刺してくるような冷たさが全身を覆う。Tシャツ一枚の下にじわりと掻いていた汗がすーっと冷えていくのを感じた。
しかし扇風機まで回っているのは有難迷惑だ。その風の届かない場所を見つくろい、車両内の隅の席へと座った。近くには正面のシートに腰掛けるおばあちゃんが一人だけ。心のどこかでそれに安堵しつつ、体を捻って窓の外へ目をやる。その頃には電車が動き出していた。
改めて桟に左肘を載せて頬杖を突く。そして横目がち。あとはもう外で勝手に流れていく景色をぼんやりと見やるだけである。
見慣れている街並みは直に過ぎ、住宅も次第とまばらに。やがて灰色のコンクリート工場も後ろに置き去る頃に緑が増え始める。それから長い長いトンネルをくぐり、その先にまたトンネルを。そうして再び緑が少なくなっていって住宅がちらほらと立ち始める。
都合10分程の長い道のりを経てX駅に到着した。
僕は降りない。ドアが閉まる。列車が動き出す。