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時の枝の先に

新撰組のイメージを壊したくない方は閲覧お勧めできません。

よろしくお願いします。

「はぁ?時枝家当主の葬式参列だぁ?」


「うるさい子だねぇ。そんなでっかい声出さなくてもいいじゃないか」


「かぁさんがわけわかんないこと言うからだろ?その日用事あるんだわ。パスパス」



「許さないよ、稜。これでも時枝家分家の跡取りなんだから。時期当主にも一応挨拶くらいしとかんとね」



「しらねって、家なんてさ。継ぐものなんてなんもないだろ」



「まちなさい、稜、稜!」




時枝稜、14歳。

サッカーにはまっている中学生だ。

平凡なサラリーマン家庭の平凡な4人家族。

なにもかもが日本人の平凡代表とも呼べるほどの平凡さだ。


―ただ



時枝家だということを除いては。




「だいったいさぁ、時を渡るなんて馬鹿馬鹿しい能力、あるわけないじゃん。母さんも本家の奴らに騙されてるんだ」


「でもいいなぁ、お兄ちゃん」



ゲームのコントローラーを握り、妹の綾子はつまらなそうに欠伸をする。


「いいことなんてないよ。だって知らない人の葬式だぜ?つまんねー」



稜は器用に片手でコントローラーを操りながら、片手でポテチを摘んだ。

うん、やはり関西だし醤油にして正解だった。


「そりゃつまんないかもしれないけど。でも時枝家のお屋敷ていったら有名じゃん。取材とか、来るんじゃないの?」


「おっ、テレビとかかな?」



「いいなぁ。綾も行きたい」



「ふっ、留守番だな。俺がテレビに映ったら、ちゃんと録画しといてね」



「さっきまで行かないって言ってたくせに」



口を尖らせる妹に、ゲームで勝ち軽くいい気分になった。


葬式も、悪くないかもしれない。




「かあさん〜」


台所でトントンとネギを切る母をそろりと覗いた。


今夜の味噌汁は大根らしい。



「なに?」



「俺、やっぱ葬式いくわ」



「どうしたの、突然」



「いんだよ。行くんだから」




母は、訳の分からないといった顔をしながら、ため息をつく。

「はいはい」



こうして、時枝稜は、幕末への道を歩み始めたのである











こんなの、聞いてない



絶対に詐欺だ。


詐欺に違いない。


そうでなければ悪夢だ。




「稜〜?お葬式だからって、あんたまで暗くならなくてもいいのよ?」


「なんだよ、これ!なんもねぇじゃんか。年寄りばっかで挨拶挨拶、挙げ句の果てになんなんだこの格好は!」



「なにって…しかたないでしょ、一応歴史ある名家なんだから。正装しなきゃ」


真っ黒な着物は、窮屈なばかりだ。

だいたい、普通は制服だろう、学生は。


文句は山ほどあるが、とりあえずは人前であるために黙るほかなさそうだ。



「母さん、遺産の説明うけてくるから、あんたはさっきの広間で座ってお茶でももらってなさい」

長ったらしい退屈な話、線香臭い部屋に、まったく旨くない食事。しかもお次は放置ときたもんだ。


綾子が言っていたような楽しそうなことなどまったくおこらず、本当に詐欺だとしか言いようがない。




「最悪」



悪態をつき、母に指示されたように広間に戻ろうと歩き出した時だった。



ふと、母屋の方に目をやると、一人の女が倉に向かっていくのが見えた。


倉は、高床式になっていていかにも高いものが眠っているという風貌である。


稜は反射的に、彼女を追いかけていた。




特に意味はなかった。


今考えると、運命のはじまりは、こんな無意識からはじまるのかもしれない。










意外だった。


彼女は…稜の追いかけた女は、倉に用事があるわけではなかったらしい。


彼女は倉の横にある、井戸に向かって歩き出したのである。

井戸は今は使われていないらしく、木の板がかぶせてあった。


彼女はそれをあっさりとりばずし、井戸の縁に腰掛ける。

稜が見ても上等だと分かる着物でそんなことをするものだから、汚れてしまうではないかとヒヤヒヤする。



木の陰から隠れて見ているのだが、まったくバレる気配はない。


「まわる まわる くるくるまわる

時の流れに身を任せ 流れるものに逆らわず

まわる まわる 幾重にも

永久に変わる人波に 従うことを誓い入れば


理学んだこの私 時枝別れた血筋の身

まわる流れに 乗せてくれ

我の願いを聞き入れて

あはれむ流れに乗せてくれ」



童謡のようだった。

彼女は、いきなり歌いはじめたのである。



そして――


彼女の身は座ったまま、倒れるようにして井戸に吸い込まれていった。


本当に自然に…


意味など、ないように。



稜はとっさに駆けつけると、底の見えぬ暗い井戸に身を乗り出した。


すると――



稜の体もまた、引っ張られるようにして、井戸へと落ちていった。




それは、終わりのない落下だった。



















当日は、雨が降っていた。



雨の音は足音と雑音を消し

外出する人々を減らすため、これは好都合に思える。



そう、暗殺には絶好の日であった。




「山南さん」



後ろから、聞き慣れた声がした。

振り向くといつものように調子外れではなく、冷たい輝きをもつ沖田総司の顔があった。



「こちらは終わりました。…仕留めました」



「そうか」



彼が私の名前を呼んだということは、確実に全滅させたということだった。

返り血をまったく浴びていない漆黒の服は、雨に濡れて、黒さを増している。



「こちらも、終わった。そろそろ撤収しよう。おそらく、あちらも終わっているだろう」



「はい。もう終わっているみたいでした」



彼に差し出された布で顔についた血を拭き取る。


おそらく、あまり意味はないだろうが、雨が全てを流してくれることを期待していた。

今の私は血に汚れている。







「おう、来たか」



集合と決めていた場所には、既に2つの陰があった。


とりあえず、二人とも怪我がないようでほっとした。


「やったか」



「やりました」



陰のひとり、土方は満足そうに頷くと、撤収を言い渡した。




「土方君」



「どうした?怪我でもしたか」



「いや、無事だよ。ただ…」



どうしたらいいか、わからなかった。




「独りに、してもらえないだろうか。先に、帰っていてほしい」




「山南、それは…」


危険すぎると言いたそうに、近藤さんが眉をひそめた。


「大丈夫だろう」



「しかし、歳」



意外にも、土方が許可をだしそうである。


「子供じゃねぇんだ。自分で踏ん切りつけて帰ってくるだろ」




彼らは、早々と去っていく。

近藤さんだけは、まだ何かいいたげにけこちらを見つめていた。



雨は激しさを増していた。


しかし、私の身についた血は、一向に落ちる気配はない。

もう、何ヶ月も、この血は落ちることはなかった。


人を切るたびに汚れ、溜まり、染まってしまった。


刀も、体も、心も






決して洗い流せるわけでもないのに、山南は鴨川のほとりで、ただ雨を浴びていた。


水のように、自然に自由に流れてゆく。


むかしは、そうだったのだろう。

いつのまに、流れに逆らい


いつの間に、流れから抗って、流れを変えようとし始めたのだろうか。


いつの間に――



私の理想と、現実は、ここまで


ぐちゃぐちゃになってしまったのだろうか









「うわぁぁぁぁぁぁあぁッッ」


雨音と川の音に交じって、かすかに聞こえた悲鳴が、山南の耳に飛び込んだ。


とっさに愛刀に手を伸ばし、声のした方角を見るが、雨足が強すぎて、よく見ることはできない。

さらに、彼は今、愛用の眼鏡をはずしていた。

視界がわるいことはこの上ない。




少しずつ、声のした方に向ってみると、一人の人の気配があった。




ただし、その影は河原に横たわり、息があるかどうかも定かではない。


近寄ってよく確かめてみれば、その影はまだ幼く、小さな子供のものである。


「君、君、大丈夫かい?」



背中を切られていた。後ろ傷でドキリとするが、彼は新撰組の隊士ではないために関係ないと気が付き、息があることにほっとした。



息はあったが、命の危機にあることは間違いない。


そのぐらい、傷は深かった。



即座に町医者に連れて行こうと少年を抱えた山南だったが、すぐに思いとどまった。





そう、山南は、極秘の…


芹沢鴨暗殺の、帰りだったのである。

黒い覆面に黒い服。



このような井出達で、町医者が不審を抱かないわけがない。


それに、この暗殺が明るみにでるような行動は許されないだろう。


だからといって、この少年を見捨てるわけにはいかなかった。

この少年をここに置き去りにしたら、間違いなく死ぬ。


自分は鬼であるが、まだ人の心も持っていたかった。

ここで、この少年を見捨ててしまうと、汚れきったこの心が、本当に救いようのないものになってしまうだろう。



少し迷った末


少年を背負った山南は、歩き出した。



その方角にあるものは、鬼の巣である新撰組の屯所だった。




ありがとうございました。


次回もよろしくお願いします。

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