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夢の塔  作者: 若桜謙五
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氷の塔

『夢の塔』 氷の迷路1

 ……だから来たくなかったのだ。こんなところに……。


 恭一はコートのポケットに両手を突っ込み、寒さに肩を丸ませながら短いため息をついた。ため息と一緒に体の中の暖かさが奪われていく。体が小刻みに震えるのは、寒さに凍えた彼が足踏みをしているからだ。

結愛が兄である恭一に、アイスパビリオンに連れて行って、とせがんだのは今日の昼である。


珍しく父も母も朝から出かけており、今日は恭一と結愛で留守を任されることになった。恭一にとって何かと世話好きでうるさい母の聡美がいないのは、のんびりゲームをして過ごせる数少ないチャンスであった。


「俺はヒマじゃないんだ。明日お母さんと行けばいいだろ」と寝転びながらコントロールキーを操作する恭一の後ろから結愛の声がかぶさってくる。


「ユメはお兄ちゃんと行きたんだもん。ね、お兄ちゃんとでないとダメなの」

寝ている恭一の肩のあたりを揺さぶりながら、ユメは声を大きくした。


「俺は寒いところは苦手なの。お前なんかの面倒見るより勉強しなきゃなんないんだよ。それがお前の母さんの口癖だろ」


 少し声を荒らげて恭一はユメに応じた。ユメの恭一を揺する手がはっと止まった。そして、手はゆっくりと恭一の体を離れていく。


「……やっぱり……お兄ちゃん、ユメのこと嫌いなんだ……」

「そんなこと」ないよと言いかけて振り向いた恭一のコントローラーが止まった。うっすらと結愛の目が潤んでいるのが見えたからだ。


「いや、結愛、べつに嫌いってわけじゃ……」

 しまったと思ったが、ついつい言葉が先にでてしまう。嫌がる恭一に無理に願いを聞いてもらうために編み出した結愛の奥の手だとわかっているのだが、それでも小さい子の涙に無防備になってしまう自分がいた。


「じゃ、連れてってくれる?」結愛もなかなかである。してやったりと内心は思っているのだが、表情には決して出さず、可愛らしい結愛を演じきろうとする。


「わかった、わかったよ、もお」

 泣子と地頭には勝てぬ。社会の我孫子先生がそう言ってたな、と思いだした。


「昼から、ちょっと行くだけだからな。すぐ帰るぞ」

 コントローラーを畳に転ばせながら、恭一は言った。モニター画面では恭一のヒーローである格闘家「バイオレット」が相手の必殺技を浴びてダウンしていた。



――まったく、ダウンしたバイオレットの心境だぜ。寒いんだからよ、早く帰ってこいよな。ユメー、どこだあ?

 これなら一緒に迷路に入ったほうが早く帰れた、とちょっと後悔の念が浮かんだ。


 双雲アイスパビリオンの氷の迷路は50メートル四方の敷地の中に作られている。全長100メートル足らずの迷路であり、小さな子供でも自力で帰ってこられるように要所に案内人を置いていた。迷った子にこっそり道を教えてくれるのだ――もっともちょっとしたいたずらをすることもあるのだが。その案内人のコスチュームが、レンジャーだったり、仮面ライダーやプリキュアだったりと毎日変わるのが売りで、子供たちに人気が高い。結愛のお目当てもそんなところにあった。


 だからというわけではないが、恭一にはこの氷の迷路が子供だまし程度にしか感じていなかった。一緒に行こうせがむ結愛を、一人分の入場料しか払うお金がないから、とごまかして出口で待つことにしたのは恭一だった。案内人もいるし、いざとなったらあの赤い風船を頼りに迎えに行けばいいさ、程度にしか考えていなかった。


 こんな迷路簡単だろ、という恭一の予想に反して、結愛は氷の迷路に入ったきりなかなか戻ってこなかった。目印にと思ってアイスパビリオンの入り口で買った赤い風船が迷路の壁の上に見え隠れするのを目で追ってきた。右へ左へとウロウロしていたはずの赤い風船をちょっと微笑ましさの混じった眼差しで見る余裕もあった。


 ところが、真ん中辺りで赤い風船は全く動かなくなった。なぜずっと立ち止まっているのか。結愛は何をしているのか。状況が全くわからないことが寒さとともに恭一を苛立たせた。これなら一緒に迷路に入ったほうが早く帰れた、とちょっと後悔もした。


――案内人は何してんだよ。もしかして案内人と遊んでるのか。こっちはこんなに寒い思いしてるのによ。

 少し東に傾きかけた陽射しが恭一の影を徐々に長くしていた。陽射しはあるのだが、吹き付ける風のせいで体感温度は低い。北海道の2月は晴れているほど冷えることが多い。ましてや時折意地悪く舞う雪が頬にあたり、恭一の忍耐にドリルで穴をあけていた。


 ぶつかってくる雪をやり過ごそうと、顔をそむけ視界を赤い風船から外した。20秒、いやほんの数秒だったかもしれない。再び赤い風船を追った時、それは視界のどこにも映らなかった。


――あれっ?

 そうつぶやいた時、恭一の足に何かがぶつかった。

 


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