08
宿屋の一階にある食堂はそれなりに広く、開放感があった。
大きめのテーブルの中央にはバスケット、その中にはパンが詰まっている。
セイルとノエルが隣り合わせで席につき、テーブルを挟んだ向こう側にユーコとアイギスが席についている。
それぞれの前には何も入っていない平皿とスプーンが置かれていた。
「はーい、アイギスちゃんお待たせー」
エプロン姿の喋る筋肉が異様なテンションでやってきた。踊るようにアイギスの背後に回り、少女の首に白い布を優しく巻いた。食べ物で服が汚れないようにという配慮らしい。
「おい」セイルは隣に座っているノエルに耳打ちした。「なんかアブリルの様子がおかしくないか? あんな喋り方だっけ?」
「そういえば、はじめてアブリルさんに会ったとき、子供のことが大好きって言ってたような気がするけど」
ちらりとアブリルに目をやると、彼は料理をとりに台所へ戻っていくところだった。
万が一、あの筋肉が幼い少女に襲い掛かったとき、自分はアイギスを守ることができるだろうか。考えるまでもない。不可能だ。
ノエルがそんな思考を巡らせているとき、テーブルの向こう側に座っているユーコがぽつりと口を開いた。
「そうそう、あんた、人のポケットに勝手にゴミ入れるのやめてくれない」
ユーコは腰巻に付けられたポケットから何かを取り出すと、それをアイギスの平皿の中に投げ捨てた。あまりに小さすぎたため、セイルにはそれが何なのかわからなかったが、二つの小さな玉のようなものだということはかろうじて視認できた。
アイギスは皿に投げ込まれたそれを丁寧に摘み上げて、消えそうな声でつぶやいた。
「これゴミじゃないよ。お昼に助けてもらったお礼……」
「いらないわよ。捨てて」
「でも……」
「ちょっと待ってよ」ノエルが身を乗り出す。「それもしかして真珠じゃないの?」
「なに? 真珠って」
「海がまだ綺麗だった時代にとれていた宝石よ。やだそれ本物?」
「うん。お母さんの形見なの」
「すごい、本物なんてはじめて見た。ねえお願い、少しだけかしてもらっていい?」
うん、いいよ。と言ってアイギスは真珠をノエルに手渡した。
真珠以上に瞳を輝かせているノエルは、二つのうちの一つを耳に近づけ目を閉じた。
「ああ、素敵。海の声が聞こえるわ」
恍惚とした表情でノエルはつぶやいた。
「俺にも、俺にもそれやらせてくれよ」
あの凶暴なノエルをここまでおとなしくさせるなんて、このちっぽけな玉にはどんな不思議な力があるのか、気になってしかたない。
「アイギスちゃんの大切なものなんだから、大事に扱いなさいよ」
ノエルが丁寧に真珠を差し出すと、セイルはそれを奪うように掴んだ。
白と銀の狭間にあるような神秘的な輝きをたたえる珠を一つ、セイルは躊躇なく右耳に入れてみた。
「ちょっと、バカ、貴重なものなのになんで直接耳の中に入れるのよ!」
相変わらず予想の斜め上をいく行動にノエルは慌てたが、別にいいよ、とアイギスは許した。
「それで、どう?」ノエルが感想を求めてくる。
「……ちょっと待ってくれ」
期待していたほどの効果が現れなかったので、セイルは左耳にも真珠を入れた。
すると──世界から音が消えた。
ノエルを見ると、口をぱくぱく動かしているが、何を喋っているのか聞こえない。
セイルは両耳から真珠を取り出し、不機嫌につぶやく。
「何も聞こえなかったぞ。ていうか何も聞こえなくなったぞ。俺を騙したな」
「騙してないわよ。こういうのはね、雰囲気を楽しむものなの」
「ふんいきい?」
また出てきたよくわからない言葉にセイルは顔をしかめる。
真珠をアイギスに返すと同時に台所から鍋を持ったアブリルがやってきた。
「アイギスちゃん、お待たせー」
鍋の中のものを木製の杓子でアイギスの皿に優しくそそぐ。それが終わると鍋はテーブルの中央に雑に置かれた。あとは各自勝手にやれということらしい。この宿屋に平等という概念は存在しない。
しかたなくノエルが残り三人分の皿に料理を盛った。
「あ、プルーニだ」好物だったのか、アイギスは喜びの声を上げる。
「おいノエル、何だよ、ぷるーにって」
「シチューのことよ。野菜やお肉をスープで煮込んだ料理」
「シチュー?」アブリルが首をかしげた。「お前、ずいぶん古い言葉を使うんだな」
「私、昔の言葉が好きなの」
なぜノエルは昔の言葉に執着しているのだろう。それ以前に、どうして今と昔とでは変わってしまった言葉があるのだろうかと、皿にの中のシチューを見つめながらセイルは疑問を抱いてたが、アイギスの肌に似た柔らかい色のスープに色とりどりの野菜が浮かんでいるその料理から沸きあがってくる香りが、セイルの疑問をどこか遠くに押しのけてしまった。
「俺はちょと用事があるから、好きに食っててくれ」
何かいいことでもあったのか、鼻歌まじりでアブリルは宿から出ていった。
「いただきます」
「いただきます」
ノエルとアイギスの声が重なった。
二人ともおいしいおいしいとい賞賛しながら、競い合うように皿の中身を減らしていく。
セイルもノエルの食べ方を真似てみた。
スプーンを手に取り、それでシチューをすくって口まで運ぶ。
とりあえず、一口食べて、そして一言。
「おい、ノエル」
「何よ、黙って食べなさいよ」
「なんだこれ、うまいぞ」
少年は料理の出来栄えに甚く感動していた。
「シチューならこの間も食べたんだけどね。こんなにおいしくはなかったけど」
それだけ言って、ノエルは食事に戻った。
「うん、いい。これはいい」
うなずきながら、セイルは一口一口を丁寧に味わった。
なぜかユーコは一人だけ料理に手をつけず、じっと俯いて皿に盛られたままのシチューを見つめていた。
「どうしたユーコ、食わないのか?」
セイルの声に、ハッと我に返ったユーコは「えっと……ちょっとね」と言葉を濁した。
「食えよ、うまいぞ」
「お腹すいてないの? それともシチュー嫌い?」とノエルが訊ねた。
二人からの言葉にユーコは「いや、そういうわけじゃ……」と不器用に笑い、はぐらかした。
すると今まで夢中でスプーンを口に運んでいたアイギスが「ごちそうさま」とスプーンをテーブルの上に置いた。皿の中にはまだシチューが残っている。
「アイギスちゃん、もういいの?」
ノエルの問いに、アイギスは「うん、もうお腹いっぱい」とナプキンで口を拭った。
途端、どこからか飛んできた一本の氷柱がアイギスの皿を貫く。
人の『嘘』に反応するノエルのプレゼントが発動したのだ。
飛び散ったシチューがアイギスの顔に少しかかり、少女は小さな悲鳴を上げた。
「え……アイギスちゃん、どうして……」
そんな嘘をついたのと訊ねようとしたが、別の声に割り込む。
「あんた、何くだらない嘘ついてんのよ」
軽蔑を帯びたユーコの声。
「…………」
俯いたまま喋らない少女。
「お腹すいてるんでしょ? 私のあげるから食べなさい」
氷柱に貫かれ割れてしまったアイギスの皿をどかして、ユーコはまだ一口も手をつけていない自分のシチューをアイギスの前に置いた。
アイギスは首を振り「……いらない」と拒否した。
ユーコは思わず笑った。「何それ。もしかして同情してくれてんの?」
アイギスはそれも首を振り否定した。
温かなシチューと相反する冷たいな空気が食堂に蔓延していた。
ノエルは何か場をとりつくろう言葉を探すが、何も出てこない。
セイルは無関心に黙々と食事をつづけている。
ユーコはスプーンでシチューをすくい、それをアイギスの口元まで運んだ。
「ほら、食べなさい」
アイギスは頑なに口を閉じたまま、それを拒絶する。
「聞こえないの、ほら」
スプーンを強引に押しつけるが、アイギスは黙ったまま、それを受けつけない。
意地の張り合いの末、痺れを切らしたのはユーコだった。
「食えって言ってるでしょ、このガキ!」
アイギスの後頭部を掴み、そのまま皿の中へ顔を押し込んだ。
湯気のたつシチューに顔を沈められ、その中でアイギスはもがく。
「熱い! やめて、ユーコ、やめて!」
「ちょっと、なに考えてるのよ!」さすがに黙っていられず、ノエルは叫んだ。
「別に……こいつが食べようとしないから、手伝ってあげただけよ」
ユーコに悪びれた様子は微塵もない。
熱いシチューを浴びたアイギスの顔からは白くベトベトした液体がたれている。瞳からは涙もこぼれていた。
「別にってあなたねえ。何があったのか知らないけど、いくらなんでも……」
ノエルとユーコの間に緊張が走る。
その脇でセイルは一人だけ別の世界を生きているかのように、うまいうまいとシチューに舌鼓を打っていた。
「…………オイ」
その声は食堂の入り口から聞こえた。
ノエルとユーコが声の主に振り返ると、二人の表情は一斉に固まった。
「一つ質問があるんだが、正直に答えてくれ。おかしくなったのはどっちだ、俺の目か? それともお前たちの頭か?」
その声は怒りに震えていた。
声の主の名はアブリル。職業、宿屋の主人。好きなもの、筋肉と子供。嫌いなもの、筋肉と子供に優しくないもの。
アブリルの両手には可愛らしい子供服が大量に抱えられていた。どうやらこれを取りにいっていたらしい。どうやらアイギスにプレゼントするつもりらしい。
「……ええっと、質問の意味がよくわからないんですが」今にも爆発しそうな筋肉の化身を前にノエルの声も震えていた。
「今、そこの露出狂娘が宝石よりも可愛いアイギスちゃんのお顔を俺様特製のプルーニの中にぶちこんだように見えたのだが、俺の見間違いか、そうじゃないのかと訊いているのだが」
踊り子衣装のユーコが露出狂なら、裸エプロンもどきの格好をしているお前は何なんだとノエルは問いただしたい気持ちでいっぱいになったが、今は時期が悪い。
「えっと、それはですね……」ノエルの声はそこで途切れた。つづく言葉が何一つ出てこない。
「まあいい。そのバカ娘にアイギスちゃんと同じ苦しみを味あわせてやる」
「何を……なさるおつもりで?」
おそるおそるノエルは伺ってみた。
猛々しくアブリルは宣言する。
「台所の鉄板で全身をこんがりと焼く」
どうやら同等の痛みを与えるつもりはないらしい。はるかに強い暴力を食らわせるつもりだ。
アキレス腱、ヒラメ筋、大腿直筋、恥骨筋、腹直筋、広背筋、三角筋、上腕二頭筋、大胸筋、口輪筋、鼻筋、眼輪筋、後頭前頭筋。
つま先から頭のてっぺんまで、全ての筋肉を怒りで奮わせながら、一歩一歩確実にユーコに迫るアブリル。その姿を見て、ああ、このままだと本当にユーコはこんがり焼かれてしまうとノエルは思った。できることなら助けたい。しかし、この怒れる筋肉と対等に渡り合える力は残念ながら自分にない。
ノエルは恐怖で身動きがとれなかった。
近づくだけで焦げてしまいそうな怒りを纏ったアブリルの手に、小さな手がそっと触れる。
「やめて」
アブリルの手をしっかりと握り、強い瞳でアイギスは訴えた。
「アイギスちゃん……」
怒りでつり上がっていた目を丸くしてアブリルは驚いている。自分をそんな目に合わせた相手をなぜ庇うのか、そう問いかけているようだった。
「全部私が悪いの。だからお願い、ユーコを怒らないで」
宿屋の主はその瞳に射抜かれたようだ。立派な筋肉が全て脂肪に変わったみたいにその場にしゃがんで、純白のエプロンでアイギスの顔を拭った。
「アイギスちゃんがそう言うならそうするよ。でもこのままだと風邪をひくかもしれないから、ちゃんとお風呂には入ってね。ウチのお風呂壊れてるけど、町を出て少し歩いたところに温泉があるから、そこにいくといいよ」
顔を上げてアブリルはちらっとノエルに視線をおくる。
「はいはい、わかりましたよ。私がお供すればいいんでしょ」
ノエルの言葉にアブリルは満足そうにうなずいた。
なんとか最悪の事態は避けることができたとノエルは胸を撫でおろす。
「ふう、食った食った。うまかったな」
一人、夢中で料理を貪っていたセイルは満面の笑みでスプーンを舐めた。
とりあえずノエルは、このバカヤロウの頭に鉄拳を一発お見舞いした。
「セイル、ノエル、ちょっと待って」
食堂を出て二階に上がり、部屋に入ろうとする二人をユーコが呼び止めた。アイギスはすでに部屋に戻り、温泉にいく準備をしている。
「どうしたの?」
「おもしろいものを見せてあげる」
ユーコは自分の掌を見せてきた。そこには一欠片の赤い野菜があった。先ほどのシチューに具材として入っていたものだ。
「それをどうするんだ?」とセイルが訊く。
「こうするのよ」そう言って、ぱくっと野菜を飲み込んだ。
あれほど食べることを嫌がっていたのに、なぜ今になって、しかもこんなところで食べはじめるのかセイルたちには理解できなかった。
だが次の瞬間、「がは! ──あ!」と獣のような呻き声を上げ、ユーコは床に倒れた。
「え? ちょっと、どうしたの?」
予期せぬ事態に一瞬戸惑うが、セイルとノエルはユーコに駆け寄った。
「あが! ──は! あああ!」
野菜に毒でも入っていたのか、ユーコはもがき、そして飲み込んだ野菜を吐き出した。
「どうしたんだよユーコ、しっかりしろ」
倒れているユーコの肩をセイルは強く揺さぶった。そうしないと彼女がどこか遠くへいってしまうような不安がよぎったからだ。
「……これ、が……理由よ」絞り出すようにか細い声を吐く。
「意味がわかんねえよ」
「……これが私の代償。能力を使うことによって失うもの……私は力を使うたびに『食べられるもの』を失っていくの……」
喪失型の能力を授けられた少女ユーコは、うつろな瞳でそう告げた。
「……そんな」
ノエルは絶句した。
ユーコは吐き出した野菜を拾い、よろけながらも自力でなんとか立ち上がった。
「昨日までこの野菜だけは食べることができたんだけど、昼間に能力をつかったせいで、もう何も食べられない体になっちゃったみたいね」そして無理やり笑顔を作ってみせた。
今にも泣きそうな声でノエルは「ユーコ、私……」
「ああ、やめてやめて」大げさに両手を振ってみせる。「そういう目で見られるのが一番嫌なの。失うものを白状したのは、妙な同情とかしてほしくないからよ。お願いだから、はじめて会ったときみたいに普通にしててよ」
わずかな沈黙の後、
「……わかった。そうする」
そう言ってノエルは無理やり笑ってみせた。
だが、まるで笑えていなかった。
「それじゃあ、私は先に温泉へいってるから、向こうで会いましょ」
まるで何事もなかったように、ユーコは自分の部屋に入っていった。
自分も部屋に戻ろうとするセイルの襟首を掴んで、ノエルは自分の部屋に連行した。
「私バカだ──」
扉を閉めるなり、ノエルは両手で顔を覆って後悔を吐き出した。
「何を言ってるんだ?」
「気づくべきだったのよ。喪失型のウォーカーなんだから、何か失ってるってわかってたのに、私ったら酷いこと言っちゃって……」
「そう自分を責めるな」
「あんたはいいわよね。記憶を失うだけで、身体的なハンデはないんだから」
「どういうことだ?」
「喪失型のウォーカーって操れる力は協力だけど、その代償は力の価値に見合ったものとは言い難いものばかりよ。昨日だって──」
そこまで言って、ノエルは口を押さえて言葉を止めた。
「昨日? 昨日がどうした?」
当然、疑問が発生する。自分にはその昨日の記憶がない。
「……ねえ、セイル」なぜかノエルは急に愛くるしい声色を作ってみせた。
「な、何だよ」
脈絡のない豹変ぶりにセイルは背中に冷たいものを感じた。
「はやく温泉にいきましょうよ」
爽やかな笑顔でノエルは袋から着替えを取り出して、セイルに投げ渡した。
「……俺は、これしか持ってないのか?」
持たされた服は、今現在自分が身に着けているものを寸分違わぬ黒一式。
「安かったのよ、その服」
そんな会話を交わしていると、トントンとドアをノックする音が響いた。
「はい、どうぞ」とノエルが応える。
入ってきたのは、アイギスだった。
少女は足早に二人に近づき、それぞれに封筒を一枚ずつ渡し、「読んでね」と言った。
それから温泉にはユーコと一緒にいくから気を遣ってくれなくていいと言い残して足早に部屋から去っていった。
「何なんだよ、あいつは」
「とりあえず、読んでみましょ。あんた、字は読める?」
「バカにするなよ」
封筒を破いて、中から手紙を取り出し、そして紙を持ったまま硬直。
「読んであげましょうか?」
「お願いします」
素直に手紙を渡した。
「ええっと、なになに……」ノエルは読み上げる。「悪いのは全部わたしです。ユーコを嫌いにならないでください」
紙にはそう綴られていた。
「お前のにはどう書かれてるんだ?」
「同じことが書いてあるんじゃないの?」ノエルは自分宛に渡された封を切って読みはじめる。「……うん、大体同じことが書いてあるわね」と言って、封をベッドの上にそっと置いた。
「どういうことだ? 悪いのはユーコじゃないのか? アイギスをイジメてるし」
ノエルは、ふうっとため息をついた。
「あんたも少しは頭を使いなさいよ。ユーコはアイギスちゃんを守るために能力を使った。そのせいでユーコはご飯が食べられなくなった。だからユーコはアイギスちゃんに辛くあたってるんじゃないの?」
「飯が食えなくなるのってそんなに辛いのか?」
「ためしに三日くらいご飯抜きで生きてみる?」
「……いや、遠慮しとく」
言われただけで、胃がなんだかせつない。
そんなセイルを見て、ノエルは思わず笑みをこぼす。
「そういえば、ノエル」
「ん? どうしたの?」
ノエルは袋の中に手を突っ込み、下着をあさっていた。お気に入りの白いやつが見あたらあらないのだ。
「ラーガって何だ?」
下着をあさる手を止めた。
「誰から聞いたの?」
「ユーコから。俺のニックネームだとかなんとか。で、ラーガって何?」
ノエルは袋の脇に縫いつけているポケットの中から一枚の紙を取り出し、はいっと言ってそれをセイルに向かって投げた。
しわくちゃの紙をひろげると、そこには異形の生物が描かれていた。
アブリルのように筋肉質でゴワゴワした緑色の体、恐ろしい顔にはもぎ取れそうな丸く大きな瞳。背中に車輪のようなものを担ぎ、頭にはツノまで生えている。
絵の横に添えられている説明文を見つけ、セイルはそれを声に出して読む。
「雷神。天高くより雷を振り落とし、漆黒の雷雲に包まれ踊り狂う伝説上の神。ラムウとも呼ばれている」
「昔はライジンとも呼ばれていたのよ」
やっとお気に入りの下着を探し当てたノエルは満足そうにつぶやいた。
「ふーん。で、何で俺がこいつと同じなんだ? 他人の目から見た俺はこんな緑色のバケモノなのか? あと雷ってなんだ?」
「雷っていうのは空から降ってくる黄色い槍みたいなものよ」ノエルは投げやりに説明した。「それから別に外見が似てるから雷神って呼ばれてるわけじゃないけど……」そこまで言ってノエルは首を傾げる。「ちょっと待ってよ。あんたなんでその文章読めるの? さっきの手紙は読めなかったくせに」
「わからない。どういうわけか読めた」
「……ほんと、忘れる基準がよくわかんないわね、あんたの記憶は」
下着を握った手で、ノエルは頬を掻いた。