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05

 姿形は人と大差ない。だがそれは、まぎれもなく砂の塊だった。

「しまった、『力』を使いやが──!」

 喋り終わる間もなく、ユーコのそばにいた男は砂人形から繰り出された拳で、あっけなく倒された。

 アイギスを捕らえていた二人の男たちの足元から砂が噴き出し、二つの砂人形が姿を現した。

「くそ、何だよこいつは!」

 男はアイギスを捨てて逃げようとしたが、砂人形に取り押さえられ、後頭部に一撃を食らわされ、意識を失った。

「ふざけやがって!」

 最後の一人は、勇敢にも砂人形に殴りかかった。

 男の拳に貫かれた砂人形の上半身は、いとも容易く破壊された。

「何だよ驚かせやがって、しょせんはただの砂じゃねえ──ぐ!」

 残された砂人形の下半身から繰り出された膝によって、男は口から泡を吹いて倒れた。

 みじめなほど、あっけない幕切れだった。

「ありがとう、もういいわ」

 ユーコの声を合図に、砂人形は形を崩し、地面へと返っていった。

 砂人形が現れて、男たちが倒されるまでに要した時間は、ほんの十数秒。

「…………」

 一体、今、何が起こった?

 怪奇な現象を受け入れることができずにいたセイルは、まばたきすら忘れ、そこに立ち尽くしていた。

「……ぐっ」

 最初に砂人形の攻撃を食らった男が呻き声を上げる。どうやらまだ意識があるようだ。

 ユーコはその男の髪を掴んで乱暴に持ち上げた。

 男は、「たすけてくれ」と、なさけない声を漏らした。

 ユーコは男の耳元で冷酷にささやく。

「ねえ、私ってどうしようもないくらいお人好しだから命だけは助けてあげるけど、もし今度私の前に現れてみなさい。そのときは迷わず殺すわよ」

 悪夢にうなされているみたいに、男は体を痙攣(けいれん)させる。うなずきたいのだが、頭部の自由を奪われているせいで、うまく動けないのだ。

「よろしい」

 男の意思を汲み取ったユーコは髪から手を放した。

 硬い砂の地面に顔をぶつけ、男は気を失った。

「……あ、そういえば、あの子は……」

 アイギスのことを訊ねようとしたが、そばにいたはずのユーコの姿がない。

 視線を前にやると、ユーコは既にアイギスの縛られた手足を開放して立ち上がらせていた。

「あ、あの……ありがとう」

 少女はどこかおどおどした様子で礼を言った。

「どうしてあんたがここにいるの?」

 威圧的なユーコの声。

「その……ユーコに会いたくて、私……」

 言葉の終わりを待たずに、ユーコの手のひらがアイギスの頬をはたいた。

 きゃ、と悲鳴を上げてアイギスはうつむいて頬に手をあてた。

「勝手なこと言ってんじゃないわよ。あんたは前の町に捨ててきたのよ。さっさと帰りなさい、クソガキ」

 冷たい刃物のような言葉で、ユーコはアイギスを貫いた。

「で、でも……」

 何かを伝えようとするアイギス。その頬をはたくことでユーコはそれを拒絶する。

「なあ、話くらい聞いてやればどうだ?」

 険悪な雰囲気の中、勇気をもってセイルは発言した。

「セイルには関係ないことよ。黙ってて」

「……わかった、すまない」

 少女の剣幕に圧倒されて、少年はあっけなく引き下がる。

 地面には七人の男たちが倒れている。会話の途切れた二人の少女は黙ったままで動く気配はない。ただ時間だけが律儀に過ぎ去っていく。

 この場に蔓延する異様な空気を少しでも緩和させようと、「それにしても今日はいい天気だよなあ」と、思ってもいないことをつぶやいてみた。

 それは彼なりの気配りだった。だが、現在の空模様はセイルの言葉と相反するように怪しい雲行きとなっている。先刻までの快晴が嘘のようだった。

 そして次の瞬間、セイルの足元に透明な輝きを持つ刃が突き刺さった。

 氷柱(つらら)である。

 それにつづいて、深い闇から這い上がってくるような邪気に満ちた少女の声が轟いてくる。

「やっと──見つけたわよ」

 長年捜しつづけた(かたき)をようやく見つけた戦士のように、濃密な闘気を(まと)ったノエルはセイルに一歩一歩近づいていく。

「……ノ、ノエル」

 二人の間に見えない棒があるかのように、ノエルが一歩迫ればセイルは一歩遠のく。

「止まりなさい」

「いや、その、なんていうか、止まりたいけど止まれないんだ」

 言い終わると同時に、どこからともなく飛んできた数本の氷柱がセイルの足元に突き刺さる。

「おい待ってくれ、攻撃するなよ!」

「私がやってんじゃないわよ。あんたがくだらない『嘘』をつくから悪いんでしょ」

「意味わかんねえよ!」

「さっき見たがってたでしょ。これが私の『プレゼント』よ」

 そこでノエルはあることに気づいた。

 地面には死んだように倒れている数人の男たち。

 それから自分と同い年くらいの少女と、幼い女の子の存在に。

「ちょっと、これどういうことよ?」ハッと息を飲む。「セイル、まさかあんたが?」

「違う、俺は何もしてない。やったのはあそこにいるユーコだ」

 セイルは無実を主張して、真犯人を指さした。

「どうも」とユーコは会釈(えしゃく)をした。

「あ、どうも」同じく、ノエルも頭を下げる。そしてセイルを見て「で、どういうことなの?」

「いや、俺に聞くなよ」

「だって、あんたしか聞く相手いないじゃん」

「そこで倒れてるのはガチラらしい」

「え!」目を丸くしてノエルが驚きの声を上げる。倒れている男たちの足に目をやると、全員、裸足で膝からつま先までを蒼く染めている。間違いなくガチラだ。「あんた、ガチラに襲われたの?」

「違う。襲われてたのはユーコで、やっつけたのもユーコ」

 セイルは再びユーコを指さす。

「どうも」ユーコはまた会釈をした。

「あ、どうも」ノエルも再び頭を下げた。

 微妙な空気の中で、とりあえずお互い自己紹介を済ませた。

「でも凄いわね」壊れたおもちゃのように、起き上がらないガチラたちを見て感心した様子でノエルは言う。「こいつら全員、一人でやっつけちゃうなんて」

「一人じゃないわ。危ないところをセイルが助けてくれたから」

「そうなの? こいつが何したの?」

「敵の背後からのんきに現れて、敵に向かってのんきに話しかけてくれたの」

 ノエルは失笑した。「大活躍だったみたいね」

 ユーコもつられて笑った。「でもセイルのおかげで助かったのは本当よ」

「なるほどね。ところで……」ノエルはユーコのそばで小さくなっている少女を見てつぶやいた。「アイギスちゃんだっけ? 二人は姉妹なの」

 途端、ユーコは冷酷な面持ちになる。

「冗談やめてよ。こいつとは何でもないわ」

「でも、アイギスはユーコを探してたんだろ?」セイルが口を挟む。

「迷惑な話よね」うんざりした様子でユーコは吐き捨てた。

「…………」

 何も言わず、ただ、アイギスは自分の服の裾をぎゅっと掴んでいる。

「と、とりあず、宿屋に戻りましょ」

 場の空気を取り繕うようにノエルは努めて明るくふるまった。

「ユーコもアイギスちゃんもこっちにきたばかりなんでしょ? よかったら私たちと同じ宿にしない?」

「私はそうさせてもらうけど」ユーコは自分のそばから離れようとしない邪魔者を睨みつける。「あんたはもう帰りなさい」

「え……でも」

 捨てられた小動物のように、アイギスは瞳で不安を訴えた。

「まあまあ、そう言わずに。嫌なら違う部屋にすればいいだけだし、ね」

 どうしてノエルはこの二人にここまで気を遣うのだろうかと、セイルは疑問に思った。

 だから聞いてみることにした。

「なあノエル、別にほっとけばいいじゃないか。ユーコはアイギスといたくないみたいだし」

 セイルの提案に対し、ノエルは彼の鳩尾(みぞおち)に肘を食らわせるという手段で答えた。

「──!」

 痛みのあまり声が出せず、セイルはその場に屈み込んだ。

 聞くんじゃなかったと、セイルは強く後悔した。

「ところで、セイルとノエルこそどうなのよ?」とユーコは訊ねる。

「どうって、何が?」

「二人で旅してるんでしょ? 男と女が二人っきりで」

 ユーコは楽しそうだ。

「ちょっと、やめてよ。そういうのじゃないわよ」

 カッと顔を沸騰させて、ノエルは全力で否定した。

「そういうの? 私は何も言ってないわよ?」ユーコは更に楽しそうになる。「それに、ノエルはウォーカーみたいだけど、やっぱりセイルもそうなの?」

「え? いや、その、それは……」ノエルは言葉を濁した。

 なぜ素直に答えてやらないのだろうとセイルは疑問に思ったが、それを聞いてまた理不尽な攻撃を受けては堪らないので、黙っていた。

「ユーコ、危ない!」

 一瞬、それが誰の声かわからなかった。

 今までずっと(さえず)るようにか細い声をしていたアイギスからの、はじめて聞く叫びだった。

 眼帯の男ガーグが銃をこちらに向けて、今まさにトリガーを引こうとしていた。

 誰が狙われているのかはわからない。だがおそらく、撃てば誰かを貫く。

「やめてえ!」

 アイギスの悲鳴と、銃声が重なった。

 そして、静寂が訪れる。

「…………」

 そこにいた誰もが言葉を失っていた。

 誰もが、ある一点に目を奪われていた。

「……おい、なんなんだよ、それ」口火をきったのは、ガーグだった。

 誰もが目を奪われていたのだ。

 (いかずち)色に輝く剣と、それを構える少年に。

「セイル……あなたもウォーカーだったの。それに、その『プレゼント』ってまさか……」

 改めてセイルの顔を見たユーコは、なぜ今まで気がつかなかったのか自分でも不思議なくらい明らかに自分や他人とは異なっている少年の顔の一部に気づいて驚愕した。

「赤鼻のウォーカー……ブレイド」

「……ああ……」

 ノエルは、この世の終焉がやってきたかのように、両手で顔を覆ってうなだれた。

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