15
「…………すごい」
遠くで閃く雷を目の当たりにして、ノエルはつぶやいた。
触れるもの全てを粉砕する最強のプレゼント、ブレイド。
「…………すまない」
涙を滲ませ、唇を震えさせ、歯をくいしばりながら、セイルは後悔と戦っていた。
ガサっと背後で音がした。セイルとノエルは同時に振り返る。
倒れいてるユーコの体の上をアイギスがゆっくりと這っていた。
それはまるで、赤ん坊が母親に寄り添っているようにも見えた。
「……ユーコ、だいじょうぶ?」
ユーコと顔を見合わせて、アイギスはつぶやいた。
「……ふん、その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ」
傷だらけの二人は、消えかかっているお互いの魂を重ねるように見つめあう。
「……それにしても驚いたわ。あんたもウォーカーだったとわね……知らなかったわ」
ストンと、ユーコの足元に何かが刺さった。それは氷柱だった。
アイギスは小さく首をふった。
「私は全部知ってたよ……私のプレゼントが発動しないように、ユーコがいつも私に辛くあたってくれてたことを」瞳からこぼれた大粒の涙が、ユーコの頬を濡らした。「ばかだなあ……逆効果だよ。私のために私を傷つけてくれる人を嫌いになんてなれるわけないのに」
「……おめでたいガキね」アイギスの言葉を鼻で笑い飛ばした。「私があんたを痛めつけてたのは、単純にあんたがウザかっただけよ、それだけの──!」
ユーコは苦痛に顔を歪めた。偽り正すように、一本の氷柱が彼女の左腕に突き刺さっていた。
「耳ふさいでろ!」
セイルはノエルに向かって叫ぶ。
慌ててノエルは自分の耳に両手をあてようとした。
「待って!」アイギスが声を上げる。「お願い、ノエルも私の言うことをよく聞いてて。お願いだから」
なぜそんなことを頼むのか、セイルには理解できなかった。わずかに躊躇したのち、ノエルは耳から手を離した。
「ユーコ、よく聞いて」小さなてのひらをユーコの頬にあてて、残りわずかな魂を燃やすようにはっきりと言った。「私たちはこれから──天国に行くんだよ」
「…………」
ユーコはアイギスの声に黙って耳をかたむけていた。
「天国は空のずっと上にあって、その扉を開くと、そこに大きなテーブルが用意されているの。そしてその上には食べきれないほどのおいしい料理がたくさんあって、どんなにいっぱい食べてもなくならないんだよ」少女は希望を与えるように微笑んだ。「大丈夫、天国へ行けば、ユーコを縛っていた力は消えているから。だから、一緒においしいものをいっぱい食べようね」
少女は少女を、ぎゅっと抱きしめた。
「ほらね、どこからも氷柱は飛んでこないでしょ? 私の言ってること、嘘じゃないでしょ?」
最後にもう一度、微笑んだ。「それじゃあ、先に行って待ってるから」
そして少女は悠久の眠りについた。
「アイギス!」
セイルは二人のもとに走った。見たこともない幸せな寝顔がそこにあった。
「……結局、最後の最後まで私はこの子を守れなかったわね」乾いた声でつぶやく。「私のこの体がどうなろうと知ったことじゃなかった。陵辱されようが蹂躙されようが、この子を守れるなら、それでかまわなかったのに……結局、私は守られてばかりだった……」
アイギスの後を追うように、ユーコの瞳がゆっくりと閉じられていく。
「ダメだユーコ、いくな!」
セイルはユーコの肩を強く掴んだ。
「ごめんなさいセイル、私、あなたにあやまらないといけないことがあるの」
「なんだ?」
「昨日の晩、宿屋であなたを襲ったことを……」
部屋で暴走する木材を思い出した。
「疲れて意識がなかったんだろ、気にするな」
「違うの」小さく首をふる。「意識はあった。私はあのとき……あなたを殺そうとした」
呼吸がとまった。「どうして?」
「……お腹がすいてたの……」少女は泣いた。「何日もごはんが食べられなくて、つらくて、ひもじくて、だから……あなたを殺して、この呪縛から開放されたかったの。ほんとうに、ごめんなさい」
「心配するな……ちっとも気にしてないさ」
「……やさしいのね」
「そうだ、デートだデートをしよう。はじめて会ったときに言ってただろ。俺にデートを教えてくれよ」
セイルはとにかく喋りつづけた。言葉が途切れると、その瞬間にユーコが消えてしまいそうで恐かった。
「デートかあ……」ユーコは遠くを見つめた。「確かに一度くらいは誰かとそういうことやってみたかったな」少女は手をのばして少年の赤い鼻を撫でた。「正直、あなたの顔って、けっこう好みなのよね。でもいいわ。あなたとデートする権利はノエルに譲るわ」
「いやだ、お前とがいい」
「嬉しいこと言ってくれるのね。でも安心して。あれだけプレゼントを使ったんだもの、私のことなんてすぐに忘れるわ」
「忘れない。絶対に、忘れるもんか──」
少女は少年の頭に手をまわして、彼の顔を自分の顔にゆっくりと近づけた、そして彼の赤い鼻の先にそっと唇をつける。
「さよならセイル、出会えてよかった」
そして唱えた。
「さん、にぃ、いち──交渉成立」
アイギスをしっかりと抱きしめて、ユーコはゆっくりと土の中へと吸い込まれていった。
一度まばたきをすると、はじめから何もなかったかのように、そこにはただ、地面があった。
「……ノエル」背中にいる少女に向かって話しかけた。「……俺は、どうすればいいんだ?」
たった一日で、多くを得て、多くを失った。その中でなぜサンタクロースが自分のことを狙っているのか、それだけでも、もう少しだけ知りたかった。
しかし、いくら待っても返事はこなかった。
「──ノエル?」
振り返ると、そこにノエルはいた。だが、もう一度少女の名を呼んでも反応がない。
「おい、どうしたんだよ。ぼーっとして」
不審に思い、少女のそばまでいって、体をゆさぶた。
ノエルの耳から、何かがこぼれ落ちた。それは白く輝く真珠だった。
「……どういう、ことだ?」
「昨日、アイギスちゃんに手紙をもらったでしょ?」
「……ああ」そのときのことを思い出しながらうなずいた。
「書いてある内容はあんたのとほとんど同じだったけど、私のには少しだけつづきがあったの。もし自分が私に向かって『よく聞いて』と言ったら、たとえどんな状況であっても、この真珠を使って、耳をふさいでいてほしいって」ノエルは地面に落ちた真珠を拾いながらつづけた。「アイギスちゃん、いずれこうなることを予想してたのかもね……」
ノエルはユーコたちが埋まっている地面を少し手で掘って、そこに真珠を埋めた。
セイルは自分の手をじっと見つめた。アイギスを刺した感触がしっかりと残っていた。ストーラに向けて放ったブレイドの感触がしっかりと残っていた。ユーコの肩を掴んだ感触がしっかりと残っていた。
みんな、さっきまでそこにいたのに、もう、誰もいない。
全員、自分が殺したようなものだった。
「あ、ああ……」少年は低く唸った。
自分が、酷くおぞましいものに思えてしかたなかった。
思い出を持たない少年の心は、幼く未熟でそれゆえ脆く、ついにそれは──
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
こわれた。
セイルの手から、『何か』が現れた。少なくとも『それ』は剣ではない。
黒く巨大な靄のような物質がセイルの手から煙のように立ち昇る。
「忘れろ! 忘れろ! わすれろ! ワスレロ! 忘レろ! 忘れろ! 忘れろおおおおお!」
目から、口から、鼻から、絶望を垂れ流し、己の中の邪悪を吐き出すみたいに、少年は黒い塊を振り回した。
何度も何度もデタラメに力を暴走されるセイルの姿はまるで、漆黒の雷雲の中で踊り狂う、雷神の姿そのものだった。
がむしゃらに暴れて、叫んで、それから、倒れた。
「セイル!」
ノエルはセイルに駆け寄って、そこに膝をついた。
「……ばか、なんてことを……」
「ノエル……」セイルは視線の先には少女の顔と青い空があった。「頼みがある、聞いてくれ」
「……なに?」
「……俺を殺してくれ」
思わず息をのむ。「バカなこと言わないでよ!」
「俺を殺せば、お前は死なずにすんで、願い事も叶えてもらえるんだろ? どうしてお前が俺と旅をしてるのかはわからないけど、お前はいいやつだ。幸せになってほしい」
すがるように、少年は言った。
「嫌よ。あんたは私と一緒に願い事をみつけて、サンタクロースに会うのよ」
「もう耐えられないんだ。俺のせいで、みんなが不幸になるのは……」
「そんなことは──」
「……いい」
「え?」
「すごく気分がいい。頭の中が全部消えていく」少年は笑った。「よかった。これできっと、なにもかも、ぜんぶ、忘れられる……」
救われたように、少年は幸せな顔で眠りについた。
一人ぽつりと、ノエルはセイルのそばに座っていた。その唇がゆっくりと動き出す。
「……けるな」鳥のさえずりよりも小さな声だった。「……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなあああああああああ!」声はいつしか破裂していた。
「あんたが今、生まれてはじめて言ったつもりのその言葉を、つらい戦いが終わるたびに聞かされる私の身にもなりなさいよ。私だって、あんたを殺していいなら今すぐここで八つ裂きにしてやりたいわよ。でもね、あんたにはどうしてもサンタクロースに会って、失った記憶を取り戻してもらわないと困るよの!」
安らかな寝顔に少女は言葉をぶつけた。
「一年前のあの日、突然村にやってきたあんたが、私の両親や友達──私以外の全員を皆殺しにした理由を聞くまでは、あんたのそばを離れるわけにはいかないのよ」
ノエルの頭に決して消えることのない、あの日の惨劇が映し出された。
「私の目的が終われば、そのときはお望みどおり、忘れられないくらい何度でも殺してあげるは。だから──」幸せそうに眠る少年の寝顔に吐き捨てた。「──だから今は、せいぜいそうやって寝てなさい」
いつの間にか溢れていた涙が、ぽつぽつと少年の額を濡らしていた。憎しみを打ちつけるように、涙はとまらなかった。
その涙に呼応するように、晴れた青空からしとしとと雨が降りはじめた。




