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ロストスイッチ  作者: インク


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 青い空の下を一人の少女が走っていた。

 少女の名はストーラ。

 かつて少女には一人の兄がいた。

 少女にとって兄は誇りだった。

 誰よりも(はや)く地を駆けるその姿は人々の希望だった。

 彼は町の英雄。

 もうすぐ少女の兄は結婚する。

 兄の婚約者はとても感じのいい人で、少女は彼女のことが大好きだった。

 そういえば今夜、彼女が料理を持ってうちにやってくることになっていた。

 少女は彼女に何かプレゼントをしてあげたい気持ちになった。

 町はずれの森に、綺麗な実をつける大きな木がある。

 あの実は彼女の美しい髪に似合う気がした。

 本当は花をプレゼントできたらいいのだけど、それだけはどうしてもできない。

 よし決めた。

 少女は大きくうなずいて、家を飛び出した。

 危険だから一人で森に入ることは禁じられていたけれど、もう何度も一人で森に入って無事に帰ってきているから、きっと今日も大丈夫。

 少女は森へと急いだ。

 空は、少しだけ不機嫌な表情をしていた。

 森に入って無事に木の実を手に入れたまではよかったのに、突然の大雨にみまわれ、少女は木の上から落ちて、足を痛めて動けなくなってしまった。

 夜になっても雨はやまず、森の中で少女は一人、孤独に襲われ泣いていた。

 そこに兄が助けにきてくれた。

 兄は少女を担いで家まで戻った。

 ところが、大雨に体をやられて少女は熱を出して倒れてしまった。

 このロストフルールでは薬の材料となる花が作れないので、薬が必要になったときは、誰かが病人を担いで隣のエリアまで運ぶのがならわしとなっていた。

 少女の兄は少女を担いで隣のエリアまで急いだ。

 誰よりも疾く地を駆けるその姿は人々に希望を与えた。

 少女の体調は無事に回復したが、その矢先、兄に異変が起きた。

 兄も病に倒れてしまった。

 急いで隣のエリアまで運ぼうとするも、男手がなく、兄の病状は深刻になっていった。

 少女はずっと抱いていた不安が現実になってしまったと頭を抱えた。

 皆が兄を頼り、兄は英雄と呼ばれている。しかし、もし兄が困ったとき、一体誰が兄を救ってくれるのだろうか、と。

 そしてあまりにもあっさりと、少女の兄は死んだ。

 葬儀が終わった数日後、未だ兄の死を受け入れられない少女の前に、一人の女性が現れた。

 兄の婚約者だった。

 婚約者は恐ろしい形相で少女を睨んでいた。

 お前さえいなければ、お前さえいなければ、と呪いの言葉をつぶやきながら、少女に刃を向けた。

 殺される、と思った。しかし、それでもいいとも思った。これで私の罪は罰せられる。これで自分も兄のもとに行ける。

 ところがそこで妙な現象が起きた。

 恐ろしい剣幕で襲いかかってくる婚約者の動きが、やけにのろまに見えたのだ。まるでからかわれているみたいに。

 なんとなく少女は婚約者の肩を、ちょんと押してみた。

 すると次の瞬間、婚約者は暴風に巻き込まれたように体をくねらせ背後にあった壁に体をぶつけて倒れた。

 何が起きたのかわからなかった。ただ一つわかることは、頭から血を流して奇妙な方向に首を曲げている婚約者は、おそらくもう生きてはいないだろうということ。

 突然自分に宿った力に怯えていると、今度は『声』が聞こえた。

「それはきみへのプレゼントだよ。誰かがきみを憎んだり恐れたりすると、それはきみの力となって、きみを救うだろう」

 声はするのに、相手の姿は見えない。

 声の主は男のようでも女のようでもあり、大人でも子供のようでもあった。その声は絶対的な響きをもって少女の脳に直接語りかけてきた。

 少女は直感した。

 自分は今、かみさまに選ばれたのだ、と。

「きみにお願いがあるんだ。はるか昔、子供たちが私に伝えた『願い事』がどんなものであったのか見つけてきてほしい。それが無理なら赤い鼻をしたブレイドというプレゼントを持つウォーカーを倒してほしい。そのどちらも果たせなければ、きみは十八歳の誕生日に命を落とすだろう。しかし、どちらかを果たすことができれば、きみに最高のプレゼントをあげるよ」

 最高のプレゼントって?

「どんな願いでも叶えてあげるよ」

 本当? だったら、お兄ちゃんを生き返らせてくれるの?

「ああ、もちろん」

 そこで声は消えた。

 少女は喜びに震えていた。


 そして今

 手抜きのようにただ青く広がる空の下を、少女は走っていた。

 町に災いを届けるために、走っていた。

 かつて少女には叶えたい夢があった。手に入れたいプレゼントがあった。

 しかし生きるために自らを汚しつづけるうちに、それを忘れていた。

 今の自分に夢を叶える資格はあるのだろうか?

 そういえば私の夢って何だっけ?

 その問いに答えることのできる自分はいなかった。

 それでも少女には一つだけわかることがあった。

 少女の瞳からこぼれた涙がそっとつぶやいた。

 私が望んでいたのは──こんなのじゃない。

 

 一振りの稲妻が少女の背後に迫り、その刹那、雷鳴が響いた。


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