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ロストスイッチ  作者: インク


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13/17

12

 騒音と共に朝がはじまった。

 ドカドカと勢いよく誰かが階段を駆け上がってくる。足音は部屋の前までとまると、扉を強く開けた。

「おい、セイル起きろ!」

 入ってくるなりアブリルが叫んだ。

「……どうしたのよ、朝っぱらから」

 目を覚ましたのはノエルだった。まだまだ眠りたりない様子で、不機嫌な顔をしている。

「何だよお前ら、同じベッドで寝るような仲だったのか」アブリルがニヤニヤとつぶやく。

「はい?」ノエルは完全に目を覚ました。「いや違う、違います。私たちそんな関係じゃないし、私まだ経験すらないし──っていうか何かあったんでしょ?」強引に話を戻した。

「そうだった。とりあえずセイルも起こしてくれ」

 状況が理解できないものの、アブリルからただならぬものを感じ取ったノエルはセイルの体を強くさすって起こそうとするも、少年が目を覚ます気配はない。しかたないので頬をくいっと抓ると跳ねるように覚醒した。我ながら万能だなとノエルは思った。

「ほんの少し前に町の人間が何人か襲われた」

 アブリルは二人にそう伝えたが、いまいち話がつかめずにノエルとセイルは同じタイミングで首を傾げた。

 アブリルが深刻な表情でつづける。

「襲われたやつらはみんな首を噛まれて血を吸われたそうだ。そして、襲ったのは十五歳くらいの女の子らしい。踊り子の格好をしていたそうだ」

「え、それってもしかして……」ノエルの脳裏に最悪の事態が浮かぶ。

「ユーコ……」

 部屋の外で声がした。見るとそこにアイギスがいた。

「ちなみにユーコはどこにもいない。すくなくともこの宿にはな」

 はじめてアブリルが暗い表情を見せた。

「とにかくユーコを探しましょう。行くわよセイル」

「うん? あ、ああ」事態が飲み込めていないセイルは生返事をした。

「私も行く」強い意思を宿した瞳でアイギスは手を挙げた。

「ダメよ」ノエルは認めなかった。

「どうして?」アイギスは引き下がらない。

「どうしてもよ」それからノエルは微笑んでアイギスの頭を撫でた。「お願い、ここは私たちに任せて。必ずユーコをつれて帰ってくるから」

「…………」

 うつむいたまま返事をしないアイギスの頭をもう一度撫でて、「あとは頼みます」とアブリルに告げた。

「任せとけ」宿屋の主は筋肉に力を入れる。「うまい朝飯作って待ってるから、冷めないうちに帰ってこいよ」

「はい」とノエルはうなずく。

 はじめてこの宿屋の主が頼もしい存在に思えた。


 まだ事態を把握できていないセイルの腕を引っ張って二人は宿の外に出た。

「とにかく手分けをしてユーコを探しましょう。町の外には出ていないと思うから、見つけたら大声で叫んで」

「ちょっと待ってくれよ。どういうことだよ。意味わかんねえよ」セイルは口を尖らせて抗議した。

「まったく……」どうしてこうも鈍いのか、ノエルはネクタイでひっぱたいてやりたい気分になった。「いい、よく聞きなさい」

「ああ、なんだ」

「今のユーコは暴走してるの。能力の使いすぎで何も食べられない体になったけど、どうやら人の血だけは吸収することができるみたいなの」昨晩のことを思い出しながらつづけた。「たぶん、ユーコは自我を失ってる。このままだと犠牲者が増えるだけよ。とにかく急いでユーコを探しましょ」

「わかった……けど」

「けど?」

「暴走とか自我とか犠牲者って何?」

 どこまでもマイペースな相方にめまいがする。ノエルは時間をドブに捨てているような錯覚に陥った。

「ごちゃごちゃうるさい! とにかくユーコを探しなさい。それで見つけたら叫ぶ。もしくは私の呼ぶ声が聞こえたら急いでくる。わかった?」

 ノエルからのシンプルな命令に「……わかった」とうなずく。


 ノエルと別れてから延々と町をさまよったが、どこにもユーコの姿は見当たらなかった。それどころか、町から人の姿が消えていた。

 さらに町の探索をつづけていると、向こうからノエルがやってきた。

「見つかった?」

 セイルは首をふった。「ユーコはいないし、町に誰もいないぞ。どうなってんだ?」

「ガチラがきたって噂が広まって、みんな家に隠れてるみたい」

「ガチラが? どこに?」セイルは辺りを見わたした。

「違う違う。ユーコをガチラと勘違いしてるのよ。まあ、そのおかげで被害が広がらないで助かってるけど、とにかくもう少し探してそれでも見つからなかったら一度宿に戻りましょう」

「わかった」

 ノエルは走り去っていった。セイルは歩いて探索を再開した。

 ときどきユーコの名を呼んでみても、当然返事はない。

 どれくらい歩いたかわからないが、この町の地図が頭にできるくらいには歩きつづけた。

 もう、ここにユーコはいないのではないだろうか。

 そう結論づけようとしたとき、町の外から誰かがやってくる姿が確認できた。

 ノエルかユーコだろうかと思いセイルはその影に近づくと、相手はそのどちらでもなかった。

 一人の女の子が肩で息をしながら体を引きずっていた。

 彼女はセイルの姿を確認すると、彼の体にしがみついて哀願した。

「お、お願いです。助けてください」

「どうしたんだ?」

「妹たちと朝の沐浴にいってたら、踊り子の人がきて、襲われて、妹がまだ二人、お願いです、助けて……」

 それだけ伝えて、少女は力尽きた。

「おい、なんだよそれ。踊り子ってユーコのことなのか? おい?」

 セイルは少女の肩をさすってみたが起きる気配はない。

「どうなってんだよ……」

 とにかくその踊り子がユーコかどうか確かめるために、セイルは少女がやってきた方向に向かって歩きはじめる。

 今のユーコは自我を失って暴走しているとノエルは言った。

 それらの意味をセイルは一つも知らなかった。


 かなりの距離を歩いた気はするが、ユーコどろこか誰もいない。もしかしたら道を間違えたのかもしれない。不安がよぎって引き返そうとするも、背後にあると思っていた町の景色が消えていた。どうやら完全に迷ったらしい。

 焦りが募り、外気の暑さも手伝ってセイルの額からダラダラと大粒の汗がこぼれる。

 このまま一人、ここでのたれ死ぬのではないかと思考が飛躍する。

 そのとき、どこからか悲鳴が響いてきた。

「誰かいるのか?」

 自分を勇気づけるように叫んでから、声のする方角に向かって走った。

 すぐに小さな丘が見えてきた。そこが昨晩ノエルに酷いことをされた気がする温泉であることにようやく気づいた。人影も確認できて、妙な安心感を覚える。

「おーい」

 と声をあげて、セイルは何者かに近づいた。

 若草色の胸巻と若草色の腰巻。

 ユーコがそこにいた。

「あ」と声を出すのが精一杯だった。

 ユーコを見つけたら叫べと記憶の中のノエルが警告してくる。しかし、いくらなんでもここから叫んで町にいるノエルの耳に届くとは思えなかった。

 また悲鳴が聞こえた。

 ユーコの足元でアイギスくらいの少女が尻もちをついてガタガタと震えていた。その少女とセイルの視線がぶつかる。

「た、たすけて……く、ください」魂を削りながら発するような声だった。

 少女の声に反応して、ユーコがゆっくりと振り返る。

 こちらの存在に気づいたユーコは、ぼんやりとした表情で「……セイル」とつぶやいた。

 不思議だった。目の前にいるのは確かにユーコだった。顔も声も体も身に着けているものも、全てがユーコであることを証明している。それでもセイルには目の前にいる彼女がユーコだとは思えなかった。

 よくわからないが恐かった。それは決して彼女の口のまわりが血まみれであるからとか、そいう理由ではない。

「こんなところで何してるのセイル。あなたも朝の沐浴? まあどうでもいいわ。私はこれからゴハン食べるから邪魔しないでね」

 ユーコは足元で震えている少女の髪を鷲掴みにすると、そのまま強引に持ち上げた。痛みと恐怖で少女は悲鳴をあげる。

「ちょ、ちょっと待てよユーコ!」無意識に叫んでいた。

「なによ」振り向きもせず、ユーコは吐き捨てる。

「食べるって、その子をか?」

「勘違いしないでよ、私は獣じゃないのよ。頭からバリバリとか物騒なことはしないわよ。ちょっと血をわけてもらうだけ」

 それだけ言うと、ユーコは口を開いて少女の首筋に噛みつこうとした。

「やめろ!」

 セイルはユーコに突進した。少女はユーコの手から開放され、温泉の中に落ちた。水しぶきがあがる。ユーコとセイルは地面に倒れた。

「何するのよ、痛いじゃない」

 ユーコは立ち上がって、体についた砂を払った。

「やめろ。今のお前、おかしいぞ」

 セイルも立ち上がり、ユーコの瞳を強く見つめた。

「おかしくなんてないわ。これが普通よ。これが私よ」虚ろな声と目でユーコは答えた。

 近くで水の跳ねる音がした。少女が温泉から這い上がり逃げ出した。

「ちょっと、どこいくのよ」やれやれとユーコは地面に手をついて唱えはじめる。「五、四、三、二、一──交渉成立」

 丘を駆け下りる少女の目前に壁が生えるように地面が盛り上がる。それはすぐに人の形となり、その土で出来た人形は少女を抱えてこっちに戻ってくる。

「やだ、いやあ、放して!」

 少女はもがくも、人形から土が微かに削れる程度で、それは無意味な抵抗だった。

「嫌がってるじゃないか。やめてやれよ」

 セイルの声にうんざりした顔つきになり、ユーコはゆっくりと少年に近づき、彼の体をペタペタと触りはじめた。

「……な、なんだよ」

 わけのわからない行為にセイルは戸惑う。

「パーミの服だなんて、なかなかいいもの着てるわね」

「ぱーみ?」今まで聞いた中で最も意味不明な言葉だった。

「パーミはパーミよ。衣類に使われる植物から作られる繊維の一種。つまり、私にはこういうことができるの」

 ユーコはセイルを、ぎゅっと抱きしめた。

「お、おい、なにする気だ?」

「じっとして。動かないで。すぐによくなるから」ユーコはセイルの耳元でささやいた。「三、二、一──交渉成立」

 途端、セイルは手を上下左右に動かし、不思議な踊りをはじめる。

「何だよこれ、体が──勝手に」

 セイルの動きはその激しさを増していく。

「体を操ってるわけじゃないのよ。あなたの着ている服に踊ってもらってるだけ。さあて、ゴハンゴハン」

 ユーコは鼻歌まじりに少女を抱えて戻ってきた土人形に一歩一歩近づいていく。「やめろお!」背後で叫ぶセイルの声も、ユーコの耳には届いていなかった。土人形は貢物を捧げるように、少女を差し出した。少女はもはや悲鳴をあげることも抵抗することもなく、土人形の腕の中でぐったりとしていた。ユーコは満面の笑みを浮かべて少女の首筋に口を近づける。

 そしてユーコの牙が少女の首筋を貫く瞬間、土人形は粉々に砕け、少女は地面に倒れ、ユーコの牙は空を噛んだ。

 驚いて隣に目をやると、思わずユーコは微笑んだ。「へえ、きみけっこう頭いいんだね」

 そこにはセイルがいた。服は着ていない。体には無数の傷跡、右手には輝く剣を持っていた。

能力(プレゼント)を使って自分の服を破いちゃうなんて、やるじゃない。でも大丈夫? 体中キズだらけだよ?」

「心配するな、すぐ治るさ。それにそんなに血がほしいなら俺のを好きなだけやる」

「嫌よ」即、拒否する。「色々試してみたけど、男の血と大人の血は不味くて最低だったわ。でも女の子は最高よ。甘くていい匂いがして、いくらでも食べられるわ」

 その味を思い出しているのか、ユーコは目を細めて口元を緩めた。

「もう十分食っただろ」

「まだよ」即、否定する。「全然たりない。全然」何度か首を振ったあと、少し嬉しそうにユーコはつづけた。「ねえセイル、私の夢を教えてあげましょうか」

「夢?」知らない言葉だった。

「私の夢はね。一度でいいからお腹いっぱいに御飯を食べたて、満腹感を味わって幸福感に浸りたいのよ」

「…………」

 恍惚とした表情で夢とやらを語っているユーコにセイルは何も言えなかった。

「それで今やっとわかったんだけど、どうやら私が夢を叶えるためには──セイル、あなたが邪魔みたいなの」冷たく吐いて、地面に両手を着き、そして唱える。

「十、九、八、七、六、五、四、三、二、一──交渉成立」

 ユーコの手から光が広がり、地面から十数体の土人形が誕生した。

 土人形たちは一斉にセイルに襲い掛かる。それをセイルはブレイドでなぎ払った。

 セイルの頭上から土の雨が降った。

「さすが最強のプレゼントって言われるだけはあるわね。でもこれならどう?」

 ユーコは新たな交渉でより多くの土人形を生み出し、全方向からセイルを襲わせた。しかし、それもあっけなくなぎ払われた。土の塊がセイルの足元に転がる。

 更に多くの土人形をセイルにぶつけた、だがそれも瞬く間に破壊される。更に多く、更に多く、更に多く、更に多く──。気がつけば、セイルの周辺に土の山ができていた。

「ちょっと、いくらなんでも、卑怯すぎるんじゃないの……それ」

 呼吸を乱し、肩で息をしながらユーコは愚痴を吐く。

「もうやめるんだ、ユーコ」悲しみに満ちた声でセイルは伝えた。

「いやよ」能力の使いすぎで疲労がたまっていたのか、ユーコはその場に膝をついた。「私は、もっと、食べたいのよ……どういうわけか、どんなに能力を使っても人の血だけは食べられるのよ。私にはもう、血しかないのよ」

 ふと横に目を向けると、そこには温泉があった。温泉の中に不気味なものが映っている。顔を近づけてよく見ると、それが自分の顔であることにユーコは気づいた。

「なに……これ」己の顔を見て、絶句する。「これ、これが、私の顔?」確かめるように、自分の顔をあちこち手で触る、同じ動きを水面に映る自分もやっている。「私、今、こんな顔してたの?」

 瞳孔が開き、髪は無造作に跳ね、口の周りには呪われたように血がついている。

「いや、いやだ、こんなの私じゃないよお」

 少女はやっと、自分を取り戻した。

 温泉を手ですくい、口周りの血を洗い流そうとするが、固まってしまった血はそう簡単に落ちてはくれない。どれだけ繰り返しても、それは罪のように消えなかった。

「はは、そうだよね」ユーコは力なく笑った。「私、人の血を吸ってたんだよね、はは」そして泣いた。「私、もう、人間じゃないよね」笑いながら泣いていた。「ねえ、セイル」

「なんだ?」

 少女は、ゆっくりとしかし確かにこう告げた。「私を殺して」

「……嫌だ」と首をふる。

 ユーコは困ったように笑う。

「私の今の気持ちを正直に教えてあげるね。どうしようもなく人の血が吸いたいの。さっきの女の子、いつの間にか逃げちゃったけど、今すぐ追いかけて捕まえて首に噛みつきたい」歌でもうたうようにつづけた。「でもね、今だけなら私は私を抑えていられる。私のままで終わることができるの。だから……」

 少女はすがるような瞳で少年を見つめた。

「嫌だ」はっきりと断る。

「すぐに私はさっきみたいになってしまうわ。そうすればまたあたなと戦うことになる。そして私は必ず負ける。どの道、私はあなたに倒されるのよ。だからお願い」

 そこにいたのは、セイルのよく知るいつものユーコだった。

「嫌だ」

 それ以外の言葉を忘れてしまったみたいに、セイルは同じ台詞を繰り返す。

 ユーコはため息を吐いた。「本当にあなたは優しい人ね。でも、もう決めたことだから──」地面に手をついてゆっくりとつぶやく。「三、二、一──交渉成立」

 突然、背後から生えた土人形にセイルは体の自由を奪われた。

「おい、何をするつもりだ!」

「何もしなくていい。あなたはそうやって剣を出してくれてるだけでいい」

 そう言うとユーコはそっと立ち上がって、目を閉じた。

 剣先を前に向けるように腕を固定され、ジリジリとユーコにむかって体を押されていく。

「やめろ! はなせ!」

 剣をあてることさえできれば容易く破壊できる土人形のどこにこんな力があるのか、セイルにはわからなかった。そしてあと数歩の距離でブレイドはユーコを貫く。

「やめてくれユーコ! アイギスは──アイギスはどうなるんだ? お前がいなくなると悲しむだろ!」

「アイギス?」目を閉じたまま、ユーコはその名に反応した。「それなら心配いらないわ。私が消えれば全てうまくいく。あの子にとってもね」

「何だよそれ、意味わかんねーよ! とにかくこいつを早くとめろ、頼むから!」

 ユーコまでの距離は、あと一歩。

「くそおおお!」現実から目をそむけるように、セイルは瞳をきつく閉じた。

 いきものを殺す感触が、手に伝わってくる。

 強烈な後悔と絶望感が脳まで伝わってくる。

 そしてセイルは恐る恐る、まぶたを開いた。

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