発車まであと5分!
時刻は六時五十六分。
うかつだった。まさか平日アラームが鳴らないとは。
いつもは三回分もセットしてある携帯アラーム。しかも、三分おきのスヌーズ設定。それが、全てならなかった。
そんなことを思いながら、駅までの道のりをダッシュで駆けていく。駅までは徒歩十五分。走れば、ぎりぎり間に合うかどうかの距離。
いつも乗ってる、七時一分の電車に乗れなければ、あと二十分は電車が来ない。
いや、正確にはそうではない。ここら辺は人口が多いから、朝の時間帯は五分に一本の割合で電車が来る。だが、電車にもいろいろ種類がある。普通電車、快速電車、新快速電車、特急電車。もちろん、種類によって止まる駅が違う。
目指すは七時一分発の普通電車。そう目的地には快速や新快速は止まらない。
冬だというのに、全く持って寒さを感じない。それどころか、額には汗さえにじみ出てくる。上着も脱いでしまおうかというくらいだ。
発車まであと五分。駅までは、まだ距離がある。
普段なら途中のコンビニで朝食を買っていくのだが、そんな暇など当然無い。もう、向こうで買うしか無いだろう。
そのコンビニを通過。六時五十八分。残り三分。間に合うだろうか。
経験上、残り二分で駅が見えれば、ぎりぎり間に合う。この道をまっすぐ行き、次の大通りを右に進めば、駅はすぐそこだ。
そんなことを考えていると、分針がまた一つ動く。残り二分。わずかに駅が見えるまでには至らない。
分針が動いて数秒後、駅が見えた。と、同時に、そこから見える線路から、電車が通過しているのが見えた。
これは反対方向へ向かう電車だ。目的の電車が来るおよそ二分前に発車する。
逆に言えば、この電車が発車したということは、次に来る電車こそ、目的の電車。つまり、次に電車が見えてしまうと、間に合うのは絶望的だ。
駅についても油断できない。ここから階段を上り、二階の改札を通過し、さらにホームに向かう階段を下りなければならない。
必死に階段を駆け上る。途中、もうすぐ行われる選挙の演説、及びよろしくお願いしますと資料を手渡す人間がうっとうしい。
それらを振り払い、ようやく二階の改札へ。この改札も問題だ。タイミングによっては改札が込み合い、なかなか通過できないことがある。
が、どうやら今日は人が少なめのようだ。いつもはもう少し人がいて、改札をなかなか通過できないこともあった。もっとも、こんなにぎりぎりの時間に改札に向かったことはない。人が少ないのは、電車が発車前だからだろうか。
改札を通過しようか、という時に、駅内に放送が響く。
「――団野原行き電車が入ります」
これだ。団野原行き普通電車。しかし、思ったより早い。あわてて改札を抜けようとする。が、カードがうまく反応しない。
反応するまで数秒かかる。だが、この数秒が命取りになりかねない。なんとか通過したら、次はホームに向かう。
ここでありがちなミスは、ホームを間違えることだ。例えばいつも行っている方向と逆方向に向かう場合や、なれない駅で思い違いする場合だ。あるいは、たとえ向かったホームが正しくても、違う電車に乗ることも考えられる。
だが、今回はそんなことは無いだろう。行き先はいつも行くところだし、毎日電車に乗っているから、思い違いで違うホームに向かうことはない。また、この駅はホームが二つしかなく、それぞれきっちりのぼりとくだりで分けられている。要するに、ここまで来て違う電車に乗ることなんて無いはずだ。
改札からホームに向かう階段へ。エスカレーターやエレベーターもあるが、エスカレーターは狭い上に走ると危険である。エレベーターを使うなんて悠長なことはしていられない。
とにかく走る。既に目的の電車は停車中。ほとんどの乗客は乗り終え、後は車両のドアが閉まるのを待つのみ。
待て、あと数秒。俺を乗せてくれ!
同時に、ホームに放送が流れる。
「――行き、間もなく発車します」
ドアが閉まる。
走れ!
駆け込め!
駆け込み乗車は危険なんていっていられない!
ドアの隙間、それを縫うように滑り込む。セーフ。何とか乗り込んだ。
はぁ、はぁ、と息を整える。あわてていたが、ホームは間違い無い。時計を見ると、分針が動き、七時一分を示した。
よかった。間に合った。
すべてのドアが閉められた電車は、ゆっくりと発車する。外では間に合わなかった人がとぼとぼと歩いている姿が見える。もし数秒遅れていたら、自分もああなっていたのかもしれない。とにかく、よかった。
電車は比較的すいていた。とりあえず空いていた席に座る。発車してしばらくすると車内放送が流れた。
「ご乗車ありがとうございます。快速、団野原行きです。次の停車駅は――」
そうだった。今日は土曜日だった。通りで平日セットしたアラームがならないわけだ。
平日ダイヤと土日祝日ダイヤって、よく忘れてしまうんですよね。
特に電車が多い地域とか、快速や新快速が走っているところだと、平日なら普通電車が来る時間に快速が来たり。
まあ、彼は次の停車駅で反対方向の普通電車に乗って何とか間に合ったようですが。