表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑風のシェータ  作者: 日野咲夜
最終部 緑風と青嵐
21/25

第19章 最期くらいは笑ってて

英検の結果が出ました。

―結果―

………不合格^^

 白亜の、神聖な神殿。

 太陽を背負うその頂点は、微かに血の赤色がこびりついている。

 ――東の空が眩しい。

 いつもにも増してこんなに空が美しく見えるのは、これが見納めだからと、天が憐れんでいてくれているからだろうか。

 ――きっとそうに違いない。

 冴えるような静かな心の奥、アトルは静かに瞬きした。


     ◆◆◆


 儀式が始まるまであと少しという時、シェータは神殿への道を急いでいた。

 ――……アトル……。

 東の空が、薄い橙色に染まってきている。もうすぐ夜明けなのだ。太陽が昇ったら、儀式が始まってしまう。

 ――大丈夫、絶対間に合う……っ!

 気持ちの悪い汗が、つうと揉み上げの辺りを流れ落ちた。背中にもじわりと嫌な汗が伝わり、ぽたぽたと垂れて落ちる。

 そんなことは気にせずに、シェータはひたすらに大地を蹴る。周りの景色なんてもう見えてない。

 実際、自身の持つ力を使えば、神殿まで行くことなど容易なことだった。だが、今使うのは危ないとテスカトリポカに言われていた。


 『神殿までは自分の足で行け。今夜はただでさえ騒がしく、人の目も多い。神殿につく前に誰かに見られたら困るからな』―――。


 「あっ…」

 地面の凹凸に足をつっかえ、シェータは勢いよく前に転ぶ。注意が散漫していて、受け身もとることが出来なかった。額と両肘に土がつき、擦りむいたらしく、右肘からは微かに血が流れた。

 負傷部に痛みを感じながらも、シェータは立ち上がる。そしてまた、走り出す。

 頭の上を鋭い風が通り過ぎ、木々がざわりと揺れた。

 「…ちょっと、シェータ! 待って」

 頭上から降ってきた知り合いの声にも足を止めず、彼女は一心に先を急ぐ。止まる気配はない。

 「シェータ、待ちなさいよ! テスカトリポカ様の命令よ!」

 コガラシのその一言に、シェータは躊躇しながら足を止めた。振り向くと、やけに疲れた表情のコガラシが居た。左手には布の包みが抱きかかえられている。

 シェータは苛々した様子で、頭上に浮かぶコガラシを睨んで叫んだ。

 「何、コガラシ!」

 「アンタその恰好のまま行くつもり!?」

 そう言われ、シェータは自分の姿を確認する。いつも通りの薄い布地の簡素な服に、転んでついてしまった土の茶色。

 「ケツァルコアトルの使者だと名乗るんでしょ!? それじゃただの農家の娘よ!」

 「……あ」

 なるほど、そういえばそうだ。見た目で判断されてしまっては、アトル奪還の成功率も低くなる。

 「全く…これを届けに来たっていうのに………」

 地上に降り立ち、メツスィーは丁寧な手つきで左腕に抱えていた包みを開く。包まれていたのは、綺麗な白布、形の整えられた靴、そして豪華絢爛な装飾品だった。

 見ているのも眩しくなるような、服飾品の数々。

 「これを、着て」

 シェータは驚きでいっぱいで、その品々に手をつけられなかった。

 「コガラシ」

 「ああ全くもう、こんなに汚れて、傷なんてつくっちゃって……ほら!」

 「んー」

 服飾品を包んでいた布で、コガラシはシェータの頬を乱雑に拭った。さっきの丁寧さとは違い、ごしごしとかなり強く拭うので、よろけないようにするのが大変だった。

 「……はぁ、あとは、これ着て。早く行きなさい」

 コガラシは溜息を一つついて、美しい白色の布をつき出す。シェータは躊躇しつつも、それを宝ものでも扱うような手で受け取った。

 「…ありがとう」

 「髪飾りなんかは、私がつけてあげるから。さっさと着替えてきなさいな」

 「うん」

 シェータは近くに着替えるのにちょうど良さそうな草陰を見つけ、衣装をもってがさがさと茂みに潜り込んでいく。

 コガラシはシェータが着替え終わるまでと、乾いた地面に腰を下ろした。かくんと首を曲げ、天上を見上げると、満天の星空が暁の光に消えかかっているところだった。

 コガラシは、誰に言うとでもなく、けれど親しい同僚の名を口にして呟いた。

 「…ねえ、シェータ」

 「何ー、コガラシー?」

 「…私達は、どうやって、どうして生まれたのかしら」

 普段聞かないようなコガラシの思いつめた声に、シェータは疑問を感じずにはいられなかった。

 「………コガラシ?」

 「ああ、なんでもないわ。それよりさっさと着替えてよ」

 コガラシは霧を払うかのようないい加減な口調で誤魔化す。これ以上は話さないと言うような態度だ。

 きっとコガラシは教えてくれないだろうと、シェータは諦め、彼女もまたぶっきらぼうに答えた。

 「もう着替えたよっ!」

 「はいはい」

 コガラシは装飾品を手に取り、シェータの隠れている草陰の前に立つ。けれども彼女は出てこない。

 「………シェータ」

 「ちょ、ちょっと…なんか…変な」

 「良いから出てきなさい! 時間がない!」

 「時間がない」の一言に、シェータはおずおずと姿を現した。

 その美しい姿に、コガラシは思わず感嘆した。

 着たこともないような美しい布地に包まれ、整えた長い白緑の髪を垂らした彼女は、まさに「女神」だった。いつもとの違いの大きさに、コガラシも驚きの表情を隠せなかった。

 「へぇー……いいじゃない」

 「ほ、ほんとかな…?」

 「ええ、ほんとほんと。さ、あとはこれをつけて」

 無理矢理シェータを屈ませると、コガラシは彼女の耳に綺麗な石のついた耳飾りをつけ、シャラシャラと軽やかな音を立てる首飾りをかけ、頭には花を模した飾りを添えた。これで完成だ。

 「ほら、出来たわよ」

 コガラシは達成感に溢れた様子で、2回ほど手を叩く。満面の笑みだ。どこからか取り出した鏡のように光る石の板で、彼女の姿を映す。シェータは驚きの声を漏らした。

 「…これ、あたし……?」

 「そうよ、ケツァルコアトルの使者、ショチトナティウ。さあ、行きましょう」

 意味ありげにコガラシは言う。

 「神殿まで、私が連れて行くわ」

 「え? でも、力を使っているのを見られたら拙いって……」

 「こんな暗い森の中で、誰に見つかると言うのよ。あの方は、私が、アンタにこれを届けられなくなるとでも思ったのね。確かにちょっと忙しかったけど、アンタに追いつけないほど鈍足じゃないから」

 「……」

 「ほら」

 コガラシはその色白な腕をつき出す。

 「行くわよ」


     ◆◆◆


 夜明け前だと言うのに、神殿には人が溢れかえっていた。

 いや、当然かもしれない。夜明け、とは言っても、もうじき日は昇る。そして、陽が昇ったら……儀式の刻限だ。

 ざわめく人混みの中、麻布を深く被ったシェータは、周りをきょろきょろと見回していた。

 「メツスィーは……」

 隣にあの乾いた風の神はいない。テスカトリポカの命令で、またどこかに行ってしまったようだ。もしかしたら一緒にいて支えてくれるのではという淡い期待は、惜しくも失ってしまった。

 彼女は、神殿にはメツスィーも運んでおいた(・・・・・・)と言っていた。だが、人が多すぎてなかなか見つからない。もしかしたら変装しているかもしれないので、シェータは少し焦っていた。人混みをかき分けかき分け、とにかく前進する。

 「シェータ」

 聞き覚えのある裏声で、シェータは誰かに肩を掴まれた。確か前にもこんなことがあったなあなんて思いながら、シェータは親しき友人を見つけた。

 「メツスィー!」

 「しっ」

 ぱっと顔を輝かせたシェータに、静かにとメツスィーは制した。裾の長い服を着、黒髪を惜しげもなく垂らしている様子を見ると、今回は女性の姿のようだ。

 声を抑えつつ、シェータは早口で喜ぶ。

 「メツスィー、良かった! コガラシに助けてもらったんだね」

 そのことを思い出して、メツスィーは苦笑する。

 「ああ、あのこはさすがだな。驚いた……それより」

 メツスィーはシェータの被っている麻布の中を覗き、目を丸くした。

 「綺麗になったな。本当に神様みたいだ」

 「え……今まで神様だと思ってなかったの?」

 「そりゃもちろん」

 最初の内は気恥ずかしそうに照れていたシェータだったが、彼の一言を聞いた途端彼女の頬はぷうと膨れた。メツスィーは今にも大声で笑ってしまいそうなのを抑えた。

 「はは、失敬失敬」


 わあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 「なっ、何!?」

 突然民たちの歓声が沸きあがる。注意がそれていたシェータは、びっくりして麻布を落としそうになってしまった。僅かにずれたそれを、メツスィーが何気なく被り直させる。

 「あ、ありがと…」

 「シェータ、始まるようだ」

 彼がかつて女装していた時には見たことのないような。誰かを殺してしまいそうな視線で、メツスィーは現れる複数の神官たちを睨みつけた。その視線の先を見て、シェータはいまにも飛び出しそうになってしまった。

 艶やかな黒髪。

 美麗な装飾品。

 凛と張った立ち姿。

 ――アトルッ!!!

 「シェータッ!」

 思わず足が動いてしまったシェータを、メツスィーは咄嗟に止めた。

 「あっ………」

 体が動いていたことに気付いて、苦しげに肩を掴むメツスィーの顔を見て、シェータは俯いた。

 「ごめん」

 「いいんだ……お前の、気持ちは分かる」

 「……うん」

 どうにもならない自分の身体に、シェータは忌々しそうに舌を噛んだ。

 メツスィーは、誰かに気付かれていないかと周りを確認する。つい大きな声が出てしまったが、周りもまた騒がしかったので、誰も気づいては居ないようだった。

 ――いや、気付いた人物は、いた。

 彼は、少し驚いた顔で、こちらを振り向いた。

 シェータも彼に気付く。

 彼は――アトルは、笑っていた。


 『そんな怖い顔はしないで。

  最期くらいは笑っていてほしいよ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ