表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑風のシェータ  作者: 日野咲夜
最終部 緑風と青嵐
20/25

第18章 真実

本日英検に行ってきました………さっぱり分からない!

今日は大変な日でした……^^;

 ――どうして、アトルはあんなことを言ったんだ?

 シェータやテスカトリポカとは全く待遇の違う暗く狭い牢屋の中で、メツスィーは独り思う。最後に見たアトルの言葉の意味を。

 光も射し込まない本当の牢獄が、メツスィーの物思いを悪化させる。

 微かに聞こえる地上の音が忌まわしい。

 ――『もうすぐ死ぬ』だと?

 アトルは、自分がもうすぐ死ぬものだと理解していた。でも、テスカトリポカに挑んだ。それは、どういうことなんだ?

 「……やっぱり、テスカトリポカの言っていたように……自棄だったのか?」

 もうどうせ死んでしまうのだから、死ぬことを前提にテスカトリポカに挑んだ?

 でも、何かしっくりとこない。

 死ぬ前に、アトルは何をしたかったんだ?

 「……分からないな」

 溜息をつき、メツスィーは背後の壁に凭れて、闇を見た。

 真っ暗な闇、その一点から細く弱い光が射し込み、そして、あの風の神が現れた。

 「……何やってるのよ」

 「………コガラシ…か……?」

 薄暗くてよく見えない。けれど、この声は彼女のものだと気づく。

 彼女の声は、妙にさっぱりしてよく通っていて、なぜか心が温かくなる。不思議な声だ。

 「アンタねえ、盗賊なら、自分で脱出するとかしなさいよ! まったく忙しいったらありゃしない!」

 「助けに来たのか」

 「アンタは後々、役に立ちそうだからね!」

 ……この少女が助けに来るなど、意外に思ったが……なるほど、そういうことか。

 「わざわざ、すまないな」

 「ホントね」

 そっけなく返事をしながら、コガラシは牢の壁を屑のように壊していく。今更ながら、この少女たちは凄いと実感する。

 壁がだいぶ壊れて、外の景色が広がる。うっすらとした月の昇る夜だった。

 「さあ、さっさと行くわよ」

 「その前に」

 メツスィーは先に出ていこうとしたコガラシの手首を掴む。明らかに嫌そうな顔をして、コガラシが立ち止まる。

 「何?」

 「お前、何か知っていないか?」

 コガラシは不快そうな顔で彼の手を振り払った。

 「なにがよ」

 「アトルのことだ」

 一瞬だけ、コガラシの表情が歪んだ。たった少しの間のその表情を、メツスィーは見逃さなかった。

 「やっぱり……知ってるだろ!? アトルが、あんなことを言っていた理由を」

 「………」

 コガラシは黙り込んだ。いつもの彼女らしい鋭さが消え失せた。動揺しているようだ。

 少し考え込んだ、その後。

 「とりあえず、来て」

 コガラシは、メツスィーの手を引き、無理矢理牢から連れ出した。



 コガラシとメツスィーは、牢から少し離れた平地に降り立った。そして、近くの大きな岩に腰かける。

 淡く柔らかな月の光が、二人の顔を照らす。白いぼんやりとした輪郭に映し出されるコガラシの顔は、この世の誰よりも美しく見えたような気がした。

 夜の風が頬を撫で、静かな空間を流れていく。ここには、二人しかいないように感じた。

 「それで」

 深刻な表情で、メツスィーはコガラシの瞳の奥を見つめた。

 「お前は、何を知っているんだ?」

 「アトルの、病のことよ」

 コガラシは、努めてあっさりと答えた。

 「病……だと?」

 そんなことは初耳だ。彼――アトルは、そんなこと一言も口にしていない。そもそも、病を持っているような素振りも見たことがない。

 コガラシが、見下した目で言う。

 「まさか、アンタ長い知り合いのことなのに、今まで知らなかったの? 信じられない」

 「なんだと!?」

 激しい形相でメツスィーは立ち上がる。両拳を強く強く握り締め、赤くなるほど唇を噛んだ。

 コガラシの一言が気に入らなかったこともあるが、何より、コガラシの言う真実が気に入らなかった。本当に、彼女の言う通りだ。自分は、今までそんなこと知らなかった。

 「落ち着きなさいよ」

 対して驚く様子もなく、コガラシが宥める。とりあえず感情に任せていたらどうにもならないので、気持ちを落ち着かせて、彼女の話を聞くことにした。

 メツスィーがまた腰を下ろしたのを確認して、コガラシは溜息をつく。

 「アトルも、困り者ね。アンタ達は、彼が生きることを望んでここまでしていたのに、彼自身は、そんなことできないのを分かっていたんだもの」

 「…………」

 「彼の病気は」

 黙ったままのメツスィーをちらりと横目で確かめてから、コガラシは続ける。

 「彼の父親が持っていた病気と同じ」

 「……? どういうことだ?」

 「つまり、彼の父親が持っていた病気が、アトルに受け継がれたってこと」

 「だけど、モクテスマ2世陛下は生きているじゃないか」

 「そうね、対処が速かったのでしょう」

 コガラシは平然と言う。

 「けれど、アトルは気づくまでに時間がかかった。当然ね。彼は妾の産んだ第2皇子で、母親も早くに亡くなった。周りの側近は第1皇子を支持する者ばかり。誰も、彼の様子に気づかない」

 「ちょっと待て!」

 メツスィーは驚きに目を見開き、思わず声を上げた。

 「アトルの母は、亡くなっているだって?」

 「あら、それも知らなかったのね」

 このことも知らなかったのかと、コガラシは意外そうに、そして軽蔑しているような視線で、メツスィーを眺めた。

 「彼女は殺されたのよ」

 「殺された?」

 「正妃に」

 メツスィーは固唾を呑み込んだ。さっきから彼は驚きっぱなしだ。

 「まさか」

 「ホントだって言ってるでしょ」

 現実での正妃は、些細なことには怒らず、召使たちにも慈悲を与える優しい方だと慕われていた。実際、メツスィーも遠目に見たことが何度かあるが、黒髪の美しい可愛らしい女性だった。少年の頃盗みの罪を隠そうと嘘をついた時に、それを信じてくれ、食べ物を分けてくれた恩は忘れていない。

 「正妃は、アトルの母親に嫉妬していた。王の寵愛を奪った側室を。そして彼女は、産後で疲れ果てていたアトルの母に、薬湯だと偽って、毒薬を飲ませた」

 「………!」

 なんてことだろう。あの優しげな女性が、そんなことをしたなんて!

 「アトルの側近の者達は、裏で正妃が用意した、見張りのための者達。そして、表では、正妃はアトルを愛する、優しい奥方様」

 「……そこまで、酷いとは……!」

 ――つまり、アトルは嘘ばかりついていたのだ。あの聡明な皇子様が、周りの画策に気付かないはずはないだろう。なのに、あえて無視して、笑って……。

 「そして…月日があったある時、アトルは自分の左胸の塊に気がついた。しばらくして、彼はそれを病だと――いつか自分を殺すものだと、悟った」

 「………っ」

 アトルの辛さは、彼の話からだいぶ理解しているはずだった。彼が城のことで愚痴をこぼして、それに頷きながら、自分は彼の苦痛が分かっていると思い込んでいた。でも、違った。

 真実は、もっと残酷なものだった。

 メツスィーは、己の情けなささに絶望し、俯く。背中が月の光を遮り、表情は影に包まれる。

 そんな彼の背中を、躊躇しながらも、コガラシは擦った。出来る限り、優しくあるように。

 背中に温もりを感じながら、メツスィーは呟くように言った。

 「……誰から、そんなことを聞いたんだ」

 「テスカトリポカ様」

 「……そんなに詳しいことまで知っているのか、あの神は」

 「まあ、立場柄ね」

 メツスィーは深く長い溜息をつく。酷い新事実が多すぎて、理解は出来ても気持ちがなかなかついて行かない。

 そして、ある重大なことに気がついた。

 「………シェータは、テスカトリポカといるのか?」

 「…そうね。このことを知らなければいいけど」

 「……!」


     ◆◆◆


 「戻ったか、草花係」

 「あっ、はい!」

 壊された壁の穴から、自分たちに与えられた部屋――牢獄の中に戻ると、未だにテスカトリポカが悠長にくつろいでいた。退屈そうに大きな欠伸をして、シェータを迎え入れる。

 シェータは周りをきょろきょろと見回して、そして友人の姿がないことを確認すると、テスカトリポカに問いかけた。

 「あの、コガラシは、ここには戻ってきてないんですか?」

 テスカトリポカは眠そうな顔をしてシェータを見上げた。

 「うん? 向こうで会ったであろう?」

 「いえ、アトラトナン様の神殿の前で別れたので……」

 テスカトリポカは少し考えた後、思い出して納得した。

 「そういえば、戻ってきた後、あの盗賊の男を助けてくるように命じたな」

 「盗賊の男を、助けに………そうだった! メツスィーは無事なの!?」

 すっかり忘れていた。自分が気絶した後、メツスィーはどうしたのだろう。やはり、兵士たちに掴まってしまったのだろうか。彼が女装していない時の顔は、既に兵士たちにばれているようだった。なら、必ずしも安全とは言えない。

 心配そうに表情を曇らせるシェータを面白そうに見た後、テスカトリポカは愉快そうに笑った。

 「助けに行かせたと言ったであろうが」

 「あ、そうでした…」

 ――そうだね、コガラシなら大丈夫だ。

 「ついでに、気が向いたら報告もして来いと言った」

 ――報告?

 「……メツスィーに、何の報告ですか?」

 「………まあ、とある人物についての情報……のようなものだ。話しても話さなくても好きなようにしろと言ったから………話さなかったかもしれぬがな」

 ――とある人物。それは、はたしてアトルのことだろうか。

 それならば、知りたいけれど………。

 「あたしにも、教えてくれませんか?」

 「駄目だ」

 テスカトリポカは急に真剣な顔になって、きっぱりとシェータの願いを突っぱねた。

 訝しげにシェータは眉間に皺を寄せ、問う。

 「……なぜですか?」

 「アトラトナンから力を授かってきたのだろう?」

 シェータは驚いて自分の全身を確認する。前とは何一つ変わっていないはずだ。それなのに、なぜテスカトリポカはそんなことが分かるのだろう。

 身体を撫でるように触っているシェータに、テスカトリポカは「違う」と苦笑した。

 「お前の全身から強い力を感じる。今までは感じなかった気をな」

 「……そんなに、強い力を?」

 「当たり前だ。アトラトナンの司る力だからな」

 テスカトリポカは呆れたように腕を組んだ。シェータは実感のわかなさに少し困惑する。

 彼女の様子を眺めて、テスカトリポカは自分自身にも決意するような口調で言う。

 「余計なことを吹き込んでお前が不安定になったら、その力は大地を滅ぼすからな。今は、言えん」

 ――今言ったら、あたしが不安になるようなことなんだ……。

 嫌な予感に胸がざわつくけれど、テスカトリポカの言うことも尤もだった。シェータはそう自分に言い聞かせて、テスカトリポカに願い出た。

 「では、全てが終わった後に、教えてください」

 深く響く重低音の声が、遠慮がちに答えた。

 「………良いだろう」

 テスカトリポカは、砕けた壁から覗く白い光を眺めた。東の空が少し明るい。もう数刻したら夜明けのようだ。

 「もう話は良いだろう。じきに、儀式の刻となる。急げ、皇子を救うためにな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ