第15章 対面
そろそろテスカトリポカVSアトルへ行けるかなー、思ってたら……
スイマセン>< 読みが甘かったようです;;
「メツスィー! ただいま―――!!」
「!!」
やけに明るい大音量の「ただいま」と共に、シェータは窓を突き破り小屋の中へと飛び込んだ。ガチャーン、と派手な音を立て、窓辺に積んでおいた武器の山が崩れ落ちる。飛び込んできたシェータとコガラシは、勢い余って武器山の中へと転倒する。何事かと確認したメツスィーの後頭部にも、とばっちりで短剣の鞘がぶつかる。痛そうだ。
「痛-……」
頭を擦りながら、メツスィーは飛び込んできた小さな影を確認する。
銀の長髪、色白な肌、華奢な体躯……なぜかとても懐かしい、小さな少女神。
「シェータ!」
メツスィーは傍にいたコガラシごと、シェータを抱き締める。力任せに、強く強く。男盗賊の腕力を顕著に見せつけられ、シェータは「うぇ」と呻く。巻き添えをくらったコガラシは、何とか腕から抜け出そうと必死に爪を立てている。
自力では抜け出せそうにないと悟ったのか、コガラシは一言吐く。
「…いい加減にしなさいよ、オカマ!!」
その一言で力強かった腕はするりと落ちる。メツスィーはその両腕を床にぴったりと付け、見るからに落ち込んでいるような体勢になる。その隙に、シェータとコガラシはそそくさと逃げ出す。
ここで慰めようとしたシェータがとどめの一言。
「あ…メツスィーは確かに女の人にはなれないけど、とってもかっこいいと思うよ。ね?」
コガラシはにやにやしながら呟いた。
「確かに……ね」
結果として、メツスィーの落ち込みはいっそう増した。とりあえず起き上がり、乱れた前髪を整えながら、安堵の息をついた。
「まぁ、良かった…。いつものシェータだな」
「――それで、どうするんだ?」
弧を描くように座り、4人は額を突き合わせた。ちなみに、その内の一人は、大神テスカトリポカだ。
メツスィーはそのことが気になって仕方がないのだが、二人はそんなことにはお構いなしだ。
シェータは神殿の略地図を覗き込みながら、何やらコガラシと話し込んでいる。
「メツスィー」
不意に名前を呼ばれて、メツスィーは一瞬動転した。だがすぐに、頭は冷静になる。
「ああ、なんだ?」
「儀式の時間は、明日の夜明け……なんだよね?」
シェータは地図から目を離さずに言う。凛とした瞳は、蜂蜜というより琥珀に近い。
「そうだ。日が昇るのと同時に、神へ捧げる言葉を唱え、心臓を抜き出す」
「夜明けまで………」
「時間がないわね…」
「先日の騒ぎがあったから、神殿の周りの警備はかなり厳重にされたらしい。兵の交代の時間も、上手くずらされて隙がない」
「ん………」
シェータは悔しそうに爪を噛む。眉間には皺を寄せ、睫毛が微かに上下する。きっと頭の中には、いろいろな考えが巡っているのだろう。
「シェータ、一体何をやるつもりだ」
シェータはゆっくりと頭を上げ、上目づかいでメツスィーの目の奥を覗き込んだ。その動作が意外に色っぽくて、彼は思わず赤面しそうになる。
「アトルを、神殿から攫うの」
「なんだって!?」
咄嗟にメツスィーは素っ頓狂な声を上げた。外に聞こえるのではないかという心配は皆無だ。
「アトルを攫って、その後どうするつもりなんだ! 国中が大騒ぎになるぞ」
「それは」
「そのことに関しては考えがあるわ」
コガラシはシェータを制して言った。
「シェータに、ケツァルコアトル様の使者になってもらう」
その発言に、シェータ、メツスィーの二人は、ぴったり揃えて返事を返した。
「「どうやって?」」
コガラシは、はぁ~…と長い溜息をつく。初対面の人なら嫌な奴だと思いそうだが、慣れた今ではこれが彼女なのだと納得している。
「もう少し頭を使いなさい。シェータ、アンタのその見た目なら、弄ればいくらかは誤魔化せるでしょ?」
そう言われてシェータは自分の容姿を確認する。
ケツァルコアトルは白い肌、黒髪、黒い目。自分は、白い髪、黄色い目、でも白い肌……。
なるほど、確かに手を加えれば何とかなりそうだ。
「ただ!」
コガラシは人差し指をシェータに突きつける。
「大神であるケツァルコアトル様の使者に扮するのだから、態度がとても大切よ! いつものアンタみたいに、へなへなしてるのじゃダメ!」
「分かった!」
シェータはきりりと表情を引き締め、両拳を握り締めて叫んだ。その凛々しさに、初めてメツスィーは、シェータが神だということを実感した。やはり人間と違う雰囲気がある。
「つまり」
メツスィーもまた、先程とは違った表情で言う。
「アトルを攫い、その後シェータが姿を現し、“ケツァルコアトルの使者”だと名乗る。そして」
「生贄の儀式を止めるように叫ぶの!」
シェータの顔に明るい色が浮かんだ。
だが、そこまで黙って会話を聞いていたテスカトリポカが厳しい顔つきをして言った。
「……それは、難しいと思うぞ」
皆の視線がテスカトリポカに一極集中する。特に、シェータの視線は鋭い。
「…テスカトリポカ自身が言うのなら、民は従うかもしれん。あくまで可能性だがな。だが、“使者”と名乗ったところで従う可能性は低いぞ」
「だからって…!」
シェータは思わず叫んだ。
「だからって、何もしないんじゃ何にもならない! 何かやれば結果は出るんだから」
「ははははは!!」
突然テスカトリポカが大声で笑いだす。何事かと集中していた視線に動揺が乗る。
テスカトリポカは腹が痛くなるのではないかというほど笑い、そして言う。
「お前は真に面白いな、草花係よ! いいだろうやってみよ。気に入れば、余が協力してやってもよい」
「え……?」
一瞬シェータの顔色には不安の色が浮かんだが、すぐにそれは歓喜に変わった。
「本当ですか!? テスカトリポカ様!」
シェータは胸の前で手を組み、まるで神に祈るようにして目を輝かせた。相手は確かに神様なのだが、自身も神なのだから、その様子はシェータにしては異様だった。
テスカトリポカもまんざらでないらしく、誇らしげにふんぞり返っている。
「うむ」
「問題は、どうやって、いつ、アトルを攫うか、だわね」
これといって感情を変化させずに、コガラシは言った。主君の気まぐれを理解しているようだ。シェータはまた地図を覗き込む。
「まず、夜は無理だわね。兵が何人も見張りにつくし、儀式の2時間前には神官たちが迎えに来る」
「かといって、今も無理だ。神殿で祈りのために籠ってる」
「どうしたら……」
3人はそれぞれに思いを巡らせる。その迷いを切り開くように、テスカトリポカは一言を発する。
「今行けばいいだろう?」
その発言に3人はポカンとしていたのだが、その意味に気付いたメツスィーがあっ、と声を上げた。
「そういうことか!」
「どういうこと?」
訳の分からないシェータがきょとんとする。コガラシも理由を知らないのか、メツスィーの顔を見た。
メツスィーは説明をしようと口を開いたが、少し躊躇して口ごもった。が、「まあ、いいだろうかな」とでも言っていそうな表情で言った。
「おそらく……今日は儀式のために、朝から準備を始めているはずだ。この時間は……たぶん…神殿の沐浴場で、も」
「行くよコガラシ!!」
「ちょ……!」
場所を聞くなりシェータはコガラシを連れて小屋を飛び出した。
◆◆◆
暖かな太陽が体を照らす。きらきらというよりはギラギラと輝いている太陽を見ると、もうすぐ夏がくるのだろうなと思う。風も温かい。
シェータは周りを見回し、そして深く息を吸った。
「……っん、はぁー……気持ちいいねー、コガラシ。ところで神殿にはもう着く?」
「あのねぇ…」
コガラシはいくらか不機嫌そうだ。理由は飛ぶことの出来ないシェータを支えているからである。
シェータはコガラシに脇を掴まれながら、空をふわふわと浮遊していた。
「アンタが重いから早く着かないのよ! いい加減飛ぶ練習くらいしなさいよ!」
「…あたし植物神だから飛べないもん」
シェータはぷうっと膨れっ面をした。
ぱたぱたと、可愛らしい羽をはためかせながら、小さな薄緑色の小鳥が寄ってきた。ピイピイと鳴いてとても愛らしい。
シェータはにっこりと微笑み、その小鳥たちと手で戯れる。
そんな時、ふと、妙なことを思った。
「……ねぇ、コガラシ」
「…………何よ」
シェータは、去っていく小鳥をも送りながら、呟いた。
「アステカの民は、皆生贄は“名誉だ”と思っているけど……そうじゃない人もいるよね? 例えば、メツスィーみたいに」
「そんなのは分からないわ」
コガラシは進行方向を向いたまま言う。神殿の白い屋根が見え始めた。
「この国の民は皆親から“生贄は名誉だ”と教えられてきたのだから。普通の人々は生贄を喜ぶでしょうね。けれど、そんなのは体験してみないと分からない。オカマ……メツスィーにしたって、何かしら理由があるはずだから」
「……そうだよね。皆、分からないだけなんだ…」
シェータは自分の両の掌を見つめ、そして、握った。
――分からないのなら、誰かが教えなくちゃいけない。
コガラシが目的地を指差した。
「ほら、着いたわよ、シェータ。アトルのいる神殿の……沐浴場」
――パシャパシャと、水音が聞こえた。
最初にコガラシが気付いた。
「………シェータ、今入るのは気を付けないと…」
コガラシの忠告など聞かずに、シェータは神殿の中へと駆け込んだ。
「アトル!」
「シェータ? ……って、うわっ、ちょっと……!」
――……沐浴中だった。
泉の中央で、アトルは立ち竦んでいた。褐色の滑らかな肌が露わになっていて、水に濡れてどこか艶めかしい。いつもは軽く束ねている黒髪も、今は解かれていて、ぽたぽたと雫が滴っている。
一瞬、双方の動作が止まった。体が硬直して、先に動いたのはシェータだった。
途端にシェータは真っ赤になり、自然とアトルに背を向ける。後ろめたさからか、思わず下を向く。
「あああアトル、ごめんっ! 何もっ、何も見てないからっ!」
アトルもまた、派手に水音を立てて水の中へと潜り込む。辛うじて頭だけが覗いている状態になった。
彼もまた、焦りで早口になる。
「見てないって、見てないって……そ、それならいいけど……っ、あ!」
うっかり忘れていた。アトルはやっと共にいた侍女たちの存在に気付く。咄嗟にアトルは周囲を確認すると、彼女たちは突然の侵入者に悲鳴を上げそうになっていた。アトルはどうにも出来ないと頭の隅では分かっていながら、泉から飛び出す。もちろん、傍にあった麻布を素早く体に巻きつけた。
……だが、すぐさま黒い風が泉の周囲を駆け回り、侍女たちを気絶させる。彼女らは悲鳴も上げられずに倒れ、柱の陰からは数名の衛兵も倒れた。やはり、かなりの見張りがついていたようだった。
シェータの前に、ひらりと黒い神が舞い降りる。テスカトリポカだ。
その横から、コガラシがひょいと顔を出す。いつも以上の呆れ顔だ。
「……だから言ったじゃない…」
テスカトリポカといえば、笑いを堪えようと顔を手で押さえながら、それでも平静を装っていた。
「安心しろ、草花係よ。見張りは全て気絶させた」
さらに恥ずかしくなり、シェータは赤面しながらぼそぼそと言った。
「…あ、ありがとうございます……」
「あなたは!」
背後からアトルの驚きの声が飛ぶ。もう大丈夫だと思って振り向くと、とりあえず一枚ほどマントを羽織っていたのでシェータは安心した。
シェータに道を開けるように合図し、テスカトリポカはアトルの方へと歩みを進める。アトルは驚きと感動からか、目を真ん丸にしていた。まるでシェータのようだ。
歩みを止めると、テスカトリポカは値踏みするようにアトルを見つめた。対する少年は、物怖じもせずに大神を見つめていた。
「お前がアトル・イルウィカミナか」
テスカトリポカがそう言うと、アトルは皇子らしく姿勢を正し、凛とした態度で応えた。
「はい」
テスカトリポカはにやりと笑む。そして、言い放つ。
「余は、お前と戦いたい」




