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第6話

 私の家は代々続く地方の名家で、祖父も父親も地方議員をやっていた。父親の次は家を取った兄がそれを引き継ぐんだろう。

  大学を出たら、お見合いでしかるべき家に嫁ぐこと。それは子供の頃から決められていたし、上の姉たちも当然のようにそうしていた。結婚は家と家とを繋ぐもの、そんな時代錯誤な思考がまかり通る田舎。勝巳と私は同級生で、一緒に卒業した訳だけど。私はその後もなんとなくうだうだとマンションに残っていた。

「学生のころは自由にしていいって。でも甘やかすのはそれまでだって言われていた」

  その話を耳にしても、勝巳は驚くほど冷静だったことを覚えている。

「う~ん、やっぱ変だなあとは思っていたんだ。あんなでかいマンションを買ってもらって、いつも綺麗な服を着てて。そっか、そう言うことだったのか……」

  勝巳は伸びかけた髪をガシガシとかきながら、呟いた。

「大学出ても、働くんでもなければ田舎に戻るんでもなく。そこまでのお嬢様だったんだ、美鈴は」

  私と視線を合わせないように窓の外を見た勝巳が遠く見えた。

  どうしてそんなこと言うのって、凄く悲しかった。やっぱり勝巳は諦めちゃうの、行くなって言ってくれないの? ……私たちの間ってそんなものだったの?

  そりゃ、未だに手を繋ぐだけ。あまりに清く正しい交際だったと思う。いい大人が半年も付き合って何もないなんて、その方がおかしい。でも……。

「そんな、そんな風に言わないで」

  夕日に染まってオレンジ色になった自分のスカートを握りしめて、力なく俯いた。とたんに涙が溢れそうになって、慌てて唇を噛む。

「ねえ、勝巳。私、きちんと断ってくる。好きでもない人と結婚なんて出来ない、だから、……あの、私……」

  意を決して、顔を上げる。そして後ろを向いたまんまの勝巳の背中に、しっかりと言った。

「そしたら。ここに戻って来ちゃ駄目? 私、勝巳と一緒にいちゃ……駄目?」

  勝巳の背中が大きく揺らいだ。でも、返事はない。いたたまれなくなって俯くと、涙がぽろぽろ溢れてきた。

「……うっ……」

  必死に押し殺しているのに、どうしても嗚咽が上がってしまう。

  勝巳と一緒にいたい、勝巳としか一緒にいたくない。どうしてかなんて、わからない。でも私は、夢を追いかけている勝巳の側にいたい。

「美鈴、あの、ごめんっ! ……泣くなよ」

  涙で滲んだ視界の向こうに彼の膝小僧が見えた。いつの間にか、私の膝先にくっつくくらいの近さで、彼はこっちを向いている。

「美鈴にこんな風に言わせるなんて、俺、ホント最低だと思う。ごめんっ、俺も、美鈴がいいよ。だけど……自信なくて。俺、金もないし。きっと、苦労ばかりさせちまうし……でも」

  スカートを握りしめてた手がぐっと掴まれた。汗ばんだ手が小刻みに震えている。

「俺、美鈴と一緒にいたい。もう、美鈴がいない世界は考えられない」

「勝巳……」

  ぎこちなく重なり合う初めてのキス。嬉しかった、彼も私を必要としてくれる。それなら全てを捨てられる、もう迷わない。


 まあ、これもお約束なんだけど。そうは問屋が卸さなかった。

  その日、勝巳のアパートを出て、そのまま田舎に戻る電車に乗っていた。夜もすっかり深くなってようやく我が家に辿り着く。三日後のお見合いの準備は全て整っている。お見合いなんて名ばかりで、もうその人と私は結婚することに決まっていたのだ。結納から挙式から披露宴から……それらはすべて手配済みだった。

  今までにないくらいの笑顔で愛娘を迎えた私の父親は、しかし、私がお見合いの中止を訴えると、その態度を豹変させた。

「そこでしばらくは頭を冷やせ」

  私はそのまま、屋敷の隣りにある土蔵の二階に押し込められた。入り口は見張りで固められて、外に出ることは不可能だ。部屋にはかろうじて身体が通る大きさの小さな窓があるだけ。でも、そこから出たとしても、土蔵の外壁は足や手を引っかける場所などない。幽閉された、と言う表現がぴったりだった。

「お前がそこまで刃向かうとは。さては東京にいい男でも出来たな?」

  きっぱりと言い当てられて、私は顔色を失った。

「でも、残念だったな。そいつとは二度と会うことはない、三日後の顔合わせの後はそのままあちらの家に入ってもらう。今のご時世、挙式までは清く正しくなんて流行らないだろう? お前が変な気を起こす前に、こちらも手を回させてもらうぞ?」

  とても、我が子に言う台詞とは思えない。だが、そんなこともまかり通ってしまうのが、この一族だ。

  それって、三日後は私はその結婚相手と? やだ、絶対にそれだけは嫌だ。

  ――勝巳にだって、あげてないのに。

  半ば錯乱状態で、窓の外に身を乗り出していた。でも、植え込みがあるとは言え、普通の家屋の三階ぐらいの高さがある。ここから飛び降りれば命の保証もない。心は決まっていても身体がいうことを聞かないのだから、絶望的だった。


 二日目の晩、開けはなった窓から月を眺めていた。勝巳はどうしているだろう? 私のこと、心配してくれているだろうか。屋敷の庭にはどう猛なドーベルマンの成犬が三匹もいる。不審者は瞬時にかみ殺されてしまう、というのが祖父の自慢。だから、庭の警備は手薄だった。この二日様子をうかがっていいたが、見張り番は父親の側近が引き受けているため、彼らに私の泣き言など聞き入れる余地はない。トイレに行くときは監視を付けて屋敷に入るが、ぴったりと付き添われていては逃げ出すことは不可能だった。

  ――コン。

  そのとき、窓枠に何かが当たった。

「……」

  ハッとして、下を見る。今までは何も見当たらなかった植え込みの中に、何か動くものが――

「美鈴……!」

  その声、その姿。私は声をなくして、そのまましばらく立ちつくしていた。

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