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第2話

「……え……?」

「……何なのっ、これ」

  私と勝巳の声が重なる。

  だって、どう考えたってあり得ない光景。

  今まで何もなかったその場所に、もわもわとしたドライアイスの煙のようなものがあとからあとから湧き出てくる。そして、その中央に「白い人」が浮かんだ。……ええと、子供? 女の子?

  驚いて叫び声を上げる間もなく、その子は勝手にしゃべり出す。

「何よ、あんたたち! 黙って聞いてればどうでもいいようなことを延々と……いい加減にしなさいよねっ。ご覧なさいよ、この翼をどうしてくれるの!?」

  ……翼?

「え、ええと……」

  どうにかして口を開いたものの、次の言葉が続かない。

  大体、あなたって誰? どっから出てきたの?

  銀の輪を頭にはめて、きらきらのやわらかい金色の髪を背丈よりも長く伸ばしている。身につけているのは光沢のある真っ白な服。そして、背中に。背中に翼が……。

「……す、すげえ」

  白い人の向こう側で私同様に腰を抜かしている勝巳も、それに気づいたみたい。

  何なの、この子。人の部屋に勝手に入り込んで仮装大会でもしているの? それにしてもリアルすぎ、登場の仕方も普通じゃなかったし。

  背中から生えているのは片方だけ、彼女の手にはもう片方の翼が乗っている。まるで根元からぽっきりと折れてしまった感じだ。

「何、呆けてるの! そんな場合じゃないでしょっ!」

  もっと素早い反応をしなさいよと言わんばかり、女の子はキッと私たちを睨み付ける。

「美鈴が棚にぶつかって私を、正確には私のヒトガタを落っことしたんじゃない! だから、こんな風に取れちゃったのよ!」

「え?」

  落とした? ……ヒトガタ? しかも、この子、当然のように初対面のはずの私を名前で呼んでるし。

  まったく訳のわからないまま、私は目の前の人をもう一度確認していた。

  今は怒りで別人のように歪みまくっているけど、もともとは綺麗に整った愛らしい顔であるらしい。本当に人形のように可憐な――待て、人形っ、人形ですって……!?

「ええっ、あなたって……やだっ、もしかして!」

  私は慌てて振り向くと、散乱した床の上を慌てて確かめる。……やっぱり。

「げっ!? それって……」

  私の拾い上げたものを見て、勝巳も思わず声を上げる。そして私の手の中にある小さなものと今現れた異様な存在とを、交互に見つめてた。

  それは。

  片手の上にちょんと乗る、小さな置物。全体が透明な水晶で出来ていて、天使の形になっていた。そして今は翼が片方、ぽっきり折れている。

「弁償してよね?」

  綺麗な姿に似合わず、冷たくてふてぶてしい声。とにかくこの違和感がすごい。今までは、あまりに驚きすぎていて、そのことにまでは頭が回っていなかった。

「恩を仇で返すなんて……だいたい、ニンゲンが天使を侮るなんて千年早いわ! あんたたちねっ、私の折れた翼の代償はどうしてくれるのよ!?」

  そ、そうは言われても……。

  大体、こんな非現実的な状況をあっさり受け止められる方が変。

  夢か幻か、はたまたどっきりカメラか、そのあたりが妥当よね。でも、作り物にしてはあまりにリアル。安アパートの安っぽい蛍光灯の下、キラキラと夢のように輝く金の波。

「……あ、そ~だ!」

  私と勝巳が呆気にとられている間に、目の前のその子は何かを閃いたみたい。ぱっと顔を輝かせる。でもそのすぐあとに見せた微笑みは、「天使」にあるまじき、毒々しさを含んでいた。

「きーめた! 美鈴、これから私と一緒に来て。そしてこの先一生、私の下で働いてもらうことにする!」

「え、何それ、……きゃあっ!!」

  その瞬間、いいとこ小学生高学年くらいという外見のあどけない少女が、およそその身体に似合わない強い力で私の腕を引いた。

  それだけじゃない。

  少女と同時に私の身体もふわっと空中に浮き上がったのだ。あっという間に、足の裏が床から一メートルぐらい離れる。これ、かなり怖い。

「いっ、いやあっ! 何よっ、どうするって言うのよ!?」

  思い切り腕を振ったけど、びくともしない。この子、もしかして勝巳より怪力なんじゃないかしら。

「み、美鈴っ!?」

  すでに遙か下に遠ざかった勝巳。あまりの状況にしばし、呆然としていたようけど、やがて立ち上がって腕を伸ばしてくる。

「ま、まさるっ!?」

  もちろん私も必死に腕を伸ばしたけど、ふたりの指先はちょっとのところですれ違ってしまった。

「やあねえ……」

  私をさらに上空へと導いた少女が、馬鹿にした笑い声をあげる。というかこの部屋、いつからこんなに天井が高くなったの? もうとっくに頭がぶつかってる高さだよ?

「どうしてそんなに慌てているの? 美鈴はさっき言ってたじゃない、『あんたの顔なんて、見たくない』って。だから、その願いを叶えてあげる。もう一生、勝巳には会えないから安心して」

「え?」

  思わず見上げた視線の先には、呑み込まれそうに恐ろしい微笑み。

  天使の姿をした悪魔。それを確認したときに、私の顔は凍り付く。そしてそのまま、するりと抱き寄せられる。何とも言えない淡い香りが鼻をつく。

「勝巳」

  甘い香りに朦朧としてくる意識の底で、少女の声が響く。ボーっとしながら振り向くと、何かを叫んでいる勝巳の姿が見えた。でももう、その声は私の耳に届かない。

「美鈴を返して欲しければ、水晶宮までいらっしゃい。あなたにはこの鍵を預けるわ。ま、どんなに頑張ったって無理でしょうけど」

  少女の白い手から、下に投げられた光るもの。――ペンダント?

  それを必死に受け止めた勝巳の姿が、最後に見えた気がした。

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