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第11話

「え、勝巳……?」

「……み、美鈴……」

  私たちは、お互いに信じられない様に呆然と立ち尽くしていた。だって、あんまりに突然に、一番会いたかったその人が目の前に現れたんだもの。

「美鈴、だよな? 今度こそ、本物だよな」

「う、うん」

  恐る恐る腕を伸ばしてくるその人にそろそろと近寄る。頬に温かい手が触れたのを感じた次の瞬間、力いっぱい抱きすくめられていた。

  ぎりりっと背骨がきしむ音が聞こえる。ぬくもりに包まれたら、勝巳の口から大きな溜息がこぼれた。

「良かった、本当に美鈴だ。……良かった」

  それから彼は腕を解いて、私の顔を両方の手で包み込んだ。ざらざらした指先が耳たぶに当たって、くすぐったい。勝巳は少し目を細めて、私をじっと見つめた。

「さっきは、ごめんな。取り乱して、悪かった」

「え、うん……私の方こそ」

  言いたいことがたくさんあったはずなのに、勝巳の顔を見たら、それだけで胸がいっぱいになってしまう。

「勝巳……来てくれたの? ……どうして」

  すると勝巳はふっと表情を崩す。

「渡したいものがあったから。美鈴のものだから、これだけはちゃんと渡そうと思って――」

  するりと、左手を取られる。

  しばらくは、ポケットをごそごそとやっていた勝巳。ようやくお目当てのものに辿り着いたようで、にっこりと微笑んだ。私の大好きな、素敵な笑顔。

「はい。気に入って貰えるか、心配だけど」

  するする…。あてがわれたように、私の薬指に吸い込まれていくリング。埋め込まれたきらきらの石。私の誕生石。

「シンプルだけど立て爪と較べると実用的だって。美鈴、よりによってダイヤモンドなんだもんな。他のより、よっぽど高く付いて参ったよ」

  だけど、まだ信じられない。もちろん、すごく嬉しいんだけど、それでも。

「あ、あの、勝巳。なんで? 私の指のサイズ、知らないでしょ?」

  もっと他に言うことがありそうなもんなのに。金魚のようにぱくぱくと口を動かしたあとに出てきたのは、こんな間抜けな言葉だった。

「だから、この前計ったんじゃないか。どうしても、面と向かって聞けなくてさ」

  指輪のはまった私の手をしばらく満足そうに眺めていた勝巳は、私の声にふっと顔を上げた。

「計ったって? そんなこと……」

  答えながら、もしやと思った。床に落とした、針金。もしかして、あれ?

「あんな風にあからさまに言われてさ、はいそうですか、買いましょうとは言えないの。それくらい、わかってくれよ」

「……」

  何だか、とっても恥ずかしい。真っ赤になって俯いてしまった。

「新人の子の実家が宝石店やってて、たくさん割り引いてくれるって言うから。こっそり用意して、驚かせようと思って」

  ……は?

「その見返りとばかりに遠距離恋愛の彼氏の愚痴とか山のように聞かされてさ、本当に参ったよ。若者のノリに付いていけない自分が悲しくなったな。今日は仕事の後、コレを受け取りに行ったんだけど……手違いがあって納品が遅れていて。あのときは、ホントに焦ったよ」

  ……はあああ?

「今まで待たせてごめん、次の休みに俺の実家に行こう。こんな定収入のない男じゃ情けないけど、やっぱ俺には美鈴がいないと駄目なんだ。家に戻ってきたときに、美鈴が迎えてくれると本当に幸せだと思うから……」

「ま、まさる……っ!?」

  もしかして、これって、……プロポーズ!? え、本当に? 本当の本当に?

「あの、美鈴。……返事は?」

  あああ、身体がガクガクと震えて止まらない。勝巳のセーターをがしっと掴んで、ぎゅーっと伸ばす。

「も、もちろんだよ! 嬉しいっ! ホントにいいの? 私、勝巳と一緒にいていいの? あの……」

  勝巳の手がゆっくりと私の背中に回る。そして、満足そうに微笑んで。

「そんなの。出逢ったときから、決めていた」

  すごい、夢みたい! だけど、こんな素敵な夢があっていいのだろうか? 盆と正月とクリスマスとGWと夏休みが、束になってやって来たみたい。頭の中が打ち上げ花火でばんばん言ってる。私――


 ――ばりんっ!!


「え!?」

  突然、私と勝巳の座っていた床に亀裂が入った。その割れ目に足が取られる。

「嘘っ!? リル!」

  はたと気が付くと、一瞬前まであったはずの水晶の部屋が跡形もなく消え去ってる。私と勝巳は抱き合ったまま、ふわっと宙に浮いたと思った次の瞬間、重力に引っ張られて真っ逆さまに落下した。

「うわああっ!!」

「何!? リルっ、どうなっているのよ!?」

  慌てて振り向くと、リルも呆然としている。このような事態は、彼女にとっても想定外だったらしい。

「だって、あの部屋はあなたの閉ざした心で出来ていたんだもん。あんなに急に開かれたら、壊れちゃうに決まっているでしょ! ああっ、ニンゲンってだから嫌! ホントに些細なことで泣いたり笑ったり……その単細胞にはとてもついていけないわ!」

  どうしよう、完全にヤバイ。そう思った私は、死にもの狂いで何かを掴んだ。

「きゃあああっ!! 何すんのよっ、離して――」


 ぶつんっ!!


 私が掴んだのは、リルの背中に片方だけ残っていた大切な翼だった。そして私と勝巳、ふたり分の重みに耐えきれるはずもなく、それは根元から取れてしまった。

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