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第10話

 本当は言ってやりたかった。あの子に食事をおごるお金があるなら、私に何かを買ってやろうという気にはならないのって。何十万もするダイヤモンドが欲しいと言っているんじゃないよ、千円のリングだっていい。それなら喫茶店のレシートの一回分だよ、そんなにささやかなものだって十分幸せになれる。

  ……ううん。

  欲しいのは指輪じゃない、それよりも何よりも約束が欲しかった。

  気が付いたら、ずっと長いこと愛し合っていない。そういうこともしなくていいほど、私たちの心は離れていたんだ。それに気が付かなかったのは……もしかして、私だけだったのだろうか。

  あの夜。

  震える私をしっかりと抱きすくめて、これからはずっと一緒だと言ってくれた。自慢だった長い髪を指ですきながら、こんな綺麗な人を手に入れられて世界一幸せだって言ってくれた。

  汗ばんだ素肌で寄り添い合って、明日のことなんて何もわからなかったのにそれでもすごく幸せだったよね。この人がいれば他には何もいらないって、無邪気に信じられた。

  勝巳と初めて結ばれた日の幸せな記憶。ずっとずっと、こころに留めておきたかったのに。

  ……もう、戻れないんだね。

  後から後から涙が溢れてくる。それでも怖くて、どうしても勝巳に面と向かって問いただすことが出来ないでいた。


 今日は、ふたりが暮らし始めた大切な記念日。それを私の口から言ったわけではないけど、朝、出掛けに勝巳は珍しく「今夜は早く戻れるから」と告げた。

  私はその時、思ったんだ。もしかしたら、今日、やり直せるかも知れないって。私は勝巳が好きなんだから、誰よりも好きなんだから、もう一度だけ頑張ってみよう。

  三日分の食費を充てて、腕によりを掛けてご馳走を作る。我ながら、上出来だった。

  ……なのに。

  約束の時間を過ぎても、勝巳は戻ってこなかったのだ。


「もう、おしまいなの。とっくに駄目になっていたの、私たち」

  視線は遠く勝巳の姿を追いながら、絞り出すように私は呟く。今までずっと、口にするのが怖くて我慢していたひとことだった。

「過ぎてしまった関係に、いつまでもすがっていたのは私だけ。勝巳の心はとっくの昔に離れていた。だから、もう、私を助けになんか来てくれない。あの子の方がずっといいと思ってる……」

  背後のリルがまた溜息をつく。私の嘆きが絡み取られて持ち去られる、口から出した言葉がするすると心を解きほぐす。

「じゃあ、なんで。今、勝巳は美鈴を助けに来るの? それって、おかしいじゃないの」

「そんなの、わからないわ。同情じゃないの? それとも、憐れみかしら――」

  私の言葉に反応するように、遠い場所にいる勝巳の足元が割れた。引きずり込まれそうになる寸前にフチに手を掛けてしのぐ。思わず、呼吸までが止まる。ぶるぶるっと身震いした。どうしていいのか、まったくわからない。

  もしも。

  彼が私を助けたくて、私を取り戻したくて、あんなに必死になってくれているなら、こんなに嬉しいことはない。今すぐ、あの場所まで降りていって、抱きしめられたい。勝巳の心と体温をこの身に感じてみたい。

「勝巳…う…」

  また、壁を叩いてみる。でもやはり、どうにもならない。道はどんどん険しくなる。前よりも魔物の数が増えてきたみたいだ。どう見ても、越えられる道じゃない。それなのに、どうして……どうして、前に進もうとするの? ここまで来ようとするの?

「ねえ、リル!? もういいっ、このままだと勝巳が死んじゃう! 助けに来てもらわなくていい、私は一生ここにいてもいい。だからっ、……勝巳を元の世界に戻して!」


 ガラガラガラ……


 そんな音が耳に届いた気がした。建物が一瞬揺れる。見ると勝巳のいたはずの場所がぽっかりと穴を開けていた。真っ白に砂煙が上がる。

「ま、勝巳? まさるっ……!?」

  これ以上前には行けないとわかってるのに、それでも私は壁に身体を密着させていた。目を凝らして、その場所を見るが、彼の姿はどこにもない。がくんと膝が落ちた。

「……ちょっと! リル!!」

  青ざめて振り返る。リルは憂いを含んだ表情で、うずくまる私を静かに見下ろしていた。

「本当に、それで、いいの?」

「……え?」

  この期に及んで、何でそんなことを。瞬きした私に、リルはさらに畳みかける。

「それで、美鈴は満足できるの? 本当に、いいの?」

「そんな……だって、勝巳が」

  私は震えながらも、大きくかぶりを振る。でもリルはどこまでもまっすぐに私を見つめていた。

「勝巳じゃなくて、あんたの、美鈴の気持ちを聞いているんだよ? 本当にいいの、このままでいいの? もう勝巳に会えなくていいの?」

「それは……」

  リルの視線に吸い込まれそうになりながら、私の脳裏にたくさんの思い出が流れていった。

  夢を語るときの照れた笑顔、抱きすくめてくれたときの熱い吐息。出逢ってから今日まで、ずっとずっと好きだった。勝巳がいたから、辛いことも頑張れたんだと思う。

  このまま、別れてしまうなんて嫌だ。最後に一目会いたい。そして、自分の気持ちをちゃんと伝えたい。

  受けとってもらえなくてもいい。私が勝巳を大好きなこと、ずっとずっと一緒にいられて本当に幸せだったことを伝えられたらそれだけでいい。――ううん、本当は、私はもっと我が儘だ。

「……や、会えないなんて。勝巳と一緒にいたい、離れたくない! これからだって、ずっとずっと一緒に……!」

  涙声で必死に訴えた。刹那、リルの姿が霞む。そして、部屋の中の空気が揺らいで―― 


 ぼわっと、目の前の空気が割れる。そして、白い炎の中に忽然と人影が現れた。

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