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目覚めた君は(葵、?歳)

暗く深い。

とても冷たい。

ただのがらんどうな空間にひとり佇む。


それだけの、夢を見た。


それだけなのに、酷く…。


***


目を覚ましたとき、最初に映り込んできたのは本の背表紙。

著者を辿れば、『モンゴメリ』。

赤毛のアンだ、アンシリーズ何巻目だろう…などと思いつつ身動けば、 肩からばさりと何かが落ちた。

落ちた物に視線を落とすと、ふわりとした毛布。

拾い上げて、頬を寄せると懐かしく落ち着く香りがした。


なんでか凄く、泣きたい気分だ。


「そうしていると、Harlowの代理母実験を連想させるなぁ」


飛び込んできた間延びした穏やかな口調。

はっとなって顔をあげると、その声の主が湯飲みを二つ持って奥の台所からやってくるところだった。


「夏目さん…」


そうか、夏目さんのお店に来て私、居眠りしちゃったのか…。

青灰色を寝惚け眼で見上げ呟くと、彼の柳眉がひょいと上がる。


「おやおや、心許ない顔をして」


そう言いながら私の前にコトリと湯飲みを置いてくれた。

離れるその手を目で追い、夏目さんが目の前の机を挟んだ席…つまり彼の指定席に着くまでジッと追いかけた。


「なんか…」


なんでかな、なんでだろ。

酷く寂しい夢を見たから?

目を覚まして最初に見たのが貴方でなかったから?

貴方の香りや温もりだけで、貴方自身がいなかったから?

凄く、すごく 心細くて。


「…会いたかった、です」


寝惚けた脳は上手く感情を整理してはくれなくて。

まるでトンチンカンなことを、目の前の優美な人へ声にして伝えていた。


目の前の双眸が僅に見開かれ、パチリと瞬いた。

効果音をつけるならまさに『キョトン』。

らしくもない可愛らしさに思わずふにゃりと破顔してしまう。

私の表情を見て、ぱちぱちと瞬きを速くした夏目さんの髪と同色の長い睫毛を追う。

本当に綺麗だなぁ。そうして瞬いてるだけだと人形みたい。


「・・・寝惚けてる?葵ちゃん」


「はい」


「ふむ」


顎に指を添えて暫し私を見詰めてくる夏目さん。

と、長い指が顎から外れ柔らかく空気を動かして私に向かってくる。

指先が前髪にたどり着き、そのまま横に流された。

この指を待っていたんだと、目を閉じようとした時。

ガタリと椅子がずれる音。極々至近距離に青灰色。それに映り込んだ吃驚してる私の顔。


「っ」


ぎゅっと目を瞑ると同時に露にされたおでこに僅かな感触とリップ音。

ピシリと固まってしまった。

ゆっくりと外された指先は、名残惜しむように耳から後ろの髪をすべり下りる。

そうしてようやく、石化が解けた。

でこちゅーされた・・・。


「なっなっなにを!今何を!」


「ほら、起きた」


おでこを両手でガード(もう遅いが)しながら睨めば、飄々とした笑顔の人は椅子に座り直してお茶を両手に持って平然顔。

なんだこの心臓クラッシャーは!


「起きてましたよ!」


「寝惚けてたでしょ?」


「そもそも寝てません!」


「…そこから否定するの?さて、じゃぁそのずっと握ってる毛布は何かな」


指差された先に、私が握っていた柔らかな毛布。


「…かけてくれたんですか?」


「この時期のうたた寝は、風邪を引くよ」


「…ありがとうございます」


にっこりと言われてしまえば、もう認めざるを得ない。


「起き抜けから、毛布を握りしめててHarlowの代理母実験みたいだったよ」


「はーろーの何ですか?」


「Harlow愛着の研究、代理母実験。Harlowはアカゲザルの子供に針金製の母乳が出る模型と毛布で出来た母乳無しの模型の両方と一緒にしておくと、母乳を飲む以外では毛布の母親にずっとしがみついていることを発見したそうだよ。つまり子供にとって哺乳ではなく接触による満足が母子関係に重要だろうということだね」


「へー。やっぱり大事ですよね。お母さんのぬくもり・・・そのおサルさん何か、かわいそ・・・う」


って!

私を見て、思い出すって!

ばっと手に握っていた毛布を見下ろす。


「私がアカゲザルだと仰りたいのか!」


モンチッチに見えたのか!


「ふふ」


「ふふっ。じゃありません!ちゃんと弁解してください!」


「寝起きの君の心許なさといったら、僕の心臓に悪くてしかたがない。・・・と、いうことかな」


「ということかな。ってどういうことです!?意味分かりませんから!」


モ、モッキーーー!

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