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変わりゆく合図(葵小学6年生)

※※※変わりゆく合図※※※

(葵小学6年生)


知識では知っていたの。

保健の先生に習ったから。

よく考えたら予兆だってあった。

ここのところやけに身体が怠くて、時々お腹も痛かった。


それでも、突然の変化に戸惑わずには居られない。


***


「葵ちゃん。おめでとう」


お手洗いから戻って来た私を、保健室の先生がニッコリと迎える。

今朝、酷くお腹が痛くて、トイレに行った。

そしたら、来てしまっていたのだ“初潮”が。

真っ赤な血に一瞬動揺して、フラフラと保健室に行って女の子の備品を一つ貰った。


知ってたし、分かっていたけど。

なんで、おめでとうなんだろう。


こんなに痛くて、不愉快なモノ。

来ないでくれた方が良いのに・・・。


「嬉しくない・・・」


ポツリと呟いたら、その声を拾った保健室の先生、みよちゃん先生が困ったように笑った。


「あらあら。まあ、確かにめんどうだけどねぇ」


でもね。とクルリと回る椅子を動かして、みよちゃん先生は私に向き合う。


「とっても大事なものなのよ。葵ちゃん」


おめでとう。とまた優しく言われて。

私はよく分からないくすぐったいような、恥ずかしいような気持ちで少しだけ頷いた。



***


そして、思わぬ事件が起きる。


「なにこれ」


目の前に広がる、夕食。

けれど、何時もとは違うソレを見つめて私は呟いた。


「何って、赤飯だろうが」


黙々と夕食の支度をしながら、兄が言った。

学ランの上にひよこエプロンなのが、やけにシュールだ。

それはいいとして。


「なんで」


ジトリと兄を胡乱に見上げる。


「なんでってお前、来たんだろ?せい」


「ばあかああああああああああ」


飄々と言い切ろうとする兄を遮って、大声を出した。

何だって兄に!よりにもよって兄に!こんなっ。

辱めだ!セクハラで訴えてやる!


「ばかばかばか!なんで知ってんだばか!」


キーンとしたのか、片耳を押さえつつ兄が眉を寄せている。


「いや。普通にトイレにアレが・・・」


「へ、変態だ!ばか!」


「普通にトイレ行って変態扱いは酷くないか・・・?」


そういう意味じゃない!

デリケートな問題じゃん!

なんで、異性の兄妹に祝われるの。

変でしょ!おかしいでしょ!

赤飯炊く兄が何処にいるか!


「おい。変に過敏になるなよ。こういう祝い事はな、ちゃんとしといた方が・・・」


学生らしからぬ兄の諭すような物言いに私はついにキレた。


「このノンデリカシーー」


「ぐはぁっ」


兄の鳩尾にグーパン喰らわして、私は家を飛び出した。



***



「ふっうっうえっふええええええ」


「おやおや」


それで、行き着く先といったら、古本屋しか無いわけで。


凄い形相で訪れた私を、夏目さんは穏やかに迎え入れてくれた。

そして、「どうしたの?」と優しく問われ頭を撫でられ、ついには感情が爆発した。


もうわけ分かんないんだもん。

お腹痛くて。

なれない、ものを着けて。


身体の変化ばかりが先だって、気持ちがついていかないんだ。


祝われると変に気恥ずかしくて、そんなことに意識する自分がまた嫌だ。

いやだこんなのいやだ。ばかばかばか。


「ふっえ。ふぐっ。おっ女の子なんって。いやっ。ふえぇお腹いたいよぉっぐすっ」


夏目さんの手に頭をぐりぐり押しつけながらそんなことを言えば、撫でていたその手が一瞬ピクリと反応して動きを止めた。


「?」


「・・・」


止まった掌が不満で、ぐしゅぐしゅしながら夏目さんを見上げる。

彼の今まで見たことのないような顔がそこにあった。

吃驚して涙、止まっちゃった。


「夏目さん?どうしたの?お腹痛い?」


実際お腹痛いのは私の方だったけど、何とも言えない顔で固まった夏目さんが心配で、そっと彼の指を握った。

そしたら、一瞬夏目さんは切なそうにぎゅって眉を寄せて、だけどソッと微笑んだの。

その表情の意味を知らないけど、何となく慰めなくちゃって思った私は、夏目さんの蜂蜜色の髪を撫でた。

ふわ。サラサラだ・・・。

何時も撫でられる専門で、彼の髪を撫でる機会などないからこれを機会とばかりになでなでする。

夏目さんは今度はちょっと苦笑して、私をそっと抱き寄せた。


「そうかぁ。もう、そんなに大きくなったんだね」


独白のように呟く夏目さん。

大きくなったと言われると、何故か嫌な気がしない私は、くふふと笑った。

というか包み込まれてうれしい現金な私の心に、もう不機嫌さなんて無かった。


「私これからもっと、大きくなるよ」


「そうだね」


「夏目さんも追い抜いちゃうから」


「それは怖い」


抱きしめられながら、そんな言葉の遣り取り。

クスクス笑う夏目さんの髪が、頬を掠めてくすぐったい。

でもそれ以上に、心臓、どきどきする。


夏目さんは、一度きゅってちょっと力を込めて、それからそっと腕をほどいた。

青灰色の双眸が私を映して、眩しげに細まる。


「こうして、不用意には触れられなくなるね」


なんで?

それも、女の子のアレと関係あるの?

私は、夏目さんにずっとギュッてして欲しいよ?


そう言おうと、口を開きかけたとき。


「あーおーいー。俺が悪かったからもどってこーーい。父さんも母さんも今日は早く帰って来るって言ってたぞーーー」


店の外から大声で呼びかけてくる兄の声。

止めて近所迷惑だから。

そうは思うものの、兄の最後の言葉にピクリと反応せずには居られない。

何時も仕事でおそい両親が、帰って来てくれる!


それだけで飛び上がりそうなほど嬉しかった。

でも!

兄が私にした狼藉を考えると、素直に出ていく気になれない。

だって兄は分かってて、お父さんとお母さんで釣ろうとしてるんだもん。

そんなので易々ほだされてたまりますか。


そうやって、うずうずしている私に夏目さんが後押しした。

スルリと髪をすべり降りて、仕上げとばかりに頭をポンってする。


「行っておあげ」


その言葉でやっと溜飲が下がる。

私はコクリと頷いて、夏目さんにさよならの言葉を告げると飛ぶように店を後にしたのだった。



「早いものだ」


元気な後ろ姿を見送ったその人が、吐息に混ぜるように呟いたなんて、知るよしもないこと・・・。




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