幼い鼓動
※※※幼い鼓動※※※
(夏目さんと幼き葵)
「なつめさん。これ」
「ん?・・・ああ『王子様シリーズ』かぁ。好きだね葵ちゃん」
コクリと頷いて頬を上気させながら期待に満ちた目を向けてくる少女に、男はにっこり微笑んだ。
小さな両手で抱えるように、薄いが大きさのある絵本を差し出す女の子。
本を読む手を中断した美貌の男がそれを受け取る。
じゃあおいで。そう言って膝をぽんとたたくと、女の子は目をキラキラさせて男の膝によじ登る。
男の膝の上で最初は真剣に物語に聞き入る女の子であったが、次第にその目は絵からページを捲る男の指に移動し、そして最終的に男の顔にたどり着く。
「葵ちゃん」
「・・・」
「僕の顔、見てて楽しい?」
話の中盤から、絵本ではなく絵本を読む男の方ばかりを凝視する女の子に、本を読み終えた男が本当に不思議そうに女の子に尋ねた。
男が顔を傾けるのに従って、蜂蜜色の髪がフィラメントのようにキラキラと光る。
「なつめさん王子様よりキラキラしてるもの」
あおいの持ってるビー玉より綺麗よ。
青灰色の目を見つめながら、そう言って微笑む少女。
まあるくて好奇心に煌めく女の子の瞳の方が、よっぽど綺麗だと男は思う。
その赤く染まった頬など、ふっくらとしていて思わず齧り付きたくなるなぁ、などと危険な思考まで浮かぶ。
この腕の中の生き物は、どんなものより自分が美しいとも知らず、純粋に男を綺麗だと見つめているのだ。
何といとけなく、まろい生き物だろうか。
男は、繊細な手付きで滑るように女の子の頭を撫でた。
女の子は、それが最上の至福であるかのように目を細める。
細い髪の毛を梳くように撫でていれば、その目がいつの間にかとろんとしていく。
そして、あっという間に夢の世界へ。
「おやおや」
眠る子供の体温は熱い位の熱を発する。
男は腕の中の熱い生き物を見つめながら、そっとその鼓動に耳を傾けた。
トクリ・トクリと一定のリズムで脈打つ命。
何て無垢で無防備な生き物だろう、と感嘆も似た溜息をつく。
そして、その小さな頭にそっと口付けた。
「おやすみ。小さなお姫様」