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第12話:鉄格子の向こうと、光の射す場所


 季節は冬へと変わっていた。


 裁判所の重厚な扉が開く。


 手錠をかけられ、腰縄で繋がれた三人の男女が、

 刑務官に連れられて護送車へと乗り込んでいく。


 権田巌、麗子、敬介。


 かつて我が物顔で工場を支配していた彼らの姿は、見る影もなく小さくなっていた。


 判決は、実刑。


 長年にわたる巨額の脱税、業務上横領、そして労働基準法違反。

 悪質性が極めて高いと判断されたのだ。


 会社は破産し、実家の土地も家屋も差し押さえられた。

 彼らには帰る場所も、待っている人もいない。


「……寒いな」


 敬介がポツリと呟いた。


 その声は誰にも届かず、冷たい風にさらわれて消えた。


 護送車の鉄の扉が、重たい音を立てて閉まる。

 ガチャン、という施錠音が、彼らの人生の終わりの合図のように響いた。


 


 一方、その頃。


 『株式会社NOVA』の工房は、別の意味で修羅場を迎えていた。


「社長! 大変です! イタリアから届くはずの金具が、税関で止まっています!」


「なんだって!? 来週の展示会に間に合わないじゃない!」


 私は電話を片手に、工房の中を走り回っていた。


 独立から数ヶ月。順風満帆に見えた船出だったが、現実は甘くない。


 資金繰りのプレッシャー、海外取引のトラブル、そして急増する注文への対応。

 商社時代とは違う、「経営者」としての重圧がのしかかる。


「どうするんですか、冴子さん。このままじゃメインのバッグが完成しません」


 静香が不安そうに図面を握りしめて駆け寄ってきた。


 以前の『権田レザー』なら、ここで怒号が飛んでいただろう。

「何やってんだ!」「お前のせいだ!」と責任を押し付け合うだけで、何も解決しない時間。


 けれど、今は違う。


「……落ち着いて。代わりの案を考えましょう」


 私が深呼吸をして言うと、静香も頷いた。


「国内のメーカーで、似た形状の金具を作れるところを知っています。ただ、ロットが小さいと受けてくれるかどうか……」


「そこは私が交渉するわ。土下座してでも作ってもらう。その代わり、静香さんはデザインの微調整をお願いできる? 金具が変わっても全体のバランスが崩れないように」


「もちろんです。田所さん! ちょっと型紙の修正手伝ってください!」


「おうよ! 昼飯抜きでやるか!」


 工房の空気が一変する。


 誰一人として諦めていない。

 文句を言う暇があるなら手を動かす。


 トラブルさえも楽しむような熱気が、ここにはあった。


 数時間後。


 私が電話交渉を終えて工房に戻ると、職人たちが一つの作業台を囲んで議論していた。


「ここをこう縫えば、強度は保てるはずだ」


「でも、それだとシルエットが美しくないわ。あと二ミリ、内側に入れないと」


「じゃあ、革の厚みを変えてみるか?」


 静香と田所さん、そして若手の職人が対等に意見をぶつけ合っている。


 その光景を見て、私は目頭が熱くなるのを感じた。


 これだ。

 私が作りたかったのは、この景色だ。


 誰かの命令で動くのではなく、全員が「良いものを作りたい」というプライドを持って、自律的に動く組織。


「……社長、ニヤニヤしてないで承認くださいよ。これで進めていいですか?」


 静香が呆れたように私を呼んだ。


 私は慌てて表情を引き締め、大きく頷いた。


「ええ、最高よ。それでいきましょう!」


 


 その夜。


 残業を終えた私は、静香と二人で缶ビールを開けた。


 窓の外には、冬の澄んだ星空が広がっている。


「……聞いたわ。今日、判決が出たって」


 私が静かに切り出すと、静香は缶を見つめたまま頷いた。


「そうですか。……ざまあみろ、とは思いませんでした。ただ、哀れだなって」


「そうね。彼らは自分たちの欲望のために、本当に大切なものを捨ててしまった。その代償を払っただけよ」


 私はビールを一口飲んだ。

 苦味が、心地よく喉を通り過ぎていく。


「でも、私たちは違う。何も捨てない。職人も、技術も、プライドも。全部抱えて、もっと高いところへ行くの」


「ふふ、強欲ですね、冴子さんは」


「ええ。あなたたちを守るためなら、私はいくらでも強欲になるわ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 鉄格子の向こうにある冷たい絶望とは対照的に、ここには温かい希望の光があった。


 苦労はある。明日もまたトラブルが起きるかもしれない。


 それでも、私たちは歩き続ける。


 この光の射す場所で。

第12話を読んでいただきありがとうございます!


司法によって裁かれた権田家。

彼らが手に入れたのは、冷たい鉄格子と後悔だけでした。


一方で、NOVAは新たな困難に直面します。

ですが、今の彼らには「知恵」を出し合い、「技術」で解決する絆があります。


物語はいよいよクライマックスへ。


次回、第13話「世界が認めた日」。


三年後、舞台は花の都パリへ。

誰も見たことのない、日本の職人技が世界を震わせる瞬間がやってきます。


「職人たちの議論する姿に感動した」「権田家の末路が自業自得すぎる」と思ってくださった方は、評価【☆☆☆☆☆】やブックマークでの応援をぜひお願いいたします!

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