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その赤を、燃やせ  作者: 樽見 龍二
27/41

26.30人の共犯者

 画面中央で回っていた白い円がフッと消え、最新のステータスがパッと表示された。

 フォロワー:32

 いいね:18

 リポスト:12

「……はは。やっぱり、こんなものか」

 あかりの口から、乾いた笑いが漏れた。

 一夜にして通知が鳴り止まなくなるような、数字が数千、数万と跳ね上がる奇跡バズなんて、そう都合よく起きるはずもなかった。

 昨夜、自分の中では世界を変えるつもりで放った、魂を削るような渾身の一撃。

 けれど、インターネットという広大で無関心な大海原において、それは小さな小石をポチャンと投げ込んだ程度の、誰の目にも止まらない微かな「さざ波」で終わってしまった。

 あかりは、布団の上でガクリと肩を落とした。

 期待していなかったと言えば嘘になる。だからこそ、この残酷なまでに静かな現実が、じわじわと胸を締め付けた。


 あかりの頭の中で、広報担当者として長年染み付いてしまった計算機が、感情とは無関係にパチパチと冷徹な数字を弾き出した。

 公式アカウントのフォロワー数は、およそ5万人。

 対して、この裏アカウントは、たったの32人。

 その比率、わずか0.06%。

 統計データであれば「誤差」として切り捨てられ、マーケティング会議の資料なら「ノイズ」として無視されるだけの、あまりに無意味な数字だ。

 不意に、上司である氷室の、あの体温のない声が鼓膜の裏で再生される。

『32人?……時間の無駄ですね。その無意味な作業に割くリソースがあるなら、確実に5万人の顧客に届くメルマガの作成に充てなさい』

 正論だ。ぐうの音も出ない。

 圧倒的な「数の論理」の前では、昨夜あかりが命を削って行った行動など、生産性のない徒労――いや、無価値なゴミに等しかった。


 しかし、あかりのプロとしての違和感が、画面下部の「通知」タブについた小さな赤いバッジに反応した。

 タップして中身を開いた瞬間、彼女は息を呑む。

「……え?」

 通常、たった18件程度の「いいね」であれば、そこに対するリプライや引用リポストなんて、0件か、あってもせいぜい1件つくのが関の山だ。

 だが、目の前の通知欄は違っていた。

 一度のフリックでは見切れない、スクロールが必要なほど、見知らぬ誰かからの「言及」が画面を埋め尽くしている。

「……おかしい。エンゲージメントの比率レートが、あまりにも変だ」

 指先一つで、0.5秒で済む受動的な「いいね」よりも、わざわざ手間をかけ、自分の言葉を入力して発信する能動的な「引用」や「返信」のほうが、圧倒的に多いのだ。

 それは、この投稿を目にした数少ない人々が、単にタイムラインを流し見して通り過ぎたのではないということを意味していた。

 彼らは、あかりの文章の前で確かに足を止め、深く読み込み、そして心を激しく揺さぶられたのだ。

 その抑えきれない「衝動」の証拠が、この異常なまでの熱量を帯びた通知欄だった。


 通知欄をスクロールするあかりの指が止まった。

 そこに並んでいるのは、普段の業務で見慣れた「〇〇さんがいいねしました」という、機械的なログの羅列ではなかった。

 小さなアイコンの横に、途切れ途切れの、しかし確かな熱を持った言葉たちが、プレビューとして表示されている。

『……朝から泣いた』

『……ありがとう、代弁してくれて』

『……これだよ。これが見たかったんだ』

 短い文字列の隙間から、顔も知らない、どこかの誰かの抑えきれない感情が、溢れ出していた。

「……何か、書いてある」

 あかりは息を呑んだ。

 眼球の裏が熱くなる。今、自分が手に入れたのは、マーケティングレポート上で処理される「32」というちっぽけな数字のデータなんかじゃない。

 画面の向こう側にいるのは、自分と同じ痛みを抱え、同じ熱を共有してくれている、血の通った「32人の共犯者」たちなのだ。

 あかりは、畏怖と感動で微かに震える指先で、その熱を帯びた通知の一つを、そっとタップした。

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