表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その赤を、燃やせ  作者: 樽見 龍二
1/41

プロローグ:0度の炎

 赤は、熱い色だと誰が決めたのだろう。

 十月の名古屋。名城公園の木々が色づき始める季節だというのに、目の前に広がる景色は、冬の湖底のように冷え切っていた。

 名城パークアリーナ。

 かつて数々の熱戦が繰り広げられた、歴史ある円形競技場。すり鉢状に広がるスタンドには、チームカラーである「ブレイズ・レッド」の座席が、およそ四千席、ぎっしりと並んでいる。

 けれど、誰も座っていないその四千の椅子は、ただの赤いプラスチックの塊だった。

 指で触れれば、体温を奪われるほどに冷たい。

「……寒い」

 コートサイドに立つ湊あかりは、ジャケットの襟を合わせ、白くなりかけた息を吐いた。

 広報担当として入社して三年目。このアリーナの静寂には、いつまで経っても慣れることがない。

 特に、負けが続いている時の静けさは、耳鳴りがするほど重い。

 名古屋ブレイズ。

 かつては日本リーグ時代からの名門として君臨し、あまたのタイトルを獲得してきた古豪。

 チーム名である「Blaze」は、激しい炎、きらめき、そして感情の激発を意味する。

 だが今、このチームに火傷するような熱はない。あるのは、過去の栄光という残り火と、予定調和の敗北だけだ。

『古豪の落日』

『冷めたアリーナ』

『もはや“名古屋の誇り”ではない』

 SNSのタイムラインを指で弾けば、ファンからの辛辣な言葉が、呪詛のように並んでいる。

 反論はできない。

 昨シーズンの平均入場者数は二千人を割り込んだ。四千人入るはずのハコに対し、半分も埋まらない空席の目立つスタンド。響かない歓声。選手たちの背中に漂う、諦めにも似た空気。

 私たちは、その寒さに適応しようとしていた。

 凍えないように身を寄せ合い、「伝統」という毛布にくるまって、緩やかな死を待っている。

「でも……」

 あかりは顔を上げ、天井から吊るされた巨大なセンタービジョンを見上げた。

 今は黒く沈黙しているその画面。

 けれど、あかりの網膜には焼き付いている景色がある。

 幼い頃、父に連れられて見た、満員のアリーナ。

 地鳴りのような歓声が床を揺らし、選手の汗がダイヤモンドのように輝き、見ず知らずの隣人と抱き合って喜んだ、あの沸騰するような空間。

 私は、知っている。

 この冷たいプラスチックの椅子が、人の熱で埋め尽くされた時、物理法則を超えたエネルギーを生むことを。

 ここが、世界で一番熱い場所になり得ることを。

『ガチャン』

 不意に、重い鉄扉が開く音がアリーナの静寂を破った。

 冷たい風と共に、カツ、カツ、カツ、と、正確無比な革靴の足音が近づいてくる。

 あかりは振り返る。

 逆光の中に立つ、一人の男のシルエット。

 それは、このチームに残された微かな種火さえも踏み消そうとする、冷徹な「氷」の到来だった。

 まだ、あかりは知らない。

 その氷との衝突こそが、消えかけた炎を爆発的に燃え上がらせる、最初の火花スパークになることを。

 物語は、一番寒い場所から始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ