009
日付間違えてましたね。
月曜日は2日でしたね、ごめなさい。
太陽の位置は、すでに頭上を超えて傾きつつある。時間にすると、王都を出発してから6時間ほど経っている。
その間、ミカが征界船を常に操舵していたかというと、そうではない。
アルゴナウタイの一歩は大きく、馬力も高い。細かな調整がなくとも多少の悪路は自力で乗り越えられるため、常に舵に張り付いている必要がないのだ。ミカの負担といえば精々、羅針盤と地図を頼りに舵をたまに傾ける程度だ。
ミカが操舵の周りで時間を過ごしている間、アルフレッドはどこでどう時間を過ごしていたかと言うと、船首でただただ気楽に景色を楽しんでいた。
意匠の凝らされたレリーフ、遮るものがない景色、心地の良い風。そこが、アルフレッドのお気に入りの場所となるのに、時間はかからなかった。
昼食の携帯食を摂るときですら、流れていく景色をつまみに口に運ぶぐらいに気に入っていた。
だが今現在、先ほどまでのように景色を楽しんでいるわけではなかった。
理由は至極単純。景観が悪いのだ。
今見る限り視界のほとんどが、土や泥、岩や朽ち木しか映さない。空を除いた、地平の全てがくすんだ残骸に覆われている景色を見せられても、気分が上がらないのは当然のことだ。
ここが峡谷や渓谷であれば、多少景色の移り変わりを楽しめたかもしれないが、残念ながらここは自然に形成された地形とは異なる。
そこは、地域によって呼び名が変わるが少なくともこの辺りでは、蛇道と呼ばれている。
野山で獣が何度も通ることで出来た跡を獣道と呼ぶように、世界蛇がたった一度通って出来た跡を「蛇道」と呼ぶのだ。
蛇らしく、蛇行して進むせいでヨルムンガンドの胴体よりも何倍も幅広く削れていて、尻尾が左右に振られているところはなお削られることで波目状に削られているのが特徴だ。
大型船が納まるほど沈んだ窪地を進んでいるが故に、視界のほとんどが土壁で塞がれているのだ。
見飽きた『それ』に気が付いたのは、まさに偶然だ。
あくびをしたとき、視界の端にたまたま入り込んだ。
一つの人影だった。
岩や朽ち木が散乱する中、『それ』が人影だと気が付けたのはゆらゆらと揺れていた。
窪地を進む船から、窪地の縁を進む人物は必然的に見上げる形になり、逆光も相まって相手の様子は欠片も分からない。
「ミカぁーーっ」
もう一人の船員に声をかけたが、船の駆動音にかき消されて舵の近くで作業しているミカには届いていない。
仕方がなく、ミカの方へと歩く。
「どうかした?」
「人だ」
「ひと?……人っ?んん、こんなところで?」
今にも倒れそうにヨロヨロと歩く人影を、行儀悪く顎で示した。
征界船は通常の船と違い動力源を足に任せている。それゆえに、甲板にマストなく進行方向の視界は開かれている。
舵輪の前に居るミカでも、アルフレッドの視線を追えた。
「本当だ、何かいるね。あっ、倒れた」
二人が話している間に、力なく倒れた。
ミカは人影を見ても、それが人であるかは懐疑的なようだ。
人であるかを疑うのにも、理由があった。
この国に、まだ生きている街道は数が少ない。この国に限らず国力の低い国では、街道の数は少なく都市間の人の移動は滅多にない。
それもこれも「蛇道」の所為だ。折角道路を舗装しても、ヨルムンガンドに途切れさせられ、新しく作ろうにも通った跡の「蛇道」が邪魔になる。
脚の生えた征界船があるおかげで、アルフレッドもミカもヨルムンガンドを探すために世界を股にかけることが出来るのであって、徒歩で都市間を移動するなど無謀と言っても過言ではない。
仮にあの人影が人間なのだとしたら、馬や馬車はどこにあるのかが続く疑問として浮上してくる。
「まあ、あれが魔獣の可能性は大いにあるな。擬態種や豚人、もしかしたら死喰人かもしれないな」
人ではなく野に生きる魔獣の類であれば、こんな人里離れた場所にいることにも一人でいることにも辻褄は合う。
「無視する?」
「いや、ちょっくら見てくる。船は、このまま進んでろ」
言うが早いか、アルフレッドは軽やかに甲板から飛び降りた。
船の高さーー十五メートルから空中に身を投げ出したとは思えないほど、軽い調子で腰に掛けてある剣の柄に手をかけ、不備がないことを確かめる。
着地は驚くほど静かだった。ざっ、という足裏と地面が軽く擦れる音を除いて
生じた落下エネルギーは全て膝のクッション性のみで吸収されている。
逆光で分からなかったが、人影はうつ伏せに倒れていて、ボロボロのローブで全身を覆われている。
顔は見えないがシルエットから人だと思われる。少なくとも、豚人ではないだろう。
「馬も無えし馬車も無えな、人も他に見当たらねえ」
見上げる構図である以上、船から人影の背後は見えなかったが、馬も馬車も何もなかった。
近くの村まで、征界船なら半日で着くが、人の足なら一週間以上はかかる。徒歩でここまで来たとは思えなかった。
疑念は尽きないが、本人の口から聞くのが一番簡単に解決する方法だろう。
「おい、大丈夫か」
アルフレッドの声に反応は無い。
そのうえ、体を覆う襤褸切れのようなローブのせいで、息をしているのか判別がつかない。
ゾンビだったら嫌だなと思いながら、仕方なく抱き起した。
綺麗な女だった。
粗末なローブを着ているのが勿体ないと思えるほど端正で落ち着いた顔立ち。
雪や氷を想起させる青みがかった白い髪も相まって、儚さや上品さを印象付けた。
アルフレッドは、美人を抱き起している状況にはそぐわない反応を見せた。
「うーーむ」
さらに疑念は深まった。
これが戦士や商人であれば、移動中にトラブルに見舞われたのだろうと納得がいった。
戦士というには線が細く、商人というには身なりが整っていない。
「参ったな。さて、どうしたもんかな」




