008
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船内は木の香りが強い。木造ならではの落ち着いた香りは、レンガ造りの建築が多いこの地域では珍しい。
「一階はまるまる倉庫になってるよ。二階に動作機関がって、三、四階に居住区、五階が甲板と執務室だね」
船内に配置された魔力灯のおかげで、窓のない室内の全貌が照らし出されている。
積み込まれた物資で区画の半分ほどが埋まっている。
五十人分の物資を詰め込んでも、半分ほどしか埋まっていないことが船の大きさを物語っている。
「見て貰ったら分かるけど倉庫には、既に五十人分の物資のほか補修材等を積みこみ済みさ」
彼女の言葉通り、目の前には水のほかに食料、角材や鋼材あらゆる資材が山積みにされている。生活に必要な物資も、補修に使う物資も共通して、紐で床の固定金具に括り付けられている。
船体の揺れによる荷崩れ防止のためだろう、何気ない気づきが、この船で旅に出るのだと実感をもたらしてくれる。鏡を見ずとも、口元がゆるんでいるのが分かる。
ミカにも征界船の出来を喜んでいるのが伝わったのか、だらしない様子を微笑ましく見られている。
「ここに、見ごたえのあるものはないし、さっさと二階でも見に行こうか」
「ああ」
階段のある船尾に向かうと、階段はなぜか下にもつながっていた。
「まだ、下があるようだが、ここが1階じゃなかったのか?」
「ああ、下はメンテナンス用の回廊があるだけだから、気にしなくていいよ」
「ふうん」
「それより、二階だよ。この船の目玉は、二階にあるんだから」
案内する側であるはずのミカは、自分が待ちきれないように先導している。
「目玉?」
「そう!世界広しと言えども、この船にしかない特製の魔力式動力機関。その名も、『キロスフィア』。なんで見どころかって言うとね、他の征界船が持つ動力とは全くの別物なんだよね。じゃあ、従来のものと何が異なるかって話なんだけど。まず、動きが異なるの。従来は回転運動をギアとクランクで歩行の動きに変換していたんだけど、」
「あれのことか?」
止まる素振のない説明は、実物が見えたことで遮られた。
件の『キロスフィア』とやらは、説明の通り二階に鎮座していた。二階層をまるまる使って居座っている。
奇怪なオブジェにしかみえないそれは、たくさんの独楽を球状に組み合わせたような形をしていた。
形があるからか不思議と、魔法ほど不可解なものには思えなかった。
なおも続けられる解説に適当な相槌を打ったあと、客室に荷物を置きに行った。
本来であれば50人乗りこむ予定だっただけに、客室は余りに余っている。
部屋で一息つくことなく、二人揃って甲板に上がった。
そもそも疲れていなかったのもあるが、一番は甲板からの景色を早く目にしたかった。
遮るものがない冴えた景色。眼下には、王室の紋章を掲げた馬車が作業所の間を縫って進んでいるのが見えた。
「ミカ、俺から一つ提案がある」
提案について検討が付かなかったのか、ミカは不思議そうにこちらを見上げている。
「このまま、出立といかないか?」
「いいの?この後の予定では、王様によるセレモニーが開かれるんじゃなかったっけ?」
「うん、まあ、そうなんだけどさ。なんか、いろいろ面倒くさくなってきた。逆に聞くが、出立できない理由があるか?俺が居て、お前がいる。今、この船に足りないものがあるか?」
自分が技術に疎いだけなのか、ミカが世間知らずなのか判断しかねていたが、結論は出た。
彼女は、異質だ。
何気なく言う技術のどれもが、現代技術の最高峰に切迫している。
嬉しい誤算だ。
この船が完璧かと問われたのなら、答えは決まっている。
「無いね。これ以上ないほど、完璧に仕上がっているよ」
「だろ?ならさ、このまま発とうぜ」
「むむ、む」
良心と誘惑の、葛藤。
そう葛藤だ。ミカだって王の薄っぺらい話を聞きたくなどない。
良心と誘惑の間で揺れているのなら、最後に必要なのは悪魔の一言だ。
「なにより、お前だって手塩にかけて作ったこいつを、早く動かしたいだろ?」
「……まあ、ね」
良心と誘惑の均衡が崩れたのは一瞬だった。悪い笑顔を浮かべて、ミカは手元のレバーを引いた。
レバーから導管を通じて、征界船の心臓たる『キロスキフィア』へと信号が送られる。すなわち、『起動せよ』。
魔力供給によって『キロスキフィア』内で生じた振動は、連結されている駆動部を通して船全体に伝播していく。
金属が擦れ、木材が軋む音、人ならざる機械の息遣いが聞こえる。
生じた動力が噛み合うとともに、振動は鳴りを潜め、代わりに脚部に力が籠められる。
静かに、だが力強く、船体は持ち上げられた。
周りに居た職人や見物人が慌てて離れていくのが見えたが、気にもならなかった。
欲しかったものがやっと手に入った今、些事に興味はない。
「ははっ」
胸を衝く高揚が、アルフレッドの口から笑い声を出させた。征界船の前脚が振り上げられるのが、甲板の端からちらりと見える。
「あはははははっ」
気が付けば、ミカも隣りで笑っていた。
記念すべき第一歩が今、踏みしめられる。
たかが、一歩。これから成し遂げようとすることへの、途方の無さに比べれば些細な一歩なのだろう。
それでも、ようやく一歩を踏み出せたことが高揚を
なにより、この感情を共有できる仲間がいることが嬉しかった。
振り返っても王都が見えなくなる頃、二人はひとしきり笑って満足した。
「アルって、そんな優しい顔できたんだね」
ミカの指摘通り、アルフレッドの顔には柔和な笑顔が浮かんでいた。
「俺のこと、なんだと思ってんだ」
「悪鬼羅刹?」
アルフレッドは突如、ミカが言った通り悪鬼羅刹のような吊り上がった目つきになった。
「えっ、えっ、えっ、どうかした?」
急な変化に、言ってはいけないことを言ってしまったかと、不安になったがどうも違うようだ。
「それ、何だ」
アルフレッドの厳しい目線は、ミカの後ろにある鋼板に向けられていた。
鋼板には、「グローリー・ヒルハルド」と刻まれていた。
まさか、という思いでミカを見やる。
「うあー、それね。この船の名だよ。最悪のセンスだけど、王様がどうしてもってうるさくてね」
「そんなふざけた名前、却下だ。却下」
「まあ、船長命令ならしょうがないね、うん。じゃあ、代わりの名前はどうする?ここは設計者に敬意を表して偉大なミカとかかな?」
満更でもなさそうに、代案を出してくるミカは無視した。アルフレッドの意見はすでに固まっていた。
「ワリいが、名前はもう決めている」
風が吹いていた。
彼にとって、これまでの出来事ことは序章にも満たない。
彼にとって、今この時こそが始まりだった。
「――英雄たちの航路」




